第58話 遺跡を巡る戦い-決戦- 前編
トオルは、キューによく似た女性が出てくる夢を見ていた。名前の分からないその女性は、トオルの横で心底幸せそうに夜の街を歩いていた。ただの夢にしては、現実味があり既視感を覚える内容だった。キューによく似た女性が出てくる夢は、実はこれが初めてでは無かった。今までは夢の内容を忘れていただけで、ずっと同じような夢を見ていたのかも知れない。
トオルの部屋をノックされる。トオルはその音で目が覚め、起き上がると自室のドアを開けた。そこには暗闇の中にいるような、暗澹な表情をしたラナリが立っていた。
その姿を見たトオルは、ただ非日常を望んでいただけの彼女を不憫に思った。少年少女が、一度は恋い焦がれるだろう非日常を望んだ結果、現実の陰惨たる非日常に巻き込まれてしまったのだから、皮肉というか不憫に思う。彼女の唯一の肉親の安否だって確認する方法が無いのだから、尚更に不安なはずである。
しかも、ナカジマについて行く事になったのだから積極的に相手を殺める必要だってこれから先は確実に要求されるだろう。この前までは普通の少女だった彼女に耐えられるのだろうか? いくら体内のナノマシンが殺人のストレスを緩和すると言ってもだ。
トオルがこのように思考を逡巡させていると、ラナリが静かに話し始めた。
「……トオル、あの力を使おうとすると頭の中に殺せって囁き声が聞こえるんだ。……やっぱりこれっておかしいよね」
トオルの思考が一瞬空白になる。あのナノマシンが戦闘のストレスを緩和したり打ち消すという話であったはずだ。本当は打ち消すのでは無く、人格から変えてしまうのか?
「……それは、その、なんというか」
トオルが言葉に詰まっているとラナリが続けた。
「トオルも最初に比べて随分変わったって気が付いてる?」
俺が変わった? どういうことだろうか。
「俺が変わった?」
「最初に会った時は優しい顔をしてたけど、今はそうじゃない。……だって、最近のトオルは笑ってないから」
ラナリはトオルが最近笑っている様子を見た事がないと指摘した。トオル自身が気が付いていない事だった。
「……確かに言われてみればそうかもな。……なあ、一つ聞いていいか?」
トオルは、以前からラナリに対してある疑問を抱いていた。
「何でそこまで俺達に協力してくれるんだ? その力さえあれば、こんな回りくどい事をしなくても父親を助ける事が出来るだろうに」
トオルは、この戦いに付き合う義理は無いと思っている。直ぐにでも父親の所へ戻りたいはずだろうと考えていた。
「父さんの所には戻りたいと思ってるよ。今すぐにでもね。……でも、この力が守るためにも使えるなら、この力で貴方を守りたいって思ったらだめ? 答えにはなってないかも知れないけど……これが私の気持ち」
トオルは、この答えに言葉を失った。悪い意味で言葉を失ったわけでは無く、むしろ逆に嬉しいとさえ思った。しかし、それだけに巻き込んだことを悔やんでしまう。
「……まー、その、ありがたいんだが……俺も最初に助けてもらった以上は恩を返すつもりだからな。貰ってばかりじゃ悪いしな。……いや、しかしラナリは大胆だな」
トオルの返しにラナリが頬を赤くし慌てだした。
「こ、告白とかじゃないよ?」
赤らめた顔で両手をブンブン振っている。どうやら本当に告白をしたつもりではないらしい。
「……え、違った?」
二人の間に微妙な空気が流れ始める。いたたまれないそんな空気であった。
トオルは勘違いに顔が熱くなり、恥ずかしさで死にたくなる。体内のナノマシンがこういう感情を消してくれればいいのにと、トオルは熱を帯びた顔で切に願うのだった。
トオルとラナリの他愛ないやり取りから一時間後、トオル達と三六名の帝国兵をを乗せた半装軌トラック五両が、地下司令部の車両用リフトを上がりベルリナ中央の遺跡へ向けて出発した。
