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おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
87/136

16


 

 郷田の言葉にそれぞれが顔を見合わせる。

 ざわつく中、遼が咲良と浩史に寄ってきて小声で謝罪したが、ギプスの件があるのは元から承知だ。気にしないで、と返すと、遼はルイスたちの方へと歩いて行った。あちらでも謝罪するのだろう。

 ルイスと桐野に手を合わせている遼を見ていたら横から紙とペンを差し出され、反射的に受け取る。


「中原さんも残るんだよな」


 尋ねてきたのはメモ帳とペン立てを持った町内会長だった。


「はい。上野さん家と一緒なので。あの、これは?」

「残ってくれる人たちに渡してるんだ。必要な物を書き出してくれ。スーパーとか薬局になにを取りに行くか知りたい」


 ああ、と納得した浩史と咲良に、じゃあ、と町内会長は次の人に紙とペンのセットを渡すべく離れていった。

 

「必要な物、ねぇ」

「包帯とか?」

「ここでの滞在が長引くようなら、水と食料を補充したいな」

「……長引くかな?」

「どうだろうな。こればっかりはまるで予想がつかん」


 ため息をついた浩史を見上げていると、浩史の向こうにいる典子と目が合った。久佳や他の女性もいて、「おいでおいで」と手招きされる。


「典ちゃん?お父さん、ちょっと行ってくるね」

「俺は勇さんと話してくるよ」


 父の言葉に小さく頷き、咲良は典子の元に駆け寄った。


「どうしたの、典ちゃん?」

「咲ちゃん、あのさぁ、生理用品どうしてるぅ?」

「え」


 こそこそと言われた単語に思わず顔を上げて周りを見るが、全員が女性だ。

 顔を見れば、恥ずかしそうだったり気まずげな表情ではあるが、この事について話し合うためにここに集まったのだろう。集団を抜ける気配はない。


「わ、私は家にあるの全部持ってきたけど……」

「私もよ。でもああいうのってそう買い置きしてないじゃない?せいぜい持って一、二ヵ月分だし。ここの介護士さんたちは、次回分くらいしか予備が無いみたいなのよ」


 久佳の言葉に、横の女性もおずおずと頷いた。


「私もそんなには無くて……でも、この必要な物リストに書くのって、どうなのかなって」

「え?でも、」

「これって行くの、男性よね?あの郷田さんとかルイスさんとか」


 恥ずかしそうに目を伏せてしまった女性の気持ちは咲良にもよく分かった。

 女性特有のこれは、父親にだって言いにくい。咲良も父にこの手の事を相談した事は無かった。生理用品について詳しく教えてくれたのは悦子だ。

 その悦子も困った顔をしている。


「私が行けたら良いんだけど、絶対遼に反対されると思うのよ。若い頃に比べたら反射神経も鈍ってきてるし、危ないだろうって。あと介護士さんたちが大分疲れているから、入居者さんのお世話を交代した方が良いと思うの。彼女たちそろそろ限界でしょうし」

「それなのよね。夜もあんまり眠れてないみたい」


 久佳が頷く。さきほど一緒に部屋を回った時に、疲れた介護士さんたちと色々話したのだろう。


「望月さんの奥さんはお友達で手一杯そうだし、あなた達は……」

「お母さんの手伝いはしてました、けどぉ……」


 典子は悦子を手伝って和子の相手をしていたが、和子はここにいる患者さんほど人の手を必要とはしていなかった。認知症ではあったものの、身体は健康だったからだ。

 翻って、ここに残っている入居者は身体的補助を必要としている人が殆どだった。介護士たちの疲れは精神的なものはもちろんだが、身体的なものもあるのだろう、と悦子が言う。


「車椅子も下に置き去りで減っちゃってるみたいだし、体位変換も大変みたいなのよ。私は自分の母の介護でやり方知ってるけど、母はこの子が小さい頃に亡くなってるから」

「体位変えるのは、コツがいるからね」


 久佳はため息をつき、横の女性も同様だ。


「でも生理用品買ってきて、ていうのは、ねぇ?」

「ええ。言いづらいのもあるけど、間違えられそうなのが困るわ。こういう状況でどこのメーカーがどうの、て言うのはどうかと思うんだけど、やっぱり身体に合う合わない、てあるから。横漏れ怖いし」


 悦子の言葉に、全員がああー、という顔になった。

 咲良も最初の頃は買うのに四苦八苦した口だ。生理用品はメーカーが多いし、昼用も夜用も長さや形状で数パターンある。

 パッケージもそれぞれ色が違うから、慣れない人間にどこそこのメーカーで昼用の何㎝で羽ありで、と指定して見分けて貰うのは難しいだろう。

 それに横漏れでもして、あたりに血のにおいを漂わせるのはまずい気がする。

 集まった女性全員が思わず黙り込んでしまったのに異常を感じたのか、向こうで話していた町内会長が声をかけてきた。


「どうかした?」

「あー、ちょっと……」


 言いづらくて顔を見合わせた咲良たちに、郷田や他の男性陣も寄ってきてしまった。

 余計に言い出し辛くなった状況に、諦めたのか久佳が代表して説明する。

 

