第68話 再び帝国へ
トオル達は、ベルリナ東端の大きな湖の湖畔に居た。いつものメンバーにアルバとマイヤーが加わり八人となっており、結構な大所帯だ。十メートル程離れた隣には、のんびり釣りをしている年老いた帝国民もいた。
スレクトとマイヤーだけは正式に加わっていないのだが、ナカジマの持つ戦力の誇示をしようという魂胆であった。来る帝国総統との交渉で有利に運ぶようにする為でもある。
セーズが湖を見つめながら、手を下から上へとすっと動かした。
すると全長七八二メートルもある、巨大な重巡航級であるエイトフラッグ号が、湖底から湖面へと水しぶきを上げながら浮かび上がった。
まるで超巨大な鯨が水面を飛び跳ねたかのように、高波が起きて釣りをしている老人ごとトオル達を濡らした。
「……ちょっとセーズ! もっとゆっくり浮上させなさいよ!」
水を被ったナカジマがセーズを批難する。
「久しぶりにエイトフラッグ号を遠隔操作したので、ちょっと手元が狂いました」
「んで、これからどうやってあれに乗るんだよ。……泳げなんて言わないよな?」
トオルの嫌味を無視したナカジマが服を絞りながら「セーズ、ビークル射出口からゴムボート出して」と命令する。
エイトフラッグ号の側面にあるビークル射出口が展開され、大型のゴムボートが落された。
そして、セーズの遠隔操作でゴムボートが、トオル達のいる湖畔へ向けて移動する。
水に濡れたスレクトが、腕を組みながら納得し頷いた。
「なるほどな。総統閣下が人類に執着する訳だ。確かにこれほど大きな宇宙艦艇を建造できるなら、帝国にとって心強い味方になるだろう。……ところでもっと早く寄越せないのか?」
ラナリも早く中に入って濡れた体を拭きたいのだろう。ラナリは、キネシスを使いゴムボートを無理やり湖畔まで飛ばした。
「皆も私も早く体を拭きたいからこれでいいよね。早いし」
ゴムボートに乗ったトオル達は、湖面に浮かぶエイトフラッグ号に乗り込む。エイトフラッグ号の灰色の船体が日の光に反射し、湖面にもその巨体が映り込んでいた。
「……こんな巨大で綺麗な箱舟は見た事ねえ」
アルバがエイトフラッグ号に乗り込む間際、湖面に移り込むエイトフラッグ号の美しさと巨大さに感嘆していた。
トオル達一行は、ナカジマに案内されてシャワー室へ移動する。
「この先がシャワー室になってるから、ラナリ達は浴びといて。セーズはラナリ達の替えの服を用意すること。あとは、男物なんて無いからトオルとアルバさんは自分達で何とかしてね」
テキパキとナカジマが指示を飛ばし、一同シャワーで濡れた体を温めた。
シャワーから出た女性陣達は、濡れた自分達の服が乾くまでの間、セーズが持ってきたナカジマの服に着替える。
「ラナリ達はナカジマから服を借りてるからいいが……くっそやっぱり背嚢の中まで濡れてやがる」
シャワー室から出たトオルは、背嚢の中から替えのインナーを取り出した。
だが、肝心の替えのインナーも当然の如く水に濡れていたので、そっと戻した。
「トオル、こいつを返そう」
トオルはアルバが取りだした見覚えのある、アルバのマッシブな肉体によって極限まで伸びた黒いタンクトップを一瞥した。
「なんだトオル要らないのか?」
「……それはもうアルバさんに差し上げますよ」
トオルは、何故今になって返そうと思ったのかと問いたい衝動に駆られた。
しかし、アルバはただ話をする切っ掛けを作りたいだけのようだった。
「そうか、何だか悪いな」
アルバが苦笑しながら黒いタンクトップを着る。
トオルは、そのピッチリした黒いタンクトップ姿のアルバに苦笑を漏らしそうだった。アルバは、そんなトオルの心中を意に解さず本題に入った。
「……ラナリのことなんだがな、俺としちゃ娘が病気を治しに帝国に渡航した思ったら、とんでもない奴らが空から攻めて来て数日ぶりに娘が帰って来たと思ったら、得体のしれない力を見せられるなんてな……俺の頭じゃ状況を飲み込むのに精一杯だ」
アルバが言わんとしていることを、何となくだがトオルは理解した。
要するに、これ以上娘を巻き込むなら黙ってる訳にはいかないと至極真っ当な親らしい考えだろう。
トオルは、ただ黙ってアルバの話を聞く。
「俺はな、娘に殺しはさせたくないし見せたくない。兵隊ごっこなんてもっての外だ。当たり前だろう? 愛する娘に殺し合いをさせたい親が何所にいるんだ。だから、俺が付いてきたのはナカジマに頼んでラナリを外してもらおうと思ってなんだ」
「アルバさんの気持ちは分かります。ただ、ラナリがこれを聞いたら……」
