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おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
80/136

9



 静かに成り行きを見ていた郷田が拾ったらしい、少し汚れた紙を差し出した。

 

「これは……地図?」

「何枚かは。どうやら自衛隊が残していったもののようだ。回収する暇が無かったんだろう。報告書や通信記録らしい」

「郷田さん、一枚良いですか?」

 

 勇がそう言って手を差し出すと、一番上の紙を渡された。


「癖のある字だから判別しづらいが……ここらの地名だな。ああ、隣町の小学校も避難所になってるのか」

 

 へぇ、と呟いた勇に、他の面々の視線も紙に集まる。

 無言で郷田が紙を差し出せば、何人かが受け取った。

 咲良は父が受け取った紙を覗き込んだが、確かに癖字で走り書きだからか読みづらい。よほど急いで書いたのだろう。


「……結構、死傷者出てるみたいですね」

「国道の封鎖についてもあるな」

「こっちは応援を求めてる」


 紙を受け取った人間がそれぞれの概要を言い合い、周辺の状況が浮かび上がってきた。

 やはり至る所で惨禍が起きていたのだ。


「こん中から近い避難所に退避したのかもな」

「これを書いた通信士を連れて行っていればな。この状態だから分からないが」


 あれを、と示された先にはタープの中に残された、いくつものコンテナらしき箱があった。


「さっき覗いてみたが、多少の銃火器が残っている。武器を積み込む余裕さえ無かったんだろう」

「げっ。銃火器……貰ってっても良いかな」

「使い方は分かるのか?」

「無理っす」

「止めておけ。自分の足を撃つだけだ」

「うぇーっす」


 遼は郷田に諭され返事をしたものの、ちらりとルイスを盗み見た。使えるか、と言う様に。ルイスの方はイエスともノーとも言わず、ただ微笑んだ。

 二人のやり取りに気づいていないのか、気づいていても関わる気が無いのか、郷田は町内会長と引き起こしたテーブルの上に地図の束を広げ始めている。


「とりあえず安全そうなルートを見つけよう。彼らは東北に行くんだったな。そっちの地図を」

「これは上だな。そこの左とくっつくんじゃないか」

「ああ。さっき誰か国道の封鎖が、と言っていたな。教えてくれ」

「ここに」


 地図に慣れている面々が数枚を組み合わせ、落ちていたペンを使い避難所や封鎖されたルートに印をつけていく。


「……予想以上に避難所があるな」


 郷田が唸るように言う。

 彼の言う通り、様々な施設が避難所になっているようだった。小・中・高の学校はもちろん、地域によっては町内会館や地区センターに立て籠もっている人たちもいるらしい。

 彼らからのSOSを受けて自衛隊や警察が救助にいった、これから向かう、という記録がたくさんあった。


「駄目になったところもだ」


 町内会長がため息をつきながら、つけたばかりの避難所の印に赤いペンで×をつけていく。

 連絡が途切れたところ、施設を破棄する、と通信があったところ、そういう場所が多いらしい。


「この近辺で生き残ってるのは?」

「隣町の小学校と………」


 つつ、と指先で残った場所を探していた町内会長の手が、ピタ、ととまる。


「会長さん?」

「……まいった。うちの女房がいる特養もだ」


 まさか避難所になってるなんて、と顔を覆った。

 

「え、でも特養って老人ホームっすよね?なんで」

 

 遼が戸惑ったように言うと、悦子が「ああ」と何かに気づいたように声を上げる。


「あそこの特養、お医者さんが常勤してるのよ。それでかも」

「医者?」

「元々あの辺で個人でやってた人が転職したとか聞いたわ。常勤のお医者さんがいる特養って珍しいし、あの辺って最近また再開発が始まったでしょ?特養自体も新しくて綺麗だからよく評判聞いたわ」

「へぇー」

「この騒動で遺体安置所がある病院はまっさきに落ちた。生き残った医者がいるところに人が行くのは道理だろう」


 郷田が淡々と言う。

 彼の指先は地図の上の病院を指していた。大きな病院はほとんど全部に、×がついている。

 真っ赤な地図にため息をつき、町内会長が顔をあげた。


「俺はとりあえず特養に行ってみようと思う。郷田さん、すまないが……」

「運転は任せてくれ」

「君たちも良いかな?」


 町内会長が振り返った先には、後藤と新條、田原がいた。彼らは町内会長の車に乗っているからだろう。

 新條は曖昧に首を傾げ、後藤と田原はおずおずと頷いた。


「上野さんたちはどうする?」

「ちょっと相談しても?」

「ああ」


 タイム、と遼が手をあげ、ざわついていた人たちがそれぞれの集団に分かれる。咲良たちは上野家やルイスたちのそばに寄った。

 卓己も一緒に来て、その後に見知らぬ顔の年配の夫婦が迷ってからついてくる。遼たちも知らない相手だったのだろう、目線で卓己に問うと、夫婦の妻の方が卓己の会社の事務員だと名乗った。