「……それは、うーん、俺らじゃ難しい、な」


 全部を聞いた町内会長は弱った顔になった。

 郷田や他の男性にしても慣れない話題なのだろう、顔を逸らしたり離れていってしまったりしている。

 久佳の方はもう開き直ったのか、顔を赤らめる事も無く堂々とした様子だ。


「ですよね。そんなにじっくり見分ける時間は無いでしょうし」

 

 ため息をつく久佳の後ろでは、悦子に山下の妻が自分の分も、と一生懸命メモを書いている。


「これだけ人数いるなら、どれ持って来ても誰かに当たる、とかは?」


 遼が片手をあげて発言するが、久佳は首を振った。


「逆に誰も使わないの持って来られたら、て話よ。あれって嵩張るし、必要なやつだけ買って来てもらいたいの」

「あとあるか分からないけど、布用があったらそれも欲しいわ」


 悦子が手を挙げて言ったが、ほとんど全員がきょとんとした。

 布用?と首を傾げると、悦子は頷く。


「布用ナプキン。私も使った事は無いけど、薬局によっては売ってるの。洗って繰り返し使える生理用ナプキンよ。一つでも見本があれば、お手本にして自作出来ると思うの」

「はぁ」


 よく分からんけどとりあず、とばかりに遼が相槌を打つ。


「えーと、それは俺らで分かる、か?」

「あんたナプキンの形状分かる?」

「……分かんねぇ」


 よねぇ、と悦子はため息をついた。

 

「私が行くのは、」

「却下。俺、ひ弱なもやしっ子で正直買い出し行くのやべぇかな、てレベルだけど、その俺より母さんのが体力ねぇし。母さん俺よか足遅いっしょ?」


 体力的な話になると、この場にいる女性で遼と同程度に動けるのは年の近い咲良か典子、もしかしたら新條もくらいかもしれない。

 久佳もその知り合いの女性も自信がないのか、黙り込んでしまった。

 

「あの、じゃあ私行こうか?」

「「咲良」」


 咎める様な声の主は浩史と桐野だ。互いに言葉が被るとは思っていなかったのか、決まりの悪そうな顔で一瞬黙る。

 その隙に咲良は言葉を続けた。


「体力に自信は無いけど、でも多少なら小町の散歩で鍛えてるから」

「あ、あの、じゃあ、私もぉ」

「「典子!」」

 

 叱るような声を発したのは勇と遼で、こっちは間髪入れずに遼が口を開いた。


「お前、連れションじゃないんだぞ!咲ちゃん行くから一緒、とか馬鹿か!」

「で、でも、私、お兄ちゃんより足はや、痛いぃ!」


 ガシッと遼が典子の頭を鷲掴みにする。


「いつの話だ!いつの!」

「だってぇ!」

「だってもクソも無いっつうの!」

「だ、だって、お兄ちゃん、オムツの種類分かるぅ?」

「は?」

「オムツ。パンツタイプとかテープタイプとか色々あるんだよぉ?」

「いや意味分かんねぇんだけど、なんでオムツ?」

「せ、生理用品買うなら薬局でしょぉ?赤ちゃんのオムツとか粉ミルクも薬局にあるしぃ」


 典子の言葉に遼が、あぁ、と山下の妻と松井を見た。二人とも赤ん坊を抱っこしたままだ。


「あー……オムツと粉ミルク……お前は分かんのか?」

「去年、職業体験で保育園行ったから、多分、分かると思うよぉ」

「多分かよ」


 自信なさげな典子だが、山下の妻と松井には救いの言葉に聞こえたのだろう。書き込んだメモ用紙を差し出してきた。

 

「あの!これ、これで分かるかしら?」

「た、多分。実習で見たのと一緒だと思いますぅ」

「これもお願い!」


 慌ただしくメモを指さす二人の勢いに押される典子を見て、遼は頭を抱えた。

 遼の中では買い出しは男性が行くつもりだったのだろうが、赤ん坊用のオムツや粉ミルクを見分けられる男なんて、赤ん坊のいる父親ぐらいだ。

 この場でそれに該当するのは山下ぐらいだが、彼はどこか所在なさげに突っ立っている様子からして、積極的に育児に関わっていなかったのだろう。現に山下家の小さな娘も父親ではなく、母親にべったりとくっついている。

 どう見てもこの場で一番的確に赤ん坊を用品を選別出来て持って来られるのは典子だ。

 その典子にダメ出しをしたら赤ん坊が困る、と遼も分かっているのだろう。分かっているから反対できなくて、頭を抱えるしかない。


「すまん、上野さん、中原さん」


 懊悩する遼たちに町内会長が頭を下げた。


「申し訳ないが、娘さんたちに手を貸して欲しい。その、生理用品?は介護士さんたちも欲しがってるらしいんだ」

「私からもお願いします。どうか手を貸してください」


 松高にまで頭を下げられ、それぞれの父親である浩史と勇は顔を見合わせ、小さくため息をついた。 

 


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