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おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
99/136

28



 いきなり消えた向こうからの力に、咲良たちはたたらを踏んだ。

 押し返していた力のまま、カーゴを野菜売り場側に押し込みそうになる。

 

「ネイト、予告ぐらいしろ」

「ごめんね」


 どう重心が動くか分かっていたらしい桐野のおかげで転倒する事はなかったが、危なかった。

 苦情を言う桐野を適当にあしらい、ルイスは遼たちの所へ戻っていく。

 咲良も後を追おうか迷ったが、浩史に腕を引かれた。


「神経が昂っているだろうから、一人にしてあげた方が良い」


 視線で促されてそちらを見れば、ルイスに同じように言われたのか、典子が未練ありげに遼を振り返りながらこちらへ歩いてきていた。


「咲ちゃん。浩おじさん」 

「典子ちゃんが心配なのは分かるけど、遼くんには一人で落ち着く時間が必要だ」

「………」

「いくら覚悟を決めてても、どんなに想像していても、実際に手を下した時の感覚は別物だ。体感したものを理解して受け止めるのは、結局自分自身でしかない」


 少し沈んではいるが落ち着いた顔で言う浩史も数日前には同じ体験をしている。

 実感の籠る言葉は、咲良にもほんの少しだけだが、分かる気がした。

 あの薬局での出来事まで、咲良は人に本気で暴力を振るった事は無かった。

 初めて本気で人を打った手はまだ少し痛いし、あの時の取り返しがつかない事をしてしまったという恐怖は、今でもすぐに思い出せる。頭の中では、仕方が無かった、必要だったんだ、と理解してはいても、身の内がざわつく感覚はどうしようもない。

 典子も自分の体験を思いかえしたのか、神妙な顔で小さく頷いた。


「……遼くんは強い子だ。落ち着いたらちゃんと戻ってきてくれる」


 発煙筒の明かりが届くギリギリに背を向けてしゃがみ込んでいる遼と、一歩離れた所で遼を見ているルイスに視線をやり、浩史は咲良と典子の肩を軽く叩いた。


「遼くんがしばらく休めるよう、カーゴでバリケードを作ろう。手伝って―小町?」


 カーゴへと歩き出した浩史だったが、足を止めて小町を見下ろす。

 つられて咲良と典子も見れば、小町は咲良に言われた場所で警戒するように毛を逆立て、地面に座り込んで俯く安西を見ていた。

 発煙筒の明かりの隅に座っている安西の顔は見えない。ただぎゅっと包帯を巻いた腕をもう片方の腕で押さえている。

 カーゴがぶつかった腕が痛いのだろうか?それとも、とうとう死者、あの起き上がる死者になってしまったのか?

 安西以外の全員が不安を覚え、場に緊張が満ちる。


 浩史は典子と咲良に下がるよう身振りでジェスチャーし、小声で小町を呼び寄せ、桐野とルイスは銃を構える。遼も青白い顔ながら立ち上がり、じりじりと咲良たちの方へとやってくる。

 小町と遼が咲良たちに合流すると、浩史とルイスと桐野が目くばせをしあい、浩史が声をかけた。


「……安西さん?腕、痛みますか?」


 呼びかけに安西の頭がふら、と動く。

 

「安西さん?聞こえてますか?」


 浩史の声にもう一度安西の頭が揺れ、ゆっくりと顔が上がった。


「安西さん?」

「は、い?」

 

 鈍いながらも返された声に、ふ、と咲良と典子を庇う様に立っていた遼の肩から力が抜ける。

 咲良もほっとした。安西は頼りないながらもきちんと返事をしてくれた。あの死者たちとは違う。


「安西さん、腕痛みますか?」

「え、と、少し……痛いというか、かゆい、です」

「かゆい?ですか」

「はぁ」


 曖昧に返す安西の言葉はどこかふわふわしている。熱があるせいだろうか。

 どこかぼんやりとした表情を伺っていると、安西の背後に桐野が近づくのが見えた。

 その姿に咲良はぎょっとした。桐野の手には依然として銃が構えられている。見れば浩史もルイスも、まだ警戒は解いていないようだった。

 緊張した面持ちで浩史が安西に近寄る。


「安西さん、腕を見せて貰っても良いですか?」

「あ、はい」

「じゃあ僕は熱を測らせてもらいますね」


 ぼんやりと頷いた安西にルイスが近寄り、額に手を当てた。もう片方の手は安西の後頭部におかれ、まるで頭が動かないように固定しているようだ。

 実際そういうつもりなのだろう、と咲良は彼らのやり取りを見て思った。

 三人は安西が死者に近づいていると感じているからこそ、慎重に包帯を解いている浩史も、頭をおさえているルイスも、安西の死角でいつでも撃てるような体勢で銃を構えている桐野も、いつ安西に異変があっても大丈夫なように備えている。

 

「これは………」

 

 包帯を解いた浩史が思わず、と言ったように言葉を漏らす。

 それに遼が反応し、浩史の後ろから覗き込む。

 つられて咲良と典子も立っている位置を変えて見ると、安西の無残な腕が見えた。

 抉られた前腕の傷がはっきり見える。ぶよぶよとしたものと赤黒い肉の様なものに、痛ましさを覚えて咲良は顔を逸らし、違和感に気づく。

 普通、あれだけの怪我をしたらもっと出血をしているはずだ。

 だが、浩史が持っていたガーゼにも包帯にも、予想より血がついていなかった。傷口にもだ。

 なんで、と咲良が誰にともなく疑問を口にする前に、浩史が口を開いた。


「……治りはじめてる。肉が盛り上がってるし、出血も少ない」

「え、だって、怪我したのって、そんな、前じゃ、」


 狼狽える遼の言う通り、怪我をしてからの数時間にしては治るのが早すぎる。


「かゆいのはそのせいかな。治りかけの傷ってかゆくなるし」


 何でもない事の様に告げるルイスに、当の安西は分かっているのかいないのか、はぁ、と曖昧な返事をするばかりだ。ルイスと浩史が目配せをしあい、また慎重に包帯を巻いていくのにも、ぼんやりとしたままだった。


「安西さん、ちょっと休みましょう。座っていてください」

「はぁ」


 言われるがままに壁際に寄りかかる安西を置き、浩史たちが戻ってくる。


「どうしようか?」

「どうするって……浩おじさん噛まれた時はどうでした?ああいう感じだった?」

「俺も発熱はしたな。風邪で高熱が出て魘されるみたいな感じだ。怪我の方は……言われて見れば治りが早かった気がする」


 浩史の腕に視線が集まる。

 上野家で見せられた浩史の腕には、かなりくっきりと歯の形の傷口があった。だが安西と違い縦に入って真っ直ぐ抜かれたらしい傷では出血が少なくてもおかしくはないから、浩史本人ですら違和感を覚えなかったのだろう。


「もしかしたら、このウィルスがそういう性質を持っているのかもしれない。宿主を死なせないために回復を速める様な」

「……ガブガブ噛まれてダラダラ出血してんのにゾンビになって起き上がるってどうなってんだ、て思ってたけど、そう言う事か……傷塞がるのが早いってか」


 あー、と遼が頭を掻き、スマホを取り出す。


「孝志にこの情報送るわ。もしかしたらネット上でも、うん?」

「お兄ちゃん?」

「孝志から着歴とメール来てる。五分前だ」


 ちょい待ち、と画面をタップした遼だったが、次第に表情が険しくなっていく。


「遼くん?」

「浩おじさん、マズい」


 血の気が失せて顔面を蒼白にしながら、遼がスマホを差し出した。


「松高先生が起き上がった」



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