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第16話 轗軻数奇 前編


「まさか害獣があいつだとは……」


 白草が生い茂る草原に立つトオル達の目の前には、畑を荒らす毛皮のない白熊もどきが七体いた。

 不時着した直後に襲ってきた、あの原生生物と同じ種類である。

 距離は、およそ二八〇メートル、相手はこちらを察知していない。いずれの個体も畑から芋のようなものを掘り出して貪り食っている。血と汗を流して農夫が栽培したであろう野菜を勝手に食べるとは、不届きものである。


 トオルはHUDのズーム機能を使って白熊もどきを観察した。

 

 前と戦った時の個体より、どの個体も一回り小さい。

 トオルは、この個体はまだ子どもなのだろうと推測した。群れでいるのもトオルが子どもだと判断した材料だった。それでも地球の緋熊サイズぐらいに大きい。 


「あれは、裸熊って皆が呼んでる奴。いつもこの時期になると、畑や家畜を襲うんだよね。だから、この街の領主が、裸熊は自発的に駆除するようにって奨励してるんだ」


 裸熊、それがこの原生生物の名前だった。そして、あの夜は冬眠明けの飢えた個体に襲われたということだろう。今が春だからこその、そういった被害が出る時期ということだ。


 さらに、害獣駆除を奨励しているということは毎年の被害が看過できないぐらいであると示唆していた。 

 

 トオルは、何気なくラナリのほうを見る。すると彼女の身体情報がHUDに表示された。

 そういえばHUDに無駄機能を色々と追加してたっけ、とトオルは最初に強化戦闘服を調整した時のことを思い出す。

 

「ラナリのスリーサイズは、上から八六、五な……あだっ!」

 

 キューの投げた石が、トオルの股間部装甲板の隙間に命中する。


「トオル様、なにをやっているのですか。戦闘に集中してください」


 キューの手には第二段が握られていた。タマを取る満々である。


「そうは言っても、この人数であの数相手にできるか?」


 トオルは、こちらの実質戦える人数は二人だと考えた。

 キューはあの使用人の装束を汚すわけには行かないと、傍観を決め込んでいる。

 この中で一番戦闘能力が高いというのに、服のほうが大事らしい。


「ラナリ、これは応援を呼んだほうがいいんじゃないか?」


「応援なんて呼ばなくても、この距離とこの数なら楽に倒せるから大丈夫」

 

「……呼ばなくていいのか」ラナリによると、応援は呼ばなくて良いらしい。


「トオルは右手側のグループ、私は左手側のグループね」


 ラナリが、裸熊のグループを指さしながら、それぞれに割り当てる。

 よく見ると、ラナリに割り当てられたグループは数が一体多い。


「解った。でもラナリがきついと判断したら、すぐに撤退しよう」


「キューは、ラナリの傍に控えておきます」


 トオルはキューの言葉に頷く。ラナリに何かあればトオルの置かれている状況が悪くなると分かり切っているからだ。


「よし、じゃあ始めるか」トオルは右へ、ラナリとキューは左に展開する。


 トオルは消音機を付けた自動小銃で、一番手前にいる裸熊の頭に狙いを定め、二発撃つ。

 裸熊は頭なら簡単に貫通するようだ。裸熊の硬いところは大きい前足だけなのだろう。


「よし。まずは一体、次だ次」裸熊が絶命したのを確認して、ラナリのほうをちらと見る。

 

 トオルが一体仕留めている間に、ラナリは二体も仕留めていた。ラナリは、かなりのハイペースで次々と仕留めていく。弓を引き絞り、狙いを定めて射る様は神々しい。


 トオルは原始的な弓が狩猟に効果を発揮するとは思っていなかった。自分の独壇場であるとさえ思っていたが、現実はそうはならなかった。

 

「トオル様、まだ二体残っていますよ」キューが、トオルを催促する。


「分かってる」


 トオルは息を止め、裸熊の頭に狙いを定める。そして一体、二体と仕留めていった。


「ラナリ、こっちは終わったぞ」 


「私も終わったよ」


 ラナリが駆除した裸熊の死骸を見てみると、どれも一矢で絶命しているのが分かる。

 矢が当たっている場所は、首や胸の辺りであった。


「なあ、ラナリはなんでその弓矢で簡単に仕留める事が出来たんだ?」


 トオルはヘルメットを格納し、自動小銃を後ろへ戻すと、ラナリの裸熊を倒す早さの秘密を尋ねる。 


「んー、それはこの矢じりを見てもらったほうが早いかな」


 ラナリの右手に持っている矢を見る。

 その矢の矢じりには黄色い薬品が塗られていた。


「ラナリは、毒矢を使って効率的に駆除をしていました」


 今までラナリの傍に控えていたキューが答えを述べた。


「毒矢か、なるほど合点がいった」


「裸熊は中々死なないから、毒矢で仕留めるようになったんだよ。おかげで肉は、再利用出来なくなったけど、毛も生えてないし、毛皮としての利用価値も殆どないから、毒矢での駆除方法に落ち着いたんだ」


 ローテクが必ずしも、非効率的という訳では無いという事である。


「この毒素の構造はアコニチンに酷似していますね」


「ア、アコ? なんだそれ?」キューに毒素を説明されても全く解らん。


「さあ?」ラナリも良く解っていないようだった。


「さて、案外早く終わったから、脱出艇の不時着場所にでも行くか」


「脱出艇って父さん達が見た、大きい鉄塊だっけ?」


 ラナリの目が期待の眼差しを帯びている。ラナリの顔がトオルの顔に近づく。

 

「ラナリも同行しますか?」キューは、ラナリの裾をちょこんと摘まんでいた。


 どうもキューは、ラナリに付いてきて欲しいようだ。

 傍目から見ると、微笑ましい姉妹のようにも見える。


「一緒に行ってもいいの?」ラナリの顔がパッと輝く。


「トオル様は、きっと許可を下さるはずです」


 キューがラナリの手を取り、見つめている。


 トオルはアンドロイドであるキューに意外な社交性があることに驚いた。いつの間にかアンドロイドが生身の友人を作るなど結構珍しいことだ。人類の価値感から見れば、であるが。

 

「まあ、見られて困るものでもないし、いいか」

 

 トオルはこれでやっと脱出する算段が整うと、この時までは思っていた――


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