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第3話 不時着したトオルとキュー(生首) 後編


「ああ、分析をお願いするよ。実のところ、ヘルメットのHUDが壊れてて、この星がどういった大気の構成なのかとか、どんな生物が生息しているのかも、判らなかったんだ」

 

 トオルは大抵の場合、地表に降り立ったらまず、ヘルメットのHUDで周囲の状況と大気の構成、重力などを調べるのだが、大型の生物に後頭部を殴打された時にHUDの機能が壊れてしまっていた。

 

 これでは、生命維持装置を備えた、ただの機密服でしかない。トオルの現在装着しているフルボディタイプの強化戦闘服は、身体能力や生命維持を補助する強化外骨格としての機能もあり、さらには宇宙でも活動できる物である。だが、彼のは型落ち品であり、お世辞にも性能が高いとは言えない代物だった。


「あとは脱出艇の位置も特定しないとな」


「無様に逃げていたのが容易に想像出来ます」

 

 キューがこのように発言したのは、トオルが逃げる時に脱出艇の位置を覚えておく余裕がないほど、無様に逃げたのであろうと推測したからである。全くその通りだったので、トオルはぐうの音も出なかった。


 なんだってキューの製作者は、こんなマゾ向けな性格にしたのかと、トオルは心中で毒づく。


 ――キューの両眼から、青色のレーザー光が放たれ、周囲の物体を照らす。

 

 青色の二つのレーザー光が、次々と周囲の岩石や草木を照らしていく様は、何時もトオルを感嘆とさせるのだが、残念な事に彼の左腕に固定された状態では、せいぜい前方一二〇度しか届かない。しかも、頭部だけでは非常にシュールであった。

 

 なんせ小脇に抱えられた喋る生首から、青いレーザー光が放たれているのだから、事情を知らない人から見れば、さぞ奇抜に映る事だろう。それどころか、悲鳴を上げて一目散に逃げ去ってしまうかもしれない。


「分析完了。大気、重力共に地球環境と酷似。現在の気温は摂氏十九度、湿度五七パーセント。人類が居住可能な惑星のようです」

 

「そりゃあ、良いことを聞いた」 

 

 トオルは、それを聞いて安堵した。実はツキが回ってきているのではとも思い始める。そして、人類が居住できる惑星であれば、この惑星の第一発見者として莫大な金が手に入るだろう。さらには、惑星運営の権利も得られるかもと考え、トオルはニヤリと笑った。

 

 この惑星に、建物を建築し入居者を集えば不労所得も得られる。なんとも夢の広がる話だ。放棄してしまった深宇宙探査艦を、今度は新品で買う事が出来ると、トオルの頭では夢が広がっていたが、キューの新たな情報で現実に引き戻された。


「前方約一〇〇メートル先に、興奮した大型の原生生物を確認。以後、敵性個体αと呼称します」


「……今度は逃げねえぞ」


 トオルは、覚悟を決めて顔を前に向けた。そして、推測した。彼は、背後から襲ってきたのは恐らくこいつであり、逃げたルートを逆に歩いて遭遇したのだから間違いないはなさそうだと結論付けた。


 ヘッドランプで照らされたそれは、一見して毛皮のない白熊を、一回り大きくしたような印象を受ける。よく見ると、敵性個体αの前足は第五指が無く、それぞれの指は長く太い歪な形をしていた。

 

 飢えているのか、はたまた狂犬病の一種を患っているのか判らないが、重低音の唸り声を響かせながら、悍ましい牙の生えた口から涎を滝のように流していた。

 

 どうやら、敵性個体αもとい標的は、トオルを獲物と見定めたようだ。

 

 トオルは、標的との目線を外さず、そっとキューを地面に置いてから、自動小銃を構え、トリガー下の安全装置を回し、セミオートに切り替えた。彼は、心臓の動悸が耳の内側から直接聞こえている気がするほどに緊張していた。


「敵性個体α、時速約八〇キロメートルで向かってきます」

 

 キューは、淡々と標的の行動を説明する。

 

 あの巨体が獲物を粉砕するまで大体五秒ぐらいかと、トオルは計算する。

 

 トオルに突っ込んで来る標的は、デカい図体に似合わず俊敏であった。巨体でどすどすと迫りくる標的の突進力は、小型トラックにも劣らないだろう。

 

 トオルは、本日一番の出来である舌打ちをした。彼は、トリガーを素早く三回引き、標的の頭を狙い撃つ。それを五回繰り返すが、頭をカバーしている歪な大きい右前足に銃弾が阻まれ、大したダメージになっていない。銃前方の排莢口から、空薬莢が虚しく滑り落ちていく。標的の巨躯がトオルの眼前に迫っていた。


