第41話 輸送艦にて
さて、トオル達は海風の香る沿岸の街の外れから、スレクトの用意した内火艇に乗り込み、アネシア大陸南部に位置するアネシア海峡で待機中の輸送艦に乗り継いだ。これから、この輸送艦を使って透き通る蒼い海を進み、ズーニッツ帝国へと渡るのである。
このズーニッツ帝国の輸送艦は一五〇メートルほどで、第二次世界大戦時の艦艇のような鋼鉄製で無骨、錆びてはいるが重厚な船体であった。
トオル達は、輸送艦の甲板上で上がると黒い伝統的な水兵の出で立ちをした船員に案内され、それぞれの寝る部屋を割り当てられた。トオルに割り当てられた部屋は、かなり狭く物置のような雰囲気を醸し出している。
しかも、その部屋のベッドは二段であり、上の段には見知らぬヴァイツ族の船員が、左腕を下に垂らして仰向けにいびきをかきながら寝ていた。
トオルは、自身の寝床を侵犯している船員の左腕を彼の腹の上に戻すと、パーツごとに分解された強化戦闘服の入った背嚢と、自動小銃や自動式散弾銃の入った袋をベッドの上に置く。
スレクトがトオルの部屋を訪ねる。訪ねるとはいっても、トオルが海風に当たろうと部屋を出た所を出くわす形だったが。トオルは、何か厄介ごとかと身構えるが、どうやらそうではないらしい。というのも彼女の顔が珍しく柔らかな表情であったから、トオルはそう察したのである。
「……なんだか機嫌が良さそうだな」
トオルの言葉にスレクトが蛇眼を細めて微笑む。いつもと違う、スレクトの表情にトオルは若干、彼女の精神が逝かれてしまったのかと疑った。
「いや、なに不味い飯から解放されると思うと嬉しくてな」
不味い飯というのはホプリス族の料理の事なのだろうか。確かに、一部は見た目が禍々しい物もあったりはしたが、宇宙暮らしのトオルからしてみれば、ホプリス族の料理も豪華と言える物であった。だが、彼女の舌には合わなかったらしい。
「あれで文句を言うなんて、随分と舌が肥えてるんだな」
「彼らの料理はどれも酸っぱいからな。長く保たせる知恵なのだろうが、ワタシの舌には合わない」
二人は他愛のない世間話をしながら、狭い通路を通り艦内の食堂へ向かう。既にキューとラナリも席に座っており、トオル達もそのテーブルへ着く事にした。
食堂内は、帝国の水兵たちが食事を始めており、白い割烹着を着た主計兵がこちらを遠目で様子を窺っていた。見た所、はやく飯を取りに来いということなのだろう。
トオル達は、主計兵から食事の配給を受け取る為に烹炊所に並ぶ。トオルの前でスレクトがキラキラと気分を高めているのを他所に、トオルはトレイ持って配給を待つ。
配給された料理は、葉物の漬物と黒パンにスパムのようなソーセージと暖かい黒い飲み物である。その献立を見た途端、スレクトの先ほどまでの輝きが失われていたのを、彼女の後ろにいたトオルは目撃した。
「主計兵、キシュナーが何故こんなにも多いのだ。ヴストもレビーヴストではないか……」
「そう俺達に言われてもな、こっちだって寄港途中に陸軍が大事な客を今すぐ乗せなきゃいけないって無理言われたんだ。出せるのはこれぐらいなもんだよ」
主計兵に向かってスレクトが嘆く。彼女の嫌いな食べ物なのだろう。キシュナーはザワークラウト的な料理で、レビーヴストと呼ばれた物は動物の肝臓を用いたソーセージ的な料理であった。トオルは、彼らの料理の名前をヒアリングできるほどには余裕が持てていた。
そんなスレクトの意外な一面を垣間見ることが出来た収穫もあったが、トオルにとって一番の収穫は、暖かい黒い飲み物だった。これは、コーヒーと全く同じ物であった。最初に見た、ホプリス族の禍々しい赤黒いスープよりもすんなりと頭が理解してくれる。
しかも、かなりコクがあり美味しい。宇宙を飛び回ってた時に飲んでいたインスタントの味が薄い物とは違った。トオルはそれを飲み、ほっと一息つく。
「こりゃあ、美味いコーヒーだな。随分と久しぶりに飲んだよ」
「あなた方ヴァイツ族はドイツ人のようですね」
キューがパクパク食べながら、ヴァイツ族をそのように評価した。ただ、これはスレクトにとってはさも当然といった様子であった。
「ああ、我々の遺伝子の元を辿れば古代ゲルマンに行きつくらしい。だから、その認識で間違いない。……人類の遺伝子がベースだという話まではしてなかったか」
「まあ、スレクトが人類の事を知ってたのと創られた種族だって話を突き詰めればそうなるんだろうな」
トオルは、スレクトの説明に若干の驚きを覚えたが、この惑星での驚きに慣れを感じていた。以前の自分だったなら、理解が追い付かなかっただろうとトオルは感慨深げに頷く。
「トオル様も驚かなくなってきていますね」
「そりゃあ、色々あったからな。いや、現在進行形で色々とあるからか」
