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【3】

進行過程で矛盾が生じたため季節表記を削除しました。





「…シェリスっ!」




私の名を呼ぶお兄様の声が聞こえた。

切羽詰まったような、それでいて通常よりかなり高い声。


お兄様、喉を痛めたのだろうか?

私の体もなんだか怠くて寒いし、息をするのが辛い。

あのまま意識を失ったのだろうか?



重い瞼を押し上げれば、目の前にある顔と自分の状態に絶句した。

領主邸にある池の畔にいた。

それは百歩譲っていいとして、出来れば二度と会いたくなかった者が見えた。

金髪と蒼い瞳の外見だけは美しい、最低な父が。


目が合った瞬間、嫌そうに眉を顰められる。

その右手におくるみを掴まれ、何故か宙吊りにされている私。

どうやら息苦しかったのはこれのせいらしい。

たぶん産まれてそう経っていないだろう私は、首が座っておらずフニャフニャしていた。



宙吊り…?うえぇぇえ!?私、まさかの赤ちゃん状態だよ。

時間逆行?時間跳躍?物語によくある再転生的な?

いや、それよりも今はこの屑だ!万死に値する!!

絶対に絶対に、絶っっ対に許せない!!



プラプラと揺れていた私は、父の足元に視線がいくと激怒した。

まだ幼い姿のお兄様が父に抗い、必死に私を助けようとしてくれていた。

最低な父に踏み押さえられながらも。

そう、踏んでいるのだ。

私の最愛のお兄様を、顔も見たくないレベルの屑な父が。


十歳のお兄様の尊い姿に比べ、比べることすら烏滸がましい壁蝨。

今すぐ罵倒して足を退かさせたい。

でも現実は、今の私は何も出来ないただの赤子。


悔しいと心で嘆いていると、体が勢い良く引っ張られた。

そして感じる浮遊感。



父がポーンっと放った、私を。



無駄にいいコントロールのせいで見事に池の中央へ。

弧を描き、水面に向かっていく私。

青空の下、お兄様の絶叫が響き渡った。


落ちる、そう思った瞬間、何かが私をキャッチした。

顔面が着水まで三十センチというところで私はゆらるら揺れている。

キャッチしたそれは私を濡らさないよう器用に泳いでいるらしい。

水面に映る自分の顔の先に、交互に動く前足が見えた。


私を優しく銜えているのは大きな白っぽい犬。

巻き戻しなのかわからないが、とりあえず前の記憶があるので転生だと仮定しよう。

前は二歳で記憶が戻ったが、こんな白っぽい大きい犬を邸で見た覚えがない。

何故だろうと、まじまじと見ているとお兄様の声が近くで聞こえた。



「シェリス!」



考えに耽っていた間に犬は岸に到着していたらしい。

軽々と水から上がると走ってきたお兄様にそっと私を差し出した。

恐る恐る私を受け取るその体が小刻みに震えている。



「…よ、かった…無事で…っ」



絞り出したようなお兄様の声が胸を突く。

赤子が池に落ちようものなら死亡一直線、待ったなしだ。

またお兄様に怖いを思いをさせてしまった。



「あーあぅぅー?」



おくるみのせいで手すら自由に動かせないので、声で大丈夫だと主張してみた。

案の定、赤子が真面に話せるわけもなく、情けない声が響いた。

それでもお兄様の意識を向けることには成功したらしい。

目が合った。

お兄様が…泣いている。



「…ルナ、シェリスっを…あり、がとう…っ」



え…ちょ、泣かせたやつ出て来い!って、私のせいだった…。

あぁ、私またお兄様を悲しませてる。

何も出来ない赤子だから仕方ないけれど、また迷惑かけてる。

せっかく生まれ変わったのに…。



伝う涙を拭ったお兄様が白っぽい犬を私に見せた。

あれ、これ犬じゃない。

それが私の最初の感想だった。

日本のテレビで見たような狼のさらに大きいもの。

私やお兄様の髪と同じ色の濡れた毛、輝く金の瞳の大きな狼だった。



「シェリスはルナを怖がらないんだね」



名をルナというらしい。

狼なら濡れてしまった毛の水分を振り払いたいだろうに、今もおとなしく座っている。

近くにいる私たちを気遣っているのだろうか。

お兄様はそんなルナの頭に手を置き、何かを呟いた。

空気が動きルナを包むと一瞬にして濡れた毛を乾燥させた。



「まだ僕にはシェリスを護りきるだけの力がない。ルナ、お願いだ。これからは僕でなくシェリスを護ってくれないかな?母上が亡くなってしまった今、この子が僕の唯一の家族なんだ。もう父上あれには期待しない」



さらっと父は家族ではない発言をしたお兄様。

それには激しく同意したい、全力で。


クゥーンっとルナの返事が聞こえた。



「ありがとう、ルナ。僕は強くなる。喪うなんて…絶対に嫌だ」



喪う…。

激怒していたせいか、放り投げられた恐怖は感じなかった。

それにしてもお兄様がここにいるということは父は…そこまで考えて瞼が重なる。

あぁ、赤ちゃんって体力ないし眠るのが仕事だもんなぁ。

納得した私は襲い来る眠気に身を任せた。






「僕のたった一人の妹。母上に誓ったんだ、全てから護ってみせるよ」




まだ幼いお兄様の決意ともとれる言葉を聞きながら。





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