12
桐野の知らせに、慌てて全員が荷物を持って車へと戻った。
ここで別れる渡瀬たちと挨拶をする暇もない。バタバタとそれぞれの車に乗り込み、順々にグラウンドを出発する。
先頭の郷田が車を止めて正門を開き、一番に外に出た。
その次に出たのは太平洋側に行くと言った車だ。三台目は長谷川の車で、次に渡瀬、事務員夫妻の車、と続いて順に出て行く。
次に咲良たち、特養に向かう車が続いた。
先頭は、望月の車で、山下、上野家と中原家、卓己の車が続き、最後尾はルイスの運転する車の計八台だ。
並んで元来た坂道を下っていく。
坂の下で郷田が車を止めると、その脇を特養には行かない車がすり抜けていった。
パッパッとハザードランプを光らせる。
それを挨拶代わりに、四台の車は去っていった。
「……せっかく先輩たちに会えたのに」
こちらも動いているから、反対側に去っていった車の影はもう見えない。
こんな状況下だ。二度と会えない可能性だってある。
さよならも言えなかった、と咲良がため息をつくと、手を伸ばした浩史に頭を撫でられた。
「連絡先交換しただろう?メールしてみたらどうだ?」
「あ、そっか」
電池が減るのが怖くて控えていたが、それくらいは、とスマホを手に取るが、さっき長谷川が電池が切れた、と言っていたのを思い出す。それでも分配した物の中に充電できる手回しのラジオがあったから、いつかは見てもらえるだろう、とメッセージを送った。
スマホを膝の上に置き、前を走る孝志の運転する車を見る。
後部座席には久佳と知らない女性の姿があった。彼女らとは本来は高校で別れる予定だったが、この分だと特養で別れる事になるだろう。
「特養に自衛隊がいれば良いんだけど……」
「最悪、いなくても特養が落ちていなければ良いんだが。まぁ、俺たちが辿り着く、の、は……」
浩史が引きつった顔で見た先を咲良も見て、ぎょっとした。
死者が道路を吹っ飛んでいく。まるで映画等で見た事のある、車に撥ねられた人そのままだ。
え?!と二人で前方を凝視すれば、鈍い衝突音が聞こえ、反対車線に人影が転がっていく。
「なに、これ……」
「……郷田さんが車の泥除けに当てて撥ね飛ばしてる。見えた……」
うわぁ、と浩史と咲良は一瞬顔を見合わせ絶句した。
道理で郷田の車のバックランプが壊れていたはずだ。後ろから来た死者にぶつけたか何かしたのだろう。
「車、よく大破しないね……」
「郷田さんの車、頑丈さで有名な外国車だけど、あれは更に改造してるんじゃ……」
「だからって……すごすぎるでしょ」
「本当に」
後ろにつかせて貰ってる咲良たちでも恐怖する攻撃方法だ。乗っている人間はもっと恐ろしいに違いない。
校庭で田原たちが郷田に強く出られなかったのは、このせいだろう。
もう一度、うわぁ、と咲良が呟いたのと同時に、パッパッと光るものに気づいた。
「パッシングだ。ルイスさんの車かな」
咲良たちの後ろには卓己の車がいて、その後ろにルイスたちが殿を務めている。
そのルイスの車がハイビームを点滅させながら、反対車線にはみ出つつ追い抜きをかけてきたのだ。
郷田を援護するためだろう、と追い抜いていく車を見れば、運転席の窓から身を乗り出しているルイスがいた。ハンドルを助手席の勇が必死の形相で掴んでいる。
「うわぁ……」
「こっちはこっちで、また……」
ハリウッド映画張りの運転に、一歩間違えれば大事故だ、と浩史が頭を抱えるのを他所に、車は危なげなくすいすいと走っていってしまった。
数秒後には、ルイスが発砲したらしく物音が聞こえてくる。
まるでアクション映画のような様子に、力強いと喜んだら良いのか、胃を痛めたらいいのか分からず、咲良は父を顔を見合わせ、互いに何も言えずにそっと目を逸らした。
その後も車列は二台の車に守られつつ、目的地へとひた走った。
途中何度か同じようにどこかに避難しようとしているらしい車と遭遇したが、こちらに止まる気が無いと判断すると無理に呼び止められはしなかった。稀に横道から出て来た車と接触しそうになったりもしたが、せいぜいが掠める程度だ。
どうやら勇か遼がトランシーバーで郷田に人の少ない道を指示しているらしく、単独で外にいる人や起き上がった死者の姿も少ない。
やむを得ず人の多そうな場所を通る事もあったが、不思議と大勢に囲まれる事は無かった。桐野の言う帰巣本能でどこかに行った後だったのかもしれない。
一番ヒヤッとしたのは、山下の車が横転しかけた時だ。
走る死者が横道から走ってきて、ちょうどその道と交差するところを走っていた山下の車にぶつかったのだ。スリップしたかのようによろめいて車輪が浮く。
窓を閉め切っていたのに聞こえてきた山下の妻や子供の悲鳴に咲良たちが固まる中、動いたのは桐野だった。
ルイスの車が戻るのを待ってたのでは間に合わないと思ったのか、止めた車から外に出る。死者がドアの開閉音に気づいて振り向き、桐野に向かって駆けてくるのを待って、正面から持っていた銃を発砲した。
