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第37話 束の間の平和

 

 トオルは夢を見ていた。

 

 どうやら、見知らぬ灰色の大地に立っているようだ。

 広い大地には、無数の大きな青い水晶が刺さっていた。

 無数にある中の、一番小さい青い水晶が割れ、ケミカルな液体が飛び散る。

 そして、青い肌をした女性が水晶から生まれた。

 女性は髪は青白く結晶のようだ、肌も瞳も髪と同じ色をしていた。

 

 その女性を囲んでいる兵士達がいる。女性とは違う種族であった。

 この兵士達は、自動小銃で武装をしていて、それを女性に向けている。

 

 兵士達の後ろには、箱型のシャトルが見える。

 上空には多数のガンシップが、スポットライトで女性を照らしていた。

 そして、女性はゆっくりとそのシャトルに向かって歩き始めるのだった。


***


 トオルは、ノックの音で目が覚めた。ぼんやりと夢を覚えているような気がするが詳しい内容までは思い出せない。トオルは、ベッドに腰掛けて夢を思い出そうとするが、女性の容姿が銀河級の美しさだった事しか思い出せなかった。


 二回目のノックが鳴る。


「誰だ?」トオルは誰何をした。ノックの強さからラナリやキューではない気がしたのだ。そしてトオルの予感は当たった。


「スレクトだ。入るぞ」


「お前かよ。俺に用でもあるのか」


 一日の始まりに見る顔がスレクトかと、トオルは顔をしかめる。トオルにとってスレクトという娘は容姿的に嫌いなわけでは無いが、隠し事が多いと感じていた。要するにトオルは、スレクトの事を胡散臭い奴と思っていたのである。

 

 トオルは、遺跡があんな事になっているのを事前に知っていればラナリを連れては行かなかっただろし、あの遺跡は危険だとトオルは五月蠅いほど警鐘を鳴らしているのだ。


「ワタシの事について話しておきたい事がある」


 トオルは、スレクトの顔を見る。スレクトの青い蛇眼の眼差しは真剣であった。


「話したい事ってなんだ?」


「我々帝国の目的と、この惑星についてだ。聖遺物(アーティファクト)についても話して置こうと思う」


 聖遺物、ラナリとトオルが触れてしまったあの"十字架のようなもの"の事である。

 

「まあ、これから一緒に行動するのなら隠し事は無しだよな」


 トオルの目には、スレクトがいつもより、少し態度を軟化させているように見えた。


「帝国のこの大陸での目的は、ホプリス族を古代文明から保護する事だ。そして、彼らの文明を急速に近代化させようとしている」


 トオルは腕を組みしばし考える。彼らホプリス族を、遺跡で見た機械兵器達から守るという事なのは理解できた。文明を急速に近代化させる必要があるほど、古代文明の脅威は切羽詰った状況なのだろう。


「あの聖遺物とやらは何なんだ?」


 スレクトが、不安な表情を見え隠れさせているのをトオルは見逃さなかった。


「聖遺物は選ばれた者に啓示と力を与える。ここで言う啓示とは、古代文明の歴史の記録と優れた技術を与える事だ。力とは、聖遺物が我々の血と反応して触れた者に人ならざる能力を与える。ラナリはまだ覚醒していないようだが、いずれその時が来るだろう」


「俺もその力とやらが覚醒するのか?」


「残念ながら、人類は覚醒しない。我々とは流れている血が違う」


 トオルは気分が滅入った。俯いて息を吐く。ラナリに人ならざる能力が覚醒すると言う言葉がトオルの頭の中を何度もループしては消えた。トオルは、ラナリが強力な力を手に入れたとして、代償に彼女から平和な日常が消えるのではと危惧する。


「こんな事になるのなら、ラナリを連れて行くべきじゃなかった」


「ああ、本来はワタシが貰うはずだった。ラナリがあそこまで肝が据わっていて、好奇心旺盛だとは思わなかったのだ」


 トオルは、ラナリを巻き込んでしまった事に対して下唇を噛む。あの時、ラナリの傍から離れるべきでは無かったとトオルは悔いた。


「それで、この惑星について教えてくれないか」


 トオルは、スレクトの今までの話を聞いてこの惑星が普通ではないと思い至った。現実逃避をしたかったが、トオルの理性がそれを許さなかった。


「この惑星の事を我々はエレミタと呼んでいる。この惑星は古代文明によって創られ、奇跡の星である地球を模した物だ。しかし、古代文明は突然滅んだ。滅んだ理由は我々にも詳しくは解らない」


 トオルの本能は、この惑星から一刻も早く脱出すべきだと警鐘を鳴らした。なぜなら、高度な文明が突然滅ぶほど、危険極まりない何かがこの惑星にはあると言っているようなものだ。


