第89話 異文化交流(夏) 中編
夏のビーチでバカンスといったら水着を着て海で泳いだり、砂で築城に勤しむのが暗黙のルール的な楽しみ方である。
水着を着たトオルもナカジマも、その普通のバカンスを期待していたのだが、呆然と佇む二人の前で繰り広げられている異様な光景は、今からこのビーチが敵の上陸目標にでもなるのかと思わざるを得ないものだった。
現在のビーチでは、アド総統と彼女が率いる武装親衛隊二個小隊によって穴掘りが行われている。
アド総統も武装親衛隊も、水着姿で楽しそうに穴を掘っている。
次々と彼女達の手によって出来上がった穴は、フォックスホールのような緊急用塹壕にしか見えない立派な穴だった。
それを心底楽しそうに、彼女達は笑いながら掘っていた。
夏のビーチに来たら遊び方はこれであると言わんばかりの楽しそうな顔だった。
そんなビーチも水着姿のトオル達が、思い思いのバカンスを楽しんでいた三分前ぐらいは平和だった。
脱げば中々のスタイルだったナカジマの青いビキニ姿も、普段は男の目、特にトオルを気にしない言動とのギャップを感じられて、良い物であったし、美人が美人しているといった感想をトオルに持たせた。
キューとセーズは何時ものボディスーツ姿であり、三角水着を着たアルバの元でバーベキューの準備を健気に手伝っている。
キューが選んだラナリの水着も、白のツーピースに空色のパレオを腰に巻いた姿は女神のように見え、心の中で拝みたくなる。
トオル達がビーチに到着してから三分後、赤いスポーティな水着を着たスレクトは健康的な印象を与えたし、帝国製の露出の高めな薄緑の水着を着たマイヤーは目の保養になった。
だが、問題はスレクトとマイヤーの後ろにいたアド総統である。
詳しく状況を書きだせば、スコップを片手に持ち、モノトーンの全身水着を着たアド総統と、シャベルを持ち黒い水着を着た武装親衛隊の一団が問題だった。
アド総統は仁王立ちに立って言った。
「さあ余からのご褒美だぞ諸君! ビーチでバカンスを楽しみ英気を養うのだ!」
アド総統がスコップを前に突き出し「楽しめ諸君!」と号令した。
その号令に黒い水着を着た武装親衛隊が、シャベルを地面に一突きして「了解!」と吠えるように答えたかと思うと、リードから放たれた猟犬のようにビーチへ突撃し、良い塩梅の砂場を見つけた飼い犬のようにせっせと楽しそうに穴を掘り始めた。
「ねえ、トオル。わたしは何を見ているのかしら。ビーチにわざわざ穴を掘りに来た、頭が暑さで蒸発した集団が見えるんだけど」
ナカジマが心底呆れた様子で、掛けていたサングラスを頭の上に置いて、アド総統主催のヴァイツ族式バカンスを見渡す。
「俺の目にもそう見える。砂の城どころか、個人用塹壕を嬉々として拵えてる光景がな」
「なんだか見てるだけで疲れてくるわね……。でも、アド総統には挨拶しとかないとだし、トオルも一緒に来る?」
トオルは「そうだな。穴掘ってる六百歳児のとこに行くか」と穴をせっせと掘っているアド総統の元へ歩き出した。
アド総統は元気良くスコップで穴を掘っている。
深さは半身がすっぽり入りそうなぐらいだ。
彼女の年齢は六一三歳らしいが、外見だけの情報だと、先日のリゼッテとグレチェンのような子どもだ。
ナカジマがアド総統に声を掛ける。
「アド総統、ナカジマライフルの正式採用と新型レーションの一部採用の件は、誠にありがとうございました」
「おお、ナカジマも居たのか! 例の自動小銃は命中率も良く、プレス加工で生産性も抜群だと陸軍に大好評だったぞ! 新型レーションも、特に男性兵士がアルバスティックと渾名したチョコバーは、士気向上に役立っている。何と女性兵士が食べている姿を見るだけでやる気が出るのだそうだ」
