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第90話 異文化交流(夏) 後編


 銀髪頭のヘルマ。彼女はアド総統から破格の扱いを受けている従卒で、親衛隊兵長である。

 

 彼女も黒い水着を着て、アド総統の従卒としての役目を果たすためにビーチにいた。


 しかしながら、彼女には他の任務もあった。現在も暑い中、帝国民や兵士達を励まし続けベルリナを世界首都にするべく汗水垂らしながら働いているであろう国民啓蒙大臣のベルスから受けた任務である。


 念写という決して戦闘向けでは無い能力を用いた任務だった。


 ベルスから受けた任務はこうだ。


 士気が低下しつつある帝国軍の為に、士気向上につながるようなプロマイド写真をカラーフィルムで用意してくれと。


 帝国兵の男女比率は男性が九割で女性が一割である。その一割の女性兵士も武装親衛隊が大多数であった。


 必然的に男性用のプロマイドを用意しなくてはならない。


 男性兵士の士気向上に役立ちそうな被写体は、ズィル・マイヤー親衛隊兵長が挙げられる。


 マイヤーとかズィルとか呼ばれている彼女の戦闘能力は凄まじく、普段は人と会話するのが苦手な奥手な性格も相まって男性兵士からの人気が高く、丁度よく豊満な胸部は男性の視線を釘付けにする。


 純血の証である手の甲に少量の鱗が無いのも高ポイントだ。


 家柄が良いということなので当然、狙う男性も多い。


 緑の髪と銀の蛇眼もズィル・マイヤーの家系にしかない特筆すべき特徴である。


 しかも、アド総統と同じ本流の血統なのだから政治的な婚約を申し込まれことも数知れずな女性だった。


「第一の男性の自家発電ネタはマイヤーに決定。ということで、なるべく際どい瞬間を撮りたいのですが……横にいるトオルという男性が邪魔ね」


 トオル。本名はトオル・フナサカ。


 所属している政府に記憶を奪われて改竄された可哀想な男。


 そして、兵士としては優秀な部類だった。


 彼はマイヤーの所属していた武装親衛隊、第五偵察小隊、第二班のメンバーである剛拳ラボールと水刃の貴公子ベッケルを容易く殺した相手を屠る一歩手前まで奮闘し、結果的にマイヤーに戦友の仇討ちを取らせた人類の男性である。


 あろうことか、ズィル・マイヤーは完全に彼に惚れているようだ。


「私には彼の何所に惚れる要素があるのか分かりないけど……吊り橋効果って奴かしらね」


 ヘルマは複数回念写した。


 その写真には傍から見れば恋人のように歩くトオルとマイヤーが映っていた。


 彼らの背後には、これまで見たことのないスレクトの嫉妬が混じった顔と、トオルと同じく人類のナカジマが笑っている写真だった。


「このナカジマという女。一番信用してはいけない相手だ」


 ボル族の食人鬼が孤児を誘拐した事件の際、ヘルマは定期的に念写してトオル達の様子を伺っていた。


 愛するアド総統に害をなす存在かどうかを見極めるためであったが、その時に出てきたのがボル族の男を、まるで朝食を取るかのように尋問するナカジマの姿だった。


 そのやり方も相手を確実に追い込み口を割らせようとする手法であった。


 ヘルマの見立てでは、ナカジマという女はただの民間人では無い。


 諜報機関かそれに類する機関に所属する者ではと疑っていた。


「一番の疑問は帝国の戦力を強化するような提案ばかりだということ。一見して金儲けをしたいだけのように見えますが……帝国がホプリス族の文明レベルを上げようとしているのと同じようにも見える」


 ヘルマは難しいことを考えるのを止めて、薄緑の水着の露出の高い水着を着たマイヤーを念写で盗撮した。

 

