表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
89/136

18


『なぁーにが、ここにも男手がいるかも、だ!』


 ケッと悪態をつく遼の声がトランシーバーから聞こえてくる。

 ノイズ交じりなのは車の距離が徐々に離れてきていて通信状況が良くないからか、遼がトランシーバー本体を振り回しでもしているのか。どちらか分からないが、まるで遼の苛立ちを表しているかのようにざらついた音は耳につく。

 

『気を散らして足手纏いになられるよりはマシだろう』


 きっぱりと切って捨てたのは郷田の声だ。

 トランシーバーの設定で複数台で同時に会話出来ると分かり、四台に別れた車それぞれに手持ちのトランシーバーを割り振って試していた。

 遼とルイスの車、咲良たち薬局に行く車、あとの二台はスーパーに行くための車だ。はじめはそれぞれの車で行こうとしたのだが、荷物を積む都合上、バックスペースが空だった特養の車を借りている。

 小さめの軽なので郷田はオーバーする乗員数と耐久性に不安があったようだが、スーパーまでの距離はそう遠くない。それぞれの車から私物を運び出す時間を考えるとやむを得ない、と渋々納得した形だった。 

 

『後藤さんからしたら娘みたいな年でもおかしくないからなぁ、新條さんの娘さん。過保護になるのも仕方ないんじゃないかね』

『ぶっ』


 町内会長の取り成しに、遼が噴き出す。


『後藤さん三十代って言ってましたけど』

『三十代も後半だろ?後藤さんは。新條さんは十代だから、後藤さんが二十歳、だとちょっと無理があるか。十代の時の子になっちまうなぁ』

『いやぁ、親目線、て感じじゃねぇっすよ、あれは』

 

 笑い交じりの遼の言葉に、町内会長は『そうかねぇ』と不思議そうに呟いている。

 どう見ても、娘、というより、女性、に対する態度だったし、後藤もそう意識してるのは咲良でも分かったのだが、町内会長から見たら父娘に見えるらしい。

 恋愛をするような組み合わせじゃないだろう、と当然のように思われている状態に、後藤がこれを正面切って言われたら泣いたかもしれないな、と咲良は後藤には悪いが笑いが込みあげてきてしまった。

 典子も同じ気持ちなのか、必死で笑いを堪えている。

 

『まぁ、あんだけ保菌者だのなんだの言っといたし、吉田さんいるから手は出さねぇとは思うけども―、と、先生、そっち右で』


 道を指示する遼の声に、ルイスの『了解』という声が聞こえ、ノイズが強くなった。


『んじゃ、俺らこっちなんで。しばしのお別れっす』


 気をつけて、と緊張しているのか少し上ずった声が告げるのと同時に、先頭の車が頭の向きを変え、走り去っていく。


「……ギプスの機械、早く見つかると良いんだけどぉ」

「大丈夫だよ。先生もいるし」

「ん」


 見えなくなった二人の車に不安そうな典子と肩を寄せ合っている間にも、彼女たちを乗せた車はどんどん目的地へと向かう。

 この辺りは悦子の言っていたように再開発地区だからか、新しい住宅や空き地ばかりで、死者たちの姿はほとんど無かった。

 代わりに、既に移り住んでいたらしき人たちが慌ててここから逃げていったと思しき形跡があちこちにある。

 中途半端に開きっぱなしの玄関の門に、転がっている子供の玩具や靴。車庫前のシャッターを閉める余裕も無かったのか、空っぽのガレージがぽっかりと口を開けていた。


「この辺の人達ってどこ行ったんだろぉ?」

「近くの学校じゃない?この辺って何校があったっけ?」

「いえ、結構うちに来ましたよ」

「特養に、ですか?」


 助手席にいる安西に言われ、そう言えば特養が避難所になってたんだっけ、と思い出す。それにしてはそういう人の姿は無かったな、と思ったのが伝わったのか、安西が苦笑して教えてくれた。


