第40話 力の一端 後編
トオルの返事を待たずに、部屋の扉が開かれた。そこには、スレクトとキューの珍しい組み合わせが立っていた。トオルは、怠そうにベッドから起き上がり二人を見る。二人が今から話そうとしている事の、おおよそ予想はついていた。それが、自分の気分を悪くさせるような事であるのも。
「珍しい組み合わせだな。まあ、何を言おうとしているのか予想できるが」
トオルの部屋に入ってくる二人の表情だが、スレクトは真剣な表情を、キューはいつも通りの無表情だがどこか顔が曇っていた。
「なら、話は早い」スレクトがトオルのベッドに座る。話し出す彼女の声に焦りは無く、淡々としていた。
「さっきの騒ぎの話だが、ワタシはラナリの力を丁度良く見る事が出来た」
丁度良くとスレクトは言ったが、トオルには、他の種族が入り込む余地が無いほど厳しい鎖国をしている国に、偶々ボル族がラナリの前で人攫いをするとは思えなかった。やっとの思いで不法入国した者が、わざわざ捕まるような真似をするだろうか。そのような者がいるとしたら、自傷願望がある者だけだろう。それぐらいに、先ほどの出来事は不自然であった。
「丁度良くねぇ……。まあ、今は誰がけしかけたとかはどうでもいい。心配なのは、ラナリは大丈夫なのかとか、力とやらが彼女に悪影響を及ぼさないかだけだ」
トオルの心中でのラナリの評価は、最初こそ彼女は好奇心が旺盛な子という評価であったが、今では俺と関わったばっかりに不幸になりつつある子という変遷を経ていた。そして、現在の彼の罪悪感は空高く上がっていた。
「ラナリは力を制御出来ていない。だからこそ、制御できるようにする必要がある」
スレクトが、ラナリの力について触れる。本来なら人を初めて殺めた彼女のカウンセリングについて話すべきだが、スレクトにとっては、どうでも良い案件のようだ。彼女の対応は、所詮は他人事なのだから当たり前なのかも知れない。トオルは、スレクトの言葉に複雑な思いを抱いた。
「制御と言ったって、あれはどんな原理なんだ。人攫いが発砲したと思ったら、次の瞬間には撃った本人が脳みそぶちまけてたんだぞ。有り得るのかそんな事が」
撃った本人に弾が返ってくる。恐らくは何らかの力で弾を跳ね返したのだろうが、その跳ね返すというのがトオルの理解を超えていた。種の無いマジックを見せられたような、そんなモヤモヤとした感情が、彼の精神に充満した。
「原理の説明ならワタシの血を見たほうが早い」
スレクトがそのように言うと、燭台の蝋燭を皿から外し、ナイフで自らの指に浅い傷をつけると、流れた血を皿に垂らした。続いて、皿の上に垂らされた血を蝋燭の火で炙る。
火に炙られたスレクトの赤い血は渇き茶色に変色し、その中の一部が白い微細な粒子に変化を遂げた。トオルは、嫌な物を見た気分になる。スレクトの自分達は創られた存在であるとの裏付けを見た気がしたからだ。
「この白い粒子が聖遺物のデータを入手する鍵であり、その力を使うツールだ。これは、ナノマシンと呼ばれる物だろう。だが、ワタシに言わせれば、自己複製をするという点ではウイルスの方が近い。それに、こいつは母から子へ受け継がれるという特性も持つ」
ナノマシン、人類は今だに医療用でしか作る事が出来ないでいる代物だ。ナノマシンでのデータのやり取りや、力を授けるなどは構想はあっただろうが実現出来てはいない。しかも、体内で自己複製し、子へ受け継ぐというのも人類の常識ではあり得ない事だった。
「受け継ぐっていうのは遺伝か?」
「いや、遺伝ではない。へその緒を通じてナノマシンを受け継ぐのだ。だから、我々の帝国では女性が重宝される。男の権力者は、どれだけの女性を侍らせる事が出来るかを競ったりもするがな……。まあ、全体的に見て女性優位だろう」
トオルは、スレクトの説明に納得する。そして、本題に移った。
「それで、力の制御は出来るのか?」
「すぐに帝国へ渡航すればいい。ナノマシンが引き起こす力の制御については、研究が進んでいる。上から連絡が届き次第、船は用意する。悪い話では無いだろう?」
