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おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
93/136

22

 

 

 意識を失っている安西に、マスクを三枚重ねて厚みをつけたものを装着する。

 耳が痛そうだが仕方ない。だが、これだけ重ねても、ゾンビ化して人を噛もうとしたら、そう長くは持ちこたえられないだろう。

 それでもマスクをしてシートベルトをしていれば、ゾンビになっても多少は時間が稼げるはずだ。

 それより問題は他にある。出血が多いのだ。

 傷口に巻いた浩史の上着には、もう大分血が染みてきてしまっている。これではゾンビになるより、失血死する方が早いかもしれない。早急にどこかで手当てをし直す必要がある。

 だが、先程の爆発音のせいでだろう、どこを走っていても死者がいる。ちょっとそのあたりに車を止めて処置のし直しを、が出来ないのだ。

 エンジンを止めてしまえば死者たちの関心をひかなくなるかもしれないが、今こちらを追ってきている死者たちはこぞって群がってくる可能性もある。

 出来るだけこちらを追う死者を振り払ってからどこか安全な建物の中に逃げこみ、追ってきている死者の関心が逸れたら、車に戻って特養へと帰る。

 そう話し合い、咲良たちは建物へと目を走らせていた。

 

「あそこのカフェは?」

「駄目だ。ドアが閉まってる」


 即座に桐野が却下する。

 曰く、車を止めていざ店に入ろうしても、鍵が掛かっていて時間がかかればかかるだけ、死者に囲まれる可能性が高くなる。

 ましてや中に死者や薬局の男たちみたいなのが籠城していないとも限らない。中の安全を確保するためにかかる時間も考慮にいれたら、候補はおのずと絞られた。


「中の様子が外から見えて、ドアが開いてるところ、が最低条件だ」

「でも中が見えたら、外からあの人たちに見つかっちゃわないぃ?」

「明かりをつけたり派手な音をたてなれば大丈夫だと思うが……」


 思案しながら答える桐野に、運転席の浩史が口を開く。


「初期の死者ならともかく、問題は新しいタイプの死者じゃないか?走るし、パワータイプだったか、あのタイプに勘づかれてガラスに激突でもされたら事だ。強化ガラスならともかく、普通のガラスだと割られるぞ」

「だがガラス張りでも無いと外の様子が分からない。入ったは良いが、逃げるタイミングを計れなくなる」

「なら……あそこはどうだ?」


 浩史が指したのは随分先にある二階建ての建物だった。

 一階部分は酒屋で二階は美容院らしい。美容院の前面は大きなガラス窓で、瀟洒な手摺りのついた外階段の先にあるドアは微かに開いているように見える。


「……良さそうだな。問題は安西を抱えてあの階段を上る事だが……」

「安西さんは俺が運ぶ。お前たちは絶対に血に触るな。それより桐野くん」

「なんだ」

「死者の方を頼む。俺は安西さんで手が埋まってしまうだろうから。咲良と典子ちゃんは小町が吠えないように気をつけて欲しい。あと応急処置用の包帯とかを持って来てくれ」

「でも浩おじさん、他の荷物はぁ?」

「あいつらが無機物を漁ってる様子は無いから、置いて行って大丈夫だと思う。荷物に気を取られて怪我をしたら本末転倒だからな」

「分かった」


 頷いた咲良と典子に頷き返し、浩史は車を美容室のある車線へと変更させた。


「スピードが命だな。行くぞ」




 車を降りる、走る、階段を上る。

 口から心臓が出そうなほどの恐怖を押し殺し、咲良は小町を抱えて美容院の外階段を駆け上った。後ろには応急処置用の荷物を抱きしめた典子が続く。

 先行していた桐野が美容院の中を確認し、足早に戻ってくる。


「一応、無人のようだ。逃げた形跡がある」


 中へ、と言われて美容院の中に足を踏み入れた。

 桐野が言ったように、中は誰かが慌てて逃げ出したのだろう、タオルやいくつもの袋や箱が床に散乱している。壊れたドライヤーも転がっていた。


「痛っ!」


 ドタン、という音がして振り返ると、安西を抱えた浩史が入り口の段差に蹴躓いたらしい。もろとも床に膝をついていた。

 

