第21話 遺跡へ 前編
トオル達四人はラバに似た動物に跨り、ロネの街から北東にある遺跡へと駆ける。
耳が少し長い馬なので地球のラバに見た目は似ているが、地球のように繁殖のできない人工的な生物なのかは分からない。この惑星では自然発生した生物の可能性もあるが、トオルはその疑問をラナリやスレクトに聞いている場合ではなかった。
何しろ、そのラバもどきは超特急で進んでいたからだ。隊列の先頭を行くスレクトが襲歩をさせるものだから、慣れない騎乗にトオルもラナリもついていくのがやっとだ。トオルの目には風景が線上に流れていくように見え、それがラバもどきの足の速さを物語っていた。
キューはデータベースに乗馬のやり方でもあるのか、平然としたものだ。トオルはラーニングチップに今すぐそのデータをインストールしろ、と目で訴えかけたがキューは知らん顔である。口頭で命令すれば別かもしれないが、あいにくと口を開いたら舌を噛みそうで、とても喋れそうにない。
「もうすぐ着くぞ!」
雄大な草原を抜けて疎林地帯に入ると、スレクトが他の三人に注意を呼びかけ、自分のラバもどきの速さを歩く程度まで落とす。キューはそれに合わせたが、トオルとラナリはかなり行き過ぎてから速度を落とした。
スレクトは呆れた様子で嘆息しながら、呟くようにキューに話しかけた。
「あの男はとにかく、ラナリとかいう少女、服装を見るに高貴な生まれではないのか。乗馬に不慣れとは解せないな」
「ラナリの服は、彼女のご母堂の形見です」
「……すまん」
「キューに謝ってもらっても、困ります」
何となく気まずい雰囲気のまま、スレクトとキューは、トオルとラナリのラバもどきに追い付いた。
「何やってんだよ。俺を置いてくような速さで走ったり、俺に置いていかれたり」
「どちらもお前の技量不足のせいだ。人のせいにするな。……それよりも、見えてきたぞ。あれが目的地だ」
スレクトが指差すと、他の三人の視線がそちらに集まる。
遠目には巨大な森に近づいているように見えていたのだが、しかし近づいてみるとそれは木の生えた巨大な崖の連なりだった。左右どちらを見渡しても、木の生えた崖がずっと壁のように立ち塞がっている。
その崖の一カ所に、ぽっかりと口を開けるように空洞があった。空洞の回りには、石造りの古びた装飾が施されており、外から見る限りでは地球にある古い遺跡と雰囲気が似ている。どうやら、巨大な崖の中をくりぬくようにこの遺跡は建築されているようだ。
スレクト以外の三人は、遺跡の大きさに圧倒される。何しろ、まだ崖まで結構な距離があるのに、空洞の存在が分かるのだ。
「でけえな……」
トオルは遺跡の巨大さに圧倒され、思わず呟いてしまった。
四人は一塊になって進んでいたが、崖に近づくにつれて木々の密度も上がってくる。しかし、それでも大口を開けた遺跡の入り口が木々の合間から見えるあたり、その巨大さが知れようというものだ。
「お前達、ここで降りろ。前方に先客がいるようだ。ここからは歩いて向かう」
スレクトは唐突に言うと、ラバもどきを翻して停止し手際よく下馬した。
他の三人も言われた通り下馬し、ラバもどきを引いて歩き始める。
「スレクト様の言う通り先客がいます。数は三人。進行方向、右三二度。距離、二九五メートル」
キューが正確な方位と距離を言うと、スレクトもいささか驚いた様だった。
「ワタシでも痕跡で分かっただけだというのに……」
「生体反応が明瞭ですから」
「キュー。カメラアイで撮影して、みんなに見せてくれ」
「了解しました」
トオルの強化戦闘服にもキューと同様に生体反応を検知したり画像撮影機能は付いているのだが、スレクトの手前、キューにやらせる事にした。キューが人外の存在である事はスレクトにはもう分かっている事だ。しかし、キューと同様の機能がトオルの服にもある事は、スレクトに全幅の信頼が置けない今は隠しておいた方が良いように思えた。
キューは木々の合間から、カメラの射線を通してスレクトの言う先客とやらを撮影して、手近な木陰を背景に撮影した画像を空間投影してみせた。辺りを舞う細かい埃が原因で、キューの目から光線が出ていることが明瞭に分かる。その一種異様な姿に、ラナリとスレクトは息を呑んで若干後ずさった。改めて、キューが人間らしく振る舞っているが人間ではない事を理解したからだろう。
本来、こんな状況ではプロジェクター機能を使わなくても良いのだが、あいにくとラナリもスレクトも、トオルの様なHUD付きヘルメットや携帯情報端末を持っていない。トオルのHUDを反対側から覗き込んでも分かりづらいだけなので、プロジェクターで見てもらうのがいい。
「こ、これ……絵、なの……?」
ラナリが恐る恐るといった様子で、キューが木陰に投影した画像に近づく。さすがに好奇心の強さは一級品だ。
「それは写真というものです。現実の風景を正確に模写したものです」
