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第129話 ズィル・マイヤーの手記 ~ラント・ウストンの秘密、それに纏わる些細な事件~

 

 ワープ装置を冷却している間のエイトフラッグ号ではナカジマ達がシャワー浴びていた。結果的にそれがある小さな事件を巻き起こした。


 ズィルはつい先ほど起きた、この些細だが重大な事件を手記に記していた。


 事の発端はトオルとアルバがシャワーから帰ってきた所から始まる。


 トオルは半袖のインナー上下の服装で首にタオルを掛けながら、アルバと何やら談笑をしている。二人が談笑しながら艦内の廊下を歩き、会話している内容はこうであった。


「なあ、トオルよ、ラナリのことをしっかり支えてやってくれよ」


 ズィルにとってはアルバの言葉はあまり面白い物では無かった。


 ズィル自身がまごまごしている間にホプリス族の女性とトオルとの仲が進展しているように見えるのは精神衛生上、よろしくない。


「アルバさん、それ前にも言ってましたけど……というか泣きながら」


 トオルが困った様にアルバさんに言葉を返す。


 やはり、ホプリス族の風習では男性が女性の首にネックレスやペンダントを掛けるというのは許嫁の意味もあるのだろう。

 

 トオル自身が分かって無さそうだったのでズィルは少し安心した。ズィルは安堵の表情を浮かべて、遠目からトオルとアルバの観察を続行する。段々とこちらに近づいているのでそろそろバレるだろうかと、ズィルは不安になるが顔には出ない。


 すると、ズィルの後ろからナカジマの声が聞こえてきた。


 艦内放送によるナカジマの「女子のシャワーの時間よ!」との呼びかけだった。


 現在のエイトフラッグ号では帝国の港に停泊していた時のような、水を潤沢に使える状態では無い。いや、本当なら潤沢に使えるほど積みこんであるのを見たのだが、ナカジマ女史の貧乏性故か、それとも宇宙で生活するための知恵なのかは分からないが、シャワーを使う時間帯と順番はしっかりと決められていた。


 人数の少なくて女性よりも体を洗う時間が短い男性が最初で、女性が最後といった感じである。


 ズィルは前から歩いて来るトオルに自然と今丁度来たかのように、軽い挨拶を交わした。


「…………トオル、その……お、おはよう?」


 ズィルは宇宙に置いて朝も昼もあるのだろうか、と考えることも無く、ただ単純にドギマギしたような挨拶になってしまった。


 言葉が出てこない自身の小心に嫌気と同時に恥ずかしさが、ズィルの顔を薄く朱に染めた。


「ああ、おはようズィル」


 普通に挨拶したトオルをアルバが彼の肩を軽く小突いた。


「なあ、トオル。お前さんは女遊びが好きな性質か?」


「アルバさん意味が良く分からないんですが……」


 ズィルはふとあることに気が付いた。


 ラント・ウストンが本来ならトオル達と一緒にシャワーを浴びていると思ったのだが、肝心のラントの姿が見当たらない。


「……トオル、ラントと一緒にシャワーを浴びた?」


 ズィルの質問にトオルが咳き込む。トオルの顔には急に何を言い出しているのだと書いてあった。


「いやいや、何でウストンさんとシャワーを浴びなきゃならんのだ」


 言葉で突っ込みを入れるトオルに、アルバが無言で拳でトオルの肩に突っ込んだ。


「アルバさんもさっきから痛いですって!」


「いや、ラナリと同じぐらいのお嬢さんとシャワーに入る約束でもしていたのかと思ってな。腹が立った。年若い男女が同じ浴室に居ればやることは一つしか無いからな」


 アルバが顰め面でトオルを睨んでいる。


 ズィルが首を傾げていると、トオルが片手を上げて「じゃあ、また後で」とズィルに別れを告げるとアルバさんと一緒にトレーニングルームへと歩いて行った。


 宇宙で生活する知恵として、宇宙では何が起こるのか分からないことが前提にある。


 エイトフラッグ号艦内に設置されたトレーニングルームは、艦の損傷で指向性重力装置による人工重力が長期に渡って機能不全を起こすなど不測の事態の備えである。


 無重力状態では筋力が低下するので、普段の生活の間だけでも筋力維持が必要なのだ。


 トレーニングルームにはナカジマ専用のダイエットマシンもあったような気がするが、本来の意図は筋力維持である。


 ズィルはトオルとアルバの鍛えられた背中を見ながら、セーズから借りた"猿でも分かる宇宙旅行入門"というタイトルの本の内容を思い出していた。


「マイヤー、そこに居たのか。シャワーを浴びる準備をしろとナカジマから放送があっただろう。ほら、行くぞ」


 ズィルを呼ぶ声の主はスレクトだった。彼女は銀髪のポニテを左右に揺らしながら、いつもの黒い武装親衛隊の制服姿では無く、赤い上下のへそ出しインナー姿だった。


 若干、彼女の褐色の肌の血行が良くなっているのでトレーニングルームから出たばかりなのだとズィルは納得する。


「……スレクト、ラントを見なかった?」


 スレクトは怪訝な顔をして「ラントならシャワーの準備をしていたが……」と答えた。


「……あー、そうか」


 ズィルは納得した。


「まあ、そんなことはどうでも良い。他の者がいるときは名前で呼んでも良いが"少尉"は付けてくれ。二人の時は昔みたいに呼んでも構わんが」


 スレクトとズィルは幼馴染である。正確には銀髪頭のヘルマと痩せ細いベルス、そしてそこにはアド・ヴェレアトールが居た。


 アドを実の姉のように皆が慕っていたのを覚えている。

 