「避難されてきた方たちは、松高先生の怪我を見られると怖がってしまって。あまり長居しないで、それぞれの田舎や近場の学校の方へ行ってしまいました」

「ああ、なるほど」


 それでか、と浩史が呟く。


「お父さん?」

「食料の減りが早いな、と思ったんです。ああいう所は備蓄が結構あるでしょう?その割に食料が少ないのは、彼らに配ったからでは?」

「はい。逃げてこられた方は小さな子供さんのいる家庭が多かったので、出て行かれる時に少しですがお分けしたんです」


 元より食事に制限のある入居者さんたちには食べられない物もあったから、と安西が言えば、こちらの会話が聞こえていたらしく、町内会長が『あー』とぼやいた。


『備蓄っつうのもセット商品がほとんどだからなぁ、制限あると引っかかるんだよな。出来たら生の食品を調達したいね』

『そうなんすよねぇ。薬局の方も生の野菜があったら確保してください』


 お願いしまーす、と五十嵐が会話に入るのと同時に、前方にスーパーが見えた。

 スーパーはこじんまりとした、少し古びた二階建てのチェーン店だ。

 主に一階が食料品で、二階が衣料品や雑貨だという。咲良たちが目指す薬局は、その裏手にある平屋の建物だった。

 

『じゃあ、俺たちはそこを曲がるから』

「はい。お気をつけて」

『お互いにね』


 それじゃあ、と離れていく二台を見送り、咲良たちの乗る車も薬局へと向かう。周囲は小さな公園と遊歩道で、やはり人の姿は無い。

 

「……車があるな」


 公園の横を通って裏手にある駐車場に到着すると、浩史が言う通り、すでに三台ほどの車が止まっていた。

 同じように薬を調達に来た人間か、あの日から止められっぱなしの車か。

 止まられっぱなしの車なら、持ち主が薬局の中にいる可能性もある。もしかしたら死者として。

 浩史は桐野を振り返り視線をかわす。


「……いると思うか?」

「分からん。少なくとも駐車場にいないな」


 桐野が見晴らしの良い駐車場に視線を走らせ、答える。

 

「いたらエンジン音で寄ってくる。後は店に入ってみないと」

「だな。俺が先行して見てくる」

「駄目だ。広いんだろう、中は。一人じゃ何かあった時に困る」

「だが俺も君も出てしまった後に何かあったら事だぞ」


 浩史と桐野がいなければ、残るのは咲良と小町、典子に安西だ。車の中に籠っていれば安心と言い切れないのは、山下の車が走る死者に襲われかけたのを見ていたから、咲良にも分かる。

 勢いよく車に飛びつかれたり体当たりされたら、軽ではひとたまりもない。


「……なら全員で出るか?」


 反対しようと口を開きかけた浩史を制するように、桐野が言葉を繋ぐ。


「どこにいても安全は保障できない。だったらそばにいた方がまだマシだ。違うか?」

「………分かった。が、彼らが同意したら、だ」


 諦めた様にため息をついた浩史に見られ、咲良は典子と顔を見合わせてから頷いた。

 桐野の言う通り、安全な場所が無いならそばにいた方が良い。咲良はもう父と離れるのは嫌だった。

 

