第10話 生首式説得法
トオル達の目の前にはバリケードを組み、その向こう側から槍や弓を構えている異星人達がいた。
バリケードは、荷車や倒した木箱を積み重ねており、それを半円に形成していた。
そして、トオル達を取り囲む異星人達は怒りの形相であった。
特に中央にいる、中年の異星人の男は、子を奪われた獅子のように怒っている。
「この状況、どうしたものか」
状況が好転するようで好転しない状況に、トオルは苦悶とした表情を浮かべるが、その瞳の色はまだ諦めてはいない。
「トオル様、キューにいい考えがあります」
キューには、この状況を打開する策があるようだ。
この危機を打開する考えとは、いったい何なのかトオルは尋ねる。
「キューの案を言ってみてくれ」
「はい。キューの案は――」キューは、おもむろに後ろを向く。
トオルは猛烈に嫌な予感がし、生唾を飲み込む。
「まず、後ろにいるラナリ様を人質にします」
キューは、素知らぬ顔でこの状況を打開する策を述べる。
「いやいや、それはダメだろ!」
「ですが、それが一番この状況を打開するに相応しい行動だと、キューは考えます」
トオルは、二人の後ろにいるラナリに視線を移す。
ラナリは階段に座っていた。
そして事の重大さを理解していないのか、この状況を楽しそうにしている。
「キュー、よく聞け。俺は異星人の彼らと事を構えるつもりはない。なぜなら、俺の最終目的はこの惑星からの脱出であるからだ」
実際にトオルは、彼らとの関係改善の余地はあると思っている。
後ろにいるラナリが関係改善のいい例だ。
「……敵を増やしたくない、という事でしょうか?」
「そうだ。彼らとは仲良くやっていきたい。この惑星についての、情報収集だってしなきゃだろ?」
トオルはこの惑星で生き残るために、情報はできるだけ多く集めたい。
この惑星についてだけではない、彼らの常識を知る必要があった。
国際情勢や国、彼らにとっての善悪など、得る事のできる情報は多い。
それに力で従わせたとして、その遺恨は後々に悪影響を及ぼす事は、歴史が証明している。
急に、トオルの頭部目掛けて矢が飛んできた。
瞬く間にキューがトオルの盾となり、飛んできた矢を掴んで折る。
「この敵対行為を受けてもなお、関係改善の余地があると思っていますか?」
キューは横目でトオルを見ながら、掴んで折った矢を捨てた。
彼女の眼は、相手を殺す指示をくれと言っているようであった。
彼らとの関係改善の余地はない、事ここに至っては皆殺しにするしかないと。
「余地はある……はずだ」
トオルはまだ諦めない。見知らぬ惑星で流血沙汰はなんとしても避けたかった。
異星人の少女であるラナリとは、少なくとも分かりあえたのだから。
トオルは、この状況を打開する作戦を考える。
ラナリに頼んで、俺達は敵意がないという事を伝えてもらうか? だが相手にラナリを、人質に取ったと思われる可能性もある。
それどころか、いたいけな少女を言いくるめ、味方につけた犯罪者にしか思われないかもしれない。
彼らにそう思われたら最後、確実に襲い掛かってくるだろう。
「トオル様、いつでも彼らを無力化する準備はできています。どうかご決断を」
トオルは、キューの首元に表記されている製造番号を見ながら思考する。
なにか比較的穏便に、この場を収められる方法はないだろうか。
流血沙汰もなく、且つ自分が人殺しではないと、アンドロイドは人間ではないと証明する方法が――あった。
けれどもそれは、トオルにとって一種の分の悪い賭けであった。
この行動を取った場合に、考え得る異星人達の行動は二つほどだったからである。
「キュー、ちょっとやってもらいたい事があるんだが、いいか?」
トオルは、真剣な顔でキューに作戦を伝えた。
トオルの作戦を聞いたキューが露骨に嫌な顔をする。
お前は馬鹿かと、言いたげな顔である。
しかし、トオルの作戦の意図は理解したようだ。
「いいのですか? この行動を取った場合、一斉に攻撃されるかもしれませんよ?」
「構わない。やってくれ」トオルは頷く。
トオルは、そしてどうか俺の思惑通りになってくれと心の中で祈った。
――キューは両手をゆっくりと上げ、それから両手で自分の頭を固定した。
キューは、両手で固定した頭をボディから外す。
そしてそのまま、彼らの言葉で語りかけた。
「キューは人間ではありません。さらに我々には、あなた方と戦う意思もありません」
それを見た異星人達が皆、青ざめた顔を張り付けたまま固まる。
彼らの目に、キューはどのように映ったであろうか、おそらくはこの世の事とは思えない、理解の範疇を超えていただろう。恐怖の感情が異星人達の間に蔓延し始めたのが、誰の目にも見て取れる。
