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おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
98/136

27



 沈黙がおりる。

 心臓を狙っても駄目なら、もう頭を狙うしかないのか。それとも頭でも、もう駄目なのか。それとも、それとも―

 みんな疑問はあるのだろうが、正しい答えを知っている人間はいないのも分かっている。それぞれが無言で思いを巡らせる中、ルイスがため息をついた。


「もしかしたら、あの子が防弾チョッキみたいのを着てるのかもしれないし、狙いが逸れた可能性もあるよ」

「あの身体の薄さで防弾チョッキを着てたら分かるだろう。それは無い」


 すぐに桐野が否定する。


「狙いがそれていたとしても、身体のほぼ真ん中だ。それに……さっき血が出ていると言ったが、それにしては出血が少ない気はした」

「それってどういう―」


 二人のやり取りに遼が口を開いて立ち上がった直後、ルイスが何かを叫び、カーゴに手を伸ばした。 

 バン!という音がして、スイングドアがこちら側に開こうとしてカーゴにぶつかる。


「うわっ」

「痛っ」


 勢いよくドアが当たったカーゴが倒れ掛かり、前にいた遼と安西に直撃した。

 そのまま二人にのしかかりそうだったカーゴは、ルイスが手を伸ばして支えた事で、なんとか持ち直す。

 だが、スイングドアの向こうの相手はこちらに向かってドアを開けようとするのをやめなかった。ルイスが押しとどめたカーゴは、またドアの直撃を受けて揺らぐ。

 桐野と浩史が駆け寄りカーゴを支えるが、何度も何度もドアがぶつかっては、カーゴが激しく音をたてて揺れる。三人でも押しとどめるのは難しいのだ。

 咲良は小町のリードを手首から外し、待て、と指示をしてカーゴに駆け寄った。桐野の脇から手を伸ばし、カーゴを押さえるのに加勢する。


「ちょ、マジで勘弁……!」


 ルイスに押しのけられた遼が頭を押さえながら立ち上がり、手伝おうと近寄ってくるが、カーゴには手を伸ばすスペースが無い。


「先生、俺、どこ手伝ったら良い?」

「僕のベルトから銃とって!」

「え?!」

「銃!大丈夫!安全装置かかってるから!」


 狼狽える遼に「早く!」とルイスが声をかける。その間にも、じりじりとドアはこちら側に押され続け、スイングドアが少しづつ開いていく。

 指一本分から、二本、三本。徐々に広くなる隙間から、女の子の顔がのぞいた。

 顔全体に血がべっとりつき、表情は無いのに目だけがぎょろぎょろと動いている。

 その顔が、二つ。

 あちら側には死者が二人いるのだ。

 驚いたのは咲良だけではなかったのだろう。カーゴを支える力が一瞬抜け掛け、隙間が一気に手の平分くらいまで開いてしまった。


「遼くん!」

「わ、分かった!」

 

 叫んで遼が動く。ルイスのベルトから銃を引き抜いたのだろう、「重っ」と後ろから遼の驚いたような声が聞こえた。


「先生、とったけど!」

「構えて!」

「へっ?」

「僕の肩、じゃ高いな。カーゴの棚、二段目に腕突っ込んで!」

「え?え?」

「早く!」


 急かされて遼はわけが分からないまま、言われた通りに腕を二段目にいれた。


「腕は真っ直ぐ伸ばして」

「せ、先生、これ、伸ばすと、手が届きそうなんだけど……」


 遼の言う通り、カーゴの奥行きは遼の腕の長さとそう変わらない。ルイスの言う通りにすると、ドアを押し開けて覗いてる少女に先が届きそうだった。


「それで良いんだよ」

「え」

「噛みつかれない程度までくっつけて。じゃないと当たらないでしょ」


 当てる、という言葉に遼はルイスを振り仰いだ。

 まさかという表情で見上げた遼に、ルイスは至極当然の表情で告げた。


「君が撃つんだ」

「で、でもっ」

「シューティングゲームくらいした事あるでしょ?大丈夫」


 はは、と軽く笑ったルイスに、それまで黙ってカーゴを抑えていた浩史が声を荒げた。


「遼くんはまだ子供だぞ!」

「知ってますよ」

「殺すのなら俺がやる!」

「あなたが抜けたら持たない。押し負ける。分かってるでしょう?」

「遼くんに代わって貰えたら、」

「中原さん」


 激しく揺さぶるカーゴを抑える力と裏腹に、ルイスが静かに告げる。


「今やらなくても、いつかは彼も手を汚す」

「っそれは、」

「こんな状態で、いつ事態が好転するかなんて誰にも分からない。やられる前にやらないといけない。違いますか?」

「………」

「遼くん。相手は二人だ。入り込まれたら一人仕留めてる間に、もう一人にやられるよ」


 ルイスはそう言って安西を助け起こした体勢で震えている典子を見た。

 まるで真っ先に犠牲になるのが典子だと言いたげな視線だった。

 遼もルイスの視線を追い、言わんとしてる事を理解したのだろう。肩を震わせる。

 確かにこの状況であの少女たちが一番に狙うのは、カーゴを挟んだ咲良たちでは無く、ドアのすぐ横に無防備に座り込んでいる典子と安西だろう。ドアと彼女たちの間を遮るものは無い。


