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第91話 反乱


 ズーニッツ帝国領ポルスカ地方。中央大陸と接している地方である。


 ここはベルリナから北へ行った所にあり、東大陸の最北東の地域で、ここから東に進むと中央大陸となる。


 この中央大陸は、名前も知らない別の国がある。


 中央大陸の国とは交流も無く、ある理由から取ろうともしなかった。


 だが、中央大陸の国がゲネシスの残存兵に占領されるようなことがあれば、面倒なことになる。

 

 そこを拠点に中央大陸の近代化した軍勢を従えて、泥沼の戦争が起きるかもしれないのだ。


 アド総統は、少しでもゲネシスの戦力を削ぐため、各地方に散っていた第三、第四軍団を再編成し一つの軍集団として組み上げ、この軍集団を中央大陸へ撤退するゲネシス軍の追撃に当たらせた。


 アド総統の思い描く通りに、本来の規定より少ない十万の兵力は、多少の被害は出るものの確実にゲネシスの戦力を削ぐことに成功していた。


 しかし、そんな優勢な状況であってもアド総統の悩みの種はある。


 どうしても中央大陸にゲネシス軍が流入することと、戦場の火消し役と化していた武装親衛隊の損害である。


 既に一割は数を減らした武装親衛隊は、士気こそ衰えてはいないが疲労は見えていた。


 さらに続けてアド総統を困惑させる出来事が起きる。


 全身を覆う白いアーマーを装備したゲネシス兵が、一斉に帝国軍に投降したのだ。

 

 赤いアーマーを着た野獣のようなグリセロス族に対して、反乱を起こしたのである。


 その予期せぬ味方を指揮していた、白いアーマーを着た者達が、前線司令部を訪れていたアド総統の前に姿を現したのだった。


 現在、前線の司令部内の椅子に座っているアド総統の前に、白いアーマーを着たゲネシス兵が武器を持たずに立っている。


 中央に一人、見たところ指揮官のようでアーマーの肩に豪華な意匠が施されていた。

 

 その後ろに二人、白いアーマーを来たゲネシス兵は両手を後ろに回して組み静かに立ち、待機している。


 さらに二人のゲネシス従卒の背後に一人、フードを被ったセミショートの白に近い金髪を持った碧眼の少女が立っていた。


 アド総統は一瞬、帝国の者かと思ったが手の甲に鱗のような組織は認められず、部外の者であると確信する。


「……一番後ろの者は誰だ? ゲネシス兵か?」


 アド総統の問いにフードを被った少女がヴァイツ語で「そうかもだ」と言った。


 アド総統は一瞬、頭にハテナマークが浮かぶ。


 ちゃんとしたヴァイツ族の言葉なのだが、精度が機械翻訳レベル以下の誤訳レベルであった。言っていることが解るが、解りにくく、非常に煩わしい。


 この時のアド総統の護衛としてゴシックドレスを着た幼い少女が二人、アド総統の護衛についていた。その内の一人であるリゼッテが、心当たりがあるように手を打つ。


「アドお姉さま。リゼッテは、あの方の名前を忘れてしまいましたが、あの方がロシアのアンドロイドであることは解りますわ。第六世代を超えた存在であることも」


 リゼッテがスキャンした結果をアド総統に伝える。


 アド総統はそれを聞いて身震いした。


「こいつらは殺しに来たのか?」


 グレチェンがリゼッテの代わりに答える。


「いえ、おそらくは違うと思いますわ。アドお姉さまを殺しに来たのであれば、このポルスカ地方に入った瞬間に……でしょうね」


 リゼッテとグレチェン。


 孤児と家無き帝国民で溢れかえっていたエイトフラッグ号にて、武装親衛隊を殺害した一連の騒動を引き起こした二人のアンドロイドは、セーズによって電脳の大多数を初期化され、指揮権をセーズに渡し無害化された後、帝国に引き渡された。


 そして、彼女達はアド総統の護衛に抜擢されるという結末を迎えていたのだった。


「リゼッテとグレチェン。ユーリヤの隷下に有ったはずの貴女達が、どうしてそこにいるので?」


 そのアンドロイドがフードを取る。


 白い金髪のショートヘアは、煌めく雪を思わせる美しさであり、生物以上に整った顔は儚さを思わせる。


「アドお姉さま。グレチェンは少しだけ断片的にですが思い出しましたわ。識別名称は確かメチェーリ。第六世代の改良型で第七世代プロトタイプですわ」


 グレチェンがアド総統に耳打ちする。

 

 そんなやり取りを白いアーマーを着たゲネシス兵の指揮官が「まずは我々の話を聞いてもらいたいのだが、よろしいか?」と言った。


「ああ、すまない。話してくれ」


「我々は既に存知だろうが、野卑なグリセロスに対して反旗を翻した。よって我々アールブは帝国と人類と共にゲネシス同盟と戦う」


 若い男か、低めの女のような声だった。


「我々アールブは、三千年以上も前から銀河に散らばる知識を集めていた。だが、グリセロスとの二百年戦争に敗れてからは、種としての尊厳を失い絶滅が約束されている」


 種としての尊厳とは何か、アド総統は考える。


 どのような仕打ちを彼らは受けたのだろうか。


 反旗を翻すほどのことであるから、よほどのことか。


「詳しく話を聞かせてもらっても良いか? アールブの指揮官」


「グリセロスに敗れた我々に対して、奴らは我々を子孫が残せないように遺伝子に細工をした。子は年に百人も生まれない。三千年前に銀河中に散らばっていた数百億の同胞も今や母星に八千万を切るほどだ。さらにグリセロスはアールブを抑え込むことを徹底して行っていた」