「安西さんも良いですか?」

「ええ。ただ運動音痴なので、何かあったら指示してください」


 お願いします、と照れくさそうに頭を下げた安西に笑い返し、浩史は運転席のドアに手をかける。


「じゃあ、行きましょう。まず俺が出るので、合図したら全員降りてください」


 全員が頷き返すのを見て、浩史は外に出た。

 バタン、と敢えてなのか少し大き目の音をたててドアを閉める。

 ドアの向こうに立つ浩史の姿に、咲良の心臓は早鐘をうった。今どこからか死者が襲ってきたら、と思うと、手の平にじっとりと汗が出てくる。

 一秒、二秒。早い鼓動を抑える様に胸に手を当てて父の合図を待つ。気が急いて絶対にあっていない秒数を数えながら待っていると、浩史が振り返った。

 おいで、とジェスチャーをされ、ほっと息をつく。


「出るぞ」


 同じように待っていた桐野は無造作にドアを開け、外に出た。まるで動揺を感じさせない仕草に、咲良は慌てて後について外に出る。

 咲良に続いて小町、典子、と降りると、桐野はそっとドアを閉めた。

 助手席から降りた安西も同じように、静かにドアを閉めている。

 全員が駐車場に出たが、何も反応は無い。人のいないがらんとした駐車場をきょろきょろと見ていると、桐野がモップを片手に歩き出した。


「おい」

「店のドアが中途半端に開いてる。自動ドアじゃないのか、あれ」


 言われて見ると、確かに両開きの自動ドアが微妙に開いていた。

 通電していないのを無理矢理こじ開けて、人一人がすり抜けられるようにしたように見える。


「誰かいるのかなぁ?」

「かもな。俺が先に入るから、少し離れて待っててくれ」


 言って桐野は浩史が声を上げるより早く自動ドアに歩み寄り、隙間にひょい、と箒を差し込んだ。

 透明な自動ドアの向こうは薄暗く、店内の様子はよく見えないが、突然中に突っ込まれた箒に反応して何かが飛び出してくる気配は無い。

 カン、と自動ドアに箒を軽く接触させて音をたてても変わらなかった。


「……出て行った後かな」


 安西が呟くのと同時に、桐野が自動ドアの隙間に身体を突っ込み、背中と足でドアの開口部を広げていく。

 人一人がゆったりと通れるくらいまで押し広げると、止める間もなく中に入っていってしまった。


「ちょ、桐野くん?」

「あー……行こう。後ろは俺が警戒するから」


 急いで後を追い、安西を先頭に店内に入る。

 と、桐野はすぐそこで待っていた。警戒するように周囲を見ている。


「桐野くん?何か、」

「音がした。奥の方だ」


 囁き声で答えられ、咲良は口を噤んだ。大きな音は死者を引き付ける恐れがある。

 目くばせをされ、安西たちと一緒にドアのすぐ横、カゴやカートが置いてある一角に身を寄せた。浩史はドアからの侵入を警戒してその場に留まる。

 桐野が一歩を踏み出した。

 一列づつ並んだ棚と棚の間の通路を、手前から順に確認し、進んでいく。

 二列、三列、と進み、ふと歩みを止めた。何か見えたのか、と咲良が息をのんだ瞬間、棚の向こうから人影が飛び出て来た。

 

「っ」


 桐野が箒を振って相手を弾き返す。

 ダン!と人が倒れこんだ音がし、薄明かりの中、桐野が振った勢いのまま箒を片手で槍の様に構えるのが見えた。


「わわわっ」

「待って!待って!」


 が、続いて聞こえた声にとどめを刺そうと振り上げていた手が止まる。


「やめてちょうだい!お願いだから!」

「馬鹿、お前、早く逃げろ!」


 薄暗闇の中、二人の人影が床の上でバタバタと動いている。声の感じから中年の男女のようだった。

 もしかして普通の人?と咲良たちがそろりと近寄ると、一歩下がった桐野の前で、床に転がった中年の男性を同じ年頃の女性が庇っている。


「お願いだから見逃して!集めた物全部上げるから!」

「女房は何も悪くないんだ!見逃してくれ!」


 夫婦らしい二人が必死になって桐野に懇願する様子が見え、ほっと息をついた。死者では無かったらしい。

 同じように安堵したらしい安西と典子と一緒に桐野の後ろから顔を覗かせると、女性の方が「あれ?」という顔になった。唾を飛ばす勢いで桐野に訴えていた夫らしき人物の腕を引っ掴む。

 