そして、トオル達を包囲していた内の、一人の異星人の男が「うわあぁ!! な、なな生首が喋ったああ!!!」と情けない悲鳴を上げながら逃げ出すのを皮切りに、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
これはトオルの思惑通りであった。
かといって、全ての者が逃げたわけではない。
包囲の中心にいた、リーダー格らしき中年の異星人の男だけは、その場に留まっていた。
「娘を返せ! この野郎!」中年の異星人の男が、勇気を振り絞り叫んだ。
その手に持っている弓には矢がつがえてある。
この中年の異星人の男が、ラナリの父親であるならば話は早い。
トオルは階段に座っているラナリに、父親を説得するよう頼む。
トオルの頼みを聞いたラナリは、紫水晶のような目を一層輝かせ、静かに頷いた。
ラナリはトオル達の前に出る。
「父さん、落ち着いて私の話を聞いてくれる?」
「ラナリ! そこの化け物から今すぐ離れなさい!」
ラナリの父親は、娘を護ろうと必死だ。
化け物呼ばわりのキューが、何とも不憫である。
「父さん、キューは化け物じゃなくて、ただの喋る人形だよ。どんな仕組みになっているのか、私には解らないけど、少なくとも人間じゃないのは判るでしょ?」
「……そこの男は」
ラナリの父親はトオルを見る。そいつは犯罪を犯したとでも言いたそうだ。
「……父さん落ち着いてよく聞いて。キューは人間じゃない、そもそも二人は仲間。だからトオルは犯罪を犯してもいない。さっきキューが言った、戦う意思はないというのも、信じていいと思う。もし戦う意志があるのなら、私は、彼らに拘束されて人質になっていると思うし」
ラナリは、だから――と続ける。
「双方の勘違いで起きた衝突は、これでお終い。父さんも早く弓を降ろして」
ラナリの言葉を聞いた父親は、息を吐きながら弓を降ろした。
それは、双方の勘違いで起きた”少女殺し事件”の終結を意味していた。
「ラナリ、キューありがとう。これでなんとか和解できそうだ」
トオルは、キューの生首をあるべき場所へと戻す。
「キューの首を持ち上げている状態で矢を放たれていたら、トオル様は死んでいました」
キューの眼が赤から緑に戻る。
「まあ、なんとか生き残ったし、いいだろうさ」終わり良ければ全て良しだ。
「トオル、今回のは貸しにしておくから」
ラナリが笑いながら今回の事を貸しにした。その顔はとても楽しそうだ。
トオルはラナリの父親の前に出て、和解成立の握手を求めた。
「これで双方に遺恨はなし、という事で」
なかなかトオルの手を握ろうとしない、ラナリの父親の手を取り強く握りしめる。
「……ああ、そうだな」ラナリの父親は困り顔で頭を掻く。
「それとですね、ラナリのお父さんにお願いがあるんですよ」
トオルは首に手を当てながら、ラナリの父親に交渉を持ち掛ける。
「異邦人からのお願いか。……分かった、話を聞こう」
「まずは、あなた方が没収した装備の所在と、出来ればこの街に拠点を築く許可を頂ければと」
この街に拠点が出来れば、惑星の探索が捗るだろう。
脱出艇付近に、拠点を構える選択肢もあるだろうが、あの原生生物が闊歩する草原で、野宿をするのは危険すぎた。
「装備については了解した。これまでのこちらの非礼も詫びる。だが、この街に拠点とやらを築くのは難しいんじゃないか」
拠点は無理となると彼らは基本、排他的なのだろうか? それともキューのあれが衝撃的すぎてトラウマにでもなったのだろうか。トオルは、どうやって言いくるめるかと考えていると、ラナリが二人の間に割って入ってきた。
「それなら暫らくの間、私の家に泊まる?」
ラナリの父親が、娘の言葉に思いっ切り目を剥いた。
しかも、顔が引きつって皺を作っている。
「ラナリ、何を言っているんだ」
「父さんは勘違いで、トオル達をひどい目に合わせたんだから、今度は助けてあげないと人としてダメだよ」
ラナリは父親に向かって微笑む。
ラナリの父親が、天を仰いで溜息をついた。
どうやら、娘を説き伏せるのを早くも諦めたようだった。
ラナリという少女は、一度決めたら梃子でも動かない頑固な娘なのだろう。
「そこの異邦人、名前はトオルだったか。俺の娘に手を出してみろ、その首ねじり切るからな」
ラナリの父親は、トオルに釘を刺すと家のある街の南門へと案内する。
トオルには、夕焼けに反射したロネの街が眩しく見えた。同時に今までの疲れもやってくる。
……一連の騒動は本当に心身に堪えたな。
こうして異星人の洗礼を受けたトオル達は暫らくの間、ラナリの家に居候をする事になるのであった。




