第71話 交渉と依頼
「トオル、失礼の無いようにしないとね。何故か国賓扱いだったし、何よりこの国がわたし達の活動の基盤になるんだから」
トオルが緊張した面持ちのナカジマに「お前もな」と相槌を入れる。
この惑星の先進国であるズーニッツ帝国の指導者なのだから、きっと偉大な指導者なのだろうとトオル達は一様に緊張し身構えていた。
トオル達と言っても、アルバとキューは迎賓館で待機しており、スレクトとマイヤーはそのまま警備の任務に就いた為、現在は四人である。それは、アルバが白麦酒の飲み過ぎで二日酔いし、ラナリが看病を素っ気なく断った結果であった。
であるからして、今頃はアルバとキューの間では微妙な空気が流れている事だろう。
何せアルバの脳裏には、自分の首を持ちながら話し出すキューの姿が焼き付いており、キューに対する苦手意識は現在も顕在であった。
トオルの想像では、帝国の総統がチョビ髭の歴史的人物の姿で、ヴァイツ族の特徴に変換し固定されていた。トオルは、さながらチョビ髭で蛇眼のB級映画に出て来そうな人物を思い描くと鼻で笑った。
「どうぞお入りください」
長身のスタイルの良い女の従卒がドアを開け、トオル達に入出するよう促した。
トオル達の前には三人の人物がいた。
一人は、中央に位置する高級そうな黒檀の椅子に座り、真剣な表情で両腕の肘を立てて両手を組んでいる、年端のいかない水色髪の美少女である。編み込みに白いリボンを付けており、フィールドグレーの制服で着飾っていた。
もう一人は銀髪頭の首からカメラを提げた従卒の女性だ。
そして、最後の人物は水色髪の美少女の隣に立っている黒い制服を着た、細身だが有能そうな男である。
トオルとナカジマが、男と水色髪の少女のどちらが総統なのか判断が付かず、固まっていると「どうぞお座りください」と黒い制服の男に促された。
順当に考えれば総統は、真ん中の人物なのだろうが、どう見たって総統の娘か親戚の子に見える。トオルとナカジマは、国賓扱いから現在に至るまでの全てが自分達を試すためのプロットではないかと疑い始めていた。
そう考えるのも、民間人が国費扱いなど冷静に考えてみればあり得ないからである。
「スレクトとズィルからの報告にあった、遺跡奪還の立役者が君達で間違いないな?」
水色髪の美少女が体勢を崩さず、金色の意志の強そうな蛇眼を細める。
「初めまして、わたしはナカジマ。わたしの隣に居るのが同じ人類のトオル。そして順にラナリ、セーズです」
ナカジマが簡単に自己紹介とトオル達の説明を終えたが、総統の娘相手の交渉となりそうな気配に釈然としない顔をしていた。
「余はアド・ヴェレアトールだ。この国の国民や将兵達からも慕われているのだ。気楽にするといい」
トオルは心の中で、そりゃあ総統の娘とあれば愛されもするだろうと苦笑した。背伸びした尊大な態度や言葉遣いも可愛らしく思える。
ラナリも彼女の姿に何所か安心したような顔をしているし、やはり本物の総統は不在なのだろうと、トオルは一人納得していた。
ナカジマは上手く交渉を進めて、今回の契約による報奨金を金塊で払うことを快諾させ、鹵獲したゲネシスの銃器の一部提供や遺跡の遺物の一部提供を約束させた。
「それぐらいなら妥当な条件だろう。既に五トン分の金塊は用意してある」
ナカジマが一瞬だけ既に行動を起こしていることに驚いたが、続けてスレクトとマイヤーを雇用したい旨を伝えた。
「スレクトとズィルを雇いたい? 本人達が良いなら連れて行くといい。……だがな、二人とも優秀な人材だ。その対価は相当な物だぞ? 五トンの金塊の積み込みを今すぐ止めて国庫に戻すぐらいにはな」
「ズィル? マイヤーのことですか?」
トオルの質問に「そうだ。ズィル・マイヤー親衛隊兵長の事だ。余は親しみを込めて名前で呼んでいる。余と親戚の血筋ゆえ少々の特別扱いも、だったな」
彼女の口からスレクトとマイヤーの二人が、これほどまでに帝国から信頼されているかが伺える。
「こちらからは、対価として成形炸薬弾とレーダーの技術提供を致します。然るべき人材を寄越して頂ければ、船のライブラリから習得に必要な設計図のデータを差し上げます。何でしたら実物の提供もサンプルとしていくつか付けましょう」
アドが顔を綻ばせて素敵な笑顔を見せた。
「素晴らしい。人類の技術であれば帝国軍の戦力の底上げになるだろう。だが、その条件で進める前にこちらから一つ要求がある」
黒い制服を着た細身の男が資料を提示する。世界首都構想計画と題名が書かれた都市改造計画であった。
「これは……戦争で増えた失業者と貧困層の一括救済案?」
ナカジマの的を得た答えに、水色髪の美少女が頷く。
「そうだ良く分かったな。少し詳しく説明するとな……現在、戦争によって住む場所を追われた世帯数は八五万を超え、職を失った者は二百万人近い。だが幸いな事に世界首都構想を用いれば、道路網の整備と住宅増設を一挙に行える。この計画は国民に食べ物と仕事、そして何より夢を与える事が出来るのだ」
一拍置いて、さらに彼女は続けた。
「しかしな……問題なのは孤児達なのだ。親や親類縁者を亡くした戦災孤児が、七万を超えている。その中でも家まで失った孤児が三万人に上っている。これを解決する為、強制的に家を失っていない世帯の養子にする案もあった。だが悲しいことに、ヴァイツ族は、自分達の家族や親類以外には冷たい者が殆どなのだ。一度惚れこめば家族同様に接する国民性ではあるが、強制的に孤児を引き取れと言っても拒否するか、従うと見せかけて育児放棄を行うだろう。無理やり養子にすることで、数値上は解決出来ても、その実は解決出来はしないのだ」
