第22話 遺跡へ 後編
トオル達はスレクトの指示の元、悲鳴の出所まで進んでいく。
走る内に景色は一変した。
石と土だけだった薄暗い通路の先に光が見えたかと思うと、トオル達は鏡の様に磨き上げられた金属の壁で作られた通路を走っていた。通路の両脇には壁と同様に輝く、金属の巨柱が立っている。
仄かに星色の明るく広い通路には、一本の光る青い線がキラキラと輝き、それが幻想的に見えた。こんな景色は、普通の遺跡ではあり得ないものだ。
トオルとキューには、この壁や柱の素材が人類にとって未知の物質だと理解できた。トオルのHUDには壁の材質は不明と表示され、キューについてもデータベースの中から該当する素材を見付けられなかったからだ。とても、ただの遺跡にあるような代物ではない。
それどころか、今の人類より高度に発達した文明のようであり、この遺跡の外観はそれを秘匿しているのだと分かってしまった。だからこそ、ここは危険だ。
「おい、スレクト。お前なんで隠してたんだ?」
「あの状態のお前に言っても、信じなかっただろう。そこのキューは信じたかも知れないがな」
トオルは、スレクトにいいように利用されている気がした。
だが、宇宙に帰る方法があるという事は、遺跡の中に状態のいいシャトルがあるという事だろうか。
「この遺跡のどこかに、宇宙へ行けるシャトルでもあるのか?」
「それも運が良ければあるだろうな」
スレクトの言葉に、トオルは引っ掛かるものを感じた。"それも"とは、また濁した言い方をするものである。あたかも、シャトルなどはオマケみたいなものだと言わんばかりだ。それとも、想像もつかないような別の手段があるのだろうか。
この遺跡を作った文明の高度さを目の当たりにしたら、それも有り得ると思ってしまう。
どこまでも長く広い通路を先行していたキューが、なにかを発見し、立ち止まった。
「皆さん、一旦そこで立ち止まってください。それから、ゆっくり後方の柱の陰に入って下さい。声を立てないように」
三人はキューの指示に従って、後方にある金属柱の影まで下がる。柱の太さは、大人四人が手を繋いで作った輪ほどもあり、身を隠すには充分だ。
トオルのHUDに新しくウィンドウがホップアップする。キューのカメラアイから送信された動画情報だ。キューが望遠モードで撮影したその映像は、画質こそ荒いがだいたいの情報を得るのには充分役立つ。
その映像には、大型トラックほどの大きさはある機械が、通路に立ち塞がっている様子が映っていた。曲面を多用した流線形の甲虫じみた外殻を持ち、がっしりと床を踏み締める脚が胴体から四本生えている機械で、上部に砲塔を背負っている事から兵器なのは明かだ。
そいつは、爬虫類の様に這いつくばる低姿勢で、通路の天井に引っかからないようにしているようだった。
塗装は青紫色だが、その色合いにどういう意味があるのかまでは分からない。外見からは、その機械にコックピットや窓などが見られないため、内部に人が乗っているかどうかも分からなかった。ただ、機械の正面に目玉のようなモノアイが睥睨している。
「キュー。あれは何だと思う」
「四脚の戦闘用ロボットですね。気付かれない範囲で調査しましたが、ハッチなどが見当たりません」
「当たり前だ。あれに人は乗っていない。……お前達を連れてきたのも、あのキーファーパンツァーのせいだ」
「キーファーパンツァー……? なんでドイツ語なんだ」
「その辺の事情は追々話す。今はそんな事を気にしている場合じゃない」
「ねえ、ドイツ語って何? キーファーパンツァーって?」
ラナリが興味津々と言った様子で、スレクトに尋ねる。
「ワタシが付けたあだ名だ。名無しでは呼びづらいからな。甲虫みたいな戦車だから、キーファーパンツァー。そのままの意味だよ」
そう言いながら、スレクトは柱の陰から顔だけを出して、覗き込むようにキーファーパンツァーと呼んだ機械の方を見ていた。結構な距離があるのだが、スレクトはキーファーパンツァーの存在を知っていただけに、遠くから見てもなんとなく状況が察せるのだろう。
