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おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
82/136

11



 咲良は校舎についてる時計を何度も見やり、ため息をつく。

 父たちが行ってしまってから、もう二十分。まだ二十分。不安に駆られ、後部座席の小町もつられたのか落ち着かないようだった。そわそわしている。

 救いは典子がそばにいてくれる事だろう。

 典子はみんなが戻るまで、と中原家の車に来てくれたのだ。彼女がいるから、父の後を追っていくのをかろうじて我慢出来ていた。


「咲ちゃん、大丈夫ぅ?」

「うん。社長さんも行ってくれたし」


 捜索に出た男性たちは移動しながら行き場所を割り振りしたらしく、浩史には卓己と地図を欲しがった男性が同道していた。


「社長さん、猟師さんの免許あるって言ってたしさ」

「うん。猪とか捕まえるの。だから力持ちなんだよぉ。小っちゃい頃ねぇ、卓ちゃんの高い高いで天井にぶつかりそうになったんだって、お兄ちゃん」

「うわあ………」


 確かに体格の良い人だと思ってたけど、と咲良は顔を引きつらせて窓の外へ視線を流した。

 そこで校庭に残っている男性二人に目が留まる。望月と山下だ。

 二人は自衛隊の残した物のあるそばでゴソゴソやっている。山下が紙の束やタープだろうか布を抱えて何事かを望月に話しかけ、望月に怒られているようだった。


「あの人さぁ、やぁな感じだね」

「長谷川さんのとこの婦人会のおばさんが言ってたけど、あの二人、同じ会社の社員だったらしいよ」

「へぇ」


 興味を示した典子に婦人会の女性の言葉を伝えれば、うわぁ、という顔をされた。


「山下さんの奥さんかわいそうだねぇ。早く別れたいんだろうなぁ」

「ね。さっき長谷川さんたちが別れるって言った時に自分たちも、て言えば良かったのに。なんで従ってるんだろう」

「気が弱いのかなぁ。私ならあれだけ怒られたら逃げちゃうけどなぁ」


 ぺこぺこと頭を下げている山下を見ていると、不意に望月がこちらを振り向き、咲良たちは慌てて視線を逸らした。

 

「何見てるんだって、文句言われるかなぁ?」

「校庭を見張ってましたって言うよ、そしたら。実際、先生も周囲を警戒して、て言ってたし」


 そう言いながら冷や冷やして望月たちをちらっと見れば、彼らは校舎の方を指さしていた。


「?……あ!帰ってきた!」

「本当だぁ!」


 望月の指の先を追えば、体育館と校舎からそれぞれが何かを抱えて帰ってくる男性たちの姿があった。

 図書室のある旧校舎の方からは、渡瀬の車だろう。薄いパールピンクの車がなるべく音をさせないようにか、ゆっくりと走ってきていた。

 グラウンドに渡瀬の車が止まると、後部座席から浩史たちが降りてくる。


「お父さん」


 咲良がドアを開ければ、浩史が持っていた本を咲良に手渡した。

 分厚いそれは医療書や植物の育て方の事典だ。


「色々持ってきたから、ジャンルごとに分けておいてくれ」

「お父さんは?」

「ちょっと彼らの所に」


 彼ら、と望月たちを指さし、後ろから来たルイスたちと合流し、咲良の脇を通り抜けていく。なんで?と見送る咲良の足元に、後から来た卓己が段ボール箱をどさっと置いた。

 こっちは絵本から文庫本までごちゃ混ぜだ。


「卓ちゃん?どしたのぉ?」

「俺らはルートの確認とか、その他諸々を話し合ってくる」


 段ボール箱から地図を取り出し、卓己も足早に行ってしまった。


「えっと、じゃあ、これ仕分ければ良いのかな」

「だよねぇ。お母さんたちも色々置いてかれちゃったみたいだよぉ」


 典子の視線の先には、困った顔で段ボール箱を抱えている悦子がいた。

 長谷川の車から降りた婦人会の女性が、咲良たちを手招きする。その彼女の足元にも何かが入っているらしいゴミ袋があった。それも再分配するのだろう。


「……学校の本だけど良いのかなぁ」

「絵本まであるし。どういう基準で……あ」


 段ボールを二人で抱えながら移動し、長谷川の車に同乗している女性を見て納得した。

 彼女の腕の中には小さな子供がいる。あの子が道中で飽きないように、絵本を持ってきたのだろう。彼女の話によると山下の所にも子供がいるはずだ。

 なるほどなぁ、と納得しながら咲良たちは足早に彼女たちの元へ向かった。


「本、重かったでしょう?あら、絵本もあるじゃない。坊やはこれ好きかしら?」

 

 段ボールの中を覗き込み、婦人会の女性が同乗してる女性の子供に差し出せば、男の子らしいその子は顔を輝かせて受け取った。好きな絵本だったのだろう。

 母親は目を滲ませて子供の頭を撫でた。


「このシリーズ、保育園にもあったんです。うちの子、大好きで。山下さんの奥さんも呼びましょう」


 いそいそと山下の車に向かう女性を見送り、咲良たちは集められた物資をグラウンドに並べていった。

 本はジャンルごとに、食料は水と保存食にわけ、機械類はトランシーバーならトランシーバーでまとめる。毛布は流石に地べたに置くのは躊躇われ、ボンネットが広い車の上に畳んで置いた。