 だが、いつの間にか全員がアドの背丈より高くなり胸も大きくなった。


「……まあ、いいか……私は後で浴びるから……スレクトは先に行ってて」


 スレクトが小さく息を吐いて「仕方ないな、先に行ってるぞ」と自室へ向かって歩き出した。


 ズィルも一応、自室に戻り替えの下着とタオルを準備する。


 ズィルの部屋は殺風景で、帝国製の銃器が立てかけてある。


 ズィルが女子用のシャワー室の前に移動する頃には、アンドロイドを含まない女性陣が丁度入ろうとしているタイミングだった。


 ふと、ズィルの銀の蛇眼にはラントが下着とタオルを持って入っていくのが見えた。


 やはり、ラントは女子と一緒にシャワーを浴びるようである。


 ズィルは無言でシャワー室の前に立ってラントが出てくるのを待った。


 二分ぐらい経った後、ナカジマの品の無い絶叫が聞こえてくる。

 

 同時にラナリの悲鳴とスレクトの「……お、おい、ラント! お、お、おま、お前……!」と言った声が聞こえた。


 ラントの「あたしは女です!」という声も反響して聞こえてくる。


 ラント・ウストンの父である、ラボール・ウストンは生まれてきた子にある種の世渡りが上手く行くような育て方をした。


 それは、体内のナノマシンがへその緒から子へと受け継がれていく事実が常識として存在するヴァイツ族の者達にとっては"当たり前"のことでもあった。


 しかし、この"当たり前"というのは二世紀前には廃れていた"当たり前"である。


 女性の地位が必然的に男性と同等以上に上がってしまったことによる、ズーニッツ帝国の歪な社会的風習とも呼べるラボールがラントに行った育て方は、男として生まれたラントを娘として育てることであった。


 女性であるだけで周りから一目置かれる帝国では、生まれてきた子が女の子であれば親は大層喜ぶ。


 男の子であれば、程度は落ちるが喜ぶ。立派な軍人か実業家にでもなってもらって良い女性と結婚することを望んで育てる。


 ラボールの場合はコネクションを効率よく得られるように、ラントを娘として育てた。自身の剛健の能力と加味すれば、娘として育て上げられたラントは親を失っても容易に生きていけるだろうと考えてのことである。


 実際に素朴だが可愛らしいラントはアド総統の目に留まり、あの父の能力ならば娘も相当に強力な能力を秘めていると思われた結果、武装親衛隊に参加することが出来たのだからラボールの行った教育は間違ってはいない。


 問題があるとすれば、ラントと生活する人々にラントの特異性を周知させて上げなければ、現在の阿鼻叫喚なシャワー室の悲劇が生まれることである。


「……あ、セーズさんとキューさん」


 ズィルが何事かと様子を見に来たセーズとキューに気が付き、驚いた様子の二人に視線を向けた。


「これはズィルさん。貴女様の様子を見るに、ラントさんの身体は男であると知っていたようですね」


 セーズが目を逸らすズィルを見た。


 やはり、アンドロイドの二人はラントを一目見た時から看破していたようである。


「キューも伝えようとは思っていたのですが、遅かったですね」


 キューが腰に手を当てて、ナカジマの悲鳴が反響するシャワー室を横目で見た。


「キューは優しいですね。セーズは、実のところナカジマの反応が見たかったので黙っていました」


 セーズがにやにやとご満悦の様子で笑っている。


「……トオルには……私から伝えておく」


 ズィルはトオルと会話するネタが出来たことに、少し嬉しそうに微笑んだ後、姦しい声が反響するシャワー室から離れた。


 このような些細だが重大な事件は、その日のうちに起きてズィルが周りに周知させることで円満解決をした。失った物もあるだろうが、誰が何と言おうと円満解決である。


 ラントの秘密を知ったトオルの顔は今でも忘れないだろう。目が点になったトオルはとても面白い顔をしていた。


 騒がしい艦内が静かになったエイトフラッグ号は、オラクルとのランデブーポイントに到達した。全長二〇キロのオラクルの周りに、大小様々な宇宙艦艇が守るように展開している。


 ズィルは読み返していた手記を閉じて胸ポケットに仕舞うと、自室の天井から吊るされたモニターからオラクルとその周りにいる艦隊を目の当たりにして感嘆の息を吐く。


 これほどの大艦隊を率いているのだから人類はやはりすごい、そんな簡素な言葉しか出てこないほどズィルは圧倒された。


 ナカジマの艦内放送で、これからエイトフラッグ号がオラクルの大型艦用の港に侵入することが伝えられる。いよいよ、トオル達以外の人類との、しかもちゃんとした組織との接触である。

 

 ズィルは気を引き締めてナカジマの次の艦内放送を待つのだった――


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