帝国は、この惑星エレミタに置いて一番文明が進んでいるのだろう。恐らくは聖遺物とやらの力を使って成長した国なのかもしれない。であれば、聖遺物とそれに付随する知識や技術は、かなり蓄積されているはずである。
「キューはどう思うんだ? 行くべきだと思うか?」
トオルは、ずっと黙って立ったままのキューに意見を仰いだ。限界のある人間の頭よりも何倍も優れているアンドロイドの頭が導き出した答えなら、素直に納得できると思ったからであった。
「キューは、渡航すべきだと思います。力の制御も向き合い方も帝国は、教えてくれるでしょう。それぐらい帝国は、この惑星を知っていると思います」
「なら、まずはアルバさんに話して義理は通しておくべきだな。黙って娘を拉致する訳にはいかないだろ」
一階へ降りると、アルバとラナリが言い争いをしていた。どうやら、ラナリが帝国へ渡航すると言って聞かないようだ。トオルは、心底うんざりした表情で後ろにいるスレクトを見る。
「……スレクト、さっきの事を俺より先に話しただろ」
スレクトが、先にラナリに話した事によって話が面倒な事になっている。ラナリがこの話を聞けば、治す為に渡航したいと言うだろうし、アルバにしてみれば突然、娘が海の向こうの得体のしれない国に行きたいと言ったら止めるに決まっている。それに、両者は一度決めた事を中々変えない頑固な性格だ。この衝突は必然である。
「すまん。当事者には先に話すべきだと思ったのだが、いささか軽率だったようだ」
トオルの批判的な視線に、スレクトは目を背けた。
「キュー、アルバさんの説得を頼めるか?」
キューが、手を合わせお願いするトオルに快諾し、二人の間に立つ。言い争いに夢中になっていたアルバとラナリは、キューの存在に気が付くと静かになる。ラナリはキューと友人関係になっているし、アルバはキューに対して苦手意識がある。そんなキューに任せるのは妥当な人選と言えた。
「アルバさん、キューの話を聞いてくれますか?」
キューの真っ直ぐな視線にアルバが「ああ」と短く答え、筋肉質な腕を組み頷いた。
「では、まずラナリの現状ですが……残念ながら彼女は死に至る病を患っています」
トオルは、キューが突拍子もない嘘をしれっとついた事に驚き目が点になった。だが、一番驚いていたのはラナリの父親であるアルバであった。アルバが、キューの言葉を聞いた直後、彼はくわっと目を見開き、顔面蒼白になって固まった。
トオルは、奥さんを亡くしているアルバにこのような嘘はどうなんだろうと思いつつ、キューの作戦に乗る事にした。そして、ラナリもキューの話に合わせる事に決めたようで、キューとアイコンタクトをしている。
「父さん、キューの言ってた事は本当よ。だから、帝国でなら治せるからってスレクトさんに誘われたの」
アルバが、信じられないといった顔をした後、スレクトを睨み、そして彼女に詰め寄った。トオルは、スレクトに詰め寄るアルバの怒気に、不時着した時の夜の事を思い出し、彼に殴られた場所を撫でる。
「なあ、スレクトさん。娘の言った事は本当か?」
「ああ、先ほどラナリが言った事は全て本当の事だ。帝国でなら治せる。治したら必ず親の元へ返すと約束する」
アルバが酷く落胆している。大柄な体が、いつもより小さく見えた。だが、納得はしたようだった。
「なら、俺も連れて行ってくれと言いたい所だが……母さんの墓は守らねばならん。実を言うとな、昼頃お前たちが帰った時に、ラナリが真っ青な顔で一言も発さずに自分の部屋に行ってしまって、何かあったのかと思ったんだ」
アルバがトオルに近づくと、鬼気迫る表情でトオルの肩を叩いた。
「トオル、変な男共がラナリに近づいたら、容赦するなよ。しっかりと追い払うんだぞ」
トオルは「ええ、まあ」と短く答え苦笑いをした。
その日の夜。トオル達は荷造りを早めに済ませていた。というのも、帝国からの連絡をアネシア王国の沿岸の街で待つことになったからである。その王国の最東に位置する街に行くための準備である。
荷造りを終えたトオルは、ベッドにうつ伏せになり、燭台の火を消すと眠りに落ちて行った。
書き方を変えてみる試み。