ラナリも状況が気になるのか、スレクトと同様に柱の陰から顔を出して様子を伺う。ただ、遠いためによく見えないのか、もぞもぞとよく動いている。そのうち、スレクトから「邪魔だから柱の陰に戻れ」と怒られて戻ってきた。
「それにしても自律兵器か……。厄介だな」
「ジリツヘーキ……?」
「ああ、ええっと……。人が動かさなくても、自分で動く戦争の道具だよ」
トオルはそう言いながら、しかしラナリにはキューが撮影している映像を見せようとは思わなかった。プロジェクター機能を使えば、ラナリに映像を見せることはできる。
それをしなかったのは、スレクトに強化戦闘服が多機能であることを明かすことをためらったというのもあるが、何よりも四脚兵器の行為が気になったからだ。
四脚兵器は、トオルの目には死体を食べているように見えていた。もしそれが本当なら、人間を食べているような凄惨な光景の詳細を、ラナリには見せたくなかった。
ラナリはマテバ・レプリカを手に持って、いつでも戦えるという強い意志を瞳に宿らせているが、いつの間にか呼吸が浅く速くなっていた。緊張している証拠だ。
「ラナリ。息が速い。ゆっくりと呼吸するんだ。落ち着いた方がいい」
「う、うん……」
「キュー、敵はどんな感じだ?」
「あの機械は死体を調べているようです。……今、死体から武器を奪いました。開口部に取り込んでいます」
画質の荒い動画でも、キューが実況をしてくれるお陰で何とか事情が飲み込める。死体そのものを食べている訳ではない事を知って、トオルは精神的に楽になった。
「あのキーファーパンツァーは、金属を取り込んで弾丸に変換する機能を持っている」
「なるほどな。だから武器を食うのか……」
「感心してないで、戦う準備をしろ」
気付くと、スレクトはスコープ付きの半自動小銃を構えていた。
「あんなに激しく乗馬してたが、照準は大丈夫なのか」
「問題無い。慣れている」
「それで、スレクト、どうやってあれを倒すんだ」
手持ちの自動小銃では、あの流線形の装甲を貫けない気がする。
「まず私の小銃で目を破壊する。そうしたら奴の動きに支障が出るから、そこで接近して関節を破壊するか、装甲を物理的に剥がして弾を撃ちこむ」
「その接近して攻撃するのを、俺とキューにしろって訳かよ……」
なし崩し的に、危ない役割を押し付けられた形になるトオルは不機嫌になった。
ここまでの要求になると、とてもではないが身の危険が大きすぎる。一瞬、トオルは帰ろうかと思ったが、しかし遺跡に宇宙シャトルがある可能性が否定できない以上、そして宗谷丸の元へと帰りたいと考える以上、進まねばならないと考え直した。
「いくら我ら帝国の技術がこの惑星で優れているとはいえ、あのキーファーパンツァーの様なものを破壊するには、同等の兵器を用意しなければ無理だ。本当は、ワタシも戦車を持ち込みたかったが、鎖国しているこの国にそんなものを持ち込んだら、無用な波風を立てることになる。……お前達なら、装甲を溶断する武器ぐらい持っているだろう?」
スレクトの読み通り、キューの腕に付いている近接戦用ブレードは装甲車相手ぐらいなら装甲板を切り取るぐらいやってのけられる。そして、実はトオルも似た様なものを持っていた。
見た目は普通のシースナイフだがキューの近接戦用ブレードと同じく、耐熱性プラスチックの刀身とカーボン系複合素材の刃という構造を持っていて、柄に仕込まれた大電流電池を消費することで溶断機能を持つ。溶断機能を使ったあとは、電池とカーボン刃は交換しなければならないが、金属ナイフより強力だ。
但し、普通は閉じ込められた時の脱出路を切り開いたりする為の機能で、装甲目標と戦うためのものではない。だから、トオルがこれを使ってキーファーパンツァーと戦うのは、かなりの無茶だ。
