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おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
81/136

10


 

 それで、と集まった全員の顔を見回し、町内会長がそれぞれの進路を尋ねる。


「俺たちはここで別れようと思います」


 長谷川は女性たちに囲まれ申し訳なさそうに答えた。

 彼の車に乗っていた婦人会の女性が、長谷川の肩を景気づけるようにポンと叩く。


「特養は東北方面だと逆方でしょ?高速に乗れたら大して変わらないんでしょうけど、下道で行くつもりだから」

「そうか。長谷川君は道大丈夫?」

「はい。金無かった学生の頃、帰省するのに下道で帰ってたんで。こっちのご夫婦も一緒に来てくれるっていうし」

「私たちは帰省する時によく下道を使って名所めぐりしながら帰ってたので」


 卓己が引き合わせた夫婦はうまく長谷川たちの組に馴染めたらしい。

 温厚そうな年配の旦那さんの言葉に、長谷川がほっとしたような顔になっていた。よほど成人男性が一人、という状況に緊張していたのだろう。


「なら安心だな。他の人は?」


 長谷川の発言に抜けても不義理じゃないと安心したのか、一班にいた車の運転手が、抜ける、と手をあげた。


「うちは太平洋側に行きたいんだ」

「道は大丈夫か?」

「まぁ、多分、ですかね。出来たら、この高校の図書室あたりから地図を拝借できれば、と思ったんだが……」


 彼の言葉に咲良たちは互いの顔を見た。

 図書室のある旧館は、図書室前のトイレに起き上がった死者たちを閉じ込めている。あのバリケードがどうなったか分からないから、完全に安全とは言えないだろう。

 だが咲良や白鳥たちがそう告げるより早く、ルイスがその旨を説明した。相手が少しがっかりした顔になったのを見て、ですが、と続ける。


「色々物資を補給出来そうなら、した方が良いと思います。食料品はもちろん、被服なんかも。今なら自衛隊と一緒に粗方の死者たちは出て行ってますから」

「ちょっと!それって火事場泥棒じゃない?」


 ルイスの提案に久佳が咎める様な声を出した。

 それに何人かが気まずそうな顔をする中、言われたルイスは「かじば……?」と首を捻っている。言葉の意味が分からなかったのだろう。

 フォローするように遼が「火事でバタバタしてる隙に泥棒働くって事」と囁くと、なんとなく理解出来たらしい。頷いた。


「確かにそれに近いですが、でも彼女たちは僕らと違って服の予備だって無いですよ」


 彼女たち、と示されたのは白鳥と渡瀬だ。

 白鳥たちは制服だった。それほど汚れてはいないが、制服のスカートでは動きやすいとは言いづらいだろう。咲良たちこちらの女性陣は全員動きやすいズボンだから、差が際だった。

 久佳もスカートの心許なさは承知しているのだろう。渋々頷く。


「……自衛隊の持ち込んだ服とかあるのかしら」

「あの、着替えなら大丈夫です。教室に行けばジャージとかあるので」

「そっか。なら、図書室に行く人間と、彼女たちと一緒に校舎に行く人間を分けますか?」


 ルイスが問うた先は郷田で、彼は町内会長と目を合わせてから頷いた。


「体育館も改めた方が良いだろう。もちろん避難者の荷物には手を付けないが、自衛隊が残していったものがあるかもしれない」

「ですね」

「ルイスさんは勝手が分かるだろうから、校舎か旧館をお願いしたい。体育館は私が。体育館なら他所とそう作りは違わないだろう」

「了解です。校舎には眞も連れて行きます。一人じゃ回り切れないので」

「ああ。なら旧館には―」

「俺が行きましょう」

「お父さん」


 手を挙げた浩史に咲良は思わず父の腕を掴んだが、さっきと同じように宥める様にその手を撫でられ、項垂れた。

 納得は出来ないが、理解はしているのだ。父は強い。それでも絶対に大丈夫、なんて言いきれない状況だから不安で、小さな子供の様にぎゅっと父にしがみついた。

 二人のやり取りを見ていた長谷川が、おずおずと手を挙げる。


「俺もどこかに同行します。見張りとか荷物持ちくらいは出来ますから」

「旧館は俺がついてくよ」


 ついで手を挙げたのは、地図を欲しがった男性だ。顔色は良くないが、自分が言いだしたことだから、と腹をくくったらしい。

 つられるように彼の同乗者や事務員さんの旦那さんたちも同行を告げる。渡瀬も校舎の方は白鳥に任せ、旧館組について行って車をグラウンドまで持ってくると言う。

 あとは、とルイスが残りの男性陣に目を向けると、遼が肩を竦めた。


「じゃあ俺は校舎組に同行かな。なんか良いもんあったら確保したいし。孝志もオッケー?」

「良いよ。先生と桐野くんと一緒なら安心だし」

「あとは……」

「俺は残る」


 流れを断ち切るような発言の主に注目が集まる。

 望月だ。一斉に集まった視線に望月は一瞬たじろぎ、それから気を取り直す様に鼻を鳴らした。


「山下と一緒に、自衛隊が残した地図を完成させる。それで文句はないだろ」


 望月の元部下は山下というらしい。彼は突然の指名にびっくりした顔をし、それから視線を彷徨わせてから諦めた様に頷いた。


「それは女性たちに頼もうかと思ってたんですけどね」

「女に地図が分かるか」


 ふん、と馬鹿にしたように言われ、渡瀬がむっとしたようだったが、白鳥が抑える。

 咲良もむっとはしたが、確かに地図の見方はさっき父に習ったばかりで、よく分かってはいない。典子も同様だろう。二人ともまだ車の免許はとれない年だ。

 悦子や他の女性なら地図も分かるかもしれない、と思ったが、ちらりと視線を送れば、小さく首を振られた。


「言い返せば喚きたてる面倒なタイプよ、あの人。時間が無駄になるだけだわ」


 スルーよ、と囁かれ、そばにいた渡瀬にも聞こえたのだろう。渡瀬もぐっと堪えたようだった。

 

「……あなたの主張はともかく、地図作りはあなた方にお任せします。それじゃあ、女性たちと勇さんは車に戻って周囲を警戒していてください。何かあったら電話を」


 ポケットからスマホを出したルイスに、周囲が慌ててそれぞれの携帯電話を出し、そばに立っている人たちと番号を交換する。

 咲良も渡瀬たちとやっと番号を交換した。悦子とも交換しているのを見て、ついでに長谷川達とも、と移動しようと思ったが、近場の人間と交わしていれば良い、と判断したのだろう。ルイスが移動しようとする人たちを制した。

 これでいいですか?と郷田に尋ね、郷田が頷く。


「長時間の捜索は危険だ。時間を決めよう」

「今から三十分後でどうでしょう?」

「承知した。では、解散!」


 郷田に号令をかけられ、それぞれが散っていく。

 浩史は咲良に車の鍵を預けると、小町と離れるな、と言い置き、気をつけてと言う暇もなく同行者と共に旧館へと駆けていってしまった。



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