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第81話 事の起こり 

第二部開始

 

 トオルが過去の記憶を正常に取り戻した一件から、二か月後の総統府前にて。


 銀髪をポニーテールにした親衛隊少尉スレクトは、同じく親衛隊兵長のズィル・マイヤーと共に総統府前に暑い日差しの中、汗を流しながら立っていた。


 ゲネシス軍との戦闘から二か月の西ベルリナは、元々被害があまりなかったとは言え、世界首都構想の事業を本格的に開始されたのもあって活気に満ちていた。


 西ベルリナを新たにズーニッツ帝国の中心とし、被害の大きい中央、東ベルリナを復興しつつ交通網や首都機能を充実させて行くのだとアド総統は言った。


 現に帝国は夏真っ盛りであるというのに、瓦礫を積んだ半装軌トラックやら建材を積んだ車列が引っ切り無しに行ったり来たりを繰り返している。


 おかげで失業者や戦傷で退役せざるを得ない元兵士達も皆、汗水流して働いている。足や腕に重大な機能障害を持つ兵士は、現在も治療中でその限りでは無い。


「それにしても今年はやけに暑いな……」


 帝国の夏は短いが暑くなる年とそうでない年がある。


 今年は暑い年のようだ。


「……黒い制服に黒いマントは……流石に暑い」


 スレクトもマイヤーも真っ黒の装束であった。二人とも汗を流しながら体のラインが浮き出るのをじっと耐えていた。


「思い出してみればあいつと最初にあった時もこの格好だったな」


 スレクトの言うあいつとはトオルの事だ。一目見た時は何所にでもいるような不逞の輩かと思ったが、存外に大した奴である。


 あの時の出会いがズーニッツ帝国やラナリ達の国アネシア王国、果てはこの星に大きく影響を与えたのは言うまでもない。


「待たせたようだな!」


 帝国製の高級車からアド総統が、従卒のヘルマを含む親衛隊数人を伴って降りてスレクト達の元へ駆け寄る。


「中で待っておれば良かったものを暑い中、外で待機するのは大変だったろう――にっ!?」


 アド総統が僅かな段差に躓いて転んだ。


「総統閣下、お言葉ですが身の丈に合わないシークレットブーツを履いているからですよ」


 従卒のヘルマが敬う口調と裏腹に、ヘラヘラと笑いながらアド総統を助け起こした。


 従卒のヘルマはアド総統の従卒の中でも破格の好待遇を受けている親衛隊兵長である。


 だが、彼女はアド総統の泣き顔コレクションなるものを念写の能力も駆使して集めているとの噂が親衛隊内では常識であった。


 所謂、忠誠心が明後日の方向へ振り切った系の人物だった。


「……ぐぬぬ、これを履けば支持率も上がると言ったのはヘルマではないか!」


 暑い中ずっと待っていたスレクトとマイヤーは、アド総統とヘルマのやり取りが何時までも続くのは御免被りたかった。


「総統閣下、そろそろ中に入りましょう。……総統閣下、聞いておられますか?」


 スレクトの催促を、アド総統は水色に煌めくミディアムヘアについた土を払いながら返事をした。


「ああ、聞いてるぞ」


 アド総統が総統府に入り、スレクト達が後に続く。


 スレクトとマイヤーはアド総統とヘルマの後に続いて、厳かな廊下を歩き、総統執務室へと入室した。


 一見して質素に見えるが、どこか高級感も感じられるそんな作りの執務室だ。


「さて、二人を呼んだのはナカジマの民間軍事企業とやらに派遣することに関連する話だ」


 アド総統が黒檀の椅子に座り、両肘を立てて手を組んだポーズを取る。


 彼女的には威厳のあるポーズなのだろうが、事情を知らない人が見れば可笑しな小娘に映るだろう。


「結局、派遣する形となったのは知っておりますが……関連する話とは?」


「……関連する事?」


 スレクトは関連する話が何なのか分からず、マイヤーもまた思い当たる節が無いようで緑髪のショートヘアを揺らして首を傾げていた。


「うむ。成功すればヴァイツ族の血がより洗練された物になるのは間違いない。それに、二人にとっても喜ばしいことだ」


 真剣な眼差しをスレクトとマイヤーの二人に向けていたアド総統が一瞬だけ、にやっと笑った。


 その笑いはどこか冗談めいた、からかいが混じった物だった。


「ワタシの覚醒は先日、アド総統の能力によって果たされましたからワタシの覚醒の話では無く……ですか?」