「ワタシは写真ぐらい知っているぞ。それに、これは幻灯機や映写機の類だろう」
スレクトは自信を取り戻すかのように、強気に言う。彼女の背の低さもあって、トオルにはその姿が子供が粋がっているように見えて、ニヤニヤとした笑いを浮かべた。
「トオル様。スレクト様を見ていやらしく笑っている場合ではありません。写真をご覧下さい」
「誰がこんなちんちくりんをいやらしい目で見るんだ!」
トオルは言い返したが、心なしかラナリとスレクトからの視線が冷たい。
それに気付かないかのように、トオルはキューが投影している写真を見た。
写真を見るに、相手の方はどうも四人の存在については薄々感づいているようだが、距離や方角は分からないらしい。周囲を警戒した様子で、隊列を組んで進んでいた。もっとも隊列と言っても軍隊のそれではなく、狩猟民族のそれを思わせる。肌は褐色をしており、ホプリス族とは違う種族のようでラナリとは似ても似つかず、スレクトに似ている。男が二人、女が一人で、男の一人は弓矢を持ち、あとの二人は彼らの身長の倍はある槍を持っている他、三人とも腰からマチェットを提げていた。
「スレクトと同じ種族か? 見た目が似てるよな」
「……あんな穢れた血を持つ失敗種族と一緒にするな。あれはボル族だ」
トオルの目には違いが分からない。同じ褐色だし、耳の先端が尖った俗に言うエルフ耳である。
「この大陸に、ホプリス族じゃない人達が入り込んでるなんて」
ラナリが、とても驚いた様子で呟く。
アネシア王国は何十年も鎖国をしていて、基本的に移民を認めていない。他種族が流入したとしても、大規模だとすぐに気付かれて軍隊によって追い出されてしまう。
そうすると、小規模な集団でひっそりと暮らすしかないのだが、ホプリス族の目を盗んで生活するという事は、自然とホプリス族が暮らすのを諦めた過酷な土地で生きることになるし、ホプリス族の街には立ち寄らないだろう。
その証拠に、ラナリがロネの街でホプリス族以外の者を見かけたのは、トオルとキューを除けばスレクトが初めてであった。
「奴らに所属するべき国はない。流浪の民と言えば聞こえはいいが、奴らの場合はただのならず者集団だ」
スレクトが吐き捨てる様に言う。その言い様は、種族全体が盗賊の類とでも言いたげだ。
「ねえ、スレクトさん。あの人達に先を越されて大丈夫?」
「問題ない。どうせあいつらは死ぬ」
「え……?」
ラナリは少し間の抜けた声を出し、トオルもスレクトの言葉をすぐに飲み込めず、二人は顔を見合わせた。ラナリも死ぬという単語がすぐに理解できなかったのか、目をキョトンとさせている。
「……し、死ぬ!? 待てよスレクト! なんでただの遺跡探索で死ぬんだ!」
「スレクト様、あの者達が死ぬというのはどういう事ですか?」
プロジェクターの機能を停止したキューが、スレクトに向き直って質問する。
「言葉通りの意味だよ。行けば、どういう事かも解るだろうさ。なぜお前たちに頼ったのかという事もな」
なんだかとてつもなく、トオルの人生で最大級の嫌な予感が頭の中をぐるっと巡り始めていた。
この遺跡探索は行かないほうが良いのではないか。
行ってしまったら、きっと自分の人生をガラリと変えてしまうのではないか。
「あともう少しで入口だ。……どうした、さっさと行くぞ」
ラバもどきを引いて先に進もうとするスレクトに対し、三人は立ち止まったままだ。
「だってスレクト……。お前、死ぬような危険があるなんて今まで一言も……」
「言ったら来てくれたか?」
スレクトの言葉は道理ではあったが、トオルからすれば騙されたという他に無い。だいいち、ラナリを危険な目に遭わせるつもりなど無かった。
「来たくないというなら、帰ってもらってもいいが……。いいのか? あのボル族の連中が死ぬような遺跡だ。ワタシも死ぬかもしれんぞ? 優しいお前達は、そんな寝覚めの悪い事に耐えられるかな」
ボル族の三人が死ぬことについては、スレクトの中では確定事項らしい。まだ起こっていない事態だが、それでも確実に発生しないとは言い切れない。
そしてここで三人が引き返してスレクトだけ遺跡に向かったとして、スレクトが帰ってこなかったら、結局は安否が気になって遺跡に立ち入る事になるだろう。特に、ラナリ。トオルでさえも、スレクトが死ぬという事を想像したら若干心苦しく思うのに、心優しいラナリだったらどうだろうか。
「言っておくが、ワタシを無理矢理連れ帰ろうとは思わないでもらおう。脅す訳ではないが、ワタシの射撃は正確だぞ。なに。一人の足が一時的に使えなくなったとしても、入り口の留守番ぐらいはしてもらえる」
「トオル様。そういう事態になった場合、キューはラナリもトオル様も無傷という状態で、スレクト様を無傷で制圧する事は不可能です」
「これでも最大限、穏便に済ませようとしている。来てもらいたい」
