第82話 訓練と事件
トオルはナカジマに呼び出された。場所は今や”不滅の御旗”の拠点と化した総統府近くの迎賓館である。 この”不滅の御旗”とはネーミングセンスが、壊滅的にあれなナカジマが設立した民間軍事企業の名前であり、トオル達が半ば強制的に所属させられた物である。
トオルは、ナカジマの部屋の椅子に長テーブルを挟んで座っていた。トオルの目の前に座っているナカジマは、何かを考えている様子で癖毛の茶髪をいじっている。
「んで、何の用事だ? 惑星を脱出できる算段でもついたのか?」
「あーそれについては模索中。トオルがタウに戻りたいって要望には叶えてあげるつもりだけど、肝心の防衛機構を突破する手段が無いのよね」
この惑星エレミタは現在、遺跡の防衛機構によって守られている。一定以上の高度に乗った兵器をハッキングして破壊するという物だ。
ただ、完全では無く抜け道もあるようだが、ハイテクなナカジマのエイトフラッグ号やゲネシスの航空兵力を完全に無力化させる絶対さを見せていた。
「まだ見つかってないのか。じゃあ、何だ仕事の話か? そういや、小国も買えそうな大金が残り一割しか残ってないってキューが言ってたんだが、何に使っちまったんだよ」
ズーニッツ帝国から正当な報酬として貰った金塊の山は、既に殆ど使い果たしていた。手元に残っているのは生活に困らないだけの金額しかない。
それを帝国の貨幣に生活費などの出費が出るたびに換金しながら毎日を過ごす日々であった。
「そこは安心してオッケーよ。ちょっと自動小銃の生産と弾薬の補充をしてただけだから。あとエイトフラッグ号の修理代。といっても穴塞いで耐熱塗料塗っただけだけどね」
「自動小銃の生産ってどんだけ数作ったんだよ……」
トオルの突っ込みにナカジマがしたり顔を見せた。
「ざっと四万丁よ。これを全て帝国に売り込むのよ」
エイトフラッグ号。全長七八二メートルもある重巡航級の宇宙艦艇である。
その巨体の中は工場区画や水耕栽培区画など太陽系連合政府軍の重巡航級とは違ったカスタマイズを施されていた。
今は八千人強の孤児や家や家族を亡くした帝国民が、三か月間だけ中で寝泊まりをする場所として貸していた。
「売り込んでどうすんだ?」
「長い目で見た時に、帝国でわたし達の銃弾の規格と合う自動小銃が生産されれば、いざという時に融通が利くでしょ? それに、帝国の被害って首都と軍事基地と軍需工場に集中してるらしいのよ。売り込むなら今よ」
いざという時というのは、帝国を"不滅の御旗"のスポンサーにした場合だ。
過剰な火力の帝国製自動小銃より、使い慣れた人類の自動小銃を"不滅の御旗"へ供与するように仕向けるという事だ。
「ライセンス生産もさせる気か。確かに合理的なのかも知れないが」
トオルは「俺が呼び出されたのはこれが関係するのか?」と言おうとしたところ、ナカジマが突然、体を前に乗り出した。
「関係大有りよ! 最近は徴兵にも力を入れているみたいだし、わたし達が直々に帝国の新兵教育をすれば忙しいアド総統も捕まるはずだわ」
トオルは渋い顔をした。軍事教育は受けていた側ではあったが、教鞭をとった事など二回しかない。その二回ともトオルが所属する班が最優秀に選ばれた時に、他班を教えた時だ。
ましてや、戦闘教義が違うであろう帝国兵に教えるなど大丈夫なのだろうかとトオルは不安になった。
「……帝国の戦闘教義なんぞ知らんぞ。士官学校時代に習ったものなら何とかなるかも知れないが、自信は無い」
「それで良いのよ。それが良いのよ。なんてったって、この指導は新兵教育を施すことだけが目的じゃないからよ。従業員として雇う時に目星をつける為でもあるのよ」
トオルは直感的に「絶対に雇えないな」と結論付けた。
それに理由を付けるとしたら、アド総統の人気だろう。彼女を慕わない帝国兵など存在しないのではと思えるほどであった。
