第72話 救出
孤児救出作戦が開始されたのは、雲が空を埋め尽くそうと流れてきた夕暮れ時であった。
アド総統の依頼でボル族の男を捕縛し、攫われた孤児達を救出することとなったトオル達は、アド総統の従卒であるヘルマに連れられ廃墟となったビルの前にいた。
トオルとナカジマは、いつもの強化戦闘服を身に着けてはいるものの相手が単独犯であるらしいとの情報により、自動拳銃とナイフの軽武装であった。
キューは引き続きアルバの看病で不在であり、スレクトやマイヤーもいない。
それだけトオルもナカジマも、これはイージーミッションで楽観的に最小限の労力で事件を解決出来るものと信じていた。
セーズとラナリがいるだけでも過剰戦力だと、トオルもナカジマも共通認識を持っていた。
「ここです。"御旗さん"私は念写でお役に立ちましたから、愛しの総統閣下の所へ戻ります。戦闘に参加して助けろとは命令されていませんからね。それでは、吉報をお待ちしておりますよ」
ヘルマが背を向け、流れるように軍用車に乗り込むと総統府へ軍用車を走らせた。
あまりに素っ気ない態度、アド総統以外はどうでもいいとの本音がだだ漏れのヘルマが去ったのを見たトオルが失笑する。
「念写して特定してくれたのはいいが。本当にそれだけだったな」
ナカジマが乾いた笑いを上げながら「しかも、彼女のアド総統に対する愛は恐ろしいほど歪んで拗らせてるってのが色々ともうなんかあれね。この国本当に大丈夫かしら」
ここに来る途中で助手席に座っていたナカジマが、ヘルマが軍用車のキーを取ろうとシートポケットから取り出した際に、半開きになったアルバムを見てしまったことによる結論である。
アド総統の泣き顔だけが収められたアルバムなど狂気に近い。
「セーズが先導します。内部は薄暗くなっていますからお気をつけて」
セーズの後にトオルが続き、その後ろにラナリ、ナカジマと続く。
内部は日の光も入らず薄暗く物悲しく陰っている。散乱した家財や瓦礫にまみれ、気を抜くと足を躓きそうであった。
ラナリが瓦礫に足を取られトオルの背中にぶつかった。緊迫した状況の中、急に背中にぶつかられたトオルが素っ頓狂な声を上げる。
「ごめん。トオル」
「おいラナリ、大丈夫か? まあ、俺も食人野郎が相手だと思うと精神的にいっぱいいっぱいだが……」
セーズがハンドサインで屈めと指示する。
「こちらを伺う者が二人……最初の状況説明では単独犯だと言っていましたが、どうやら間違いですね」
「セーズ、スキャニングでボル族の男かどうか特定して。もし犯人なら一気に制圧よ」
セーズが対象をスキャンし特定しようとするが、ジャミングで妨害され特定できない。
「ジャミングされました。こんなことが出来るのは軍用アンドロイドぐらいです。よって敵は軍用アンドロイドだと思われます」
ナカジマの顔が凍りつたように青くなった。アンドロイドがいるなど想定の外である。
「おい、ナカジマ。セーズが言うようにアンドロイドがいるのか? くそ、HUDがジャミングされて前が見えん」
トオルがヘルメットを強化戦闘服に収納し、埃っぽい空気を吸った。
「敵アンドロイド逃走を開始」
ナカジマもトオルも敵アンドロイドが襲ってくるものと思い込んでいたが、そうはならずホッとした。
「トオル、ナカジマさん進もう。早く助けないと手遅れかもしれない」
トオル達は音を極力立てずに奥へ進む。奥の扉の向こう側から諍いの声が聞こえる。
「おいフェオドラ! どこへ行くんだ! 今から解体するってのに荷物を纏めやがって!」
男の声だ。フェオドラという女性と言い争いをしているようである。
「残念だけどぉ時間切れよ。既に帝国の犬がここを嗅ぎつけたみたいだしぃ。昨日の夜にさっさと解体して食べなかったのが悪いのよぉ」
甘ったるい女の声だ。アンドロイドなのかボル族の女なのかは判断が付かない。
「トオル、セーズが殴ってブリーチングするから三、二、一で行くわよ」
ナカジマが小声で指示を飛ばし「三、二、い――」
「トオル様、ナカジマ伏せてください! ラナ――」
セーズの警告が終わり切らない内に、連続した重い銃声が鳴り響き、壁が蜂の巣状に穴が開く。部屋の中から放たれた12.7mm弾によるものであった。 セーズの感知能力をフェオドラ達がジャミングで隠蔽したことによる完全な奇襲だ。
「……ちょっと何よこれ!」
ナカジマがその場に伏せる。
「ラナリ伏せろ!」
そして、トオルが反応が遅れたラナリに飛びつき伏せさせた。
「あっぐぅ……!」
セーズが避けきれず被弾し、左腕が肩ごと破壊された。埃が土煙のように舞い、セーズの左腕が地に落ちた。
壁としての意味を成さぬ、大穴が蓮の実のように開いた向こう側から、12.7mm口径のブルパップ自動小銃を持った金髪ツインテ―ルのアンドロイドが手を振っていた。
四人の金髪のアンドロイドが、12.7㎜口径の無骨な自動小銃を持ってこちらを見下ろす。
「じゃあ、これでぇ義理は果たしたからぁ、カチロが無事逃げられたらまた会いましょうねぇ」
「おい待てよフェオドラ!」