「あ、安西さん、意識戻りましたか」

「痛たた……へ?あ、あれ?マスク……?」


 知らない間にかけられていたマスクに安西が首を傾げるが、まさかあなたがゾンビになった時に、とは誰も言えず、誤魔化す様に浩史が安西を助け起こす。


「一時的に美容院に避難しました。マスクは……何かあっても悲鳴が漏れないように、です」


 安西さん意識が無かったので、と浩史が言いつくろう。

 まだ混乱してる安西はよく分からないまま頷き、マスクを外した。その後ろで桐野がドアを閉めて鍵をかけた。

 バリケードにするのか、椅子を運んできてドアノブが回らないよう椅子を設置する。

 浩史は残っている椅子の方へと安西を運んでいき、座らせた。


「痛みはどうですか?」

「まだかなり痛いです……頭も少しぼんやりしてます」

「怪我をしたから発熱してるんでしょう。桐野くん、痛み止めはあるか?」

「ああ。だが水が無い。ここの水は飲めるのか?」


 美容院の洗面台を見て微妙な顔になる。

 確かに頭を使うための水道から飲み水をとるのは躊躇われるだろう。そもそもヘッドがシャワーだ。


「奥を見てくる。そっちは手当てを」


 言って桐野は床に落ちていた袋を取り上げ、浩史に投げた。

 

「ゴム手袋?」


 カラーリングに使う手袋が入った袋だったらしい。

 ああ、と納得したように浩史の視線が安西に向かった。やはり血液からの感染を警戒しているのだろう。いくら浩史がすでに一度噛まれている保菌者だとしても、なるべく人の血、それも死者に噛まれた人間の血には触らない方が良い。

 浩史が袋を開封して安西の前に回り込むと、安西は一瞬呆然としてから、お願いします、と頭を下げた。

 顔面は蒼白だが、介護士だからか、感染への備えの仕方は納得できたのだろう。


「咲良、典子ちゃん、悪いが洗面器か何かないか?」

「洗面器?」

「傷口を洗おうと思って。シャワー台に流すのは、ちょっとな」


 シャワー台からだと下水道に流れてしまうのを躊躇したのだろう。


「ゴミ箱はどうかな?」


 一番に目についた、大きなゴミ箱を持って行く。ついで典子がタオルが詰まったカゴを抱えてきた。


「これ多分綺麗なやつだと思いますぅ」


 ほら、と見せたカゴの横には、済、の文字があった。洗濯済みかクリーニング済みなのだろう。


「ありがとう。助かるよ」

 

 横の開いている椅子に置くように言い、浩史は安西の横にしゃがみ込んだ。

 二人の間には咲良の持ってきたゴミ箱がある。


「痛むと思いますが……」

「大丈夫です」


 安西は泣きそうな顔で笑い、腕を差し出した。

 浩史は血がしみ込んだ自分の上着を、ゴム手袋をした手で慎重に解いて行く。時折安西が身体を震わせるが、声は上げない。

 無言のまま上着が解かれ、安西の傷が空気にさらされた。

 抉れた傷に血がべったりとつき、痛々しい。

 思わず咲良と典子は顔をそむけたが、安西も自分の腕を直視するのは怖かったのだろう。俯いてしまった。

 ぐす、と安西の鼻をすする音に気まずくなったのか典子がもぞもぞと身動ぎ、「あ」と声を上げる。


「典ちゃん?」

「スマホに着信が着てるぅ」


 卓ちゃんだ、と見せてくれた画面には、確かに着信履歴に彼の名前がいくつも残っていた。


「かけ直した方が良―ひゃぁっ」


 迷ったように画面を見ていた典子が奇声を発してスマホを投げ出しかけた。


「び、びっくりしたぁ!お兄ちゃん?」


 もしもし、と何とか落とさないで済んだスマホに慌てて応じる。


『お、繋がった。今平気か?』

「大丈夫、かなぁ。多分」

『多分かよ。まぁいいや。そっちってもしかして美容院にいねぇ?』

「えっなんで知ってるのぉ?」

『前方に見えてるんだわ、特養の車が』

 

 典子が「えぇ?!」と叫んで窓へと走っていく。

 咲良も後に続いて一緒に窓から外を見れば、確かに咲良たちが来た道から、特養の車が一台走ってきていた。乗ってる人間は見えないが、遼たちの車なのだろう。


「どうした?」

「桐野くん、あれ、遼ちゃんたちの車みたい」


 荷物を抱えた桐野が咲良の後ろから窓を覗き込んできたので、あれ、と指をさして教える。

 典子は窓の外に手を振りながら、振り返った。

 

「こっち来るってぇ」



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