「時間も無いよ。ここで五分も十分も無駄にする余裕は無い」

「……分かった」


 覚悟を決めたのか、震える声で返し、銃を構える。

 

「安全装置を外して。そう。上手」


 ドアとカーゴが擦れ合う耳障りな音に、カタカタと遼が腕を置いた棚が震える音が混じる。ハ、ハ、という遼の震える息遣いも。


「深呼吸して。大丈夫。出来るから」

「は、い」

「目はつぶらない。大丈夫、相手の額に銃口を押し付けたら外れないから」

「はい」

「準備が出来たら教えて。反動があると思うから。カウントよろしく」

「………いきます。さん、に、いち」


 ゼロ、と同時にガアン!と激しく金属のぶつかる音がしてカーゴがひと際強く揺れ、咲良たちの腕にも振動が来た。

 咲良は一瞬カーゴから腕が離れ掛けて慌てたが、あちらからの力が弱まったから、カーゴが押し倒される事は無かった。


「お兄ちゃん!」


 当たったのか、とドアの向こうへ視線を投げかけ、典子の言葉に遼を振り返る。

 遼はいたはずの場所には居なかった。

 カーゴから一歩離れた所で、万歳をして尻もちをつき、呆然としている。そばには金属製の棚が一つ転がっていた。

 どこから棚が、とカーゴを振り返れば、一番上にあった棚が無くなっている。ルイスの言っていた反動で腕が上がって棚にぶつかり、外れたのだろう。さっきの金属音は遼が腕をぶつけた音か。


「お兄ちゃん?」


 駆け寄った典子が遼の腕に触ると、呆然とドアの方を見ていた遼が飛びあがった。


「の、典子。触るな。危ないぞ、俺、銃持ってる」

「お兄ちゃん、」

「手が、手から、離れない。さ、下がんねぇし、危ないから、だから、だから、」


 ハ、ハ、ハ、と遼の息が乱れていく。

 不味いな、とルイスが呟き、咲良を振り返った。


「中原さん、だと分かりづらいね。咲良ちゃん?ちょっと僕の代わりに頑張ってて」

「え?」

「向こうも一人減ったから大丈夫。お願いね」

「あ、はい?」


 つい頷くと微笑まれ、パッとカーゴから手を離されてしまった。

 途端に一人減った分だけかかってくる力に、咲良は慌ててカーゴを支え直す。桐野が悪態をついたが、ルイスは振り返らずに遼に駆け寄っていった。


「遼くん、落ち着いて。深呼吸。吸って、吐いて」


 ルイスが遼を宥める声を背中越しに聞きながら、咲良はカーゴの向こうを見た。

 さっきまでいた女の子が一人減っている。

 彼女の頭越しに見えるドアの向こうには、女の子が倒れている姿があった。遼が撃った子だろう。ピクリともしない。

 あの子は起き上がった死者だった。ルイスが言ったように、あるべき姿に戻っただけ。そう頭で理解してはいても、心は重い。

 まして撃ったのは遼だ。ここに来るまで咲良は身近な人が死者を死者に戻す姿を、ちゃんとは見ていなかった。浩史が戻った時に新條の母を倒したが、その瞬間を咲良は覚えていない。恐怖に目を瞑ってしまったからだ。だから実感が薄かったのだろう。

 胸の中に満ちる重いものに、気が塞いだ。

 だが見ていただけの咲良より、遼の方がショックだろう。あんなに銃を持つのを拒否していたのだ。

 背後から聞こえるルイスの常よりも優しく宥める様な声に、遼のショックが伝わってくる。


「吐いて、吸って、そう、吐いて」

「お兄ちゃん」

「上手上手。そう、ゆっくりね。典子ちゃん、そのまま背中摩ってあげてて」

「え?先生ぇ?」

「遼くん、銃ちょうだい。大丈夫、ゆっくり離してごらん」

 

 小さな子供をあやす様にルイスが言い、しばらくして戻ってきた。

 手には遼が使った銃を持っている。


「遅くなってごめんね」


 彼は笑顔でそれを軽々と持つと、カーゴに腕を突っ込む。

 ひたり、と残った女の子の顔にそれを押し当てると、躊躇い無く、引き金を引いた。



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