第39話 力の一端 中編
「はやい……はやすぎる……」
幼い女の子を攫ったボル族の人攫いもそうだが、ラナリも風のように速かった。
トオルは、あっという間にラナリとボル族の人攫いから引き離された。
「ラナリ! ちょっと待て!」
トオルは、ラナリを制止する為大声を張り上げるが、彼女は軽やかに屋根に上がるとまた疾走する。トオルは、これ以上引き離されまいと懸命に走るが、彼が次にラナリを視界に入れた時は既に手遅れであった。
トオルの前は野次馬で埋まっており、目の前の人だかりを抜ける直前に一発の銃声が鳴った。
その銃声は、ラナリを狙ったものであった。だが、その銃弾は人攫いの頭に吸い込まれていた。自らが放った銃弾を喰らい、脳漿を撒き散らしたボル族の男を見た野次馬達の悲鳴が上がる。
「……これは」トオルは言葉が出なかった。彼の前には、死んでいるボル族の男と、泣きながらラナリの腰にしがみ付く幼い女の子、そして、この目の前で起きた出来事に動揺したラナリがいた。
トオルは、死んでいるボル族の男を一瞥した後、ラナリに近づく。彼は、ラナリが人を殺したのは恐らく初めてなのだろうと思い至った。いくら非日常を憧れていた彼女であっても人を殺す事に抵抗が無いはずがない。人を殺す事による精神的負荷は、計り知れない。
「ラナリ……大丈夫か?」トオルは、泣いている少女を抱きしめたまま俯いているラナリを見る。トオルの目には、彼女がどのような顔をしているのか推測する事は出来なかった。
「トオル、その人は死んだの?」トオルは、ラナリがこちらを一度も見ずに言葉を発したの見て、彼女は初めて人を殺したんだと確信する。
トオルは、こんな時にどう言葉を掛ければいいのか分からなかった。ラナリによって彼は死んだと言うべきなのか、これは事故だから気に病む必要はないと言うべきなのか、トオルには分からなかった。
「ああ、彼は死んだよ」トオルは、ただ事実を述べた。彼は、後ろからこちらの様子を窺っている視線に気が付き、その方向を横目で見る。
視線の先にはスレクトがいた。隣には、キューがいる。トオルは、何故二人ともラナリに声を掛けないのかと訝しがる。
「ねえ、トオル……この力って何なのかな」
「俺には分からん。……ほら、まずは女の子を親の元へ返そう」
トオルは、ラナリに手を差し出す。彼は、ラナリの手を取り、幼い女の子の名前と思われる言葉をしきりに呼んでいる母親の下へと連れていく。
トオルは、攫われた娘と再会を果たした母親の、泣きながら喜ぶ姿を見る。トオルは、ラナリの顔が、その母親からお礼を言われても陰ったままだったのを見逃さなかった。
「ラナリ、さっきの事を気にするなとは言わないが、気にしすぎるのは駄目だ」
トオルは、ラナリを励まそうとするが、彼女は頷くだけだった。
「おかげで女の子は救えたんだ。それでいいじゃないか」
トオルは、尚も励まそうとする。同時に内心で舌打ちした。この彼の舌打ちは、この出来事を面倒臭いと思ったからではなく、掛けるべき言葉が掛けられない不甲斐なさを感じたからであった。
トオルは、アルバの宿屋までラナリを送り、彼自身も自室のベッドで横になった。肉体的にも、精神的にも疲れた。スレクトから事前に力の事を聞かされてはいたが、実際に初めて目の当たりにすると、聖遺物のもたらす力の理不尽さが分かる。
トオルが、次にラナリと顔を会わせた時、どう声を掛ければいいのか考えていると、彼の部屋の扉がノックされた。