「トオル様、キューが行きます。バックアップをお願いします」
「……すまん、任せた」
「準備はいいか? 撃つぞ」
即興で、そういう事になった。
スレクトが発砲し、その銃弾は寸分違わずにキーファーパンツァーのモノアイに命中し、そして弾かれてしまった。
「おい! スレクト!」
「馬鹿な、貫通力を増した特殊徹甲弾だぞ!」
トオルとスレクトが叫んだのはほぼ同時だった。そして、銃弾を受けたキーファーパンツァーはモノアイをぎょろりと動かし、四人の隠れている柱を睨み付ける。
そして、四つの足を機敏に動かして猛然と接近してきた。
「あっちから来てくれるぞ! トオル、行け!」
「バカヤロウ! あんな素早く動く奴に突っ込んだら死んじまうだろうが! 俺は逃げるぞ!」
「キューも一旦逃げるのが得策と思います。先程ならば奇襲により六〇パーセントの勝率が期待できましたが、今は一〇パーセント以下です」
そうこうしている間に、キーファーパンツァーはどんどん近づいてきていた。
トオルは煙幕手榴弾を取り出して、ピンを抜いて足下に放り出す。辺り一面、またたく間に煙に包まれた。この煙には電波や赤外線を遮断する性質があり、レーダーや熱源探知といった装置を妨害する事ができる。
煙が充満し始めて驚いたラナリを、キューが抱えて走り出す。トオルもまた、銃を構えて戦闘を続けようとするスレクトの襟首を猫の様に掴み、キューの後を追った。強化戦闘服のおかげで、トオルの走る速さは並みの人間では追いつけないものだ。
その背後、煙を割ってキーファーパンツァーが姿を現す。
モノアイを巡らして四人の姿を捉えると、砲身を動かして狙いを定める。
「トオル様、電磁加速砲の充填音がします」
「なんだって! まずいぞ!」
「合図で右の柱に跳んで下さい。キューは左へ」
「分かった!」
二人が相談している間に照準をつけたキーファーパンツァーは、発砲した。
「いま!」
電磁加速砲に大電流が流れ込み、装填されていた金属杭の束が一瞬で超加速して砲身から飛び出す。砲身から飛び出した瞬間、その杭の束はクーロン力による反発で分散し、四人が走っていた位置に降り注ぐ。
しかし、キューの合図で左右に跳んだことで、散弾は何もいない空間に突き刺さるだけに終わった。それでも、遺跡の通路に大量の杭が突き刺さる光景は、肝が冷える。
柱の陰に飛び込んだトオルはスレクトを降ろし、怒鳴りつけた。
「くっそ、どうするんだこれ! スレクト!」
「お前かキューが突っ込んで装甲をこじ開けたら、ワタシがトドメを刺してやる!」
「その前に死んじまうって言ってるだろうが!」
二人の言い争いは、しかしキーファーパンツァーの再度の発砲音と、それに続いた甲高い金属音で打ち切られた。
恐る恐るといった様子で二人が金属音のした方を見ると、遮蔽を取っている柱にさっきまでは無かった一〇センチほどの綺麗な穴が空いていた。その穴の先を辿ると、壁に杭型をした砲弾が突き刺さっている。もう少し下だったら、二人の頭を貫いていたところだ。
「あいつ散弾以外に徹甲弾まで撃てるのかよ……」
この状況を見るに、柱の陰でも安全ではない。
「キーファーパンツァーはこの遺跡の守護者だ。深追いはしてこないはずだ」
「そうか。キュー! 遺跡の入り口まで下がるぞ!」
「分かりました」
トオルは柱の陰から通路の真ん中へと煙幕手榴弾を放り投げ、再びキーファーパンツァーの視界を遮る。煙が充分に拡がってから、トオルがまたスレクトを掴もうとすると、さすがにスレクトも抵抗した。
「いい加減にしろ。一人で走れる」
「俺が持っていった方が早いんだよ」
「あんな持たれ方は屈辱だ!」
「しょうがねえな!」
渋るスレクトに対し、トオルは足払いをかけてお姫様抱っこをした。一瞬、状況が分からなかったスレクトはきょとんとしたが、すぐに顔を真っ赤にして猛然と抗議し出した。しかしトオルはヘルメットの防音機能をONにして聞き流し、入口に向けて駆け出す。