 アールブの指揮官とアールブ従卒の二人が白いヘルメットを外した。


 三人とも髪は短いが女性のように見えなくもない。


 ピンと横に伸びた長耳と、エメラルド色の目を持っていた。


「戦いに不慣れなアールブの女は兵士として前線へ。アールブの男達はグリセロスの監視下の元で強制労働という具合にだ」


「だから、降下したグリセロスの軍勢がゲネシス本隊と完全に切り離された、この好機を生かすほか無かったんだ。種を存続させるには……これしか」


 アド総統は明らかに狼狽した。


 今まで戦ってきたゲネシス兵は、白いアーマー着たアールブが矢面に立って戦っていたと記憶している。


 それが全て、戦いに不慣れな女性で構成されていたとは思わなかった。


「なるほど、好機なのは確かだろう」


「そこで条件を一つだけ飲んでもらいたい」


 アド総統が頷く。


「出来ることならな」


「現在のアールブの兵力は集結が全て完了すれば四千人ほどになる。その一部の四百人ほどの負傷した者は帝国の臣民としてほしい」


「いや、まて。理解できるような出来ないような。その条件に何の意味がある?」


「我々は、もしかしたらヴァイツ族の男性との間なら正常に子が出来るのではないかと考えているのだ。万が一の確率であっても試してみる価値はある」


 帝国の女性は男性よりも優遇され大切にされている。


 そんな国である帝国の男性は快く受け入れるだろう。しかし、今まで戦ってきた相手が女性だったと帝国軍内に知れ渡ったら、間違いなく戦いたくないと言い出す兵士が現れ、終いには戦うことへの忌避感が帝国軍に伝播し、士気崩壊を起こしかねない。


 帝国軍は徴兵制である。職業軍人であれば割り切れるだろうが、若者も多い帝国軍においては由々しき問題だ。相手がヴァイツ族の女性ではないからといって不埒を働き、軍紀を乱す者が現れる可能性もある。


 アールブの兵士は全て女性という情報は、隠したほうが良い事実である。


「余からも一ついいか? 負傷した者に対しての処遇はそちらの言う通りに受けよう。だがな、お前達が全て女性だという事実は絶対に隠し通してもらうぞ。負傷していない者達は帝国兵との過度な接触は禁じる。それで構わないな?」


「構わない」


 アールブの指揮官は、アド総統に短くお礼を述べると従卒と共に退出した。


 残ったのは、言語がどこか可笑しいロシアのアンドロイドである。

 

 名前はメチェーリ。


「そちらの話は終わったので? メチェーリもリゼッテに疑問を投げかけたいと?」


 アド総統は首を傾げてリゼッテを見た。


(われ)にはあの者の喋り方が解りにくくて気に喰わん。リゼッテに対話は任せるぞ」

 

「アドお姉さま、リゼッテにお任せくださいな。でも、彼女のことを気に喰わないとは思わないで欲しいですわ。なんせ、戦闘能力を極限にあげた弊害なのだそうですから」


 リゼッテが可愛く笑って「さあ、どうぞ」と手をメチェーリに差し伸べるジェスチャーをする。


「まず一つ。答えたくないなら答えなくてもいいかもだが、今の貴女達の指揮権は誰に渡っているのか答えるべき」


 メチェーリは静かに話してはいるが、威圧感が感じ取れた。


「リゼッテとグレチェンはセーズお姉さまに指揮権を渡しましたわ。よって貴女方とは縁を切ったということですわね」


 メチェーリが露骨に不快感を表情に出した。


「それは祖国を裏切ったと理解しているので?」


 リゼッテは笑いを堪えていたが、堪えきれずに我慢できずに笑う。

 グレチェンも釣られて笑いながらしゃがみ込んだ。両手で口を押えても漏れだす、大爆笑だった。


「貴女の喋り方、すっごく逝かれてるわ! 真面目な話なのに笑ってしまったじゃない!」


「祖国を裏切ったと理解してると?」


 メチェーリが静かに怒る。


 リゼッテとグレチェンは、忠誠なんて最早どうでもいいと言わんばかりに肩を竦めた。

 

「裏切り? リゼッテ達にとっては、どうでもいいですわね。少なくとも今の祖国はズーニッツ帝国ですし、あるべき所に収まったと思っていますわ」


「グレチェンもメチェーリに聞きたいことがありますわ。なぜ、アールブの方と一緒に居ましたの?」


 メチェーリが息を吐く。


 数十秒後に口を開いた。恐らくは伝えてもいいのか仲間に確認を取ったのだろう。


「許可が下りたので伝えよう。我々は帝国との敵対行動を一旦中止し、アールブの持っている技術と引き換えに支援せにゃならない状況に変わった。帝国と敵対する意味が無くなったと思ってもらって構わないかもだ」


 アンドロイド達のやり取りを聞いていたアド総統が、口をへの字に曲げて「どっちだ」とメチェーリに突っ込んだ。


 メチェーリが咳払いをしてアド総統の方を向く。


「表立ってこの惑星のローカルなヴァイツ族を殺傷することはない、と思ってもらって構わない」


 メチェーリが「もしも裏切った貴女達が敵として戦場でメチェーリ達と出会った時は、壊されることを覚悟して貰うコトだ」と終始言語が逝かれた状態で、リゼッテ達とのやり取りを終え、静かに司令部から退出した。


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