「うちは田舎の方に逃げようと思っていて」


 妻がそう言い、夫も頷く。彼らを補足するように卓己が口を開いた。


「二人とも東北の人でな。出来たらあっちの東北組に同道させて貰えないか、ちょっと交渉してくる」

「りょーかい」

「後は遼に委任する。頼んだ」


 言って去っていく三人を見送り、遼は咲良たちに向き直る。


「んで、どうする?」

「町内会長さんたちと一緒に移動するか、ここで離脱するか、だよね」


 孝志は周囲を気にして、確かめるように小さな声で問う。

 

「俺的には別れて良いような気もするんだけど……父さん」

「道すがらだな」


 道?と首を捻った咲良に、浩史が囁いた。


「田舎帰る時の道への途中にあるんだよ、町内会長さんの言う特養。ルートはそう変わらない」

「なんすよねぇ。だったら別れる必要無くね?て話なんだけど……」


 顔を顰めて遼がちらりと円陣の向こうへと視線を飛ばす。

 視線の先には、奥さんらしき人と話している望月の姿があった。


「あのおっさん、どうよ?」

「どうって……」

「さっき先生に失礼な態度とってたっしょ?来る時とか問題起こさなかった?」

「ああ、生存者拾ってたよ。俺は見てないけど、前の車にも押し付けてたらしい」

「後はまぁ、人種差別?僕の事、外人って言ってたね。長谷川さんが苦い顔してたから、差別的な意味合いなんだろうと思う」


 やれやれ、と苦笑するルイスに、遼は苦虫を噛み潰したような顔になった。


「最っ低だ。だっつうのに、さっきのあの態度かよ。偉そうな親父はだから嫌なんだ。うちの方でもおっさんの乗ってる車が途中で離脱したよ。文句言いまくって」

「数が減ってる気がしたのは、そのせいか」

「うっす。前の車煽ったり、いきなり急ブレーキかけたり。苦情言うとキレるから性質悪くって。結局郷田さんに盛大に叱られて、出てったんだわ」


 せいせいした、とばかりに鼻を鳴らす遼に、悦子が肩を竦め、それから「いいかしら」と小さく手をあげた。


「私は出来たら同道したいんだけど」

「え?何で?」

「お父さんのギプス外したいのよ。あそこ、確か近くに整形外科があったでしょ?機械見つけて持ってけば、特養の先生が外してくれるかもしれないし、最悪、取説があれば私がやるわ」

「えぇ?!マジで?大丈夫なの、母さんで」


 仰け反った遼を悦子が小突く。


「母さん「で」って何よ。昔あんたが骨折した時にギプスの外し方見た事あるから、多分大丈夫よ。それに、田舎まで行っちゃうと外す機械がある病院があるかどうか」

「あー………」


 疎開する家のある集落には、病院が無い。

 山を下った少し大きめの町に、かろうじて小さい病院があるくらいだ。


「じゃあ一緒に行く、かなぁ……浩おじさんとかどうっすか?」

「俺も構わないよ。それに出来るなら病院で物資を、と思ってる。この先何があるか分からないからな」

「あー……メスとか注射器とかっすか?」

「縫合の糸とかも。病院に誰か残っててくれたら良いんだが」


 出来るなら交渉して譲ってもらいたい、と言うと、遼はへらっと笑った。


「まぁ、うん、出来たらそれが一番っすもんね。んじゃ、そういう事で、話しますか」

 

 そのまま町内会長たちの方へ率先して戻っていく後ろ姿に、悦子がため息をつく。


「あの子、学校に無断で物持って来てんじゃないかしら。あんなへらへら笑って」


 悦子の独り言に、遼と一緒に学校に行ったルイスは曖昧に笑っただけだったが、孝志の方は気まずげに視線を逸らす始末だ。

 それで自分の発言がそれほど外れてないと確信したのか、悦子はまたため息をついた。

 


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