死者の方には避ける、という感覚が無いのか、狙いは違わず命中し、死者は二度と起き上がらなかった。
一発で仕留めた桐野に唖然とした空気が流れる中、桐野は淡々と山下の車に近づき二言三言交わすと、すぐに孝志の運転する車へと戻る。
そのままよろよろと列に戻ってくる山下の車を待って、先頭の車二台は何事も無かったかのように、また走り出した。
「大丈夫か、あれ」
浩史はハンドルを握りながら、ためていた息を吐き出す。
「桐野くんの事?」
自分の娘と同じ年の子供のした事だ。浩史がショックを受けてもおかしくない、と咲良は運転席の父を見たが、かぶりを振られた。
「山下さんと望月さんの車。よたよたしてるぞ」
「衝撃でおかしくなっちゃったのかな、山下さんの車」
「どっちかっていうと運転してる人の精神に衝撃だったんだろう」
普段の運転でもスリップしかける事自体少ないからそれだけでショックだろうが、今回は死者に伸し掛かられたのだ。ショックは大きいだろう。
だが望月の方はなぜ、と咲良が浩史を見上げるが、浩史も分からないらしい。
「間近で見てビビったのかな。山下さんの車、望月さんのすぐ後ろだし。それとも死者が殺される所がショックだったか」
「散々轢かれてるの見てるのに?」
「だよな。ルイスさんが撃ってるのも見てるしな……」
だよねぇ、と言えば、浩史も、だよなぁと首を傾げた。
「まぁ事故らないでくれれば良い。ああ、今度は運転が荒くなった。大丈夫か、あの人」
乱暴に角を曲がる望月の車にハラハラしながら、順繰りに角を曲がっていく。
少し広めの道路に出れば、少し先に普通の家より少し大きい二階建ての建物が見えた。まだ新しいから綺麗な建物の壁には、目指す特別養護老人ホームの名前が大きく書かれている。
前面にはお見舞いなどで訪れる人のためにだろう、広い駐車場があった。
その駐車場を見て、浩史が呻く。
「遅かったか」
駐車場には、起き上がった死者たちがふらふらと歩いていた。
車を次々に駐車場の空きスペースへと止めていく。
歩いていた死者たちは、一足先に車外に出たルイスがおびき寄せ、駐車場の隅まで誘導して物言わぬ屍に変えていた。
最後尾になっていた卓己が車を止めて出てくるのと同じくして、一番最初に止めていた車から町内会長が降りてくる。
足取りはしっかりしていたが、顔は真っ青だ。
施設のガラスドアの向こうには、死者らしき姿がふらふら歩いているのが遠目にだが、見えている。ここでも悲劇が起きてしまったのだろう事は想像出来た。
「会長さん」
「すまない。こんな状態になっているとは……」
絶望的な表情を浮かべる町内会長に、みな何も言えずに黙り込む。
咲良も同じように口を閉じていたが、服の裾を引かれて振り返ると、典子が目を細めて特養の入り口を見ていた。
「咲ちゃぁん、あれ、何か貼って無い?」
あれ、と指さされた先をじっと見てみる。言われて見れば、何か白い紙のような物が見えた。
「何だろ、貼り紙?」
「貼り紙?」
二人の会話を聞きつけて、遼が身を寄せてくる。
「ステッカーじゃね?ほら、特養です、っていう目印的な」
「それにしては大きくない?A4用紙ぐらいありそう」
孝志が首を傾げ、引き寄せられるように紙の貼ってある出入り口へと二、三歩進むと、後をついてきていた桐野もつられて歩を進める。
その流れにのったのか、遼が続き、典子と咲良も続けば、後の人間もぞろぞろと後についてきた。
「病院によくあるお知らせとかじゃね?マスクの着用を、とか」
「ああ、臨時休業とかの」
遼の言葉に孝志が納得したように言うと、顔色が良くなってきた町内会長が、いや、と否定する。
「お知らせなんかは中に掲示板があるから、そこに貼られるんだ。俺が五日前に来た時には、あんなのは無かった」
だったら、と期待と困惑が入り混じった視線が行き交った。
訪れる人間への伝言かもしれない、なら生存者がいるのかもしれない、という期待と、生存者がいるならなぜ貼り紙なんかするんだ、という困惑。
それぞれが顔を見合わせる中、一番初めにその紙に書かれた文字を読んだらしい典子が「あっ」と声をあげた。
「電話番号が書いてあるよぉ」
「マジか!あ、本当だ!『ご用の方は下記まで連絡を』だって」
マジかー!と連呼しながら、遼が素早くスマホを取り出して書いてあった番号へ電話をかける。
「施設の番号じゃないな。携帯電話か?」
町内会長が自分の携帯で施設の番号を調べながら呟いていると、遼の電話が繋がったらしい。
「もしもし!今、貼り紙を見た者ですけど―は?えっ?え?そうだけど……マジか!」
意味不明の会話に全員が遼に注目する中、不意にカシャン、という音がして、一斉に振り返る。
ルイスが手に持ったものを構えるより早く、建物の横、見えづらい位置にある従業員用と思しきドアが開いた。
金属製のドアから若い男性が顔を覗かせる。
「遼っち!こっちこっち!」
にかっと笑ったコック服の彼の手には、スマホが握られていた。




