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斯波義統は単なる傀儡だったのか、信長は古い権威を否定したか

 さて、村木城を攻めて陥落させたことで今川の尾張侵攻計画は大きく計画が狂うことになったはずなのでしばらくは放置できるようになるはずだ。


 そして、この後に起こるのは尾張守護の斯波義統の信長への接触と暗殺、それに続く清州城攻撃だ。


「このあたりも村木城攻撃に成功の結果もあるのかもしれんのだがな」


 清州城の城主であり、尾張下四郡の守護代の尾張下4郡を支配した守護代の清洲織田氏(織田大和守家)の織田信友は本来弾正忠家の主家に当たる存在であって、父の信秀は清洲三奉行家と言われる、因幡守家・藤左衛門家・弾正忠家の庶流の弾正忠家の生まれであった。


 さらに清洲織田氏(大和守家)と岩倉織田氏(伊勢守家)は尾張下四郡と尾張上四郡で統治地域が別れているがこれは応仁の乱の時期の信長の曽祖父あたりの代である織田敏定と織田敏広の代で、もともと敏定「織田大和守家」は元々は「織田伊勢守家」の弟筋であり配下であったわけで、元は守護代の更に代理である又守護代であったが、争いの末に守護代の地位を獲得し尾張を半分に分割して清洲城を居城としたらしい。


 とはいえ信秀は死ぬまであくまでも守護代の奉行でしかなく、斎藤、松平、今川らの他国の大名と戦い続けたものの、大和守家や他の三奉行の織田家などとも何度も争ってもいる。


 その信秀の死後に織田信友は織田信行(信勝)の家督相続を支持し、織田信長と対立していた。


 1552年の鳴海城主の山口教継は駿河の今川義元に寝返ったため赤塚の戦いが起こったが、この合戦は勝敗は付かず、元々は味方同士で顔見知りの間柄だったため、敵陣に逃げ込んだ馬はお互いに返し合い、生け捕りになった者もお互い交換して帰陣した。


 それを見た少守護代と呼ばれた坂井大膳は坂井甚介・河尻与一・織田三位とともに同年に、信長方の松葉城・深田城を襲撃し、松葉城主織田伊賀守と深田城主織田信次を人質とした。


 しかし信長は早急に兵をまとめて反撃、萱津において坂井甚介が討ち死にした、ここから信長と信友は敵対することになる。


 そして斯波義統がそもそも何故傀儡となったのかについては彼の父が1515年の引馬城における今川勢との合戦で義達自身が捕虜になるほどの大敗を喫し、剃髪をさせられた上で尾張に送り返され、これに代わってわずか3歳の義統が尾張守護として擁立されたがその年令では何もできないのは当然だったし、直属の兵を大きく失ったのも大きかったのだろう。


 名目上は陪臣にすぎない弾正忠家の信秀に対して肩入れし、尾張国中に信秀への協力を命じて、本来なら弾正忠家よりも格上にあたる伊勢守家や、同輩の因幡守家をも美濃進攻軍として動員させるなど、信秀に対して篤い支援を行った。


 当然ながら本来は自分の家臣でしかない信秀を支援するように言われる信友は面白くなく、義統としても自身を傀儡として扱う信友に不満を見せはじめ、次第に両者の対立が深まっていった。


 1554年そして義統は信友の信長を謀殺する計画を密告して自身の助けを求めたが、それを知った信友は激怒し、義統嫡男の斯波義銀が家臣を率いて川狩りに出かけた隙に、守護邸に攻め入った結果、防ぎきれぬと悟った義統は城に火を懸けて、弟の統雅や従叔父の義虎ら一族と共に自害した。


 この義統自害の報せを受けた義銀は、川狩りを切り上げて湯帷子姿のまま那古野の信長の元へ救いを求めると、信長は義銀を保護している。


 義統自害により、信長は義統の敵討ちという大義名分を得て清洲へ攻め入り、安食村にて織田三位や河尻左馬助ら多くの大和守方の武将を討ち果たし、信友も翌年に主殺しの咎で信長方に討ち果たされた。


 織田信友は名目上の信長の主君であり、戦国の世とはいえ主殺しを行えば評判は非常に悪くなった。


 例えば上杉謙信の父親である長尾為景は越後守護上杉房能を自刃させ、上杉房能の実兄である関東管領上杉顕定も敗死させ守護と管領を殺したとして非常に評判を落としていた

 