 この肌色が多いズィル・マイヤーのプロマイドを支給すれば、男性兵士の士気向上は間違いないだろう。


 次に被写体として目を付けたのは、スレクトである。


 だが、彼女は正直な話、男性兵士に特段人気がある訳でもない。


 容姿はもの凄く良いのだが、彼女の血統が問題だった。


 スレクト・アギ・ザーナグ。彼女のフルネームだ。


 アギという語句は、ヴァイツ族の間では久しく使われいない死語だ。


 そしてこの語句は、ヴァイツ族と袂を別けたボル族の物だった。


 彼女はヴァイツ族に忌み嫌わている人食い種族を祖に持っている。


 アギの意味はボル族の古い言葉で”英雄”という意味だった。


 その言葉も、ある日を境に”裏切り者”を示す単語となった。


 英雄と呼ばれていたアギ氏族は一般的なボル族と違い、ナノマシンが正常に作動していた。遺跡の聖遺物から力を得たアギ氏族は英雄と持てはやされ、己の血に劣等感を持っていたボル族の希望だった。


 だが、ボル族の英雄でもあったが、アギ氏族は残忍なボル族を見限ってズーニッツ帝国を建国したばかりのアド・ヴェレアトールの側に付いた。


 そんな彼女は、トオルという人類の不死性の能力を得たとされる人類の男性に思いを寄せているのだが、どうにも傍から見ててもどかしいものがる。


 普段から男性に言い寄られることも、言い寄ることも無かったスレクトであるからこそのぎこちなさなのだろう。


「一部の特殊性癖向けに撮っておきますか」


 ヘルマは念写してスレクトの水着姿を写真に収めた。


 赤いスポーティな機能的だが、露出は全身水着と比べると高いそれは一部の男性兵士の士気を高めることだろう。


 ヘルマが次に映したのは、ホプリス族のラナリである。


 啓蒙大臣のベルスは言った。


 彼女のプロマイドは最優先事項だと。


 それは何故か。


 帝国は現在、アネシア王国に対して彼らの技術や文明を底上げしようと技術者や政治家を派遣している。


 彼らを守るために軍も派遣した。


 この慈善的に見える行動は軍内部では”島流し”と称され、この任務を受けた帝国軍の士気は底が見えそうなほど下がっている。


 よってベルスは一計を案じた。


 ホプリス族の女性は、このプロマイドに映っている女性のように美しく、ヴァイツ族の女性のようにキツイ性格ではない天使のような存在であると喧伝する計画である。


 ヴァイツ族の女性は確かにキツイ性格をしている。


 へその緒からしか、ナノマシンを受け継げないという事実が血統を重んじるヴァイツ族の女性の地位を女尊男卑の域にまで押し上げたのだ。


 ズーニッツ帝国の政治家は女性が多い。逆に血を流す軍人は男性が多かった。


 女性は替えが効かず、男性は替えが効くということである。


 そんな虐げられたヴァイツ族の男性からしてみれば、ベルスの喧伝するような女性がいる国に行きたいと志願するだろう。


「ラナリさんの写真は別角度も含めて念入りに……」

 

 白い露出高めのツーピースの水着に空色のパレオ。


 これはマイヤー以上に、男性兵士から人気を集めそうなほど美しかった。


 ヘルマが最後に被写体として選んだのはアド・ヴェレアトール総統閣下である。


 アド総統は御年六一三歳の不老である。


 見た目は小さな女の子だが、実際の所は頭の回転は早く、民衆を熱狂させるほどのカリスマもあった。


 ヘルマにとってはそれだけではなく、アド総統の魅力的な泣き顔と命を人生全て掛けて守りたいと決心させたほどだ。


 ヘルマは、アド総統のモノトーンの全身水着を着た姿を写真に撮った。


 可愛らしいアド総統の無邪気な姿は、歪な少女愛を拗らせた変態男性兵士向けの士気向上に役立つだろう。


 ヘルマは写真にこそ撮らないが、セーズという人類のアンドロイドを気にしていた。


 セーズはナカジマの第六世代型軍用アンドロイドだ。


 その性格、ナカジマに対して一見辛辣に見える彼女にヘルマは親近感を覚えていた。


「セーズって娘は私と同類ね。好きな相手を苛めたくなるって性格が」


 毒舌でナカジマを揶揄うセーズと、アド総統の泣き顔を愛してやまないヘルマは同類だ。


 ヘルマは、自分と同じような性癖を持ったセーズに対して、にこやかに笑いながらカメラを降ろして任務の終了を心の中で誰に伝えるでもなく宣言した。


 帝国に想像もつかないような来訪者が現れるのは、この楽しいバカンスから数日後のことであった。


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