第80話 晴天の朝 ~第一部エピローグ~
あれから一週間が過ぎた。
トオルはベルリナの病院で目が覚めた。
後から聞くところによると、ナノマシンによる超再生はトオルの体組織をも変態させたらしい。完全に肉体が新しい細胞に置き換えられる間、ずっと眠っていたという訳である。
良い夢は見れた。
トオルはセイの最期をちゃんとした言葉で見送れなかったことを悔いていたが、夢の中ではそれが出来た。ギルやブライとも別れの言葉を言えた。カルセムでの俺達の戦争は終わったんだと伝えることが出来た。
夢の中でのあいつらの優しい笑みは、目が覚めた今でも鮮明に思い出せる。
だが、俺はステーション・タウに帰りたい。
帰ってセイ達の名が刻まれている慰霊碑に花を手向けたいと強く願っている。
それでやっと俺の中で全てのけじめをつけることが出来る。
「目が覚めたみたいね」
じっと窓向こうの晴天を、白い病院のベッドから眺めていたトオルにナカジマが声を掛けた。
「……ナカジマか」
「わたしだって一〇体のアンドロイドに追い回されて大変だったんだから、お疲れ様の一言が第一声にあってもいいと思うんだけどね――っい゛っだいっ!」
可愛げのないナカジマの脇腹を、セーズがぎりっと抓る。
「ナカジマこそトオル様にお疲れ様の一言があってもいいようなものですよ。散々、政府のスリーパーとしてこき使われた挙句死にかけているのですから。しかも、タウに帰ったところで待ってるのは有無を言わさぬ拘束です」
トオルはセーズの語る真実に溜息をついた。
完全に記憶が戻ったのと同時に、何故俺が一般人では購入不可能な第五世代軍用アンドロイドと一緒に、人類を高次元へと昇華することの出来る聖遺物とナノマシンが存在する惑星へと不時着したのか、という疑問の答えを思い出したからである。
結局、これらの答えは二段構えの連合政府による回収任務だったのだ。
トオルが惑星に不時着したことで政府の介入の口実を作ること。
そして、トオルかキューが聖遺物とナノマシンの詳細な情報を持ち帰ることだ。
「何故俺なんだ? 百歩譲って、無駄な衝突を避けるために記憶の無くした軍人か軍人の卵を欲していたのは分かる。もし、軍が大々的に確保に動けば連合政府内の大国同士が聖遺物やナノマシンを取り合った結果、大国同士での戦争に成りかねなかったってのも理解できるし、一歩間違えればズーニッツ帝国とも戦争になったかもしれない。でも、何故俺なんだ……」
連合政府は前々からこの惑星エレミタの存在を知っていた。それどころか、この惑星に何があるのかも熟知していた。恐らくはレッドチームもだろう。
だからこそ、ある程度のサバイバルに耐えうる軍人か軍人の卵の記憶を改竄、又は消去し無垢な一般人として送り込む必要があった。一般人の行動なら何とでも誤魔化せるし、保護を口実に軍は介入できる。
全ては人類の革新か、仮想敵国からアドバンテージを得たいが為かは解らないが、思い出した指令の内容はそれであった。知らず知らずの内に古代遺跡やナノマシンに興味を抱くように、高度な刷り込みをトオルに行っていたのだ。
そして、事実その指令を全て達成してしまっていた。遺跡に向かって聖遺物と邂逅し、触れて啓示を受け、ナノマシンを体内に入れてもらい、力まで覚醒してしまった。
ヴェル博士からナノマシンを体内に入れるか? という提案に灯に誘われる蛾の如く受けたことなど、何故断らなかったのかという後悔の念にトオルは襲われた。
「そうね。選ばれたのは偶々だと思うわ。偶然に連合政府が欲していた人材がトオルだったのよ」
ナカジマの淡々とした答えにトオルが小さく「クソッタレだな」と悪態を付く。
「トオル? 入ってもいい?」
ラナリの声だ。車いすを引く音も聞こえた。
「ああ、どうぞ」
トオルの許可で病室のドアが開かれる。車いすに座ったキューを押しているラナリがいた。
キューのボディスーツが赤白の物に変わっており、トオルは大体の察しがついた。
軍用アンドロイドは丈夫である。例を言うならば頭が取れても壊れはしない。
というよりは着脱式である。そして頭だけ壊れてもバックアップはボディにあるバックアップ用のメモリーチップによって記憶と記録だけは保持される。
頭と胴を破壊されない限り完全には壊れないのである。
「良かった。目が覚めたんだね。……キューも応急処置が終わったから連れてきたんだ。どうしても話がしたいって」
ラナリが安心したようにトオルを見て微笑む。
「ラナリ、ありがとうございます」
キューを乗せた車いすが寝ているトオルの横についた。
「……トオル様、今まで利用するようなことを、その……」
トオルは俯いたキューの頭をポンポンと叩く。
「気にするな」
「トオル様? 今……何と……」キューがまさか許されるとは思っていなかったのか、とても驚いた顔をしていた。
「気にするなって言ったんだ。例え、俺が円滑にスリーパーとしての役目を果たすようにサポートしていたんだとしても、出会ってから三年、いや一年も経ってないのかな……まあ、決して短くない時間を一緒に過ごしたのは事実だろう。今まで守ってくれたのも事実じゃないか」
トオルは少し自嘲気味に「よくよく思い出してい見ると……三年間の偽りの記憶ってのは良く出来てたって褒めてやりたいぐらいだよ」と苦笑した。
そして「特に俺が最低最悪のダメ男で、超優秀なアンドロイドに依存させるような記憶なんか特にな!」とキューの頬を指でつついた。
「だから、気にするな。……結局記憶は戻ったんだし感謝しかないよ」
キューが静かに目をつむって「こちらこそ、最高のパートナーだと思っています」と笑みを見せる。
「ですがトオル様。キューはボディを破壊されたのがとても残念なのです。何故だか分かりますか?」
悪戯な笑みを見せるキューにトオルは該当する理由を考えた。
その光景を思い出して戦慄する。
あの時、自分がキューがセイであると誤認したまま過ごし、まるで本当の恋人のようにキューとデートを重ねていたことだ。
しかも――
「……ま、まま、待てキュー! それ以上言うな!」
懇願するトオルにキューがにっこりする。
「あのズーニッツ帝国製の黒白映画を見た日の夜に……キューのことを愛して下さいましたから、愛されたボディを失ってとても残念です」
トオルが「すとおおおおおおっぷ!!」とキューの言葉に悲痛な絶叫を被せた。
トオルはその夜を覚えている。完全にセイに見えていたことも。
されど、機能があるとはいえアンドロイドに欲情するのは――
「へんっったいだったのねトオルって」
ナカジマが顔を歪めてトオルを非難した。
キューが座る車いすの持ち手を握っているラナリが顔を真っ赤にして俯いた。
「……いやらしい」と罵倒もつけて。
「あああああ! やめろ! あの夜のことを思い出させるのはやめろ! ただでさえ、アンドロイドとデートだなんてあり得ねえのに!」
アンドロイドと恋人のように接するのは一部の特殊な勇者だけである。ましてやアンドロイドに夜の供をさせるなど変態である。大変態である。
「貴方様はアンドロイドでも大丈夫な方だったのですね。次はセーズがお相手しましょうか?」
トオルが耳を塞いでセーズの一言で更にヒートアップした女性陣の罵詈雑言をシャットアウトした。
「しょうがねえだろ! 病んでたんだから!」
トオルは心の中で「誰かこの記憶だけ消してくれ!」と背徳感に耐えきれずに叫ぶのだった。
*********
第一部完結です。




