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おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
96/136

25



 浩史がハンドルを切る。


「今何時だ?」

「十二時十分、くらい」

「了解。あっちから連絡は?」

「まだ無いよ」


 咲良はスマホの液晶に目を落として、遼たちの車に移った典子からの連絡が無いか確認するが、あちらも所定の場所につくのに手間取っているのか、反応は無い。

 

「安西さん、これはどっちの道を?」

「左です。わっ」

「ちっ」


 突然その左の道から死者が走り出てきて、浩史が舌打ちしながら車を回避させる。


「撃つぞ」


 後を追ってくる死者に、桐野が窓を開けて銃を構えた。

 走る死者に関しては、見つけ次第仕留める手筈だ。

 歩くタイプやパワータイプは最悪こちらが走れば逃げ切れる可能性があるが、走る方は追い付かれる可能性が高い。個体差はあるのだろうが、異常に足が速いのだ。

 ルイスが言うには、普通の人間なら足が駄目になるからと無意識にする制御をしないんじゃないか、という話だった。確かに普通の死者たちも痛みを感じていない様子で動いているのを見るから、痛覚や恐怖心が壊れているのかもしれない。

 

 パン、と乾いた音がして、死者がドッと倒れた。

 窓から身を乗り出していた桐野が座席に座り直す。

 

「また進路変更だな。安西さん、この道分かりますか?」


 予想以上に掛かっている時間に、浩史がため息をつきながら安西に尋ねれば、安西の方も疲れた様に「そこの角をお願いします」と答えた。

 咲良たちが目指しているのは、スーパーのそばにある新興住宅街の公園だ。遼たちの向かっている薬局とはスーパーを挟んで反対側にある。


 作戦はシンプルで、薬局と公園、両方に音の出る仕掛けをして、その音でスーパーの中の死者をおびき出す、というものだった。

 死者たちが出て行ったらスーパーに入り、卓己たちを救出して特養に戻る。

 だがスーパーの爆発音で集まった死者がそこらをうろうろしていて、中々目的地に辿り着けない。仕掛けをするのもあちらと時間を合わせる必要があるので、徐々に焦りと疲労がたまっていた。

 

「あ!そこ、そこ入ってください」

 

 それでも徐々に公園へと近づき、ほっとしたように安西が声を上げる。


「咲良、連絡は?」

「こっちの現在地を今打って―来た!」


 待ちわびていた連絡に咲良が声を上げるのと同時に、視界に目的地の公園が目に入り、急いで返事を返した。

 すぐに『良いタイミング!』と返事が来る。

 思わず咲良が笑うと車内の空気も少しだけ緩んだ。

 

「じゃあ行ってくる」

「ああ。頼んだ」


 のろのろと走っていた車が止まり、後部座席のドアを開けて荷物を持った桐野が、荷物を抱えて飛び出す。

 公園の中は無人だ。だがいつ死者たちが寄ってこないとも限らない。

 咲良は冷や冷やしながら見ていたが、桐野は身軽に公園の柵を乗り越えると、一直線に滑り台へと駆け寄った。

 滑り台の小さな階段の下段に抱えていた袋、美容院のタオルでパンパンに膨れた白いビニール袋を押し込み、段に足をかけられないようにして登れないようにする。

 自分は滑り台の横へと移動し、手摺と台に手をかけて地面を蹴り、懸垂の要領で身体を持ち上げた。そのまま階段の上部に足を引っかけ、てっぺんへとよじ登る。

 転落防止の柵に、首から下げていたトランシーバーと美容室で見つけた小型のオーディオプレーヤーの紐をかけ、厳重に括り付けていく。

 小型のオーディオプレイヤーだが、音量はかなり大きく出来るのは確認済みだ。

 二つを落ちないようにガムテープで補強し、最大音量に設定していたプレイヤーを再生すると、途端に耳をつんざくような音楽が流れ始めた。

 