キューは、とっくの昔にラナリを抱えて入口まで後退していた。
キーファーパンツァーはトオルの煙幕を再び越えて四人を追ったが、金属製の通路と石造りの通路の境目まで来ると突然停止し、そして遺跡の奥へと引き返していった。
遺跡の入口に戻ってきたトオルは、先に付いていたキューとラナリに合流した。その場にスレクトを降ろすと、一息入れる為にヘルメットを脱ぐ。
「このバカモノが! 人の体に勝手に触るとは! 破廉恥も甚だしいぞ!」
途端にスレクトの猛抗議が耳に飛び込んでくるが、トオルは気にしないでキューに話しかけた。
「キュー。無誘導でいいから、対戦車ロケットを作れるか?」
「この場では無理です。アルバ様に貸して頂いた作業場まで戻りませんと」
「じゃあ、小銃用の対戦車擲弾……」
「モンロー・ノイマン効果のある弾頭は、この場では作れません」
未練がましく言い続けるトオルに対し、キューはきっぱりと言い放った。
「じゃあ、一回帰るか……」
「待て! それは駄目だ!」
トオルの言葉に、体を触ったことについて抗議していたスレクトが、声の調子を変えた。
「これ以上時間はかけられない! 一刻を争うんだ!」
「てめえまだ何か隠してるのかよ! 対戦車兵器も無しでどうやってあんなもんと渡り合えって言うんだ! 俺を殺す気か!?」
「トオル様もスレクト様も、言い争いはやめて下さい。ラナリも何か言って下さい。……ラナリ?」
大声で怒鳴り合っているトオルとスレクトをよそに、ラナリは近くの草むらで草をむしっていた。戦闘に仲間割れが重なった精神的疲労からくる異常行動かと心配したキューは、ラナリに近づく。
「ラナリ。何をしているのですか?」
「うん。フラピタ草を集めてるの」
そう言うラナリの手には、雑草にしか見えない草が握られている。この惑星の植生に詳しくないキューには、ラナリの言うフラピタ草と周辺の雑草の差がまだ分からない。
「それはどんな草なのですか?」
「えっとね、糊の材料になるのよ。糊として使う時、緑色だと困るから脱色するんだけど、今は色がついてた方がいいよね」
「どういう事でしょう」
「スレクトさんは、あのキーファーパンツァーとかいうジリツヘーキの目潰しをしたかったけど、できなかったんでしょう? このフラピタ草は水と混ぜて潰したら、すごくべたべたするの。緑色のべたべたするものがくっついたら、目潰しになるよね」
そう言いながら、ラナリは手際よく小瓶にフラピタ草を詰め込んで水筒の水を少量注ぎ、拾った木の枝でフラピタ草を潰し始めた。小瓶の中で潰されたフラピタ草は、見る間に粘性の高い液体に変化してゆく。
「あとは、これを矢に括り付けて……。できた!」
ラナリが即席で作り上げた目潰し矢を見て、キューの思考回路は高速で戦術を組み立て始めた。そして、人間にとっては一瞬の時間で何千通りもの戦術を考案し、一番成功率が高そうなものを選択する。
「ラナリ……。ランタン用の燃料油を持っていましたね?」
「え、うん。遺跡は暗いと思って持ってきたんだけど、明るいから使わなかったね」
「さきほど作った目潰しと同じように、ビンに油を詰めて矢で飛ばせますか?」
「できるよ」
「それに加えて、火矢を作れますか?」
「布があれば作れるけど……。キュー、何を燃やすの?」
矢継ぎ早に質問するキューに、ラナリはやや困惑した表情で尋ねた。
「キーファーパンツァーを燃やします」
「あんなに大きい金属鎧みたいなものが燃えるの?」
「正確に言えば、熱暴走させるのです」
「熱……暴走……?」
キューは、ホプリス族に機械の概念が無い事を忘れていた。
「キューや、あのキーファーパンツァーは、人間のように汗をかきません。だから、別の方法で熱を逃がしています」
「熱いから汗をかくのって、そういう意味があるんだ……」
あとで気化熱の概念も教えた方がよさそうですね、とキューは考えながら、本筋ではないから一旦置いておく。