「我々も創られた存在だ。だが、古代文明によってでは無い。我々が創造主と呼んでいる者達によって創られた。ゲネシスと呼ばれる異種族同盟の共同体だ。そして、我々はゲネシスから自由を勝ち取る為に、彼らと戦わねばならない」


 トオルは頭痛がした。これから先、そいつらとの戦争に巻き込まれる可能性がある。その可能性がトオルの頭をじわじわと痛くした。


「そのゲネシスって奴は何所にいるんだ? 見たことないぞ」


 トオルは俯き、恨めしそうに陰った顔でスレクトを見る。


「奴らは、今はまだここには居ない。だが、この惑星を監視している。何日か前の夜に、ゲネシスの艦艇が大気圏内にワープアウトしたのを帝国が初めて確認した。その地点には轟音と閃光が巻き起こったはずだ。恐らくは彼らによる示威行動の一種だと考えている」

 

 トオルは、ベッドに仰向けに転がり両手を投げ出した。トオルは右腕を額に乗せる。

 大気圏内にワープアウトなんぞ、人類の艦艇では不可能である。だからこそ、彼らの文明が人類より高度であると、トオルには分かってしまった。


「嫌になるな、ほんと。……なあ、一つ聞いてもいいか?」


「答えられる事なら何でも話そう」

 

「この一連の流れってさ、俺がこの惑星に不時着しちゃったからなのか?」


 トオルのこの質問は罪悪感からであった。トオルは、不時着した事が戦争を始める切っ掛けになってしまったのではと思ったのだ。遺跡の黒い装置を破壊した事で彼らを刺激したのではと。


 トオルは真面目に質問したつもりだったのだが、その質問にスレクトが目を丸くしていた。そして、スレクトがそっぽを向いた後、握った右手を口に当て噴き出した。


「っふふ……まあ、確かにお前のお蔭で帝国の目的は進展した。一連の流れはお前が不時着したからと言えるだろう。だが、戦争を決めたのは我々だ。だから気にしないで良い」


 トオルは、顔をムッとさせる。それを見たスレクトがまた笑うとトオルの横に腰掛けた。彼女の銀髪から香る、微かな火薬の匂いがトオルの鼻についた。


「それに、ワタシ個人はお前達に戦って欲しい訳ではない。お前についても、ラナリについても保護はするが、戦列に並べとは言わない。ただ、ワタシも組織に属する者だ。だから、確約は出来ないがな」


「話してくれた事に免じて、少しはお前の事を信用してやるよ」


 顔から血の気を引かせたトオルがムッとしていると、彼女の手の冷たい感触がトオルの額を伝った。


「……その手はなんだ」


「いや、気分が悪くなったのかと思ってな。……熱は無いみたいだな」


 トオルは、お前の話を聞いたからだと言ってやりたかったが、その言葉を飲み込んだ。

 その言葉の代わりにトオルは、ラナリの覚醒について聞く。


「ラナリは、その力の覚醒の事を知っているのか?」


「いや、まだだ。ラナリがそれを聞いて、どんな感情を抱くかが未知数だから伝えていない」


「スレクトはやっぱり軍人なのか?」


 トオルの問いに、スレクトが立ち上がり部屋のドアの前に立つ。そして、彼女は銀髪のポニーテールを揺らしトオルの方に向き直り、片手を腰に当てた。


「そうだ。ワタシはズーニッツ帝国の少尉だ」


「……士官様か」


「さあ、そろそろ朝食の時間だ。下に降りよう」


 トオルは、スレクトと共に階段を降りる。

 

 トオルが、一階のテーブルに視線を向けるとアルバが金貨の入った袋を凝視しながら腕を組み座っていた。そのアルバの前には、キューがちょこんと座っている。


「キューの嬢ちゃん、金貨一五枚もいらねえよ。金貨二枚で十分だって言ってるだろう」


 キューは、アルバに今までの宿泊代を払っているようだ。だが、アルバと価格で揉めているらしい。


「今までのサービスは、金貨一五枚に相当すると思います」


「そう言ってくれるのは嬉しいんだが、価格を決めるのは俺だ。それに昨日、スレクトさんからは金貨五〇枚も渡されたんだ……五〇枚もだぞ? ラナリに至っては、金貨二〇枚も渡して来た。全く、どうやってこんな大金手に入れたんだ」