「ちくしょうが!」トオルは叫びながら横に飛び、標的の突進から逃れる。

 

 標的は突進が空を切る事を知ると、後ろ脚を滑らせながら反転した。

 後ろ脚に巻き込まれた草が、砂塵と共に宙を舞う。


「敵性個体αには、7・62mm弾は威力不足のようですね」


「そんなのみりゃわかる!」


 トオルは、右手側に転がっているキューを見て声を荒げる。彼の前には、獲物が抵抗する手段を持っていないと判断した標的が、大口を開けたまま、じりじりと迫った。粘性の涎にまみれた、悍ましい牙の列が顔を覗かせている。

 

 トオルは、迫りくる標的の大口を見ながら三パターンの打開策を閃いた。

 

 一つ目は、強化戦闘服の右肩に格納している、黒いシースナイフを持って、突貫し、標的の頸椎に突き立てる事だ。だがこれは、標的の巨腕に薙ぎ払われるリスクが高いと判断し却下する。

 

 二つ目は、キューを素早く回収し、全速力で逃げる事であったが、流石にこの日二度も逃げるのはプライドが傷つく。なので、自身のちっぽけなプライドを守るべく却下した。

 

「これならいけるか……?」


 トオルは三つ目の、自身のちっぽけなプライドを傷つかせる事無く、確実に標的を仕留める事ができる方法を実践するべく、キューを拾い上げ――


 ――「そーれ」の掛け声で標的の大口めがけ放り投げた。


 トオルによって放り投げられたキューが、弧を描きながら標的の粘性の涎にまみれた大口に嵌った。トオルに投げられる瞬間、呪詛のようなものを吐いていた気がするが、トオルは気にしない。


 キューを飲み込もうと、標的が頭を上にあげた瞬間を狙って三発撃つ。

 標的は、頭から血を流し、あっけなく斃れた。標的の崩れ落ちる音が、トオルの緊張を溶かす。


 戦闘が終わり、トオルは弾倉の残弾を確認する。


「弾倉内は残り九発か。結構使っちまったな」


 初めて接敵したとは言え、お粗末な戦闘であったのをトオルは少しだけ反省した。

 

 自動小銃のマガジンキャッチを押しながら、古い弾倉を取り外し、新しい弾倉を装着した。そして、自動小銃を背中に戻す。強化戦闘服のマグネットが自動小銃をカチッとホールドした。


「……ふぅ」


 一連の動作を終えたトオルは、全身の力が抜け、その場にしゃがみ込んだ。


「まさかキューを投げるとは、想定外でした」


 トオルがしゃがんで休んでいると、血まみれの標的の口から、キューがゴロっと転がり出た。

 キューに傷はないが、標的の涎と返り血で見た目が恐ろしい風貌である。

 

 彼女は元々、落ち着いた雰囲気の美少女型アンドロイドなのだが、今の彼女は普段の見た目の可愛さも相まって、なんだか呪いの人形のようにトオルには見えた。


「お互い生き残ったしいいじゃないか。俺も汚名挽回できたし」

 

 いや名誉挽回か? まあどっちでもいいかと、トオルにとっては言葉の問題などは些末な問題だった。


「キューに対する扱いが、酷いと言わざるを得ません。キューは最新鋭のアンドロイドです。扱いの改善を要求します」

 

 トオルは、矢継ぎ早に言うキューに睨まれる。返り血だらけの状態で睨まれると呪われそうだ。いや、確実に呪い殺される気がすると、彼の危機を感じ取る脳細胞が告げた。


「川を見つけたら、綺麗に洗ってやるから、それで今回の事はチャラにしてくれよ」

 

「……約束ですよ?」

 

 トオルは、この程度の約束で許されるのならちょろいものだと、顔を逸らして静かに笑う。


「それとトオル様、もう一つ約束を」


「ん? なんだ?」


「ボディが戻ったら一発殴らせてください」

 

 トオルは、キューの殴る宣言を聞いて先ほどの判定を覆す。

 

「……あ、ああ。お手柔らかに頼む」

 

 そして、トオルは早くキューのボディを見つけようと、固く心に誓い、涎と血で汚れたキューを拾い上げ、夜の草原を再び歩き始めるのだった。


~登場人物紹介~

キュー

軍用アンドロイドで未使用の払い下げ品。身長153cm。黒髪ショートボブ。ボディは控えめ。物をはっきりと言うタイプ。というよりは毒舌の域。初めて遭遇した異星人の言語解析から戦闘まで、なんでもござれな某猫型ロボット的なチートキャラ。戦闘時は腕部の尺骨に収納されたヒートブレードを使う。

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