「あのキーファーパンツァーは、背中から熱を出してします。その部分に油をかけて、火を付ければ熱が逃がせないようになります。ラナリに分かりやすく言えば、暑い日にセーターが脱げないような状態になります」
「それは嫌だなあ……」
「その為には、ラナリが正確に矢を射かける必要があります。目潰しにしても、油にしても……。もしかしたら、火矢を射かけるまでもなく、油が燃えてくれるかもしれませんが」
「大丈夫だよ。私、弓は得意なんだから。キューも見てたでしょ?」
「ええ。とても信頼しています」
ラナリの腕前は裸熊の討伐で見ていたから、キューは素直に頷いた。
問題は、こうやってお膳立てが出来つつあるのに未だに口論をしている二人だ。
「このチビ!」
「なんだと、スケベ野郎!」
既に口論という次元ではなく、子供の口喧嘩レベルの言い合いになっていた。
キューがラナリに目配せすると、ラナリは『わかった』と言わんばかりに大きく頷き返した。そして二人はトオルとスレクトの間に割って入り、距離を空けさせる。
「トオル様、落ち着いて下さい。スレクト様もです」
「そうだよ。喧嘩してても何にもならないよ」
キューとラナリに諭され、トオルとスレクトは渋々ながらも口喧嘩をやめた。
ふてくされた様子の二人に、キューは先程の戦法を説明するため画像投影機能を起動する。
「お二人とも、ご覧下さい。これは先程、ラナリのお陰で考案できた戦法です」
キューが説明を始めると同時に、空中に浮かんだ画面に3DのCGで作られた動画が映された。簡略化された形で遺跡の内部が再現され、そこにキーファーパンツァーを示す四脚のモデルと、灰色、黒色、赤色、紫色の人型のモデルが現れる。
灰色はトオル、黒色はキュー、赤色はスレクト、紫色はラナリだ。
動画で、紫色の人型から矢が飛んでいき、キーファーパンツァーに当たる様子が示された。
「まずラナリの考案した方法により、目潰しを行います」
「えっと、この矢にくっつけてあるビンには、フラピタ草っていう糊の材料になる草を潰したのが入ってて、これをあの大きいやつにぶつけたら、目潰しになると思うの」
スレクトがラナリの持ったビン付き矢をまじまじと観察する。
「ふむ……。その草はワタシの国にもある。確かに昔は糊として使っていたが、今は使っていなかったな……」
「ビンが割れなかったらどうするんだ」
トオルが疑問点を口にすると、ラナリはアッと小さく声を上げて手で口元を押さえた。
「大丈夫です。その場合は、第二弾を射かけて、スレクト様が狙撃で割ります」
「ワタシが!?」
「先程の狙撃、御見事でした。あれほどの腕前であれば、飛翔する矢についたビンを撃ち抜くのも造作ないでしょう」
「簡単に言ってくれる……」
スレクトは苦々しい調子で言ったものの、その表情には自信があるように見える。
「そうして目潰しをしたあと、更に油ビンを排熱口に射かけ、熱暴走を狙います。キーファーパンツァーの排熱口は、砲塔後部の背中です」
キューの説明と共にキーファーパンツァーのCGが拡大され、その背中部分から熱が出ているようなアニメーションが出た。
「……それも割れなかったら、ワタシが狙撃で割るのか」
「こちらは、フタをせずにラナリに射てもらいます」
「この位置なら、一回天井に当てて落とせば大丈夫だよ」
ラナリがそう言うと、キューの出している映像の方で再び紫色の人型から矢が出てキーファーパンツァーの居る辺りで天井に当たり、排熱口目掛けて落ちていく様子がアニメーションされた。
「ふむ……。ラナリ。先程は弓が役に立たないと言って、すまなかった」
「大丈夫。気にしてないよ」
「……俺は何をすりゃあいいんだよ」
一人、役割が与えられずに置いてけぼりを食らっているトオルが、不機嫌そうに言った。
