第15話 続、異文化交流 後編
右へ左へ路地を走っている内に、アルバの宿屋にたどり着く。
「……っへ。何とか追っ手を撒いたな」
トオルは、ぜえぜえ息を切らしながら、宿屋の前で勝利宣言をした。
「トオル様、なにを喘いでいるのですか? 公衆浴場でも覗きに行っていたのですか?」
「って、そうじゃない!」
宿屋の前に、使用人衣装のキューが箒を持って立っていた。キューは、半目で心底不審そうにこちらを見ている。
「では、なんなのですか?」キューがトオルの喘いでいる理由を問う。
「誰かが、俺を尾行していたんだよ」トオルは後ろを振り返る。
「大方、トオル様がまたやらかして、自警団の方に追われていたのでは? ……覗きがバレてしまったとか」
キューが疑惑の目をこちらに向ける。
「だから、覗きじゃねえよ!」
このままではキューの自分に対する信用が地に落ちそうだと危惧したトオルは、尾行してきた者と思われる足音を思い出す。
「なんかこう、子どものような軽い足音だった気がする」……多分、きっと。
「そうですか。それならば、少し様子を見て来ましょうか」
キューが街道に立ち、周辺をキョロキョロと見渡す。
「――見つけました。トオル様から七時の方向一二メートルの木箱の陰ですね。背丈から察するにプレティーンの子どもでしょう。容姿の詳細は、全身をボロ切れのようなもので、隠していて分かりません。……この街の貧困層の子どもでしょう」
「……なんだ、犯人はやっぱり子どもじゃないか」
俺を尾行した子どものご尊顔でも見てやろうか――と大人げない感情が芽生えた。
トオルは向き直ると、息が整うのを待たずに犯人が隠れている木箱の影へ歩く。
はぁはぁ喘ぎながら木箱へ近づくトオルの顔は、幼気な子どもを誘拐する変質者のようだ。
「そのボロ切れを剥ぎ取って――ふごっ!」
トオルが、ボロ切れのようなものを掴もうとした瞬間、子どもの見事なサマーソルトキックがトオルの顎に叩き込まれた。
視界が上下逆さまになり、盛大且つ無様に尻をつくトオル。
成人しているトオルがプレティーンの子どもに負けた情けない瞬間が、そこにはあった。
キューの表情が、どことなくトオルを哀れんでいるような、形容しがたい冷めた表情をしている。
トオルのちっぽけなプライドは既にズタボロである。
「おい! 待ちやがれクソガキ!」
ボロ切れで全身を覆った子どもは、既に遠くへ走り去っていた。
「はぁはぁ喘ぎながら近づけば、誰だって変質者だと思って攻撃しますよ」
キューが溜息を吐きながらトオルを起こした。
トオルは、この街の子どもは皆あんな感じなのかと思い、腰に手を当て大きく溜息をつく。
「あのクソガキめ……覚えてろよ」
トオルは、大人げのないやられ役のような台詞を吐いた。
「おいトオル、そこで何やってんだ」アルバが宿屋の窓から怪訝な顔を覗かせる。
「いやちょっと子どもと遊んでただけですよ。ハハハ」
「そうかい。キューの嬢ちゃんは、トオルの強化戦闘服とやらを直したんだろ? なら丁度いい、畑を荒らす害獣駆除の仕事をやってくれないか? 本来は俺も所属している自警団の仕事なんだが、今回はお前らが代わりにやってくれ」
「そうでした。トオル様、強化戦闘服の修理は全て終わっています。配線が切れていただけでしたよ」
「それと、ラナリも連れて行ってやってくれ。偶にはあいつに狩猟でもさせたほうが、暇だ暇だと愚痴られなくて済むんだ」
あんな子が戦えるのか? まあ、ラナリのお守りも仕事の内みたいなものか、とトオルは勝手にラナリを過小評価した。
トオルは、キューが持ってきた強化戦闘服を手際よく着る。
ヘルメットを展開しHUDを起動した。
「よし、ちゃんと起動できるな。スキャン機能異常なし、分析機能異常なし。バイタルモニター異常なし。自動小銃の残弾も、ちゃんとHUDに表示されてる」
「私もいつでも行けるよ」
トオルがぶつぶつとシステムチェックをしていると、ラナリ達の部屋から武装をしたラナリが歩いてきた。ラナリは、いつもの服に、印象的な金の装飾の入った、白いグリーブと胸当て、長めの手袋を身に着け、複合弓を携えていた。手に持つ弓にもまた、同じような金の装飾が入っている。
ラナリの武装した姿は、とても堂に入っていた。
「ラナリの服とかに入ってる刺繍ってどんな意味があるんだ?」
金の刺繍や装飾はどれも同じ花を模しており、どれも高価に見える。
「これは母さんが好きだった花の模様なんだ。身に着けてるこれも全て、母さんのお下がりだよ」
「ちょっとだけ身分の高い人だったから」とラナリは控えめに笑う。
ラナリに、亡くなった母を思い出させる真似をワザとではないにしても、させてしまっただろうか――
トオルは迂闊な質問をしたことを少しだけ悔いた。
「……よし、じゃあ害獣駆除に行くか」
トオル達三人は、害獣駆除へ向かうべく南門から問題の畑へ向かう。