彼女の存在を良くないと思っているのは、ほんの一部の将校だけである。
「……雇えなかったら雇えなかったでいいのよ。ナカジマ製の自動小銃を装備品と一緒に売り込むのも目的の内だし」
こうしてトオルは帝国の新兵を人類式の訓練方法で一か月の間訓練することになった。といっても、本格的な物では無く近接格闘の訓練やナカジマ製自動小銃の基礎訓練、射撃訓練といった売り込むための訓練であった。
当たり前と言うか人数は、ナカジマが想定していた人数の約二割と言ったところで数は八〇人を少し超えるほどであった。
「人数すっくな! ちょっとトオルどういうことよ」
集まった人数の少なさに不満を露わにしたナカジマがトオルを睨む。
「どういうことだと言われてもだな、知名度の無い俺達の訓練を受けてみたいなんて思う馬鹿はいなかったってことだ。大体あれだぞ、集まったこいつらも上から命令されて渋々来たような奴らだ」
ナカジマが腕を組み口を曲げて唸る。
「もうちょっとお偉いさんが来ると思ったんだけど……火器の専門家とか」
「どうするんだ? 始めるか?」
ナカジマが一しきり考えた後に顔をあげた。
「解決策を思いついたわ。ラナリとスレクト達も呼んじゃいましょう。スレクトとズィルちゃんは男性人気も高いんだっけ?」
トオルは「ラナリ達で釣る気かお前……」と阿保かと言いたげな顔をした。
確かに少しは志願者が増えるかも知れないが微々たるものだろうと、トオルは思っていたのだが……。
訓練の開始日を一週間ほど遅らせて、その間にラナリ、スレクト、ズィル・マイヤーらが訓練に参加すると彼女達の写真付きビラで宣伝をする対策を行った。
キューとセーズが広範囲にそのビラを撒き、それを見届けたナカジマは、やることはやったとある種の達成感に似た満足感に浸っていたのだった。
そして訓練開始日の朝。
暑い中で集まった帝国新兵の数は、先週の五倍以上に膨れ上がっていた。
中には様子を見に来た将校の姿もあった。
「……まじかよ。流石にこの数を俺一人は無理だぞ」
トオルは、ラナリ達に釣られて集まった年齢が十五、六ぐらいの帝国新兵の隊列を途方に暮れたような面持ちで脱力しながら眺める。
「大丈夫よトオル。教官役にはセーズとキューにも手伝ってもらうから」
ナカジマは満足した顔で「じゃあ、わたしはお偉いさん達に自動小銃の体験会を成功させる仕事があるから」と手を振りながら歩いて行った。
トオルは後ろで聞こえるナカジマの「アルバさんの仕事はわたしと一緒よ」との声を聞きながら腹を括った。
最初の一週間は近接格闘の訓練である。
トオルが得意としていることであるから、俄然気合が入る。
先ずはレクチャーを新兵達に見せる為、スレクトを指名した。
最初に出会った時に見事なサマーソルトキックをやられたので、適当な配役だと考えたからだ。
「よし、基本的な近接格闘を行う。聞いたところによるとそういった技術は教えてないようだから、きっと興味を持てる内容のはずだ」
トオルはじっと説明を聞いている新兵達を見て、トオルの一挙手一投足に至るまで注視し始めたのを確認するとスレクトの方へ向き直った。
「スレクト、そんなに離れてると近接格闘もへったくれも無いんだが……さっさとこっちに来てくれ」
お互いが接触寸前の極めて近距離に接近した状況を想定したのが近接格闘なのだが、今のスレクトの離れようは、どちからかというと近接戦闘であった。
「……ああ、今行く」
スレクトが、緊張を貼り付けた顔でギクシャクした動きを加えた様子だった。
こんなスレクトを見たのは初めてだ。
「先ず、このような拳銃で撃てないような近接戦だが、構えの基本は力を抜いた状態で立つ。……おーい、スレクト聞いてるのか?」
体が緊張した状態での近接格闘訓練は怪我の元であるから、力を抜いて欲しいのだがトオルの意に反してスレクトはガチガチに固まっていた。
「怪我するからある程度力を抜いてくれよ。……聞いてねえな」