「トオル様は、全般的なバックアップに回って下さい。失敗した時の退避については先程の要領でやりませんと、キーファーパンツァーに追い付かれてしまいます。成功したとしても、キューがその後にうまく仕留めきれなければ、トオル様の助力が必要です」
キューがそう言うと、再びアニメーションが動き出す。キューを示す黒色の人型がキーファーパンツァーに急速接近して斬撃を仕掛け、そうして作られた装甲の開口部にスレクトを示す赤色の人型から銃撃が加えられる。
トオルを示す灰色の人型は動かずにいて、Tactical Reserve、戦術予備という文字が点灯していた。誰かがしくじった時や想定外の事態に対応する役割だが、そういう事が起きるまでは手持ち無沙汰なのが、トオルには面白くない。
「……こんな回りくどいことしなくても、あんな奴は対戦車ロケットがあれば一発なんだぜ」
「自分が活躍できなくて不満なのか。卑しい奴だな」
「なんだと。このクソチビ! 元はと言えば、お前があんなもんが居るって言わねえからなんだぞ!」
再び始まってしまった口喧嘩にキューは、人間とは何と非効率的なのだろうかと呆れていた。その一方で、ラナリは口元に手を当ててくすくすと笑っている。
「二人とも、兄妹みたいだね」
「「誰がこんな奴と!」」
トオルとスレクトは同時に言い放ち、そして同じ事を言うなとばかりにお互いを睨み付けたあと、ぷいっとそっぽを向く。ラナリでなくとも笑いたくなるぐらい、息が合っていた。
「こうしていても始まりません。スレクト様、時間が無いのでしょう」
「そうだ」
「……しょうがねえな」
「頑張るよ!」
四人は再び、それぞれの得物を持って遺跡に立ち入る。
途中、遺跡の通路に刺さっていたはずの撃ち出された杭が無くなっていたが、これはキーファーパンツァーが回収していったのだろう。
はたして、キーファーパンツァーは最初に見た時と同様、ボル族の死体が転がっている辺りでじっとしていた。
四人は一旦柱の陰に入り、最終確認に入る。
「目潰しと、着火の後については、最初期案の通りです。キューが接近してブレードで装甲板を切断し、ウィークポイントを作ります。浅かった場合は、トオル様もこれに加わります」
キューの言葉に、三人は頷いた。
ラナリは目潰し矢を弓につがえ、スレクトは狙撃準備、キューは尺骨のブレードを展開、トオルもナイフと自動小銃を用意する。目潰し矢の本数は、三本。
「いくよ……!」
ラナリが柱の陰から飛び出し、つがえた矢を放つ。矢は正確にキーファーパンツァーへ向かって飛び、モノアイの辺りに命中した。キューも柱の陰から出て、結果を観測する。モノアイに少しだけ緑色のものが付着している。
「拡がりが小さい……。スレクト様、命中前にビンを割って下さい! 計算上はそれでもっと拡がるはずです」
「無茶を言う! だがやってやろう!」
スレクトもまた柱の陰から出て腹這いになり、スコープ付きの半自動小銃を構える。
「二の矢、いくよ!」
宣言すると同時に、ラナリが矢を放った。そしてモノアイに命中する直前で矢に付けられていたビンが弾け、緑色の液体が広範囲に飛び散ってモノアイを汚す。スレクトがビンを撃ち抜いたのだ。
この時点までキーファーパンツァーはジッとしていたが、ここにきて動きがあった。しかし、それはキーファーパンツァー本体ではなかった。
「おいキュー、奴の腹からドローンが出てきたぞ!」
ヘルメットについたカメラで、トオルはその物体を確認する。
菱形をした金属の塊に四つプロペラが生えているような外見で、下部にはマニピュレーターの様なものが付いている。その数、五機。
ドローンはキーファーパンツァーのモノアイに近づくと、液体をかけ始めた。どうやら洗浄液のようだ。しかし、糊にもなるというフラピタ草の粘り気が強すぎるのか、まったく取れない様だった。
しかし、手をこまねいている訳にもいかない。
トオルは自動小銃を構えると、HUDの銃撃補助機能を使ってドローンを撃ち始めた。プロペラを破壊された一機が、バランスを崩して墜落する。
