第73話 夢の中の記憶
ステーション・タウ士官学校、男性寮のE-057号室。
トオルはこの部屋のベッドの上に腰掛けていた。
「なあ、トオルよお」
バーコード状に剃り込みを入れた粗野そうな顔つきの男が、ベッドの上で携帯端末をいじりながらトオルに話し掛けた。
「ギルベルトどうした? また良からぬことに俺を巻き込むつもりじゃないだろうな?」
ギルベルトはトオルのルームメイトで、同じ班に所属している悪友と呼べる人物であった。
そのギルベルトが携帯端末から目を離すと、トオルの方を向きニカッと白い歯を出して笑い「悪い事じゃねえよ、良い事だ。とってもな」とトオルを手招きする。
「……なんだよ、ただの時間割じゃねえか」
ギルベルトがトオルに見せた携帯端末の情報は、今日の時間割である。丁度、午前の訓練終わりで、午後はラーニングチップを用いた座学である。
「トオルは馬鹿だなぁ。男の方を見てどうすんだっつの。ここの臨時情報欄に今日は女子の訓練が長引いたって書いてあるだろ。……理由は訓練中の大怪我みたいだ」
トオルは馬鹿と言われてムカつきギルベルトの頭を小突く。
「座学の成績が最低のお前に言われたかねえや。んで、女子の訓練が長引いたからって何の関係があるんだ」
ギルベルトが、小突かれた頭をさすりながら気持ち悪い笑い声を上げた。
「ぐふへへ、訓練が長引いたってことは……今ごろシャワーのお時間って訳だ!」
「ギルベルト、お前まさか覗きに行こうって言うんじゃないだろうな」
ギルベルトが親指をサムズアップさせ「そのまさかだ!」と声を室内に響かせた。
「お前って奴は■■にバレたら大変な事になるぞ。見つかって女子のカースト上位の■■に言いふらされたらと考えるだけでも恐ろしい……」
ギルベルトが「うっせえ! お前は■■さんと恋人だから良いけどよ、俺にはそういうのと縁がねぇんだよ! 滅多に無いチャンスをものにするのさ! 別に俺一人でも行くから断ってもいいぜ。んでもな……行かなかったトオルには今後、"根性なし"って呼んでやるからな」
ギルベルトが早速、女子のシャワーを覗きに部屋を出る。トオルも結局ギルベルトの後を追ってしまった。
トオルの顔は嫌々だが、ギルベルトを放っておくのは今後の士官学校での生活に支障が出ると判断したからだ。
捕まったギルベルトが「トオルが覗きを立案した」とでも言われた日には■■になんて言われるか。
「おい、ギルベルト今ならまだ間に合う。早まるな」
シャワー室前の廊下で侵入経路を探しているギルベルトに、トオルは自殺志願者を止めるような声色で説得を行う。
「俺はよ、前々から気になってたことがあるんだよ」
ギルベルトが何時になく真剣な顔でトオルを見る。アホ顔がデフォのギルベルトが、珍しくシリアスな表情をした時は、頭が良さそうに見えるから不思議だ。
「なんだよ急に」
ギルベルトが、外せそうな女子シャワー室へ続くダクトを見つけ近づいていく。
「ブライって男でも女でもないんだろ? 一応俺達は男扱いしてるけどよ、訓練の時は女子と一緒だぜ? 実はおっぱいあるんじゃね?」
トオルが「やっぱりお前はアホだな……!」とギルベルトの背中を小突いた。
「痛ってえな……! ブライのこの問題は俺にとって幼い時とからの謎なんだよ! っとダクトが開いた」
ダクトの鉄格子が音を立てて外れる。
そして、ギルベルトが一切の躊躇無く、さも当然のようにダクトの中へ入っていった。
「……クソッタレ、本当に行くのかよ。自殺しに行くようなもんだっての!」
トオルが右へ左にその場で誰もいないか確認し、ダクトの中を這うギルベルトを追った。
「結局トオルだって興味があるんじゃねえかよ。■■さんという天使がいながら、なお女体を求めるとはむっつりさんめ」
ギルベルトが小声でトオルをからかう。トオルは下唇を噛むほどギルベルトを殴りたい衝動に駆られたが、女子の話声とシャワーの音が近くなったので我慢した。
トオルは部屋に帰ったらギルベルトの腹に一発ぶちかまそうと心に誓う。
ガールズトークを絶賛展開中の女子達の声が、ダクトを進むにつれて大きくなっていく。今は彼女達が話している内容も聞きとれるほどだ。
「ねえ、■■。僕もやっぱり素直になるべきだと思う? トオルと■■みたいにさ」
ブライアンの声だ。彼(彼女)は遺伝子異常で生まれて性別が無い。男でもあるし、女でもあるブライはどちらかと言うと体つきは女性のようだった。
「ブライだって素直に気持ちを伝えれば良いのよ。体も女性寄りなんだし、現に女性らしい体じゃない」
■■の声だ。
トオルは罰の悪そうな顔をした。彼女にバレたら絶対に、ややこしいことになる。恋人関係が解消されるかもしれない。
「僕の胸は育ちはしたけど……下だって小さいけど……ついてるし。気持ち悪がられたりしないかな?」
「大丈夫よ。あいつは馬鹿だから違和感さえ覚えないわよ」
ギルベルトの進みが早くなった。訓練の時でさえ力を抜くギルベルトが、今回だけは全力で匍匐前進する。
「トオル、後もう少しだ。後もう少し……おっほお……! 絶景だぜ……!」
ギルベルトが歓喜の声をダクト内に響かせた。とてつもない馬鹿だから自分が今いる場所をころっと忘れたらしい。
「……? 誰!?」
■■がダクトにいるギルベルトに向けて誰何する。他の女子達も「何? 何かいるの?」とギルベルトがいるダクト口の下へと集まっていく。
「……うっひょお! これは夜のおか――」
ギルベルトが身を乗り出した瞬間、鉄格子が外れ裸の女子達の中へと真っ逆さまに落ちた。
トオルはずるっと落ちていくギルベルトの足に手を伸ばすが、一歩及ばず掴み切れなかった。