四人のアンドロイド達は、トオル達に止めを刺すことも無く壁を拳で破壊してその場を去った。
「くっそ俺も早く逃げねえと……」
カチロが逃げ出そうとフェオドラ達が開けた穴に足をかける。
「待って! 子ども達はどこ?」
ラナリがカチロに声を掛ける。
カチロがゆっくりと振り返り「ガキどもなら"まだ食べてない"そこの部屋だ」とドアを指さした。
「じゃあ、俺は逃げさせてもらうぜって……うぉっ!」
ラナリのキネシスによってカチロが浮遊する。
「トオル、隣の部屋だって」
トオルが隣の部屋へ続く白いドアを開ける。
部屋には手足を縄で拘束された四から八歳ぐらいの少年少女が五人いた。
「もう大丈夫だ。助けに来たんだ。怖がらなくていい」
怯えた様子の子ども達の拘束を解き「もう一人は?」と五歳ぐらいの少女に尋ねる。
「お兄ちゃんは……あっちにいる」
ナカジマ達がいる部屋からカチロの絶叫が響く。セーズの左腕を壊されぶち切れたナカジマが、男の顔と胴体を殴り続けているようだ。
「おい! あんた腕は止めて、止め――」
自動拳銃の乾いた銃声が三発響いた。ナカジマが、カチロの左肩を撃ちぬいたようである。
トオルは嘆息しながら、隔離された攫われている子がいる部屋のドアノブに手を掛ける。軽く開いたドアの隙間から、腐臭の混じった鉄の匂いがトオルの鼻についた。
トオルは思わず、むせてドアを閉めようとするが少ない気力を振り絞ってドアを開けた。
「こいつは惨いな……」
トオルは変わり果てた十二歳ぐらいの少年を見つけた。背丈からこの年齢だろうと推測したが少年の顔立ちは分からなかった。首から上が無かったのだ。
仰向けにテーブルの上に乗せられた遺体には、解体の途中だったのか腹部にマチェーテが刺さっている。
「トオル?」
遠くからラナリの声が聞こえる。トオルは思わず「来るな!」と叫んだ。
ラナリには見せたくない光景だった。戦争とは違いこれはただの猟奇的な殺人だ。割り切ることなど到底出来ないものである。見たらきっと精神が摩耗してしまう。
「……クソッタレが」トオルがカチロに向けて憎しみを込めた独り言を言う。
トオルは、部屋から出てラナリとナカジマがいる部屋へ歩く。
トオルは白いもやが掛かったように、朦朧としていた。
「ラナリは子ども達を連れて外に出てくれ。俺も後で行く」
ラナリが首を縦に振り、子ども達を外に連れ出した。
「あいつらとは何所で知り合ったのか教えなさい!」
ナカジマがカチロを椅子に縛り付けて尋問している。カチロの片耳にナイフが当てられていた。
「知らねえ! 俺は何も知らねえ! スラム街で偶然知り合っただけだ!」
ナカジマがナイフで、カチロの片耳を切り落とそうとするのをトオルが止める。
「ナカジマ、どうしたってんだ。やり過ぎだぞ。帝国の憲兵なりに引き渡せば済む話だろ?」
「……ロシアのアンドロイドが四体もいたのよ? これが何を意味しているのか分からないの? あいつらの規模と目的によっては、怯えながらこの地で暮らすことになるのよ?」
ナカジマが再度、ナイフをカチロの耳に当てて脅す。
「知ってること全部話してくれないと……どうなるか分かってるわよね? わたしもまだ死にたくないから、今以上に手荒にやるけど恨まないでね」
「……分かった! 知ってることは話す!」
ナカジマがナイフを仕舞う。
「フェオドラ達は四人だけだった。だが、ユーリヤとかいう女の名前を言っていた。チームがどうのとかも……これでいいか? 知ってるのはそれだけなんだ」
トオルが"ユーリヤ"という名前を聞いた途端に、後頭部の痛みに悶えうずくまった。
トオルが声にもならない呻き声を上げながら後頭部を掻きむしり、後頭部から出血した。
「ああぁあぁ! 痛てぇ! 痛てぇ、痛てぇ、痛てぇ、痛てぇよ……!」
発狂したように「痛い」を連呼するトオルを止めるべく、ナカジマが「セーズ! トオルを止めて!」と命令する。
左腕を失ったセーズが右手でトオルを気絶させようとするが、その必要も無くトオルの意識は失われ昏倒した。
「まさか、あのユーリヤまでいるなんて……」
ナカジマが気絶したトオルを担ぐ。
「おかげでトオル様が完全に壊れました。政府による記憶改竄措置は、やはり完全では無かったということでしょう」
「セーズ、替えの左腕はエイトフラッグ号に戻るまで我慢してもらうことになるけど大丈夫?」
セーズが鼻からふっと息を出して「左腕切断ダイエットが成功したとでも思っておきますよ」と冗談めかした。
その後、カチロは速やかに銃殺に処され孤児達はアド総統自らが引き取る形でこの事件の幕は降りた。
トオル達は、三か月後のエイトフラッグ号の返還まで迎賓館で過ごすことになった。
トオルはあれから三日ほど目を覚ましていない。トオルが意識不明の三日間、キューが彼の世話をしている。意識が回復しないトオルの世話をしているキューの顔は、色を失ったかのように表情が消えうせていた。
外は三日ほど雨が続いている。
フェオドラ達の自動小銃はShAK-12が元ネタです




