第30話 トオルの過去 前編その2
ステーション・タウ士官学校の食堂にトオルはいた。白い簡素な長テーブルには、同じ班のメンバーが座っていた。この士官学校では一つの班は四人で構成される。
トオルが、味の濃いボリューミーなチキンをナイフとフォークで切り分けていると、トオルの右隣に座っているバーコード状に頭を剃った男が話し掛ける。
「なあ、トオルよお。例のあれ持ってるか? 例のあれだよ」
「ギルベルト……例のあれじゃ分かんねえよ。あれってなんだよ」
ギルベルトと呼ばれた男は頬を膨らませて、ブゥっと音を鳴らした。この男は、いつも物を強請るときは"あれ"で説明してくる。分かりにくいったらありゃしない。
「ギルは羊羹が欲しいんじゃないかな。トオルが昨日の訓練終わりに自室で食べてたでしょ」
昨日俺が食べていた物は、羊羹か。まさか、至福の時を見られていたとは。
「あー羊羹か。悪いな昨日で最後だわ。てか、ブライはこいつの適当言葉が良くわかるな」
ブライと呼ばれた、少し小柄の中性的な男は肩を竦める。
「まあ、ギルとは長いからね。それに僕は、班の皆が訓練終わりにどんな行動をするのかを毎回見てるんだ」
「さっすがブライ! 俺の事良く分かってんなぁ!」
ギルの大声が耳に突き刺さる。周りの士官候補生も一斉に何事かとこちらに視線を向ける。
「うっせえバーコード禿! 急に声荒げるな」
「禿じゃねえよ! 剃ってんだよ!」
トオルとギルが、ぎゃあぎゃあ言い争っていると白い長テーブルがバン! と鳴らされた。突然の物音に三人は居直った。
「あんた達うっさい! ニュースが聞こえないじゃない!」
テーブルを叩いて一喝したのは、トオルの前に座っていた女性だ。
「あー、すまん……セイ」「俺もすんませんしたセイさん」「……僕もごめん」
怒られた三人は体を小さくして謝罪した。ブライは、とばっちりな気がするが。
セイと呼ばれた、黒髪ショートボブの女性は慎ましい胸の前で腕を組み、咳払いを一つする。そして彼女はグレーの目で三人を睨む。……ああ、説教が始まる。
「大体、あんた達はいつも──ちょっと待って、食堂のテレビを見て」
ん? テレビ? 三人はセイの目線の先にある、食堂中央の天吊りタイプのモニターを見る。
それは信じられない光景を映し出していた。
ステーション・タウの四番コロニーが無残に破壊されている。
ニュースのキャスターは、地球時間の今日、一八時一五分にカディア族に乗っ取られたカーゴシップが宇宙港で核自爆したと報じている。死者は現時点で数百万人に上るとも。
「……信じらんねえ。トオル、やっべえよこれ」ギルが大口を開けてテレビを見つめる。
「ああ、そうだな」こんなテロは生まれて初めてだ。
「……トオル」セイがトオルの右手を握る。その手は震えていた。
トオルは、セイを安心させるために左手で握り返す。
「セイ、大丈夫だ。俺達の訓練期間はまだ終わっちゃいない。最前線に行くことなんてないさ」
まだ訓練期間は五か月もある。確実に戦争になるだろうが、戦争に行くことなんてない。
「トオル、セイ。恋人同士でいちゃついてるところ悪いけど教官殿が入ってきたよ」
ブライの言った通り教官が、お付きの士官をつれて入出する。
トオルはセイの手をそっと離し起立後、気をつけする。三人もまた同じように気をつけをした。
士官候補生達の全員が気をつけしたのを確認すると、お付きの士官が敬礼の合図を出す。
その合図で、食堂にいた数百人の士官候補生達は、靴で快音を一つ鳴らし一糸乱れぬ敬礼をした。
「諸君、和やかな食事中にすまないな。だがニュースを見たものは、気づいただろう。一時間ほど前に四番コロニーでテロがあった。カディア族のカルト共の仕業だ。そして、政府はステーション・タウ主導による報復戦争を行う事を決定した」
ステーション・タウ主導か。なるほどな、確かに世論はこれから報復に傾くのだろう。
こんなテロを見れば誰でも怒り狂う。