トオルは、何気ない会話で和んでいると、ラナリが黒い飲み物を飲み、その苦さに思わず舌を出していた。三人がそのラナリの動作を見て、また場が和む。
「……うぇぇ……何これ苦い」
べぇっと舌を出したラナリにスレクトが快活に笑う。
「ラナリのようなお子様には合わなかったか」スレクトがラナリの肩を軽く叩きながらニヤける。
トオルは、スレクトに酸っぱい物が嫌いなお前も同類だろと心の中でツッコミを入れたが、ふとラナリの年齢が気になった。そういえば、ラナリに最初に会ってからそこそこ長いこと一緒にいたが実年齢は聞いた事がない。
「……別に私は、お子様の年齢じゃないけどなぁ」
ラナリがむくれながら、黒い飲み物をそっと元に戻す。
「ほう、では年齢を聞こうか」
スレクトが、ふふんといった態度でラナリの年齢を尋ねる。トオルは、興味深そうに耳を傾けながら黒い飲み物を啜った。
「私は今年で十五だけど……一年後にはもう成人だよ」
トオルは、ラナリの年齢を聞いて思いっ切りむせた。想像してた年齢よりも大幅にずれがあった事による驚きである。彼女の事を十七、十八ぐらいの年齢と読んでいたのだが、まさか今年で十五だとは驚いた。人類の常識で換算すれば、ちょっと前までは中学二年生だったという事である。
トオルは、まさか自分にはロリコンの気があったのかと自己嫌悪に陥る。彼女らホプリス族的にはセーフな年齢なのだろうが、人類的には例えストライクゾーン真っ直ぐでも、バットを振る事さえ許されず、そのまま見逃し三振のアウトである。
「トオル様はロリコンの変態だったのですね」
「その言葉はマジで効くから止めてくれ」
トオルは、項垂れて軽くショックを受けていると、スレクトに甲板に上がってみないかと誘われる。彼女は、どうやら面白い物を見せてくれるようだ。
トオル達はスレクトに連れられて輸送艦の甲板に上がった。海の匂いが、トオルを心地良くさせ、隣にいるラナリもまた両腕を広げて息を吸っていた。
「見せたい物というのはあれだ。どうだ壮観だろう? これから、ホプリス族の国のアネシア王国へ向かう艦隊だ。あの艦隊に含まれる陸軍と為政者を乗せた船が上陸し、王国を近代化させる」
スレクトに見せられたのは、ズーニッツ帝国の艦隊だった。煙突から黒煙を吹きあげている艦橋の低い大型の戦艦を先頭にし、輸送艦が艦隊中央に鎮座している。輸送艦の周りには、小型艦艇や大型の艦艇がその輸送艦を護衛していた。
これが、王国に向かう艦隊であり、事情を知らない者が見れば砲艦外交にも映る光景であるが、帝国は武力による制圧を目的にしていなかった。あくまでも、帝国と同等な文明レベルに引き上げる事を目的としていたのである。
この光景にラナリは、感嘆の声を上げながら艦隊をもっとよく見ようと手すりまで歩き帝国の艦隊を眺めている。
「良くアネシア王国は承諾したな。今まで鎖国をしていたのに、それをごっそり変えちまうなんて」
「前にも言ったが、これはお前のおかげでもあるんだ。大々的に動けなかった我々の代わりに、遺跡の守護者を倒す事によってな。そして、安全な遺跡になったおかげで、現在の王に機械兵器の脅威が差し迫ったものだと説得がしやすくなった」
「王様は、さぞかしびっくりしたんだろうな」
「遺跡の内部を見た王の顔は笑えるものだったらしいが、頭が柔らかい王だったのが幸いした。王は遺跡見物から帰った後、帝国の使者からの提案に快諾したよ」
「帝国は善意でやったわけじゃないんだろ?」
「ああ、善意では無いな。究極を言えば自国の利益の為だ。帝国の戦力を増やすという意味でな」
帝国の最終目的は、自分達を創った者への反逆だ。だから、戦力が欲しい。ホプリス族にもそれに巻き込もうというのだろう。そして、帝国は手段を択ばず、回りくどいやり方でホプリス族や人類を巻き込もうとしている。
「スレクト様、これは戦争が近いという事ですか?」
「それは五、六年後ぐらいだろう。人類が、まず我々に味方してから戦争になるはずだ。その為に黒い装置を壊して、この惑星の秘匿状態を解除したのだからな」
「ラナリは、どうなるんだ? 戦争に巻き込まれるんだろう? 大丈夫なのか?」
トオルは、ラナリが帝国が始める戦争に巻き込まれる事を危惧した。至極当たり前な心配である。ただでさえ、自分が巻き込んだような物なのにこれ以上彼女に負担は掛けたくなかった。
「心配ない。彼女は帝国が保護をすると言っただろう。帝国なら彼女は安全だ」
トオルは、スレクトの思考停止とも取れる自信過剰さに一抹の不安を覚えたが、今はラナリの力を制御する方法をもたらしてくれる事に期待する事にした。
「まあ、俺が宇宙に帰るまでにラナリとは、しっかり迷惑かけた分のケジメを付けないとな」
トオルは、静かに呟きながら帝国の艦隊を前に、はしゃいでいるラナリを眺める。




