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第100話 沈黙のエイトフラッグ号 -Eight Flag Under Siege- 後編

祝100話目

 

 アルバが次に向かったのは武器庫である。


 奴らが盗賊のような存在であるとしたら、向かう先はここだろうとアルバなりに推測した答えだった。

 ここはナカジマとセーズ以外、立ち入った者はない。


 アルバは武器庫へ続くブラストドアの前で屈み、壁に耳を当てて聞き耳を立てる。


 違う声色の男の声が四、五は聞こえる。


「はっはぁ! 見ろよこの武器の貯蔵量! 聖女から貰った鍵でこんなところで役に立つとはなぁ!」

 

 テンションの高い男の声だ。


 助けを請っている声も聞こえる。恐らくは帝国兵の声だとアルバは理解した。


「この失敗種族め! お前らが帝国に立てつこうなど――」


 勇敢な帝国兵の声も聞こえたが、途中で声が聞こえなくなった。


 アルバは意を決して武器庫へ続くブラストドアを開ける。


 横開きに大口を開いたブラストドアは、不用意にも施錠されておらず簡単に侵入出来た。


「……ん? 何の音だ……あ゛ぐぇ!」


 ブラストドアが開く音に反応したボル族のテロリストを、アルバは素早く沈黙させた。首を極められたまま折られたボル族の肢体は力なく弛緩し床に横たわった。


 アルバはトオルの教示通りに、素早く自動小銃が羅列された物陰に隠れる。


 物陰の隙間から周りを伺う。二人ほどこちらに歩いているのが見えた。


 アルバは腰のペティナイフを取り出して、哨戒している二人の男に投げつけた。


 二人の内の一人にペティナイフが刺さる。


 そして、動揺するもう一人との間合いを一気に詰め、全力で男の顎を殴った。


 アルバは仰向けに昏倒した男の首を思いっ切り踏みつけ折ると、聞き耳を立てた時に聞こえたテンションの高い声の持ち主の元へゆっくりと近づいて行った。


 少し広くなっている場所に五人の男がいた。


 二人は帝国兵で片方は既に死んでおり、もう片方は泣き叫びながら助けてくれと懇願していた。


「俺達は聖女がくれた力によって"神の子"になった! その証拠に見ろ! 目の前の泣き叫ぶヴァイツ族を! 立場が逆転してるじゃねえか!」


 テンションの高いボル族の男に合わせて、両隣のボル族の男も両手を上げて雄たけびを上げた。


 アルバは牛刀を右手で逆手に構える。


 左腕に装着した籠手を三人の男へかざして、握るようなジェスチャーをする。


 籠手から発動したのは、相手の動きをスローモーションに掛けたように遅くさせるものだった。


 声までもが非常にゆっくりとなったボル族の男達がアルバの方を振り返ると、その滑稽な彼らをアルバは鼻で笑う。


 彼らに近づいたアルバは、テンションの高いボル族の男の顔面を右拳でスマッシュし、そのまま牛刀で彼の首を斬る。吹き出る血しぶきも非常にゆっくりだった。


 リーダーが殺されたショックで、ゆっくりと大口を開ける二人の男のみぞおちをアルバは全力で殴り倒した。


「あ、あんたホプリス族のコックか!? ああ、良かった、本当に良かった……! 俺は助かったんだな……!」


 アルバは、さっきまで無様に泣き叫んでいた帝国兵の手を掴んで立ち上がらせた。


「奴らの人数と禿た男がどこにいるか分かるか?」


 涙を拭う帝国兵が、その動きを少し止めて彼らが言っていた言葉を思い出そうした。


「……奴らは確か三二名と言っていた。何かの足止め用に別動隊が四〇名以上、長靴半島の街に送ったとかも」


 長靴半島は東大陸の南にある半島だ。


 美しい街は金持ちが旅行を楽しんでいる。


 ラナリ達もそこにいた。


「クソ禿の男はどこにいる? 艦橋か? 工場区画か?」


 アルバの問いに帝国兵は首を振る。


「考えられるのはそこだが解らない。折角助けてもらったのに力になれなくてすまない」


「いや、いい。十分だ」


 アルバは帝国兵を助けが来るまで武器庫の中に隠れているように指示をすると、艦橋へ向かった。


 艦橋はわたしの城だと常日頃ナカジマが言っていたのを思い出したアルバは、艦橋が重要な部屋だと思い至ったのである。


 アルバにとってナカジマの評価はお世辞にも高いものでは無かったが、この集まりのリーダーであることに変わりない。


 二六歳にもなって夫がいないナカジマは、十四、十五歳には大多数が嫁に行くホプリス族にとって行き遅れの中の行き遅れと言えた。


 あくまでも彼らホプリス族にとっては、と注釈がつくがアルバは常にナカジマのことをあの年で結婚できないのは性格が悪いのだと勝手に思っていた。


「ここが艦橋だな。俺が入るのは二度目だが……」


 艦橋に人影が八名ほど見える。


 一団の中央にはモヒカン頭のボル族の男がいた。


 彼が艦橋を制圧している一団のリーダー的存在なのだろう。