ナカジマが小さく息を吐く。
「それで要求とは?」
ナカジマが要求の提示を急かす。
ナカジマに人情で訴えかけても飲めない要求は断固拒否するとの決意が見えた。
そんなナカジマに対して、アドが頭を机に接触するほど伏して頼み込む。
「借りの住居が出来るまでの間の三か月間だけでいい。どうか貴女方のエイトフラッグ号に、家無き孤児、一万人を住まわせてやってはくれないか? その間の貴女方の住む場所は保証するし、孤児の面倒は帝国政府が見る。彼らが退去する時は、新品並みに綺麗にして返そう。勿論、エイトフラッグ号の機器の類には、一切触れないよう警備を付ける。……だからどうか、子ども達を助けてやってはくれないか?」
ナカジマが「図々しい」と言いかけて止めた。元々は帝国が始めた戦争とも言えるこの戦争で、孤児が大量に生まれようとも関係ないと言いたげであった。
けれども、宇宙に帰れない以上は活動の基盤となる国が必要である。
ナカジマは大いに悩んだ。実際には一万ほどではないだろうが多過ぎる。全ての区画を使っても一時的な雨風を凌げる場にしかならない。
「……ちょっと失礼。トオル、セーズ……どうしようか、流石に要求が大きすぎるんだけど」
ナカジマが小声でトオル達に意見を求めた。
「セーズは賛成です。ここで恩を売っておけば、後々に助けになるのは間違いありません」
「……俺には判断がつかん。七八二メートルのエイトフラッグ号に、仮に一万人の孤児を住まわせるとして、格納庫や倉庫の一部も開放する必要がある。スペースの確保が出来るのかって問題だ。でもな……ラナリは絶対に賛成だろ。なら多数決で決めるなら、どうするか決まったんじゃないか」
ナカジマが「一万人ならギリギリ入れないことも無いか……」と口に手を当てて呟く。
そして「その要求を飲みます」と伝えた。
アドが笑顔になり、傍に控えていた従卒と黒い制服の男も安心したようだった。
全ての交渉が無事に終わりそうな頃、この部屋の扉をノックする者がいた。
場を乱すノックに水色髪の美少女が眉根をひそめ「……入れ」と返事をした。そして入室した従卒が彼女の耳元で何かを囁く。
すると、アドがみるみる内に沈痛な表情を見せた。
「よりにもよって先日、あと数日辛抱すれば、衣食住の問題は無くなると伝えた翌日にこれとは……受け入れ態勢が整ってなくとも、無理やりにでも、連れてきてしまえば良かった……」
余りにも先ほど比べて暗い顔になったのを心配したトオルは、思わず「何かあったのか」と敬語も忘れ聞いてしまった。
「……ボル族の人攫いだ。しかも被害者は戦災孤児達だよ。昨日の夜の出来事だそうだ」
トオル達は黙った。完全に自分達と関係ない話だったからである。ラナリだけは何か言いたそうではあるが、少なくともトオルやナカジマは我関せずを貫こうとしていた。
「これは貴女方に頼むべきでは無いかも知れないし、断ってくれても構わない。ボル族の人攫いを捕まえてはくれないだろうか?」
ナカジマが「流石にそれは……」と言葉を濁した。
「ボル族が子どもを攫う時は、ただの人攫いでは無いのだ。奴らは太古の昔から力を得る為に、他種族の子どもを儀式と称して食らう食人種族だ。今でこそ、ボル族の食人を目的とした人攫いは少なくなったが、五百年ほど前は組織的に人攫いを行っていた」
彼女の"食人の為に子どもを攫った"との言葉に、トオル達の誰もが「は?」と声が出た。
「おいおい、待ってくれカニバリズムの為に子どもを攫った? しかもそれが力を得る為だと?」
トオルが信じられないと言った顔をする。いや、信じられるが信じたくないと言った顔だった。
「ボル族は、体内に我々が持っているようなナノマシンを持たない。失敗種族や忌血の種族だと言われている理由がこれだ。奴らはナノマシンを持たないが故に、他種族を生きたまま喰らいその身にナノマシンを定着させようとする。余は六百年と十三年もの間、ボル族の悪行をこの目で見てきた。本来なら武装親衛隊に任せたい案件だが、まだ完全にゲネシスの脅威が無くなった訳では無いのだ。不用意に動かすことは出来ない」
アドが、真剣な眼差しをトオル達に向ける。
「ズーニッツ帝国総統であるアド・ヴェレアトールが伏して依頼する。どうか手を貸してほしい」
ナカジマが「え? 六世紀も生きててしかも総統……!?」
トオルも「……まじかよ。不老にもなるってのか」と驚き、ラナリがトオル達より数分後に意味を理解し「おばあちゃんだったの……?」と驚いた。
セーズだけは「道理で細胞の老化が感じれらないと思いました」と納得した。
アド総統が「今まで誰と交渉していたと思っていたのだ……」と突っ込みを入れると、傍に控えていた銀髪の従卒ヘルマが顔を背けて噴き出した。
トオル達は、黒い制服の男であるベルスに「特定準備が出来次第、伝えます」と言われ了解した後、部屋を出た。
ラナリの目が怒りに燃えている。
ボル族の人攫いがロネの街で出た時も、ラナリは意の一番に助けに行ったことがある。今回は子どもを食う為だと教えられたのだから、その怒りは前よりも強力だった。
「一先ず、準備して待機しよう」
トオルの提案に皆が賛成し、トオル達は準備を整える為に一度、迎賓館に戻るのだった。




