第5話 最初の”first contact”はクソッタレ 後編
トオルは、キューの警告によって、以前の戦いを思い出し背筋が凍るように身震いした。
右手で素早く自動小銃を手に取り、構えて後ろを向く。
だがそこには、何もいなかった。
トオルは、キューに小声で生命体の再特定を急がせる。
「キュー、後ろにはいないぞ。どうなってんだ」
「約三〇メートル前方の坂の上です」キューも小声で答える。
トオルは、キューが指定した場所にヘッドランプを当てる。
ヘッドランプを当てた先に、人類のような姿をした者達がいた。
トオルはすぐさま、相手を興奮させないよう、ヘッドランプの光を相手の足元に落とす。
ちらっと見た限りでは、どうやら松明のようなものを掲げている。とすると、原生生物ではなく原住民だろうか。そして、なにか話しているようだが、言語が全く理解できない。
トオルは未知との遭遇による興奮で、心臓の鼓動が速くなるのを感じ汗を流した。
「キュー、お前の視覚のみでの分析をしてくれ。それと言語の解析をできる限り頼む」
「了解しました。簡易分析と言語の解析を行います」
キューによると見た限りでは、人類とそんなに変わらない異星人達であるらしい。
人類との違いがあるとすれば、紫の髪色をしていること、髪の色と同色の綺麗な目をしていることぐらいであった。さらには、服装が人類のものと酷似しているのだが、着ている服はどこか時代掛かっていた。
異星人達が、横一列になってこちらに近づいてくる。
現在の彼我距離は一〇メートルぐらいだろう。
トオルは漠然と、彼らの理解できない言語には怒りの感情が含まれている気がした。
怒鳴るような、怒気が込められた威圧感のある言葉である。
「キュー、言語の解析はできたか?」
「"繰り返し発言している言葉は"解析出来ました」
そしてキューは、こう続ける。
「彼らは繰り返し、"人殺し" "生け捕り" "包囲"と発言しています」
トオルは、意味が解からなかった。なぜ俺が人殺しなのかと疑問が湧いた。
「俺が人殺しってどういうことだよ」
先ほどの命をかけて戦った時とは、別の恐怖と困惑がトオルを襲う。
「キューにも理解不能です。彼らは人違いをしているのでは?」
突如、すうっとキューのまぶたが閉じた。
それは、今までの分析や言語解析によって頭部にある補助バッテリーの残量が著しく減少し、要再充電状態に移行したことを意味していた。人間でいう所の睡眠のようなものだった。
だが、タイミングが悪い。悪すぎる。泣きっ面に蜂。この場合は不時着したら異星人に包囲されました、である。
異星人達の言語の意味を、多少は理解できる唯一の手段であるキューが寝てしまっては、どうしようもない。明確な敵意を持った異星人達はトオルの目と鼻の先であり、状況的に詰んだと言える。
「お、おい! 待て! こんな時に寝ないでくれ!」
トオルの虚しい叫びが夜空に響く。
紫髪の屈強な異星人達が、トオルを包囲した。後ろには大破した脱出艇、前には怒った異星人達、どこにも逃げ場は無かった。
トオルはヘルメットを格納し、素顔を見せ、敵意がない事を証明するために右手を挙げた。ぎこちない笑顔も彼らに向ける。
しかし、虚しくもトオルの意図が伝わらず、リーダー格らしき筋骨隆々の異星人に思いっ切り頭をぶん殴られトオルは昏倒した。視界が暗転し、異星人達の顔がぼやける。
そして、薄れゆく意識の中でトオルはこう独言するのだった。
"クソッタレなファーストコンタクトだ"と――