第77話 再会
「ラナリ、すまん。その拳銃を返してくれるか? キューが大事にしてたものだって忘れててな。頼む……!」
その日の朝。トオルは、ラナリにマテバのリプロダクト品を返してほしいと懇願していた。そんなトオルを、ラナリは不思議そうに小首を傾げるが、快諾しホルスターと一緒にテーブルの上に置く。
「うん。別に返すのは問題ないけど」
トオルは「夕方には戻ってくる」とラナリの部屋を出ようとその場を立つ。足早に立ち去ろうとするトオルを引き留めようとラナリが手を伸ばす。
だが、ナカジマから無理やり聞き出したトオルの過去を思い出し、躊躇してしまった。
「……トオル、またキューと出かけるの?」
ラナリがトオルの背中をじっと見つめ尋ねる。返ってきた答えは「そうだ。今日こそは、その、何というか……けじめをだな、つけるというか伝えるというか……」と煮え切らない物だった。
恥ずかしそうに口籠ってはいたものの、トオルの背中が「今日こそプロポーズするんだ」と決意に満ちていた。
そんなトオルの背中を見つめていたラナリが自嘲気味に笑い、目を伏せるのだった。
***
トオルは幸せそうにキューの部屋へ行く。
そして、白いワンピースで着飾りアンティークの椅子に座りながら外を眺めているキューに手を差し伸べた。
「さあ、行こう」
トオルの手をキューが手に取って静かに立ち上がった。
「……ええ、行きましょう」
西ベルリナの街をトオルとキューが歩く。西ベルリナの街も少しずつだが、人が戻り始めていた。おかげで、活気ある生きた町へと蘇りつつある。
相も変わらず、帝国の兵士や武装親衛隊が巡回をしていることを除いて、特に変わったところは無かった。
天気は生憎の曇り空だったが、雨は降っていない。
トオルに手を引かれ歩く、キューが「今日はどこに行くのですか?」と聞いた。
「その……今まで、ずっと言えなかったこともあるし。……ああ、いや、放っておいていたとか伝える気が無かったとかって訳じゃないんだ。……本当は、あの戦場から帰ったら伝えるつもりだったんだよ。だから、今日こそはっきりと伝えたい、んだけど」
静かな場所がなさそうな気配に、トオルが困った顔をする。
「……そう、ですか」
キューはトオルと目を合わさず、ただじっとトオルに握られている自分の手を見ていた。
「そうだ、キューの返すものがあったんだ」
トオルが腰からマテバを抜こうとするのを、キューがトオルの服裾をちょこんと引っ張って止めた。
「……それはトオル様が持っていてください」
トオルが小さく「そっか」と言うとマテバをホルスターに戻す。
商店街を歩く二人の間に、少し気まずい空気が流れる。
「トオル様、キューは少しこの場を離れますからお店でも見て回って下さい。すぐに戻ってきますから」
キューがそっとトオルの手を放す。
「ああ、わかった。じゃあ、そこの露店でも見てるよ。……ちょっとアングラな感じだが」
キューが頷きだけ返すと、その場から離れていく。
トオルは露店を一人で巡り、何か贈れる物がないか探し始めた。キューが離れた今、サプライズには丁度いいとトオルは思っていた。
そして、キューと離れてから数分後、空が少しづつ曇り始めて、終いには通り雨が降りだした。
トオルは慌てて足を速め、屋根付きの露店に雨宿りをするべく急ぐ。
「……キューの奴、大丈夫か? 雨に濡れて無きゃいいが」
ふと、露店でシロツメクサによく似た花束を売っているのを見つけた。露店に沢山並べられた花は、どれも大きく悪くない。プレゼントには最適だろう。
白いカーペットのように並べられた花束の一つに、トオルは手を伸ばす。
すると、後ろから「”約束"ですか?」と聞き覚えのある女の声がした。
トオルは言い知れぬ恐怖感を感じて、咄嗟に右手をホルスターに伸ばす。
「それとも"復讐"ですか?」
振り返ると長い金髪の碧眼の女が立っていた。女の顔は笑顔だった。やっと探し物を見つけた時の子ども、若しくは欲しい物を買ってもらった時の子どものような顔だった。
そのどこか狂気を孕んだ顔を、トオルはどこかで見た気がした。「この女と会ったことがある」と朧げながらも思えた。
「……お前は、確か」
金髪の女がトオルの横に立ち、シロツメクサの花束を見つめる。
「その花の花言葉ですよ。クローバー全般の花言葉で、この花もクローバーによく似ていますから」
金髪の女が口に手を当てて、くすくすと笑う。
「お前は……!」
金髪の女がトオルに一瞬だけ視線を向けると、今度は露店の恰幅の良い店主に目を向けた。
「そうですね。ちょっと貴女と二人きりになりたいので、人払いでもしましょうか」
金髪の女の尺骨からブレードが展開される。
そのブレードで店主の首を刎ねた。血しぶきが上がり、沢山並べられた白い花束を血で染め上げた。
悲鳴が上がる。光景を見た民間人が泣き叫び逃げ惑う。
トオル達の周りから誰も彼もが居なくなった。
「さあ、トオル。ユーリヤとお話しましょう」
目の前の血を浴びたユーリヤが愉しそうに笑っていた。




