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【4】

日にちを六日→十日に変更。




投げ捨て事件から一週間、いくつか私の周りが変わった。


一つ目は、ルナが常に私の傍にいるようになったこと。

ルナはもともとお兄様の護衛だったのだが、お兄様の願いで常に私と一緒にいてくれた。

あの日、ルナがお兄様の近くにいなかったのは、赤子の私を怖がらせないようにとの配慮だったようだ。

しかし私はルナを怖がらなかった。

寧ろ、狼なんて日本では間近で見ることなど出来なかったものだ。

そのふわふわした毛を触りたい、撫でまわしたい。

実際には出来ないのだが、そんな願望が強く目に現れたのかもしれない。

時々ルナが頬を擦り付けたり、尻尾であやしたりしてくれる。




二つ目は、私が日中の大半をお兄様専用に設けられた執務室で過ごすようになったこと。



まだ十歳のお兄様に執務室って、どれだけの仕事量なのさ!?


そう思ってみるものの、私は何も出来ないので文句も言えない。

それに実は、これはこれで都合がよかったりする。

お兄様とルナと一緒の時は、私を害そうとする父も何故か近づいて来ない。

そして何より現実的な問題として、お兄様が担ってくれないと家が潰れる危機なのだ。


そんなわけで私は執務室の中で笑顔をお届けしている。

出入りする家令や侍従の面々、世話係のメイドも私に優しく対応してくれる。

赤子なので大半を寝て過ごしているが、起きている時は話し相手や遊び相手にもなってくれる。

知らなかったお母様やお兄様の話なども笑いを交えながら教えてくれた。

中でも、お兄様が気恥ずかしそうにしていたのが、とても印象的だった。




三つ目は、私に接する人間が制限されたこと。

大公家の古くからの使用人は“当主はルーカス様だが、主はセレンティーナ様”を胸に仕えていた。

事実、領地運営を行い、領民に寄り添い、この家を支えてきたのは大公夫人のお母様だった。

なによりお母様はこの国を護った英雄であり、多くの人間がお母様を慕っている。

それを誰より近くで見てきた使用人達は、お母様が亡き後、密かにお兄様を主と仰いでいたらしく、とても協力的だった。

私を害そうとする父や、その命令に従いかねない使用人をあの手この手で遠ざけてくれた。

本来ならありえないことだが、古株の使用人達は父を欺き、お兄様に従って私を護ってくれた。

まぁ、それだけ父が使用人達に見放されていたというのもあるのだろう。




そうして今日、お兄様の執務室で密かに報告が行われていた。

報告主はバスチアン・セルバンテス、アッシュグレーの髪を持つダンディーで有能な家令だ。

ちなみに、私は勝手に心の中でセバスと呼ばせてもらっている。



父はあの日、お母様と同じ色を持つ私を疎み、危害を加えようとしていたようだ。


事のあらましはこうだ。

美しく優秀すぎたお母様の存在は普段から父の劣等感を大いに刺激していた。

そんなお母様が亡くなって、今度はお兄様がその才能を発揮するようになった。

このままではお母様と同じ色を持つ私もお母様に似るのでは…と自分の無能さを差し置いて不安になったようだ。

そうして焦燥感に駆られた父は、産まれて間もない私を池へ投げ捨てるという暴挙に出たという。



まぁ、その焦りは分からなくもない。

お兄様は本当に優秀だから。

しかし前世で私はさして優秀ではなかった。

そして何より、前世でも父は碌なものではなかったと前の生で見聞きした。

それと比較にならないくらい優秀で規格外だったお母様。


血筋も能力も魔術の腕さえも最上級。

魔術が衰退したこの世界で、お母様はこの国唯一の上級魔術師だった。

また偉業の果て、お母様を呼び表す名がいくつも存在した。

中でも代名詞と言えば、二十歳の時に呼ばれることとなった“覇王”だ。


そんなお母様に対して、父は結婚以前から劣等感を強烈に感じていたようだ。

性格や優秀すぎるその能力を嫌悪すらしていた。

今世も前世も変わらないらしく、お母様と同じ色を持つ私は父に嫌われているようだ。



「そうか、あれはそこまで歪んだのか…」


「はい。このままではお嬢様が…」


「使用人の皆には悪いけどもう少し時間が欲しいんだ。国王陛下と、出来れば公爵を何人かこちらにつけてからにしたい。でないと横やりが入る可能性がある」



お兄様とセバスが難しそうな顔をしている。



「あれでも現国王陛下の兄だ。血筋だけは最上級だからね」



溜め息をつくお兄様は、歳に似合わずその姿が様になっている。

どれだけ苦労してきたの、この人。

前世もそうだったけど、お兄様はかなりの苦労人だ。

