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おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
88/136

17



「じゃあ、纏めよう。買い出しはそちらのお嬢さん二人を入れて、えー」


 町内会長が皆から集めた『欲しいもの』リストを書いた大きい紙に、ペンを下ろす。

 紙にはすでに『薬局』『スーパー』『整形外科』と記入してあった。ここにいない女性介護士たちの意見も聞き、行く場所を三か所に限定したのだ。

 真っ先に町内会長が埋めたのは『整形外科』の下にある余白だった。


「ここは遼くんとルイスさんだったか」


 整形外科は勇のギプスを外す器具を取りに行くのが主な目的だから、人数は最小だ。はじめは卓己が遼と一緒に行く、と言っていたのだが、卓己は死者たちに手を下した経験が無い。

 それだといざという時にまずい、とルイスが代わりに行く事になった。 


「すんません。先生の手借りちゃって」

「僕はどこでも良いから気にしないで。後はどうします?」

「うーん、薬局は女の子たち二人と、」

「俺が行きます」

「俺も」


 手をあげたのは浩史と桐野だ。浩史は若干嫌そうに桐野を見たが、戦力としては十分だというのは既に知っているからだろう。渋々頷いた。

 納得しなかったのは望月だ。


「おい、偏り過ぎじゃないか?」

「は?」

「中原は分かる。娘がいるんだから。だが、そっちの男の子はスーパーの方に入れるべきじゃないのか」


 名字を呼び捨てにされた浩史はこっそり咲良に向けて顔を顰めてみせ、危うく咲良は笑いそうになったが堪えた。ここで笑ったら望月がキレる。

 やめてよ、と小さく父親を小突きつつ桐野を見れば、こっちはこっちで視線に気づいた途端にやはりわざとらしく肩を竦めてみせられ、笑いそうになった。

 もう、と顔を顰めて笑いを堪えている間に、町内会長と望月のやり取りは進んでいく。


「いや望月さん、こっちにはあと安西さんが入るんだ。薬の調達があるから。あそこは調剤のスペースもあるし、食品の扱いもあって店の中が広いんだ」

「食品?薬局だろ?」

「最近は多いらしいよ。食品扱ってる薬局。俺もあそこでよく女房の面会ん時に土産のゼリー買って来てたよ」


 望月は「そんなに広いのか」と呟きながら、頷いた。何が何でも自分の意見を通したい、というわけでは無いらしい。


「じゃあ、残りはスーパーの人員だな。俺と郷田さん、五十嵐くん、上野さんとこの卓己さんと、望月さん、山下さん、田原くん、後藤さん」

「え?」


 以上、と名前を書き終えてペンの蓋を閉めようとした町内会長に、後藤が声をあげた。


「ちょっと待ってください。この子は?」


 この子、と指さされたのは孝志だ。


「槙田くん?その子は残ってパソコンで情報収集だよ」

「え、パソコン見るぐらいなら俺が残ってやりますよ。仕事でパソコン使ってましたし。学生のこの子より俺のが慣れてると思います」


 胸を張った後藤に遼が「いやいやいや」と言いながら手を振る。


「俺らこれでもパソコン関連の専門学生っすよ」

「でも学生だろ?」

「そうっすけど」

「未成年なんだから、俺のがパソコン触った時間長いよ」


 どうだ、とばかりに胸を張る後藤に、遼はため息をついた。


「なら聞きますけど、後藤さんはぶっ続けで十数時間パソコン画面見てられます?孝志も俺も慣れてっけど」

「それは、」

「あとパソコン、てか、見るのネットの掲示板ですから。嘘とかデタラメとか書く事も結構多いんですけど、見極め出来ます?俺らそういうの見慣れてますけど」

「……」


 返答に窮した事で後藤が慣れていない事に気づいたのだろう。遼が呆れた様に言う。


「得意分野じゃないのにやりたがるってなんなんすか?そんなにここに残りたいわけ?」


 ちら、と送った視線の先で、新條が後藤の背中に縋りついた。

 後藤がここに留まりたがっているのは、新條が望んでいるからなのは、火を見るよりも明らかだ。

 新條にしたら、ここに残ると決まっているのは久佳や悦子や勇という、あまり関係性が良くない相手ばかりだから、味方が欲しくて後藤に居残りを望んだのだろう。

 背中にくっつく新條を宥めるように振り返る後藤に、久佳が眉をひそめた。


「その子、保菌者よ。後藤さん分かってるの?」

「……それってあなた方がそう言ってるだけでしょ?吉田さんはさ、旦那さんと不仲だったみたいだけど、それを瞳ちゃんのせいにするのはどうかと思うよ」

「は?どういう事?」

「だから、瞳ちゃんと吉田さんの旦那がどうの、とか言うの止めなよ、て話」


 わざとらしく感じられるくらい大仰に溜息をついた後藤に、久佳が「はぁ?」と声を荒げた。


「その娘に何言われたか知らないけど、うちの旦那とその娘が性的な接触したのは確かよ。その後うちの旦那がゾンビになったのもね。義父も」

「それだって吉田さんが言ってるだけでしょ。瞳ちゃんはそんな事してないって言ってるよ」

「はあ?私が嘘ついてるって言いたいわけ?なんならムービー見せるけど?」


 カチンときたのだろう。久佳が苛立った声で言う。

 と、途端に、後藤の後ろにいた新條が、わぁっと声をあげて泣き出した。


「ご、ごめんなさい、きっと、私が、おばさんの気に入らない事したんだわ……」


 謝罪しながら泣く新條に後藤が慌てて振り返り、その肩を抱きしめて宥める。

 大丈夫だよ、君は悪くない、と励ます後藤と、嗚咽をあげて泣き続ける新條に、部屋の空気が二分した。


 一方は突然泣き出した新條に動揺したり心配そうにし、一方は不愉快そうだったり鼻白んだり。前者は後藤や望月たちで、後者は遼を筆頭とした人々だ。久佳などはかなり苛立っている。