「次、油ビンを射るよ!」
ラナリは宣言すると同時に、油ビンをくくり付けた矢を放った。それは放物線を描いてキーファーパンツァーの頭上まで飛翔し、天井に当たった。そして予定通りに、キーファーパンツァーの背中に落ちる。
はたして、キーファーパンツァーの背中から僅かな煙が出始めた。排熱温度が高いせいか、火矢を使わなくても着火したようだ。ドローンのうち二機がモノアイから離れて背中に向かい、消化剤らしき白い煙を吹きかけ始める。
その間に、トオルとスレクトは射撃を行い、モノアイの洗浄を続けていた二機のドローンを撃墜した。
「それでは、行って参ります」
キューは告げるや否やクラウチングスタートの姿勢を取り、そして弾かれる様に飛び出した。水切りをする石の様に遺跡の廊下を低姿勢で駆け抜け、その勢いを利用してキーファーパンツァーの右前足関節に尺骨ブレードをぶち当てる。
超振動ブレードはキーファーパンツァーの関節パーツを装甲ごと切断し、その機能の一部を奪った。
「やりましたか!?」
開脚して両足で踏ん張り、それでも殺しきれない勢いを床に片手を押し付ける事で解決したキューは、しかし飛来する銃弾を確認して回避の横転を行った。
「どこから!?」
その銃弾を放ったのは、ドローンだった。キューのカメラアイは、回避行動の途中で映り込んだドローンの下部から、サブマシンガンのような銃器が生えていることを確認した。
その銃口が連続で輝き、キューに向かって銃弾が飛来する。
それに対してキューは、体操選手のように連続バク転でそれを回避する。人間には不可能な反応速度と判断速度を持つキューだから出来る技だ。
しかし、銃弾の回避に専念したキューは、壁際に追い詰められてしまった。拙い、と思った時には遅く、退路はキーファーパンツァーの巨体で塞がれ、上空にはドローンが展開している。キーファーパンツァーの脇をすり抜けようものなら、その脚部で大ダメージを受ける事は明白だった。
二機のドローンが発砲の兆候を見せた刹那、一機はプロペラが弾け飛び、もう一機はプロペラに矢が挟まって、それぞれバランスを崩して墜落した。
キューが事情を理解した瞬間、キーファーパンツァーの上部に灰色の人影が現れる。
「無茶すんなよな!」
「トオル様!」
「主人公は、遅れてやってくるってなあ!」
トオルが手に持ったナイフのスイッチを入れると、カーボン刃に大電流が流れ込んで赤熱する。トオルは、それを思い切りキーファーパンツァーの上部に突き立てると、装甲がまるでバターのようにえぐられて穴が開く。
「これでも――」
そして、トオルはその穴に自動小銃の銃口を突っ込んだ。
「――食らいやがれえええええ!!」
叫びながら、フルオートで連射を行う。マガジンを使い切ると、すぐに新しいものと交換して射撃を続ける。
堅固な装甲の内部に放たれた銃弾は、逃げ場を失ってキーファーパンツァーの内側で暴れ回った。トオルが弾倉を三つ使い切った頃、キーファーパンツァーは漏電と火煙を吐き出しながら軋み、潰れるように停止する。
「キュー、大丈夫!? 怪我は無い!?」
障害物を避けて、ラナリがキューに駆け寄る。ぺたぺたとボディを触るのは、損傷が無いか確認しているのだろう。
「私は大丈夫です」
「トオルったら、キューが危ないように見えたらすぐに走って行っちゃうんだもん。焦っちゃった」
「まるで恋人を救おうとするが如し、だったな。あれほど口を開けば保身の言葉しか出ない男が……」
半自動小銃を担いだスレクトが現れ、呆れた様に言う。
「うるせー!! 倒せたんだから結果オーライだ!!」
トオルがキーファーパンツァーの残骸の上から叫ぶが、それは照れ隠しとしか思えなかった。
「さて、目的地はこの奥だ。行くぞ」
スレクトが他の三人に呼び掛ける。
四人の先には、不気味なほど明るい遺跡の通路が長々と伸びていた。