トオルは溜息を吐きながらスレクトに近づいて肩を掴もうとする。
「おい、今からレクチャーするから」
スレクトの肩を掴んだ瞬間トオルの視界が反転した。
二秒ほど宙を舞ったトオルは、そのまま地面へと叩きつけられた。
「ぐっへ!」
お見事なスレクトの一本背負いに新兵達が「オォー!」と歓声を上げる。
怒気を湯気のように立ち昇らせたトオルは、ゆらっと立ち上がりスレクトの両肩を掴みそのまま揺らした。
「俺が怪我するわ!」
トオルの大声とガクガクと脳が揺らされた刺激により、スレクトが少しだけ現実世界に帰ってきた。彼女は、やっと今から行うことを把握したようである。
「……す、すまない」
意気消沈したスレクトが、小さい体を更に小さくさせる。
「いいか、最初からやるぞ。構えの基本は脱力した状態だ。スレクト、俺とお前じゃ体格差があるから、俺がゆっくりと殴りかかるから言う通りに体を動かしてくれよ」
スレクトが「……い、言う通りに体を動かせだと!」と驚いた声を上げる。
言う通り以外に何があると言うのだろうか。自由組手か何かと勘違いしているのではないだろうかと、トオルは頭を抱える。
トオルはゆっくりと右手でスレクトに殴りかかり「体を右にずらして左手で俺の手を躱してくれ」と指示する。
トオルは、スレクトに打撃を防がれた状態のまま「相手がどこを狙ってくるかを正確に判断して、相手の攻撃の焦点をずらしたのが今行った動作だ」と新兵達に説明する。
トオルは次に「さっきの動きと同時に右手で俺の左腕を引き込んでくれ」と指示を出し実演する。
「この時に敵は、今回は俺だが勿論抵抗をする為に体を反射的に引いて踏ん張るだろう。その敵の戻ろうとする力を逆に利用するんだ」
「スレクト、さっきのと同時に俺の右足にスレクトの左足を引っかけてくれ。相手のバランスを崩した後は、前に出る力を利用して俺の顎に当て身だ。今までのを流れでやるぞ」
トオルは、近接格闘の基本を新兵達の前で実演して見せた。
トオルが体格の劣るスレクトに、いとも簡単にバランスを崩されて顎に当て身を寸止めされる。
これが実戦で尚且つスレクトがナイフを持っていたらと考えた新兵達は、こぞって成程と納得したように頷いた。
「次もちゃっちゃと説明するぞ。スレクト後ろを向いてくれ」
トオルはスレクトに指示を出して後ろを向かせる。
そして、投げのレクチャーをする為にスレクトを後ろから彼女の両腕を抱えるように抱きしめる。
「……!?」
スレクトの顔が見る見るうちに赤く染まっていく。少し長い耳まで赤く染めていた。
「突然後ろから襲われた場合だが、前に出るのは間違いだ。そんなことをしたって相手を制圧出来ないし、むしろ自分のバランスが崩れる」
新兵達がトオルの説明を感心しきりな様子で真面目に聞いていた。
「スレクト、俺に体重を預ける気持ちで重心を後ろにやってくれ……おーい、スレクト? ……お、おい、大丈夫か!?」
トオルに抱きかかえられたスレクトが、頭から湯気を出して失神していた。
スレクトがこのような醜態を晒したのかトオルには理解できなかったが、この訓練の一か月は面倒なことになりそうだと言うのだけは理解した。
初日はスレクトが担架で運ばれる以外のアクシデントも無く終わり、ナカジマの自動小銃の売り込みも案外上手くいったようである。
そして、訓練開始から三週間後思わぬ事件が起きた。
エイトフラッグ号の艦内で殺人が起きたらしい。
ナカジマは訓練を切あげさせてトオル達を招集する。
ただの殺人事件なら帝国の警察に任せるのだが、殺された者は武装親衛隊の男であった。
血が抜かれた状態で発見された遺体の情報を聞いたトオルやナカジマに、思い当たる存在と言えばロシアのアンドロイド達の存在である。二度ほど彼女達と交戦したトオル達にとっては喫緊の問題だ。
であるからして、トオル達はこれ以上の訓練を取りやめて下手人を探す手伝いをすることになった。