 二人一組で毛布を地面につかないように畳んでいると、山下の妻らしい女性が保育園くらいの女の子と、オムツでお尻が膨れている男の子を抱っこしてやってくる。

 その後ろに抱っこ紐に赤ちゃんを入れている女性がいた。


 初めは山下の妻の知り合いか、近所の人かと思った。

 だが、彼女の汚れた服、疲れた表情から、途中で保護した人だと気づき、咲良は血の気がひいた。

 自分たちが素通りしようとした相手は、こんなに小さな赤ちゃんを連れた女性だったのだ。

 望月があの時止まらなければ、彼女たちはまだどこかで助けを待って怯えていたかもしれない。最悪な事態になっていた可能性もある。その事に気づいてぞっとした。


 こみ上げる罪悪感に顔色は悪くしたのは咲良だけではない。悦子や典子、婦人会の女性も気まずそうな顔になった。

 女性の方は疲れきった表情でこちらの葛藤には気づいていないのか、「あの」とおずおず食料品を仕分けていた悦子に声をかける。


「哺乳瓶とか粉ミルクとか、ありませんか?」

「え?ああ、哺乳瓶に粉ミルクね。うぅん、ちょっと見当たらないわ」

「そうですか……」


 がっかりした女性に、婦人会の女性がおっぱいじゃ駄目なの?と聞けば、緩く首を振られた。


「うち、完ミなんです。私の出が悪くて……」


 完ミ?と咲良たちが首を傾げていると、悦子が「完全に粉ミルクで育ててるって事」と教えてくれた。

 

「粉ミルクは少しならうちが分けてあげられるんですけど、哺乳瓶は一個しか無いから……」


 山下の妻がオムツをしている息子のお尻をポンポンと叩きながら、申し訳なさそうに言う。この子もミルクを飲んでいるらしい。

 互いに申し訳なさそうにしていると、校庭の方から男性陣が戻ってきた。


「仕訳けは終わったかな?」

「会長さん」

「こっちは一応ルートを割り出したよ。それぞれに地図を分けたから、後は荷物を分ければ出発だ。どうかした?」


 女性たちの間に流れるぎこちない空気に気づいたらしい町内会長に、悦子と婦人会の女性が粉ミルクについて説明する。

 町内会長はざっと集まった物資を見て、ああ、と顔を顰めた。


「そりゃ難しいよな。良し、分かった。あなた、えぇと、」

「松井です」

「松井さん。あなたは山下さんとこの車だったよね」

「はい」

「山下さんは特養まで一緒に来るから、近くのスーパーか薬局に行こう。どっちかには赤ん坊用品があるはずだ」

「!ありがとうございます!」


 ほっとしたのか、松井は初めて明るい表情を見せた。


「それまではちょっと我慢して貰う事になるけど、大丈夫かな」

「はい。一応、ジュースとか携帯用の離乳食があるので」

 

 あまり数が無いんですけど、と眉を下げて自分の鞄を見た。


「じゃあそれも見よう。あそこならオムツもあるだろうし。じゃあ、今はこの場にあるものを分けちまおうか」


 おおい、とまだ校庭にいた男性たちを呼び寄せると、残っていた数人、遼たちが慌てて戻ってくる。両手に荷物を抱えた遼たちは、慌てて車へと走っていった。


「息子さんどうしたんだ?」

「すみません、あいつのやる事はわけ分からなくて……仕分けですか?」

「ああ。申し訳ないが、荷物が少ない人優先で分けていこう」

「もちろんです。うちは、」

「トランシーバー欲しいっす!」


 はぁはぁ、と息せき切らして車から走ってきた遼が両手を挙げて主張する。


「他に欲しい人は?」


 町内会長が見回すと、長谷川が手を挙げた。


「出来れば三台欲しいです。ついさっき俺のも彼女たちのもスマホの充電切れちゃったんで、連絡用に」

「うちは車一台だから、別にいらないかな」


 地図を欲しがっていた男性が首を振る。


「長谷川さんとこが三台だと、残りは七台か。上野さんとこは?」

「そら貰えるなら全部欲しいっすけど、六台は欲しいです」

「郷田さん、望月さん、山下さんは?」

「いらんね。そんな玩具」


 欲しがったのが遼や長谷川の若い年代だからか、望月は手を振っていらない、と言う。その様子を見ていた山下も迷ったようだったが、首を振った。


「郷田さんは?」

「一台持っておこう。上野さんのところと連絡をとるのに使えるかもしれん」

「なら上野さんとこ六台で。次は拡声器か。じゃあ―」


 競りにも似た調子で進行し、次々に荷物を分けていく。

 おおよそ集めた物が底をつきはじめた頃、校庭の道路側で一人外を警戒していた桐野が駆けてきた。


「戻り始めたぞ」

「?なにが」

「死者たちだ。帰巣本能、だったか。あいつらが戻ってきた」



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