 トオルの目から見ても、アルバが皆から大金を渡されて困惑しているように見えた。彼は、太い腕を組み唸りながら大金の入った袋を見つめていた。


 トオルは、大金を突然手にすると人は困惑するのだろうかと思いつつ、まだ一階にラナリがいない事に気が付いた。


「アルバさん、ラナリはまだ寝ているんです?」


「ああ、まだ寝ているらしい。昨日の出来事が相当疲れたんだろう。昨日は何をしていたのかは教えてくれなかったがな……」


 トオルの問いに、アルバが心配そうにラナリの部屋へ視線を投げる。彼は、自分の娘であるラナリが昨日の出来事を話してくれなかった事も気になっているようだった。


「なら、俺が起こしに――」


「キューが起こしに行ってきます」


 トオルの声にキューが被せた。トオルは、心中でラナリの寝顔を見るチャンスがキューの声によって潰された事に対して舌打ちした。


「なあ、トオル。お前さん達は昨日は何をしていたんだ?」


 トオルの顔が曇った。ラナリの父親であるアルバには本当の事を伝えるべきなのだろう。だが、昨日は遺跡探索で最悪の場合死ぬような事をしてた、とは口が裂けても言えなかった。


「アルバ、それについては詮索は無しだと言ったはずだ。あの金貨五〇枚は、その意味も含まれている。ラナリがアルバに渡した金貨の意味もワタシと同じだ」


 アルバが小声で「ラナリは俺の娘だぞ」と言っていたのを、トオルは聞き逃さなかった。……本当に申し訳ないと、トオルは心の中で謝罪する。


 トオルが椅子に座ると、ラナリがキューと一緒に降りて来るのが見えた。ラナリは、まだ眠たそうに目を擦っている。


「……ごめん。今、席に着くから」


「ラナリ、大丈夫ですか?」


「居心地の良い夢を見てただけだから大丈夫だよ」


 アルバが、よそった料理を置いていく。今朝の料理は多額の臨時収入があったからか、肉料理が付いていた。トオルにとっても久しぶりの肉である。

 

 トオルは、目の前の料理を見る。皿にはスパイスの香りがするミートボールと例の赤黒いスープと丸パンだった。ちなみに、この国では朝食と夕食の一日二食であり、昼間に軽食を取る時もあるようだ。


「アルバ様、今日の料理は一段と豪勢ですね」


 トオルは横目でキュー見る。キューの眼が豪勢な食事を前にして輝いていた。


「昨日、臨時収入が入ったからな。本来は宴会の時に作るんだが、今回は特別だ」


「この赤黒いスープはなんだ?」


 トオルは、スレクトが怪訝そうな顔で赤黒いスープを見つめるのを見て、独房の中でこの赤黒いスープを見た時の事を思い出した。スレクトの奴も赤黒いスープを見て腰が引けたに違いない。


「スレクト、安心しろ。そのスープは美味くて栄養価も高い」


「……今日は大勢でご飯が食べれて嬉しいな」ラナリが心底幸せそうに笑っている。


 トオルは、ラナリのその幸せそうな笑顔に若干の既視感を覚えた。ラナリが、綺麗な花束を持って笑っているような……そんな既視感だった。


「ラナリが見た夢というのを聞かせてはくれないか?」


 トオルは、スレクトがスープを飲みながらラナリの夢について聞いているのをじっと聞いていた。ラナリの夢はトオルにとっても気になる話だった。


「なんか、私の周りに花びらが舞い上がってるような夢だった」


 トオルは、佇んでいるラナリの周りに花びらが舞う様子を想像した。トオルの脳裏にメルヘンチックなラナリが映し出される。トオルは、想像の中のラナリを見て微笑ましさを覚えた。


「……メルヘンな夢ですね。ラナリにぴったりです」


 トオルは、キューが頷いているのを一瞥する。どうやら、トオルと同じようにキューもメルヘンチックなラナリを想像していたようだ。


「周りに花びらが舞い上がる……か。いや、ありがとう。とても有意義な回答だった」


 朝の食事が終わり、トオルは食器を片付けていく。

 トオルが宿屋から出ていくスレクトを目で追っていくと、彼女が宿屋の前に止まった白い尾長の鳥に、何かをくっ付けているのが見えた。

 

「スレクトの奴は何をしているんだ?」


 スレクトが、白い尾長の鳥を飛ばす。トオルは、その行為に興味を持ち、鳥を飛ばし終わり宿屋に入ってきたスレクトに聞く。


「スレクト、さっきの鳥はなんだ? 餌でもやってたのか?」


「さっきの鳥か、あれは連絡用だよ」


 トオルは、連絡に鳥を使う事もあるのかと納得し、スレクトの肩についていた白い羽を見る。

 

「トオル様、この後の予定はどうしますか?」


 トオルは片づけを終え、それを確認したキューが今後の予定を訊ねてきた。


「予定かあ、何にも決めてないな」


 トオルの予定は特にはない。強いて言うなら、スレクトの話で荒んだ心を癒したかった。トオルは現実逃避がしたかった。


「では、四人で街の散策に出かけませんか?」


 トオルは、キューの魅力的な提案に乗った。これで気晴らしが出来ると思えば、沈んだトオルの心も勝手に弾んでくる。


「じゃあ、ラナリを呼んでくるか」


 トオルは、軽い足取りでラナリの部屋へ向かうのだった。

 

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