第25話 休息
「トオル様! ラナリ! 大丈夫ですか!? 起きてください!」
これは、キューの声だろうか。キューって、こんなに声を張り上げるような奴だったっけ。
「おい、起きろ!」……あ、ムカつくクソガキの声が聞こえる。
トオルの頭に鈍痛が走る。
目を開けると、スレクトが銃床でトオルの頭を小突いていた。
いや、今は仰向けなのだが、銃床で人の頭を小突く奴はこいつしかいない。
「ん……トオル、その手どけてくれない?」
下を見ると、ラナリの顔が息も掛かるぐらいに近かった。
トオルもラナリも汗で濡れている。左手になにやら柔らかい感触がある。
こ、これはもしや……
「……あ、す、すま――んぐほっ!」キューの蹴りが、トオルの股間を蹴り上げる。
吹っ飛んだトオルは股間を抑え、うずくまって悶絶している。
強化戦闘服を着ていなければ即死だった。主に玉が。
「全く、お二人が死んでしまったかと思いました」キューがラナリの手を引き助け起こす。
「しかし、聖遺物に触れるとはな。あれは本来、ワタシが貰うはずだったものだ。それをラナリが触れてしまうとは……」
「スレクト様、貰うはずだった、とは?」キューが疑問を口にする。
「いや、気にするな」スレクトは、気にするなと言いつつ、小声でぶつぶつ言っている。
「うーん。さっきの何だったんだろう?」
ラナリはとても疲れている様子だった。暫らくの間、気を失っていたのだから無理もない。
「ラナリ、内容を覚えているのか?」
スレクトはラナリの見たものを知りたいようだ。
スレクトが入手に失敗したので、せめて情報でもと思ったのだろう。
だが、ラナリは見たものを覚えていなかった。
「ごめん。なんか、もやが掛かってるみたいで思い出せない」
そういえば、俺も何を見ていたのか思い出せないな……
あれはいったい、なんだったんだろうか。無理に思い出そうとすると頭がハンマーで叩かれたように痛い。しかも二日酔いのように体が怠いダブルパンチだ。
「……そうか、残念だ」スレクトが広間を出る。
ラナリとキューも、スレクトの後に続く。
そして、ようやく起き上がったトオルも広間から出る。
広間から出る時に、ちらっと見た"十字架のようなもの"は光を失っていた。
トオル達は遺跡内部から外に出る。殆ど真上にある太陽が眩しい。
「大丈夫ですか?」キューが心配そうに、ラナリの背中をさすっていた。
「ラナリ、大丈夫か?」まさか、俺に胸を触られたのがショックで?
「もう大丈夫、ちょっと気分が悪かっただけだから」
ラナリの顔色が悪い。スレクトも心配しているのか魅力的な提案をした。
「汗も掻いているようだな。帰り道に水でも浴びるか」
トオル達はスレクトの案に賛成し、水浴びをするためにタム川へ騾馬を走らせる。
タム川とは、ロネの街の北の森を抜けた先にある川だ。
ロネの街は南北に街道があり、南をツリング街道、北をサナグ街道が伸びている。
ツリング街道を南へ行くと、王都のネベランがある。
トオル達はタム川の川辺で下馬をする。見たところ川幅も広く綺麗だ。
日差しも強いし、水浴びには最適だろう。
「さて男と女、最初にどっちから水を浴びる?」スレクトが腕を組んでいる。
一緒にっていうのは、無理ですかね? とトオルの男のサガが顔をちらつかせる。
「トオル様、まさか一緒に浴びようと言うのですか?」
「……言わねえよ?」思ったけどな。
「トオルから浴びる?」ラナリの顔色は良くなっているようだ。大事なくて良かった。
「女衆からどうぞ、どうぞ」トオルは、両手の手のひらを前に出して遠慮した。
「じゃあ、お言葉に甘えて私達から入るね」
ラナリ達から水浴びをする事になった。
トオルは反転し、川辺から一旦離れる。その顔は良からぬ事を考えている顔だった。
さて、どうするか。ここで覗くか覗かないか、決めなければ。
俺としては、覗いて英気を養いたいが……問題はキューだ。
ここでキューの超高性能が仇になっている。残り二人には気付かれなくても、キューは確実に気づくだろう。分が悪い賭けであった。
失敗すれば全員に軽蔑される。成功すれば俺の士気が上がるんだが。
トオルの強化戦闘服には、光学迷彩なんて高性能なものはない。
そもそも光学迷彩なんて一部の特殊部隊しか使っていない代物であった。
「はやく光学迷彩搭載モデルが出ねえかな……」
そうすれば、光学迷彩で覗きが出来るんだが。
いや、いい事を思いついたぞ。ヘルメットの撮影機能で、さっと撮影して後で見る……! 我ながら完璧な作戦だ。
「これなら行けそうだ」トオルは無言でヘルメットを展開し、HUDを起動した。
トオルは、匍匐前進でラナリ達の水浴びを覗けそうな茂みまで進む。
茂みから、ゆっくり顔を出す。
そして、対象まで三〇〇メートルの距離からHUDのズーム機能を使って覗く。
「やはり、ラナリはスタイルが――っうお!」
トオルの頭を目掛けて超高速の石が飛んできた。メジャーリーガーなんて目じゃない剛速球である。もはや弾丸の域だ。
石が飛んできた方向を向くと、ラナリの裸を隠すようにキューが立っていた。
「キューの奴め……一瞬しか見えなかったじゃないか……!」
それなら、キューの貧相なボディでも眺めてやるかと思った矢先、トオルのいる茂みに銃弾が撃ち込まれた。弾丸が跳弾し、弾に当たった石が高速で跳ねる。
裸のスレクトが、こちらをレトロな半自動拳銃で撃っているではないか。
「あっぶねえ! あのクソガキ頭逝かれてんじゃないのか!?」
頭を伏せて急いで後退するトオル。
流石にバレたか? いや、誰が覗いていたかまでは分かっていないはずだ。
なんせ、茂みからラナリ達までの距離は三〇〇メートル以上あるのだから。
「しかし、あのクソガキはキューよりはあったな」皆までは言わないが。
十数分後、ラナリ達が帰ってきた。トオルは何食わぬ顔で胡坐を掻いていた。あれを掻いていた訳では無い。断じて。
「トオル、ただいま」ラナリは、トオルが水浴びを覗いていた事に気が付いていないようだ。
「お、おう。じゃ、じゃあ俺も浴びるかな」
挙動不審のトオルは、そそくさと水辺へ向かった。
だが、キューに右腕をギリギリと掴まれ引き寄せられる。
そして「次やらかしたらラナリ達に伝えますよ」と囁かれた。
「……あ、はい」くっそ、やっぱり気が付いてたか……
サービス回的な何か。