 桐野は逃げることなく今度はトランシーバーをいじる。

 はじめは音楽にかき消されるようなノイズだけだったが、すぐにビー!とけたたましい警告音を流し始めた。

 空気がビリビリする二つの音に背を押されるように、桐野は滑り台を駆け下りる。

 視界の隅に音にひかれた死者たちが姿を見せ始めたが、捕まることなく車へと駆け戻ってきた。


「おかえり」


 ほっとして隣りの席に戻ってきた桐野に声をかけると、一瞬戸惑った顔をした後「……ただいま」と呟くように返された。


「出すぞ」


 ベルトを、言われて先に戻っていた安西も慌ててシートベルトをする。

 角から現れた死者を避けながら車を走らせ、浩史がほっとしたように息をついた。


「トランシーバーの電波の届く範囲で良かった」

「あとはプレイヤーの電池がどれだけ持つかだな」


 滑り台に設置したトランシーバーは、遼たちの持っているトランシーバーとの回線を開きっぱなしにていて、あちらの音声をこちらに流してくれる設定になっている。

 同じようにこちらの音声も、あちらに流れる仕様だ。


 初めはスーパーの人たちのように爆発物を使って死者を他所におびき寄せる、という案が出たのだが、爆発物の作り方を調べる時間も無ければ材料も無い。

 なら路駐している車に石でも投げれば良い、と言い出したのは遼だった。

 衝撃を受けた車は、盗難防止用にけたたましくブザーが鳴るものが多い。その音を利用して死者たちを他所へ集めよう、と。

 だが盗難防止のブザーは設定によっては短時間で消えてしまうものもある。

 そこで大事を取って、スーパーを挟んだ反対側で別の音―桐野がつけたオーディオプレーヤーを鳴らし、互いのそばに回線を開きっぱなしにしたトランシーバーを置いて相互に音を出し合う、という案に決まった。


「電池はまだ結構ありそうだったけど……」

「あと一時間くらい持ってくれれば良いんだ。大丈夫だろう」


 死者たちを注意深く避けながら浩史が言うと、桐野が「あと五十分」とカーナビの時計を見て呟く。

 卓己たちのタイムリミットまでの時間だ。まだ五十分ある、とは到底言えない。ここに来るまでにすでに三十分以上かかっているのだ。

 時間があまる位で救助出来た方が良い。


「なるべく急ごう。周囲の警戒は頼んだ」

 

 ハンドルを切り、浩史が死者を避ける。

 安西が指さす方に右へ左へ、と迂回して五分ほどであらかじめ決めてあった地点へと車を運転する。スーパーの出入り口が見える路地だ。

 ついてきている死者がいないのを確認してスピードを落とし、静かに路地に車を止めると、スーパーを挟んで反対側に遼の運転する軽自動車が止まるのが見えた。

 あちらもうまく死者を振り切ってきたのだろう。目に見える範囲にいる死者は、スーパーから出て行くものばかりだ。

 死者たちは、それぞれ近いと感じただろう音の方へと、ふらふらと歩いて行く。車の方は見向きもしない。

 

 じっと待ち続けて五分は経っただろうか。

 徐々に出てくる死者の数が減り、数十秒誰も出てこないのを確認すると、二台の車はエンジンをかけて、静かにスーパーの前に移動した。

 入り口そばには、郷田たちが運転していた特養の車が二台止まっている。それを左右から挟む様に駐車すると、一番にルイスが車から降りた。

 続いて咲良たちも車を降りる。

 咲良は事前に言われていた通り、小町を連れて典子の所へ小走りに駆け寄った。


「咲ちゃぁん。大丈夫だったぁ?」

「うん。そっちは?」

「お兄ちゃんがいっぱい石投げるから大変だったぁ」


 眉を下げて笑う典子に、ああ、と頷く。


「なんか二台くらい鳴ってたのはそれ?」

「そぉそぉ。沢山鳴らせば、一個くらいバッテリー上がるまで鳴るのがあるんじゃないかって、近くに路駐してたのにも当ててさぁ」


 もう、と典子は怒って見せるが、元気そうで咲良はほっとした。


「典子、余計な事言ってないで行くぞ」


 しっかり二人の会話を聞いていた遼に小突かれ、典子と咲良は気を引き締める。

 いくらおびき出したとは言っても、中に残っている死者がいるかもしれないし、出て行った死者たちが戻ってこないとも限らない。

 

「浩おじさん、準備良い?」

「ああ。っと安西さん大丈夫ですか?」


 助手席から降りた安西がふらついたのに手を貸し、顔を覗き込む。

 咲良たちに緊張が走るが、当の安西は顔色は悪いものの、少し困った様な笑顔で頭をかいた。


「多分、貧血なんだと思います。ちょっとくらっとしたんで。でも痛み止めのおかげか、腕の方の痛みは大分良いですよ」


 無事だった方の腕で包帯を巻いた腕を撫でる様子からは、確かに苦痛は感じられない。怪我で発熱しているせいで感覚が鈍っているのかもしれないが、足取りはそれほどひどくなかった。噛まれた直後よりは断然しっかりしている。

 はは、と苦笑する安西にそっと胸を撫で下ろし、咲良は足元の小町を見た。


 小町は安西に対して、やはり他の噛まれた人と同じように警戒している。ただ、安西が元から犬が得意ではないらしく寄ってこないから、激しく吠える事も無い。

 安西がまだ発症していないからこうなのか、それとも発症しない保菌者タイプだからそれほど激しい反応はしていないのか。小町の反応で見分けがついたら良かったのだが、そこまで判別するのは難しいのだろう。

 拭えない不安を抱きながら、咲良は典子と一緒に、促されるままルイスと浩史と安西、桐野と遼の間に挟まれた。

 前方は大人二人が警戒し、ここに何度も来た事がある安西が案内を。後ろは桐野と遼が、咲良と典子はそれぞれ左右を警戒する事になっていた。


「行くよ」


 手に銃を構えたルイスに声をかけられ、一行はスーパーの中へと足を踏み入れた。



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