 アド総統は二つの能力を持っている。


 肉体の不老と他者のナノマシンを覚醒させることである。


 前者は周知の事実で後者は親衛隊しか知らない。


 親衛隊を一個連隊規模の軍勢に作り上げたのもアド総統の他者を覚醒させる能力によるものである。


 親衛隊が誰しも熱狂的にアド総統を慕うのも、彼女の人柄と能力によって覚醒したことに対する恩義を感じてなのだろう。


「それでは無い。口で言うのもあれだ……ヘルマ、例の命令書を二人に渡してくれ」


 ヘルマが脇に抱えた封筒から命令書を取り出すと、その内容に思わず噴き出した。


「っぷ! これはこれは……総統閣下、お見事な命令です。思わず……っくく、すみません、笑いが、込み上げて来ます。余りにも素晴らしすぎて……」


 ヘルマが小さく笑いを零しながら、スレクトとマイヤーの前に命令書を出した。


 スレクトはヘルマの態度にいらつきを覚えたが、その内容を見た途端に頭の中で考えていたことが吹き飛んでしまった。


 その内容に思わず驚愕し、羞恥とここへ来たことへの後悔が混じった表情を浮かべた。スレクトの顔を見たヘルマが爆笑する。


 命令書の内容はこう書かれていた。


 不死性の能力が発現したトオルを篭絡し、彼の血が受け継いだ子孫を残せと。


 スレクトは眩暈がした。羞恥によって顔全体へ血が一気に巡ったことによる眩暈だ。


 同時に頭も痛くなってきたのを感じた。


「……総統閣下、これは、余りにも……」


 スレクトが言葉に詰まり口籠る。


 同じ命令を下されたマイヤーは顔を紅潮させてはいるものの、満更でも無いようだった。


 ヴァイツ族の女性は強い男に惚れる傾向にあるのだが、マイヤーの様子を見るに間近でトオルの強さを見たのだろうか、とスレクトは羞恥で熱くなった頭を冷やすために思考を変えた。


 しかし、スレクトの些細な努力もアド総統が無慈悲に現実に引き戻した。


「ヴェル博士も言っていたのだが、スレクトはトオルに気があるのだろう? ズィルもトオルの土壇場での強さに惚れたようだし二人にとって適任だと思うが」


「ワタシは惚れてなどいません……! 今まで散々利用したことに対して罪悪感は感じておりますが……」


 スレクトが少し語気を強める。


「そうは言うが、随分と入れ込んでいるように見える」


 スレクトは動揺し始めた。入れ込んでいるのは存外に戦える奴で実は困難な任務も達成できるほどのポテンシャルを秘めていたと知ったからであって、惚れこんでいるのでは無いはずである。


「……だとしてもワタシには到底このような任務は」


 スレクトの渋い顔を見たアド総統が小さく溜息をつく。


 これでスレクトは難を逃れたと思ったがヘルマが台無しにした。


「総統閣下、ちょっとお耳を貸してください」


 ヘルマがアド総統にごにょごにょと何やら話し、それを聞いたアド総統の顔が明かるくなった。


「そうだな。スレクト少尉、無理と言うなら、この任務はズィルだけにさせよう。これまで余と同じ血統であるが故に釣り合う男は居なかったが、やっと釣り合う男が見つかったと言える。生まれる子が、不死性と電磁気操作の名馬であればヴァイツ族の快挙だ。式の際には帝国総出で祝おうではないか」


 アド総統は目を細めて「スレクト少尉も一緒にな」と囁いた。


 スレクトは再度の眩暈に襲われた。自分の気持ちが分からなくなったのだ。


 どうでもいい相手なら「ええ、祝いましょう」とすっと出てくるだろうが、頭の中に浮かんだのは「ちょっと待て」であったからだ。


 マイヤーは、アド総統と祖を同じくする血筋で男性人気もすこぶる高い。


 豊満だし、無口な所もいじらしい。時折見せる仕草もワタシより女性らしいものだ。


 ワタシのように背も低すぎず、能力も強力な物である。魅力しかない。


 だからこそ、トオルとマイヤーの式を想像してしまう。


 そして嫉妬した。


「……総統閣下、私は……この任務を受けたい……です」


 マイヤーの承諾の言葉にスレクトが下唇を噛む。


 そして、命令書ごと机をたたき「ワタシも受けましょう!」とスレクトは勢い余って言ってしまった。


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