「あなた、見て。見てって!」

「俺が悪かったん、うん?」


 妻の言葉に夫の方もまじまじと咲良たちを見て、さらに後ろにいる浩史に気づいたらしく、桐野、咲良たち三人、浩史へと忙しく視線を移し、最後にまた互いを見合った。

 それからおずおずと口を開く。


「あの、もしかして、買い出しに来た人?お兄さん、それ、特養の制服よね?」

「あ、はい」


 言われて安西が頷く。

 

「入居者さんの薬とかそういうものが足りなくなってしまって」

「あー、あー……そっかぁ」


 なんだなんだ、と妻の方が言えば、夫の方も安心したのか大きく息を吐いて肩から力を抜いた。


「あの……?」

「あー、ごめんね。私たち、てっきりスーパーのクソガキたちがこっちにも来たかと思っちゃって」

「スーパーのクソガキ?」


 なんだそれは、と今度は咲良たちが顔を見合わせた。


「そうよ。スーパーで好き勝手やってるの。私たち食料品が欲しくて行ったら、追い返されたわ。ちょうどそこの子ぐらいの年の男の子たちでね、どこで手に入れたのか拳銃持ってて」

「拳銃?!」


 安西が驚いた声をあげたのに勢いを得たのか、夫婦の妻の方が「そうなのよぉ!」と立ち上がる。


「私たちの前にいた集団のおじさんが構わず近づこうとしたら、いきなりパン!て」

「撃ったんですか?!」

「ええ、ええ。当たらなかったから良かったけど、腰抜かしたおじさん見て、助けもしないで出てけ!ですって。なんてガキだ、て主人と一緒に逃げてこっちに来たの」


 ねぇ、と憤慨しながら夫が立ち上がるのに手を貸す。


「あなたたちもあっちは行かない方が良いわよ」

「それは……」


 あちらにはすでに郷田たちが行っているはずだ。

 まずい、と咲良がポケットに手を入れるのと同時に、浩史が固い声で言う。

 

「咲良、郷田さんに電話を」


 緊急時以外は電話はするな、と約束していたが、どう考えても緊急事態だ。咲良は慌てて震える指で登録したばかりの番号を呼び出す。

 

『もしもし』

「っ郷田さん!今大丈夫ですか?」


 落ち着いた郷田の声に被る勢いで問うと、訝し気に返答された。


『?構わないが。何かあったのか』

「はい。実は―」


 咲良は電話をスピーカーに切り替え、夫婦から聞いた話を告げる。夫婦の方も咲良たちの知り合いがスーパーにいると分かったのだろう、妻の方が補足をしてくれた。


『―ふむ。話はよく分かった。だが、もう私たちは中にいるんだ』

「え」

『まだエントランスだが、特に銃撃される事は無かったし、そもそも人の姿が無い。入ってすぐのパン屋も花屋も、シャッターが下りている』

「え?でも私たちが行った時は結構いて」

『もしかしたら彼らに必要な物は持ち去った後なのかもしれない。しかし用心は怠らないようにしよう。そちらはどうだ?』

「これから店内を回る予定です」

『そうか。もしかしたらそちらにその子供たちが行くかもしれん。十分気をつけてくれ』

「分かりました。そちらも気をつけて」


 ふつ、と切れた通話に、夫婦の妻がため息をついた。


「時間ずらして行けば良かったんじゃない。もう」


 やれやれ、と脱力した様子の妻の肩を夫が慰める様に叩く。


「まぁ怪我も無いんだし、良かったじゃないか。物も揃ったし。……あの、それじゃあ俺たちはこれで」

「あ、はい」


 棚の向こうから品物のいっぱい詰まったカゴを取り出す夫婦に、浩史が頷く。


「気をつけて帰ってください」

「そちらも気をつけて。お店の中、基本誰もいないけど、あっちのバックヤードの方は何かいるのか、前にカートが置きっぱなしだし、時々音がするから開けない方が良いですよ。それじゃ」


 最後に大事な事を言い、夫婦は両手いっぱいにカゴを持ち、出入り口を潜っていった。

 彼らを見送り、積まれていたカゴを手に取る。


「さて。じゃあ手分けして必要な物を探そうか」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