スレクトは、そう言うと三人に背を向けて歩き始めた。しかし、その背中は無防備ではなく、ほのかな殺気が感じられる。なぜだか分からないが、トオルには何となく分かった。
仕方が無いので、三人はラバもどきの手綱を引きながら、スレクトから距離を取って歩き始めた。
遺跡探索とは無縁だったはずの死という文字が、三人の肩にずっしりと乗っかっている様だ。さすがに無形の重荷は、ラバもどきも背負ってはくれない。
「ラナリはキューが全力で守ります。トオル様は自分の身は自分で守ってください」
「……それは、俺に対する信頼の証じゃねえよな絶対」
本当に、この遺跡探索という話を受けて良かったのだろうか。
トオルは自問自答する。
そうこうしている間に、トオル達は遺跡の入口に到着した。スレクトは、手近な細めの樹木にラバもどきを繋ぎ終わって三人を待っていた。三人もそれにならって、同じようにラバもどきを繋ぐ。ラナリが労うように水を飲ませてやっていたので、トオルとキューも自分の乗ってきたラバもどきに水を飲ませてやった。
三人の先客の姿は既に無く、遺跡の中に入っていったものと思われた。
「そうだ、ラナリ。残念だが、お前の弓は役に立たない。その腰の拳銃を使え」
「え? 弓が効かない? ……う、うん分かった」
「弓が効かない……」
トオルは呟き、自分の中の警戒度を一段階上げた。もっとも、先程ボル族が遺跡で死ぬという事を聞いて以来、ずっと臨戦態勢だ。スレクトの口ぶりから、映画で見るような仕掛け罠か何かだと思っていたが、効く効かないという話なら、それは仕掛けとしての罠ではない。
キューも両腕の尺骨に内蔵してある近接戦用ブレードを展開していた。このブレードは耐熱性プラスチックを刀身とし、カーボン系複合素材の刃を取り付けた物で、刃を発熱させて溶断する事も、刃を超振動させて金属を切断する事もできる。
接近戦に備えているという事は、キューもいつも以上に警戒しているという事だ。
ラナリもまた、慣れない手付きでトオルから借りている拳銃を取り出し、不格好ながらも構えている。
トオルはヘルメットを展開してHUDを起動し、自動小銃を構えた。
「入口の内部は普通だな……。大きさは、ともかく」
トオルは自動小銃を構えて入口内部を見回したが、普通の遺跡のようだ。但し、とにかく大きい。入り口から伸びる通路は、大型のトラックが二台並走しても余裕を持って通れそうなほどの幅と高さがある。戦車でも持ち込んだ方が手っ取り早く思えるほどだ。その為、入り口の端から中を伺うトオルは自分が小人にでもなった気分でいた。
中の通路は、崖を掘ったあと石材の柱で補強しただけの簡素な構造だったが、石柱にはレリーフが彫ってある事から何か重要な施設だった事は分かった。不可思議なのは、内部は照明器具も無いのに少々薄暗いだけという事だ。おかげでトオルはヘルメットのライトも、赤外線暗視装置も無理に使わなくてよいが、不気味である。
「行くぞ」
「待って下さい」
先頭を務めようとするスレクトを、キューが制する。
「キューなら罠の存在も分かりますし、万が一、罠を作動させてしまっても人間より頑丈ですから、耐えられます」
「……トオル、お前はどう思う」
「キューに先頭を任せたい。……お前に死なれても、寝覚めが悪いからな」
ぶっきらぼうにトオルが言うと、しかしスレクトは少し戸惑った表情で「その、さっきは、すまん」と小さく言った。
そんなやりとりをよそに、キューは一人ですたすたと遺跡の奥へと踏み込んでいく。一見無防備に見えるが人間には分からないだけで、キューの全捜索機能が活動していた。
しばらく進んだ後、先行していたキューが立ち止まる。
「トオル様、この先は捜索機器の反応が異なります」
「なんだそりゃ。この先は普通じゃないって事か?」
トオルは緊張で心臓が鳴り響く。ラナリも緊張しているのか、手が白くなるほどマテバ・レプリカを握り締めていた。
これから先起こる事が、全くもって予測できない。
予測が出来ないから身構えて備えるしか出来ないのだ。
「……ここは普通の遺跡なんかじゃない。ここには機械の守護者がいる。そいつは、ここに来るものを容赦なく殺す」
スレクトがまたしても三人の知らない情報を開示してくる。トオルは、よほど『いくつ隠し事をしている』と詰め寄ろうかと思ったが、スレクトもまた小刻みに震えているのを見て、考え直した。気丈に振る舞っているが、彼女も若い。いいとこトオルと同世代か、ラナリと同じぐらいではないか。いくら軍人とは言っても、死ぬのが怖くない生物などいないのだ。
それにしても、遺跡に機械の守護者というのは解せなかった。この古ぼけた石造りの遺跡に機械という単語は、いかにも不釣り合いだ――
――不意に、沈黙を破る悲鳴が反響する。
悲鳴が聞こえた瞬間、トオル達は武器を構え辺りを見回した。
トオルは、これから起こるであろう厄介事を把握した。
悲鳴は、これから進もうとしている遺跡の奥から聞こえたからだ。