 部屋の中にピリピリした空気が満ちて、咲良はそっとため息をついた。

 新條がこうやって泣いて男性に訴えかけるのは、前にも見た事がある。泣きつかれた相手は何故か無条件に新條を信じて、話はうやむやになるのだ。

 新條に非がある、と訴えれば訴える程、新條を支持する男性は意固地になって、新條を庇う。後藤も例に漏れないようで、新條を慰める傍ら、久佳を親の仇とでもいう様に睨んでいる。

 以前はその位置に田原がいたけど、と咲良が視線を巡らせれば、田原は少し離れた位置で気まずそうに少し俯いていた。


「―そのムービー見せたいって言うなら見ても良いけど、それが本当で吉田さんの旦那さんやお義父さんが瞳ちゃんに手を出してたなら、吉田さんが謝るべきだろ。相手は十代の女の子なんだ。大人に問題がある」

「……あんた人の話聞いてた?私が言いたいのは責任問題じゃなくて、その子、ゾンビになった人間と接触してたって事なんだけど」

「その接触で感染するっていうのだって、科学的根拠は?テレビで公式発表されてないよね?」


 ちら、と後藤に見られた浩史が肩を竦める。


「データはある。が、公式な文書は無い。それを公的に認めて発表し公開する機関が、すでに手一杯だからだ」

「だからあなたの言葉を丸呑みしろって?噛まれた人間の言う事を?」


 ぼそっと呟かれた言葉に、咲良は後藤を凝視した。

 後藤は疑っているのだ。

 保菌者の浩史の言葉を。浩史が自分に都合の良い様に言ってるんじゃないか、と。

 悪びれもせず不審な表情をしている後藤に、思わずカッとなって口を開こうとしたが、それより早く遼が爆発した。


「あー!もう面倒くせぇおっさんだな!」

「お、俺はまだ三十代だ!」

「十分おっさんだろが!脳内に花咲いてるおっさん!ちょっと若い女に縋られてヒーロー気取りかよ、馬鹿らしい。そんなにその自虐女と一緒にいたいなら、二人でここ出てどっか行っちまえ」


 けっ!と吐き捨てた遼に、同感、と久佳が後藤を睨みつける。


「その娘の事信じたいならいくらでも信じれば良いけど、こっちに迷惑かけないで」

「迷惑ってどういう事だ!俺はただ根拠が無いって言っただけだろ!それともなにか?疑わしきは罰せろ、ていうのか!」

「罰するなんて話してないでしょ!話すり替えないで!」

「すり替えてなんて無いだろ!」


 詰め寄る久佳に、後藤が拳を握りしめたのを見て、郷田が二人の間に割り込んだ。


「落ち着け。今はそんな話をしている場合ではないだろう」


 体格のいい郷田に見下ろされ、後藤は顔を蒼褪めさせて気まずげに、久佳は渋々といった顔で距離を開ける。

 郷田は遼を振り返り、君も、と注意した。


「あまり人を煽るな」

「先に失礼な事言ったのはおっさん、じゃなくて後藤さんなんすけど」


 遼は不満そうに言い、また新條を慰めにかかっている後藤を睨む。


「彼は気が立っているんだろう。君が大人になって見逃がせ。それより買い出しの話に戻ろう」


 言って郷田は全員を見回す。

 威圧感のある彼の視線に、いくらか不満げな表情だった人間も黙り込んだ。咲良も不満を飲み込む。

 全員が黙ったのを見て、郷田は町内会長に進行を譲った。

 静かになった場に、町内会長はため息をつき、ペンを持ち直す。


「……情報収集は元の通り、槙田くんに頼むよ」

「はい」

「それと後藤さん」

「……はい」

「スーパー行くかい?残るかい?」

「え……」


 思わぬ言葉に後藤はうろたえ、久佳が咎めるように口を開きかけた。だが町内会長が片手をあげて彼女の発言を制する。

 

「行きたくない人を無理に連れて行っても仕方ないよ、吉田さん。自主的に動いて貰わないと。怪我人を増やしたくない」

「でも、」

「外に出たら悠長に言い争いなんてしてられんよ。今みたいに怒鳴り合い、なんてしたら、あいつらに居場所を嗅ぎつけられて囲まれちまう」

「………」

「だから後藤さん、自分で決めてくれ」

 

 残るか、買い出しに行くか。

 町内会長に問われ、後藤は視線を彷徨わせたが、すぐに決めたようだった。


「の、残ります」



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