 残念ながら頭を剃りあげた男の姿は無かった。


 アルバは艦橋へ続く両開きのブラストドアを開ける。


 その音にすぐさまモヒカン頭のボル族の男が反応し、アルバの横の壁を円形にへこませた。


「おい、出て来い! お前ら隠れている糞を見つけて来い! ……さっさと行け!」


 モヒカンに命令された四名が、アルバが隠れる場所へゆっくりと近づいていく。


 開けっ放しになっているブラストドアを先頭の者が越えたところで、アルバは牛刀で斬りかかり刺し殺す。


 直後にアルバは、背中の寒気を感じて床に飛び伏せた。


 残りの三名が急所に風穴を開けて倒れた。哀れな三名は仲間の攻撃で散った。


 風穴を開けたのはモヒカンだ。モヒカンは籠手を装着している右手をアルバに向けていた。


「……はっ! 武装親衛隊かと思ったぜ! でもよ、来たのはただのコックだ!」


 モヒカンと艦橋にいる三名の男が堰を切ったように笑った。


 食堂で笑われた仕返しと言わんばかりの笑い声だった。


 アルバは左腕を隠しながら、ゆっくりと立ち上がる。


「そうだな。俺はこの船のコックだ。……だがなお前ら、俺の城で暴れたケジメは付けてもらうぞ」


「コック風情が偉そうに……!」


 モヒカンが三名の男に「殺れ」と指図する。


 一人は籠手を嵌めた腕を掲げ、一人は帝国兵から奪った自動小銃を構えて、最後の一人はナイフを構えていた。


 三名の男はアルバに突撃する。


 アルバはそれを隠していた左腕を構えて中腰になると、力の発動と同時に三名の男へ突っ込み斬り抜けた。ゆっくりと倒れる男達をモヒカンが呆気に取られ、動きが止まった。


 その一瞬をブチ切れたアルバが逃すはずもない。


「……お、お前! えげぇっ!」


 一歩で間合いを詰めたアルバは、モヒカンの右腕を肘極めにした。


 そのまま腕の骨を折られたモヒカンが悲鳴を上げる。


 アルバは鬼気を帯びた表情で、モヒカンに禿た男の居場所を訊ねた。


「禿たあの男はどこにいる? 工場区画か?」


「し、知らねえよ! 工場区画かも知れないし、エンジンルームかも知れねえ!」


 アルバはモヒカンの男の後頭部を殴る。


「工場区画か? エンジンルームってのが俺には良くわからんから後回しにするとして、工場区画に行ってみるか」


 アルバは歩きながらトオルのことを考えた。


 トオルがアルバに教えた近接格闘の数々もそうだが、シャワーの時に見たトオルの肉体は鍛えられた兵士のようでもあった。


 アルバは、男は筋肉こそ男らしさの象徴であると信じて疑わない。


 アルバの全力の力で頭を殴られ、死ななかったトオルに対してアルバの評価は高かった。


「……嫁に出すとしたら……い、いや駄目だ。せ、せめて後一年は嫁に出したくない……!」


 貴族の娘だった美しい亡き妻の面影を存分に感じられる娘をアルバは溺愛している。

 溺愛しすぎて度々、衝突はしたが愛するが故であった。


 そんな愛しすぎる娘を凌辱し殺害する宣言をした糞禿のボル族の男に対して、アルバは悪鬼羅刹のように怒り狂ったのであった。


 しかも、鍛え上げられた肉体と会得した近接格闘術、左腕には魔法のような力が宿る籠手を装着したアルバは鬼に金棒、竜に翼を得たるが如しである。


 工場区画前に到着したアルバは、道中の通路を二名一組で巡回していたボル族のテロリストを七組を軽々と殲滅した。


 工場区画のブラストドアが上下に音を立てて開くが、中にいる二人の男は何やら話に夢中のようでアルバに気づきもしなかった。


 会話に気を取られている一人は、食堂で瞬く間に帝国兵の背後を取り刺殺したロン毛の男で、もう一人は彼の部下だ。


「聖女様は何と言っている? この私にご褒美を頂けるはずだが……」


 ロン毛の男が自分の顎を撫でながら、聖女と通信でやり取りをしている部下に聞いた。ロン毛の男の顔は何かを期待しているようで、緊張もあるのか動きが忙しない。


「カドッシュ様、お喜び下さい。聖女様は何と"夜のぉ情熱的なぁご褒美よぉ"と慈悲深くも仰られています!」


「そ、それは、ほ、本当か!? よ、夜の、夜のだと?!」


 カドッシュが両手を胸の前で組み跪いた。


「ああ聖女様! 感謝します! 感謝します、聖女様……! 必ず、必ず、奴らの血を貴女に捧げることを誓います!」


 跪くカドッシュに、彼の部下が更に聖女の言葉を伝えた。


「聖女様は更に仰られていますぞカドッシュ様。複数人の聖女の体に埋もれても良いと……!」


 カドッシュが歓喜の涙を流しながら額を床につけた。


「……なん……だと……? それでは、私は柔らかい聖女に、幸福感に包まれて押しつぶされるというのか……! あ、ああ、あああありがとうございますぅ!!」


 アルバは滑稽すぎる光景をずっと黙って見ていたが、それが終わると溜まった溜息を吐きながらカドッシュと彼の部下に話しかけた。

 