ナカジマに駆け寄り手を握ったアド総統が、矢継ぎ早にお礼を述べた。
「しかしな、女性が食べているのを見ているだけでやる気が出る菓子など、どうやって作ったのやら全く分からん」
砂が混じった水色の綺麗な髪を揺らめかせて首を傾げる、無垢なアド総統をナカジマが半笑いで見る。
「男ってのはどいつもこいつも……」
自分も批判された気持ちになったトオルは、咳払いを一つしてアド総統に挨拶した。
続けて彼女に疑問を投げる。
「アド総統、つまらぬことをお聞きしますが一体この穴掘りは」
「夏の海で水着に着替えてやることと言ったら、穴を掘ることだろう。人類はやらないのか?」
アド総統は不思議そうな顔で、スコップを自分の小さい肩にぺチぺチと当てながらトオルの疑問に答えた。
アド総統と談笑を終えたトオルとナカジマは、真剣な顔で何やら話しているスレクトとマイヤーの所へ向かった。
「あら、ズィルちゃんとスレクトは穴を掘らないの?」
「なんだナカジマか。今日はワタシもマイヤーも掘らない。これから課せられた任務の進捗を進めな、く、て……は……」
スレクトがトオルの存在に気が付くと、恥ずかしそうに顔を下に逸らした。
そんな彼女をトオルは前々から思っていた疑問をスレクトに聞いた。
彼女達ヴァイツ族の一般的な者なら必ずある、手の甲にわずかにある鱗のような組織のことだ。鱗と言うよりは美しい宝石にも見えるそれを、トオルはずっと不思議に思っていた。
「なあ、スレクト。ずっと思ってたことがある」
「な、なんだ?」
スレクトが生唾を飲み込んだ。どのような言葉が来るのか身構えた。
「その手にある鱗? 宝石? ってある奴と無い奴がいるだろ? 例えばアド総統とマイヤーには無くてスレクトにはあるようにさ。同じ種族なのに不思議だよな」
スレクトは思わず「は?」とトオルを威圧した。
折角の水着姿を褒めるでも無く、一緒に遊ぶかと誘う訳でも無いトオルの言動に心底がっかりした様子である。
「……お前、ワタシが着慣れない水着を折角着てやったというのに、最初に出る言葉がそれか?」
「い、いつもはあんまり見えなかったから、つい」
スレクトが溜息を吐き、自身の白い鱗を指さして「これはナノマシンが結晶化した物だ。ボル族にもあるが、あれは死んだナノマシンが結晶化した物だ。……満足したか?」とジト目でトオルを見る。
「成程な……。それはそうとだな、あっちでアルバさんがバーベキューをするそうだ。一緒に行こう。マイヤーもほら」
トオルは小恥ずかしそうに後ろを向く。
スレクトに言われてよく見れば、可愛らしい意匠もある水着だ。
「……素直な感想は恥ずかしくて口には出せん。まあ、あれだ、意識するぐらいには可愛いいんじゃないか」
スレクトが驚きと嬉しさで固まる。彼女にとって意識するとまでは予想外であった。
そんな様子を見ていたマイヤーが、ちょっとムッとした顔でトオルに近寄ると、トオルの反応はスレクトの時とは明らかに違う反応だった。
息を飲む美しさを間近に見て狼狽したというか、鼻の下が若干伸びたというか、そんな顔である。マイヤーのような人類以上の美しい女性に、たわわな山とそれ隠す布が合わさると男の脳を破壊する威力だった。
しかもこれは凶器を超えた生物兵器だ。男を無差別に鼻血の海に沈めそうなほどの。
「……トオル、私は……?」
「……言葉を失うほど素敵だな」
トオルの真っ直ぐな感想にマイヤーが嬉しそうに笑顔を浮かべる。
逆にスレクトの額には大きく青筋が立つのであった。




