第70話 暗雲
ベルリナ市街のスラム街にて、ある男が月夜に歩いていた。
ズーニッツ帝国のヴァイツ族と、大して変わらない容姿を持つボル族の男が、その無精髭の生えた顔をフードで隠しベルリナのスラム街に毎夜、足を運んでいた。
ある目的を達成するためであった。
狙いは住む家と親を失った戦災孤児である。いつの間にか、どこの国の奴かも分からない空からの侵略者相手に帝国が戦争を始めたおかげで、ようやく事を起こせるようになったのだ。
「……あんだけ発展してた帝国がボコボコにやられるなんていい気味だ」
男が恨みのこもった下卑た微笑を浮かべる。彼らと帝国の間には種族間の軋轢があった。しかも、お互いが数百年以上も憎しみ合いで培われた物だ。
ヴァイツ族もボル族も元は同じだと言うのに、先祖が食人を儀式的に行ったというだけで二種族の間には修復不可能なまでの軋轢が現在も続いている。
それどころか、約五百年前にボル族の国は帝国によって滅ぼされていた。そのおかげで今では流浪の民である。
男が辺りに帝国の憲兵がいない事を確認し、フードを深めに被ると裏路地に入っていく。革製の肩掛け鞄の中には恐喝の為のマチェーテを忍ばせている。
これは食肉の解体を容易に行える切れ味を誇っている。
男の前には、家を失い職を失った帝国民が座り込んでいる。脚の無い民兵くずれが首に"祖国を守りました"と書かれた白い板をぶら下げていた。おおかた、祖国の為に立ち上がって生き残ったはいいが、家族や親類、家まで失ったのだろう。
男が民兵崩れに唾を吐きかける。
「ざまあみろ。負け犬」
奥に進んだ所で、ふと男が立ち止まる。目の前に今まで見た事も無い美少女が居た。
その美少女は金髪ツインテ―ルで、尚且つエメラルド色の美しい眼を持った女だった。
しかも、その女が着ている服が赤と白の二色に彩られた艶かしいボディラインが浮き出る春売りの女のような格好だ。
それが月光を浴びて妖しい艶やかなオーラを纏っていた。この世の者とは思えない作り物にさえ見える美少女である。
男は思わず抱き付きたくなる衝動に駆られ、ふらふらと金髪の美女に近づいていく。涎が垂れそうになるがぐっと堪え、生唾を飲んだ。
「……なあ、あんた一人か? 名前は?」
男の声掛けに、金髪の美少女が緑眼を悪戯っぽく潜めて魅力的な微笑で返した。男を落とす為に計算し尽くされた仕草に、男の鼓動が早まる。
男が金髪の美少女の肩に手を掛けた所で、音も無く降り立った三人の似たような格好の美少女に囲まれた。
「フェオドラ様、その男は?」
男を囲った金髪の美少女の一人が、フェオドラと呼ばれた金髪ツインテールの娘に問い質した。
「あらぁピャーチも来たの? この男はぁ知らないんだけどぉ」
フェオドラがケラケラ笑っている。男も釣られて破顔して笑う。
「あんたフェオドラって言うのか。まさか、四人で相手してくれるのか?」
男が下品なニヤけ面をして、フェオドラの顔に触れようとする。
だが、フェオドラに優しく手首を握られ止められた。男が力づくで触ろうと力を込めるが、びくとも動かなかった。
「……夜の相手ならぁ、あなたが誠意を見せてくれたら考えないでも無いけどぉ?」
「誠意?」
男が誠意の意味が解らず間抜けな顔をしたのだろう、周りの金髪の美少女がくすくすと笑った。
ピャーチと呼ばれた美少女が、優しく意味を教えた。
「貴方の目的と、貴方が何者であるのかを教えて欲しいと言っているのですよ。無精髭のお兄さん」
それを聞いた男が高らかに笑った。自分の運が向いて来たと確信した下品な笑いだった。
「はは、なんだ金でも出せって言ったのかと思ったぜ。俺はカチロって名前のボル族だ。……んで、目的か……へっへお嬢さん達には刺激が強いかもしれねえな」
フェオドラが微笑みから表情を変えずに、彼女がカチロの手首を掴む力だけが少しだけ強まった。
「持ったいぶらずにぃ。教えてほしぃなぁ」
カチロと名乗った男は少し驚いた様子だったが、邪悪な笑みを浮かべて「いいぜ。後悔するなよ?」と忠告し目的を述べる。
「俺は親と家を失ったガキどもを攫って生きたまま食べるつもりだ。だから夜のスラム街にいるのさ」
カチロの目的を聞いた金髪の美少女達が複雑な顔をする。
だが、フェオドラだけがうっとりとした心底幸せな顔をした。
「それは楽しそうねぇ。子どもを食べるのは趣味? それともぉ別に宗教的な意味があるのかしら? なんにせよフェオドラも参加したいわぁ」
カチロが一瞬ぎょっとした顔をした。まさか驚くどころか自分も参加したいなどとの反応が返ってくるとは思ってもいなかったようである。
「あんた面白いな……今まで会った女の中で最高だ。……よし、全て話してやろうじゃないか」
カチロが気を良くして全てを打ち明けた。
「ボル族には昔から伝わるんだが……ヴァイツ族や他種族を生きたまま食べると力を得るらしい。あの憎たらしい総統の武装親衛隊が持つ力が俺にも備わるって訳だ。だから、俺も先祖の知恵を借りてガキどもを食ってやるのさ」
カチロの目的を聞いたフェオドラ達が顔を見合わせて頷く。
「フェオドラ様、このチャンスは生かすべきです。恐らく力と言うのは我々ロシアが追い求めている物。そして、太陽系連合政府が人の道を外してまで手に入れようとしている物です。それを我々の手を汚さず得る事が出来る。しかもユーリヤ達より先にです。実に素晴らしい」
ピャーチが嬉しそうに捲し立てた。他のチームよりも先んじて、目的の物を手に入れる名誉に興奮した様子である。それを見たフェオドラが楽しそうに笑う。
「ふふふ。ピャーチが嬉しそうでフェオドラも楽しいわぁ。それでぇカチロ様はぁフェオドラ達を仲間に入れて下さるかしらぁ?」
フェオドラがカチロの耳元で「お礼は四人で払ってあげるからぁ」と囁く。
「……ああ。……くく、ははは。最高だ……! 運が向いてるなんてちゃちなモンじゃねえな。王様にでもなった気分だ。……いいぜ、仲間になるなら勝手について来ればいい。なんだったらガキどもの肉でも分けてやろうか?」
カチロとフェオドラ達がその夜、スラム街にいた幼いヴァイツ族の子供を六人ほど拉致して闇夜に消えた。