「我々も攻撃に参加する事を決定した。よって訓練期間は本日で終了。地球時間、明朝五時に諸君らは惑星揚陸艦セント・マタイアスに乗艦してもらう。……以上だ」
教官は簡単な説明を終えると、お付きの士官と共に食堂を退出した。
報復戦争に参加すると聞いた士官候補生達は動揺する者、やる気を出す者、喜ぶ者など様々な反応を見せる。そんな中でトオルは半ば諦めた表情をしていた。
「まあ、仕方ない」トオルは頭を抱えて後頭部を撫でる。
……腹は括った。なってしまった物は仕方ない。
「俺達戦争に行くのかよ!」ギルが叫ぶ。とても五月蠅い。
「セイは大丈夫? 僕はまだ腹を括れてないけど」
「ええ、大丈夫よブライ。トオルが腹を括ったんだもの、私もとっくに括ってる」
セイは、力強く頷くと席を離れ自室へ戻った。
その日の夜。消灯時間になり、トオルは皆が就寝したのを見計らうと女性寮前へ向かう。
食事が終わり自室で休んでいたトオルを、セイがPCメールで呼び出したのだ。
「トオル、誰にも見られてない?」
「ああ、見られてない。んで、話がしたいってどうしたんだ?」
セイは悪戯っぽく笑う。そして、トオルの首に両腕を優しくかけ手を組み、額を合わせた。
「前に話したでしょ。子どもの話よ」
……子ども? おい、まさか。
「もしかして、出来たのか?」
「っふふ、違うわ。前に話したでしょ? トオルは子どもが嫌いだから、好きになるように頑張って、てさ」
セイは両腕をトオルの首から離す。その顔は笑っていた。
「思い出した?」
「ああ、思い出した。……すまん、てっきり出来たのかと。子どもを好きになる努力はするさ、約束する」
「うん、信じてる。……じゃあ、お休み」
「ああ、また明日な」
翌日の地球時間七時に、惑星揚陸艦セント・マタイアスは士官候補生三〇〇〇人を乗せ、カディア族の母星であるカルセムの惑星軌道上へワープした。
他の惑星揚陸艦も続々と、カルセムにワープする。
カルセムの惑星軌道上に、ワープアウトした政府軍の艦艇の数は百を超えていた。
艦艇はどれも長細い箱型で、後部にイオンスラスターがある。壮観な光景であった。
「トオル見ろよ! あんな数の大艦隊見た事ねえんだけど、やばくね?」
ギルが部屋の窓から見える政府軍の大艦隊を前に興奮する。
よりによって、五月蠅いギルと同室になるとはな。
「かなりの大艦隊だな。まあ、テロリストの勢力がカルセムの三分の一を掌握してるって話だ。これで丁度いいんだろうよ」
「三分の一ってまじかよ! それって敵はどれくらいいるんだ?」
「約四〇万って話だ。だが、ガキの兵士も入れたら五〇万は行くんじゃないか」
カディア族は頭から巻角を二本生やしたヒューマノイド型である。肌は茶系だ。
そして、カディア族のカルト共は、角の生えていない幼い子どもでさえ兵士にしてしまう。
奴らは、子どもを兵士にする事に躊躇いは一切ない。さらに、カルセムは砂漠と荒野の多い惑星だった。決して戦いやすい地形ではない。激戦が予想される。
「……やべえな」珍しくギルの声が小さくなった。ガキの兵士というワードにビビったか。
「政府軍は三五万の兵力だ、心配する事はない。それに、ガキの兵士が目の前に必ず現れるって訳でもないだろ」
トオル達の自室のドアがノックされる。
「トオル、ギル、そろそろドロップシップに搭乗する時間よ。準備して」
声の主はセイだった。声色から緊張しているのが分かる。
実戦を前に緊張しているのは、他の士官候補生達も同じだ。
兵士としての訓練していたとはいえ、つい最近までは学生だったのだから誰だって緊張するし、恐怖するだろう。
「分かった、すぐに向かう。ほら、ギルも行くぞ」
未だに、船外の大艦隊を見ているギルの背中を叩き、格納庫へ移動する。
トオル達の班は格納庫に搭載されている、無骨な四角いドロップシップに搭乗する。これから、第七〇二降下部隊のエコーチームとして、命のやり取りをするのだと四人とも真剣な面持ちであった。
ブクマ有難うございます。随時、改稿もやっていきますので、よろしくお願いします。




