第75話 新手 前編
この日のナカジマは終始不機嫌だった。彼女が不機嫌だったのは、トオルの記憶の混濁によるものだけではない。セーズの左腕損失と、コミーのアンドロイドが少なくとも五体以上いることが確定したことによることも、彼女を不機嫌にさせた要因であった。
第六世代の軍用アンドロイドは、洒落にならない性能を秘めている。そんなことは、セーズと一緒に旅をしてきたナカジマは良く知っていた。
このままでは、惑星を脱出する方策を探すどころでは無いということも当然、ナカジマの中で問題として浮上するのだった。
「ナカジマ、いつも以上に顔を歪めてどうしたのですか?」
セーズが淡々とした口調でナカジマに話しかける。セーズの左腕は肩の関節から無くなっており、機械の骨と人工筋肉、人工血管が剥き出しになっていた。ナカジマは見慣れた物だが、アンドロイドという存在を知らない人から見たらスプラッタな光景だろう。
ナカジマは、損壊した片腕を露出したセーズを見たアルバさんが、強烈に恐れ慄いていたのを思い出して苦笑した。
あの時のセーズは、間違いなくアルバさんにトラウマを植え付けただろう。
「セーズの左腕も早く修理したいけど、スペアの腕をどうしたものか」
「スペアなら、コミーのアンドロイドを切断して奪えば解決です」
セーズの緑眼の奥に明確な殺意と苛立ちが感じられる。
「セーズ、あいつらと完全に敵対することになるのよ? 出来ることなら敵対はしたくないわね。まだ死にたくないし、あいつらも死なせたくないし……何より金儲け出来そうな遺跡の物品も回収出来てないし」
「本音が漏れてますよ。ナカジマ」
セーズが右腕の尺骨からブレードを展開して、左肩の余分なパーツを切り落とした。
余分な物が切り取られた左腕は、綺麗な関節部分だけが露出した。
「それにナカジマ、彼女達は既にセーズ達を敵と認識したはずです。なぜなら、彼女達の本分は工作と暗殺、そして潜在的な祖国の敵を排除する事。ですから、座して襲撃を待つよりかは二体ほど暗殺して、彼女達の脳から情報を得ることの方が、今後の対策を練りやすいと思います」
ナカジマが黙って頭を抱え長考する。
「それが一番現実的かも知れないわね。セーズの言う通り、もう敵対されてる可能性の方が高いか」
セーズがナカジマの決意を聞き、にこりと表情を緩めた。
「良かった。ナカジマが駄目だと言ったらどうしようかと思っていました」
セーズが部屋のクローゼットの下にある、大きな袋をずるずると取り出した。
「……セーズ、あんたまさか」
ナカジマの顔が強張る。
「ええ、ナカジマの予想通りの"廃品"ですよ」
そのように得意げに言ったセーズが、袋を右手だけで器用に逆さまにした。
袋からセーズが集めた"廃品"が転がり落ちる。ボル族の誘拐犯と一緒にいたアンドロイドの一体が念入りに解体された物と、胴体だけのアンドロイドだった。
ナカジマが猟奇的な光景に「うげぇ」と声を出す。破損したアンドロイドを見慣れたナカジマも、これは流石にきつかった。
「……セーズ、あんたって奴は左腕が破壊されたのが、ここまで頭に来てたっての? 流石にやり過ぎで引くわ……」
セーズが解体されたアンドロイドの左腕を右手で持ち、左腕と合わせる。
「ナカジマ、関節を嵌めてください。人工血管や人工筋肉はセーズがくっ付けますので」
「しょうがないわねぇ……」
ナカジマが器用にセーズの左腕の関節を嵌める。
そして、セーズが関節の嵌った新しい左腕に力を込めるとバチっと大きな音が鳴った。
「やりすぎでは無いですよ。このバラバラの"廃品"はセーズの左腕を吹き飛ばした憎い相手でしたから当然の報いです」
「実は指揮してたフェオドラだったりする?」
セーズが首を横に振る。
「残念ながら、これはピャーチという識別名でした。もう片方の綺麗に壊したアンドロイドは識別名スェーミだそうです」
ナカジマが腕を組んで逡巡した。
「セーズ、あいつらの情報は入手してあるって事ね?」
「勿論です。入手した情報は後程詳しく説明します。ところでトオル様は?」
ナカジマは大きく嘆声を上げた。トオルの置かれている状況も、無視できない重大な問題だったからである。むしろ、このまま彼を連れて行ってもいいのか、ナカジマは判断がつかないでいた。
「トオルは今頃、街に出て"お人形遊び"をしてるわよ。正直あの状態になったら、どうやって正常な記憶を戻してあげれるのか見当もつかないわ。……これからずっと死んだ恋人に瓜二つのアンドロイドを、恋人だと思い込んだままと思ったほうが良いかもしれない。……そっちのほうが、トオルにとって幸せかもしれないけどね」
トオルの記憶は不完全な状態で戻ってしまった。恐らくは、脳に埋め込んであるラーニングチップの誤作動と、恋人と親友を無残に殺された負の記憶から逃げようとした防衛機制によるものだろう。
つまりはラーニングチップが現実逃避を本当の記憶だと認識し、トオルの脳を書き換えてしまったという事である。
この引き金が"ユーリヤ"という名であったのは何の因果か、いや恋人や親友の仇の名であるから必然かと、ナカジマはトオルの状況を憐れんだ。
「トオルを助けてやりたいけど……残念ながら、わたしには無理ね。こういう精神的な問題はトオルが自分で克服するしかない」
少し気分が落ち込んだナカジマをアルバが呼んだ。
アルバがナカジマ達のいる部屋のドアをノックする。アルバがナカジマの部屋に入るなり言葉を失った。
「ナカジマ、入るぞ……な、んなんだこれ……」
アルバが散乱したコミーのアンドロイドの残骸に、振るえる指を向けた。
ナカジマが「あーあ、またやっちゃったわね、セーズ」とセーズに呆れた視線を投げた。
「アルバ様、何かあったのですか?」
セーズがナカジマの嫌味を気にもせず、アルバに呼んだ理由を聞く。
「……俺の方こそ、この部屋で何が起きたのか聞きたいんだが……いや、聞かないようにしよう。あーそうだ、スレクトがナカジマを呼んでいたぞ。何やら帝国で、ちょっとした騒ぎが起きているらしい」
ナカジマは直感的に、スレクトが自分を呼んだ理由が悪いことだと把握した。