いつもの強化外骨格の機能を持つボディアーマーを着たトオルは、車両での移動中に必ず敵に発見されると思ったのだが、以外にもそうはならなかった。当初の予定通り、ベルリナ中央地区の一つ前の地区で下車をする。この地区は中央地区ほど、建物の被害が無い。と言っても建物の大半は崩れてしまっている。
トオルが降りた直後、ヴェル博士が急に抱き付く。
「おい、どうしたんだ?」
「……死んでも悔いが無いようにトオルの匂いを嗅いでいるのよ。あなたの匂いを気に入ったからね」
ヴェル博士が満足し、トオルから離れる。二人の一部始終をラナリが横目でちらちらと見ていたのを、トオルは気が付いた。
「ヴェル博士、そろそろ進みましょう。……ワタシは敵と接敵しないのはどうもおかしい気がするのです。我々が来る前に戦闘があったのか、あるいは敵は何かに気を取られているのか」
トオルは、スレクトの言葉に頷くと帝国の自動小銃を構えて進む。そのトオルの後をナカジマ達が続いた。指揮なんてした事ないとトオルは言っていたが、それと反して自ら先頭を進むのを見たナカジマが静かに笑った。彼女もまた、いつも通りの強化外骨格化された濃い青のボディアーマーを着ている。
「セーズ、帝国兵は付いて来てる?」
「ええ、ナカジマ、彼らはちゃんと付いて来ていますよ」
建物が崩れている為、障害物が多くなっている。どこにゲネシス兵が潜んでいるか分からない状況だった。そんな通りを、三六名の帝国兵達が緊張した面持ちで自動小銃を構えながら歩いている。
「キュー、ちょっと偵察に出てくれないか? こうも瓦礫だらけだと敵がどこにいるのか分からん」
「分かりましたトオル様。キューが敵がいないか見て来ましょう」
トオルの背後を歩いていたキューが、半壊した建物の上を軽やかに上っていく。そのまま、半壊した建物の屋上を器用に走り、前に駆けて行った。キューが奇妙な情報を持ち帰ったのは数分後の事である。その情報は一人を除いて理解しがたい物だった。
「戻りました。キューは奇妙な光景を見てしまいました。……多角形の浮遊する金色の物体がゲネシス兵に追われています。ゲネシス兵の数は二四名ほどで、十数分後にはこちらと交戦状態になるでしょう。今すぐ迎撃態勢を整えるべきです」
キューの報告を聞いたスレクトは、後ろの帝国兵達の下へ小走りで駆け寄る。
「お前達、聞いたな? それぞれ四つの分隊を建物に配置するんだ。奴らが通りを進んだところで一気に殲滅するぞ」
トオル達、"不滅の御旗"メンバーも半壊した建物に潜む。
「トオル、私が敵の弾から皆を守るから安心して」
トオルはラナリと小声でやり取りする。ヘルメットを展開していなかったら、ラナリの小声がトオルの耳をくすぐっていたほど距離が近い。
「ああ、頼りにしてる。……だけど、ちょっと離れてくれ。こうまで近いと、ラナリの鼓膜が破れる危険があるんだよ」
トオルの言葉にラナリがむすっとしたが、理解したのか半壊した部屋の後方に下がる。辺りは朝日が昇っているとは言え、まだまだ薄暗い絶好の待ち伏せ日和であった。
トオル達がじっと潜んでいると奇妙な男声を模した機械音声が聞こえた。その声がだんだんと近づいている。ゲネシス兵の怒声も確認できる。
「あぁ~厄日だ! なんて厄日なんでしょう! 愚かな野獣に追われしまうなど今日は厄日だと言わざるを得ませんねぇ!」
その声を聞いたトオル達の中で、ヴェル博士だけが静かに笑っていた。
多角形の浮遊数する金色の物体が「だぁれかぁ哀れな機械を助けて下さいませんかぁああぁ!」と情けない機械音声を流しながら、隠れているトオル達の半壊した建物の前を横切っていく。