そして私を愛し、何があっても護ってくれた。

私が知らなかっただけかもしれないが、今もこうして私を護ってくれている。



「バスチアン、国王陛下への面談手続きを。出来る限り内密に。それとリーンフォード公爵家に連絡を。先に伯父上に話を通してしまおう」


「かしこまりました」


「あぁ、もし国王陛下との面談が難しいようなら“裁定者”の名を使って捩じ込んで」



お兄様の言葉にセバスは退室していった。

きっと言葉通り実行するするのだろう。



「シェリス、もう少し待っていてね。必ず安全を確保するからね」



そう私に話しかけ微笑むお兄様は、やはり美しい。

さり気なく「どんな手を使っても…」とか呟いていても。

間違いなく私には優しいお兄様だ。

十歳にしては少し、腹黒い気がしないでもないが。

前世もこんな性格だっただろうか…?


そう言えば、お兄様や使用人達が遠ざけてくれているとはいえ、全く父の姿を見ない。

投げ捨て事件の時、ルナが来たの見て慌てて逃げたらしいが、どうやら父は相当ルナが嫌いらしい。

ルナを見るとあちらから逃げていくのだ。

とはいえ、危害を加えられる可能性があるなら出来る限り排除したい。

赤子で何も出来ないので、とりあえず心の中でお兄様を応援しておこう。



「シェリス、かわいい」



笑顔を向けたら、お兄様の微笑みが甘さを増した。

母はすでに亡く父に嫌われた世界の中、お兄様は変わらず私を愛してくれる。


前世では生きることを諦めてしまった私。

あの後、お兄様はどうしたのだろう…?

じっとお兄様を見つめた。



「ん?どうした?」



コテンっと首を傾げる様が幼さと相まって、とても可愛い。



折角のやり直しなら、お兄様と一緒に幸せになりたい。

前世の繰り返しなんて絶対にダメ!


とりあえず危ないのは、危害を加えようとする父と火傷の原因のわがままな愛し子の彼女。

父はルナと一緒にいて出来るだけ避けるとして、問題は彼女だ。

あれは絶対に話が通じない系だから、会うこと自体がアウトな気がする。

彼女に出会ったのは王宮でカイン第一王子とお茶をしてた時だ。

それにあの火傷の後、カイン第一王子も王家もあっさりと婚約を破棄した。

最初は婚約解消の話が出ていたのだが、お兄様が猛抗議。

応じなかったことで王家より婚約を破棄されたのだ、一方的に。

慰謝料?彼女の罪を握りつぶしたのも王家だし、そんなものなかった。

私から見れば完全な裏切り。

婚約者だったが、別に私はカイン第一王子が好きだったわけではない。

…うん、そうしよう。

婚約の拒否は難しいだろうから回避、もしくは早々に解消できるようにしよう。



「眠くなったのかな?」



頭を撫でるお兄様の手が温かくて、勝手に瞼が落ちていく。


お兄様と一緒に生きたい。

父も王子も彼女も、危ないフラグは回避しよう。

お兄様を笑顔にして、今度こそ…



「おやすみ、シェリス」



撫でる手にあっさりと眠りに落ちた。






十日後、父の件は解決した。

母方の伯父のリーンフォード公爵と国王陛下を交えたその話し合いで、実にあっさりと。

お兄様の要請により王都で急遽設けられた話し合いの場。

お兄様からの告発で父の私への殺人未遂が発覚したのだが、相当の衝撃だったらしい。

公爵の伯父様と国王陛下が即断する程度には。

そうだよね、何気に私お二人の姪もんね。

姪が実の父に殺されそうとか、それは衝撃だわ。


そこからは異例の早さだったと言う。

内密に父を王宮の隔離塔へと幽閉することが決定。

公爵の伯父様など、かなりお怒りだったとか…。

なんでも、話し合いから領地へ帰るお兄様に同行し、邸まで騎士を率いて自ら来られたとか。

そして伯父様がご自分の手で父を拘束、連行していったらしい。


表向きは難病治療、王宮で宮廷医師が隔離塔で治療していることになっている。

あんなのでも一応王兄だ、引き離してくれるだけでもありがたい。



前世では五年後に心臓発作で死ぬまで父は邸にいた。

生きている間、酒に溺れた父に暴力を振るわれこともしばしば。

その度にお兄様が私を庇ってくれた。


しかし今回、父は幽閉された。

そう、私が拍子抜けするほどにあっさりと。

お兄様が父のことを見限ったのも大きいのだろうが、聞いた時には驚きでいっぱいだった。

前は幽閉などありはしなかったのに、何かが違う。

今のところ不利に働いていないが、前回とは確実に違う事態が起きている。

確実に変わり始めているのその先が、お兄様や私に幸福を齎すものであることを願った。






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