「そこのロン毛。聞きたいことがある。あの禿た男はどこにいる?」


 床に額を付けているカドッシュが、ギラ付いた蛇眼を時間を掛けてゆっくりとアルバに向ける。


 強烈な刺さるような殺意が籠った目だった。


「……仲間と連絡が付かなくなっていたのは、お前の仕業か?」


「そうだ」


 床に額を付けているカドッシュが、舌で床をべっとりと舐めた後――消えた。


  瞬間移動でアルバの背後に回ったカドッシュが、ナイフをアルバの背中に突き立てようとする。


 だが、彼のナイフはゆっくりと空を切る。


 アルバの力によって速度が緩慢になったカドッシュを、アルバは彼の後ろへ回り込み思いっ切り蹴り、力を解除する。


 すっ飛んだカドッシュにとって最悪なことに、前にあったのはプレス加工機だった。


 柔らかい聖女の女体に押しつぶされることを願い狂ったカドッシュは、呆気なく硬いプレス加工機に押しつぶされて死んだ。


「カ、カドッシュ様!? お、おのれ……ただのコック風情が……!」


 我を忘れて殴りかかるカドッシュの部下を難なく気絶させたアルバは、彼の手足を縛って近くの機械に括りつけた。


「……後はエンジンルームだ」


 エンジンルームへ向かうアルバに、スピーカーから呼びかける声が聞こえた。


 ――よお、コックさん。通路のモニターを見ろ。俺達が拘束した糞ヴァイツ族達が見えるだろ? で、俺がエンジンルームで何をしようとしてると思う?――


 アルバはモニターに映し出された、手足を拘束された帝国兵や湾口労働者を見た。


 ――俺は今からエンジンを暴走させて爆沈しようとしてるのさ。きっと大勢が死ぬ大惨事だ――


 アルバの歩く足が速まった。


 エンジンルームは、巨大な八基の核融合炉が等間隔に配置されている。それが暴走し爆発するとなると甚大な被害を周りに与えて汚染されるかもしれない。確実なのはエイトフラッグ号の機能が完全に停止することだ。


 アルバの頭の中にはそういった可能性を考えていた訳ではなく、ただただ娘に対しての許しがたい暴言で悪鬼羅刹の如く暴走していただけである。


 ――いますぐ沈められたくなければ、取引をしようじゃないか。あんたが俺達から奪ったサイコテックデバイスを捨てるんだ。そして、サシで勝負をしよう――


 アルバがエンジンルームのブラストドアを開けた。


 横開きに開いたブラストドアの向こう側に、頭を剃りあげたボル族の男が待ちくたびれたかのように肩を竦めてアルバに声を掛けた。


「よお、よお。……まさかあんたがここまで強いとは思わなかったぜ。その手品みたいな格闘技は誰に教わったんだ? 独学か?」


「これはトオルに教わったのさ。娘を守れる力が欲しいと言ったら快くな」


 頭を剃りあげた男は、オーバーに感動したような素振りを見せる。


「それは感動的だ。なんなら、俺が監督になってやろうか?」


 頭を剃りあげた男は、自分の右腕に装着されたサイコテックデバイスを取り外し床に捨てる。


「さあ、あんたも捨てなよ。まあ、見たところ弾が切れてるみたいだがな」


 アルバは左腕に装着したサイコテックデバイスを見る。血の入っていたシリンダーが空っぽになっている。


 アルバは、サイコテックデバイスを取り外して床に投げた。


 そして、牛刀を逆手に構える。


 頭を剃りあげた男もナイフを構えた。


 両者とも大きく間合いを詰め、激しく斬り合う。


 上段、中段、下段と目まぐるしく攻防が入れ替わり、頭を剃りあげた男が笑った。


 その男の斬撃がアルバの頬を掠める。


 アルバは軽く避ける体制のままに、左腕で男がナイフを持つ右手を手前に引き倒した。アルバは続けざまに倒れ込む男の首へ膝蹴りを加え喉ぼとけを潰す。


 全てが終わった終わったアルバの元へ通信が入った。


 ナカジマの通信だ。


 ――アルバさん、そこで大人しく待ってて! こっちも出来るだけ早く助けに行けるようにするから!――


「……あー、急がなくていいぞ。後片付けをしなきゃならんからな」


 ボル族のテロリストによって制圧されたエイトフラッグ号は、アルバの獅子奮迅の活躍により取り戻された。


 ボル族の逆襲は始まったばかりに過ぎない。


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