その直後、バーバリアン然としたアーマーを着た野獣の様なゲネシス兵の一群が、隠れているトオル達の前を横切る。
「今だ! 撃て! 撃て!」
トオルの号令でナカジマ達も射撃する。帝国兵達も各個射撃を開始した。人類の自動小銃より、大口径の帝国の自動小銃は恐ろしいほど大きな銃声を轟かせて、二四名全てのゲネシス兵を混乱させた。
ゲネシス兵は大した応射も出来ず、あっという間に全滅した。
戦闘が終わるのを確認したヴェル博士が、多角形の浮遊する金色の物体に対して声を掛ける。
「シリュク! こっちだ!」
ヴェル博士の声を聞いたその物体が空中で静止する。そして、パズルのように金色の装甲を変形させ、中央から点滅する丸い目のようなカメラが姿を見せる。
「おおぉお! ヴェル博士ではありませんか! なんと! 守護の継承者もいるではありませんか! ……そこにいるのはもしや…………古代人類の子孫では!? なんたる幸運! なんたる僥倖! 今日は厄日ではありません!」
金色の浮遊する物体が、丸い目のようなカメラを忙しなく点滅させてヴェル博士やトオル達の間を行ったり来たりする。
この喋る物体を見たトオルとナカジマは呆気に取られてしまった。ラナリは、興味深そうにヴェル博士の前で静止する物体に近づいていく。
「ヴェルさん、これって妖精か何か? ホプリスの神話に書かれてたのとそっくり」
ヴェル博士が心底愉快そうに笑った。帝国兵達も続々とシリュクの周りに「なんだ、どうした」と集まり始める。
「当り前よ! だってその神話は神話じゃないもの。事実を元にした創作物よ。このシリュクは古代文明の防衛機構を作動させるための鍵なの。……本当は遺跡の中をぐるぐる浮遊してたはずだけど、ゲネシスに発見されたのね」
シリュクはカメラを嬉しそうに点滅させて、ヴェル博士の周りを高速でぐるぐると飛び続ける。
「ええ! 定期的に別次元へ惑星を秘匿させる装置が壊れてからというもの、いつかはゲネシスがやってくるとは分かっていましたが、こうまで早いとは! 早く別の防衛機構を作動させねば、ゲネシスはあれを手に入れてしまうでしょう! そのような事になったら水晶虫がこの星を見つけてしまう! そうなれば銀河の破滅だ! 古代人類の破滅の再来だ!」
シリュクがテンションをマックスにあげたのか更に高速になった。そして突然止まったかと思うと小刻みにガクガクと荒ぶり始めた。
「おい、どうした大丈夫か? ヴェル博士、この喧しいのは喧しすぎて壊れたのですか?」
スレクトが、ガクガクと震える金色の物体を指さしながらヴェル博士に尋ねた。
「いいえ、これは――」
「なんたること! 忘れてました! 目の前の危機を! グリセロス族の族長がこちらに来ています! あれが来たら皆さんも殺されてしまう!」
「おい、ちょっと待て一つ目! 何が何だかさっきからさっぱりだ、分かりやすく言ってくれ!」
トオルが苛立ちを抑えきれず声を荒げ、シリュクに近づいていく。トオルがシリュクを掴んだ瞬間――
――トオルだけがすっと消えた。
いきなりトオルだけが忽然と消えたのを見た全員が驚き固まる。
「トオルは!?」
ラナリがシリュクに詰め寄る。キューもまたシリュクの後方に立っていた。納得が行く説明が無ければ破壊するつもりだろう。
「ご安心を皆さん。これはグリセロス族の族長から皆さんを守る策です。彼を族長の足止めを任せる為に族長の目の前にテレポートさせました。これで皆さんを遺跡内部の防衛装置までテレポートさせ、装置を作動させるまでの時間が稼げます」
シリュクが淡々と述べた後、ナカジマ達が次々とシリュクによってテレポートさせられていく。シリュクは、最後に残った大口を開けて固まっている帝国兵を、ナカジマ達と同じようにテレポートさせると、自身も遺跡へテレポートするのだった。