 しかし信長の場合は信友が義統を自害させたことで、信友を謀反人として大義名分のもと撃つことができた。


 後に斯波義銀が傀儡守護であることに不満を持ち今川義元と結んで信長追放を図ったときは追放していたりするが統一されていくこととなる。


 これにより清洲織田氏は断絶し、弟信行は暗殺され、岩倉織田氏の織田信安、その子の信賢らも追放。され、尾張は信長によって名実ともに統一支配されたため斯波義銀は意図的にも殺しにされたのではないかと考えるやつもいるようだが、世間一般のイメージと違って信長は権威を大事にしたためそそらくそうではないだろう。


 そして斯波義統が信友が俺を謀殺する計画立てていることを密告して助けを求めてきたが、坂井大膳・織田三位・河尻左馬助・川原兵助らが守護邸に攻め入ったことを聞いた。


「犬! 猿! 帰蝶! 守護殿を助けに行くぞ!」


「うーっす」「承知」「わかりましたー」


 十傑集走り(ダッシュ)で、守護邸ヘ向かい、いつものようについてくる犬猿帰蝶。


 それからと俺は帰蝶に向き直って言う。


「帰蝶、今回は建物ごと集団に攻撃するような武器は使うな。

 守護様やその家臣や兵士まで巻き込みかねんからな」


「なるほどそれもそうですね。

 今回は拳銃(ハンドガン)によるガン=カタだけにしておきましょう」


 全力ダッシュで俺たちがかけつけたときにはまだ火の手は上がっておらず、剣戟の音や怒号、悲鳴、断末魔などが飛び交っていた。


「俺は織田上総守!守護殿のお命を助けに参ったっ……てお前ら?!」


 俺がそう叫んでいたら犬猿帰蝶は勝手に突っ込みやがった。


 そして、義統に向かっている坂井大膳らの兵士の背後から襲いかかった。


「おっらああっ!」


 犬の三又槍が振るわれるたびに雑兵が薙ぎ払われる。


「我の行く手を阻むものはすべて粉砕する!」


 猿の豪腕が唸るたびに雑兵が吹き飛び、頭突きを食らったやつは文字通り粉々に粉砕されていく。


「この格闘技を極めることにより、攻撃効果は120%上昇、防御面では63%上昇、ガン=カタを極めたものは無敵になるのです!」


 帰蝶は二丁拳銃で射撃をしながら近接戦闘をこなすという器用なことやってのけている。


 こいつらに背後から襲われている雑兵はあっという間になぎ倒されて、織田三位、河尻左馬助、川原兵助といった首謀者も倒されていた。


 残るは坂井大膳だけだ。


「残りは少守護代の坂井大膳、お前だけだ」


「ならば、かくなる上は私自ら!」


「来るがいい!」


”ラウンド1、ファイト!”


「お前には宇宙旅行をプレゼントだ!」


”ゴスゴスゴスゴスゴゴス、ドゥシューン ”


 俺の拳が坂井大膳を宙に吹き飛ばしそれを更にジャンプして追いかけて打ち上げ、それを更にジャンプして追いかけて打ち上げ続ける。


「ぐわあああ、ぐわあああ、ぐわああっ」


 坂井大膳は反撃もできないままひたすら上空に打ち上げられ続けたが、体力ゲージが0になって当たり判定がなくなると断末魔の叫びを上げて地面に倒れ伏した。


「ふん、土は土へ、灰は灰へ、塵は塵へと帰るがいい」


 そしてその直後にやつは何事もなかったかのようにムクリと起き上がった。


”ラウンド2、ファイト!”


「お前には宇宙旅行をプレゼントだ!」


”ゴスゴスゴスゴスゴゴス、ドゥシューン ”


 俺の拳が坂井大膳を宙に吹き飛ばしそれを更にジャンプして追いかけて打ち上げ、それを更にジャンプして追いかけて打ち上げ続ける。


「ぐわあああ、ぐわあああ、ぐわああっ」


 やはり坂井大膳は反撃もできないままひたすら上空に打ち上げられ続けたが、体力ゲージが0になって当たり判定がなくなると断末魔の叫びを上げて地面に倒れ伏した。


「ふん、土は土へ、灰は灰へ、塵は塵へと帰るがいい」


 そして奴はそれ以上は起き上がってこなかった。


 そしてふすまが開くとひょっこりと斯波義統が現れた。


「うむ、織田上総守よ、よくぞ助けに参った」


「は、間に合って何よりです」


 ここからは話が変わってくるのかもしれない?

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