トオルが当たり障りの無い言葉を返すが、アルバの「まあ、話は歩きながらしようや」と背中を叩かれた。
トオルとアルバは、艦内の食堂へと先ほどのことについて話しながら歩く。
途中から他愛のない話に変わったので、アルバの心の中に溜まっていたものは吐き出せたのだろう。
トオルは、やっと終わったとほっと安心した。
だが、アルバの願いはナカジマとラナリの二人に粉砕された。
「なんで駄目なんだ!」
アルバの大声が食堂に響く。アルバがこうも早くナカジマに話を切り出すとは、トオルは露程も思っていなかった。
「アルバさん達の種族って十五で成人扱いなんでしょ? なら、成人した子に口出しなんて野暮よ」
ナカジマの返答を聞いたアルバの額に力が入る。
「父さんは何も解ってない。私は友達を守りたいだけ。戦争がしたいとか殺しがしたいとかそういう次元の話じゃないよ」
トオルは、アルバ親子は頑固という一点に置いて非常によく似ているということが解ってきた。二人とも一度決めたら曲げない性格をしている。
何度目かの親子喧嘩に発展しそうな雰囲気を感じ取ったセーズが、二人の間に割って入った。
「セーズがアルバ様に二つほど約束をしましょう」
「……約束だと?」
セーズがアルバに対して笑みを見せ、その二つの約束を提示した。
「一つ目は、アルバさんを正式に雇うという事。これはラナリ様の心身の状態を間近で見られますし、大金も払います」
アルバが唸る。娘と一緒であるなら多少はましであると思ったのだろう。
「二つ目は、アルバ様やラナリ様に命のやり取りをするような命令はしません。お二人の自由意志を尊重します」
アルバがラナリを見て、ラナリが意志を曲げる様子が無いことを確認すると両手を上げて「分かった、それでいい」と折れた。
話が終息するのを見計らっていたナカジマが、セーズにエイトフラッグ号を帝国の軍港まで移動させる指示を出す。
セーズの遠隔操作によってエイトフラッグ号が水上艦のように湖を進み、川へ繋がる手前で一旦停止した。川を上るのはエイトフラッグ号の幅的に無理そうである。
「ナカジマ、川を上るのか? 無理だろこれ」
「最初は渡れるかなーって思ったんだけど……無理ね! ということでセーズ、遺跡の防衛機構に感知されない高度で飛べる?」
セーズが頷く。どうやら問題ないようだ。
「精度を上げる為、艦橋から操艦します。皆さんも食事が終わり次第、艦橋へどうぞお越しください」
食事を終えたトオル達が艦橋へ上がる。
「んで感知されない高度ってどのくらいなんだ?」
トオルの素朴な疑問にセーズが親切に答えた。
「エイトフラッグ号の高さは、八二メートルほどあります。今は水面から半分だけ出てるので四〇メートルほどですね。それで、防衛機構の感知される高度は、地面から約一〇〇メートルほどを超えた辺りです」
トオルは腕を組み、考える。そして、それはつまるところとんでもない方法で強行突破するつもりであると察した。
「ですのでセーズは、今から地面から五メートルほど浮かした状態で進路上の物を薙ぎ倒しながら軍港を目指します」
トオルが想像以上の方法に顔を青くした。他の物もまた顔から血の気が引いていた。
キューだけは何食わぬ顔で「さあ、皆さん。座りましょう。出来れば対ショック体勢を取ってください」と顔の青いトオル達を施す。
トオル達が艦橋の開いている椅子に座り、対ショック体勢を取ったのを確認したセーズがエイトフラッグ号を動かした。
エイトフラッグ号が木々を薙ぎ倒しながら、ベルリナ郊外を北へ進む。途中の半壊した建物が乱立したゴーストタウンと化した地域では、その建物を半壊から全壊にリフォームしながら進んでいく。
艦内が地響きのように縦横に振動し続ける事、およそ四二分後エイトフラッグ号は無事、海に着水した。
エイトフラッグ号が帝国の軍港に寄港する頃には、グロッキーになったトオル達が、先ほどと違う意味で青い顔していた。今にも吐きそうである。
「……うぅぇ。吐きそう」
ナカジマが自身の体調を吐露した直後、せり上がってくる物に堪えきれずにエチケット袋の中に嘔吐する。
「ナカジマが吐いてますよトオル様。あ、トオル様もエチケット袋をどうぞ」
トオルもナカジマに釣られてエチケット袋の中に吐く。
そんなこんなで、四日後に控えた帝国の総統との交渉を行う為にトオル達は、西ベルリナにある総統府の隣にある迎賓館へ泊まることとなった。
そろそろ第一部クライマックスへ向けて書いて行こうと思います。