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おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
77/136

6


 

 高校へと続く道を十一台で登っていく。

 ちらほらと建売の住宅が並んでいるが、意外にも妨害は無い。起き上がった死者らしき姿がいくつかあるものの、彼らは一様に足を引きずっていたり地面を這いずっていた。

 車列に気づいて近寄って来られる程のスピードが無いのは有り難いが、原因が分からないのが不気味だ。なぜ欠損の多い死者たちばかりなのか。

 咲良は父に尋ねてみたが、浩史も分からないのだろう。首を捻りながら、自衛隊が手を下したのかもしれない、と曖昧に答えた。


「でもそうしたら何でこの人たちは見逃されてるの?」

「分からんな。弾の消耗を嫌って、反応速度が遅いのは放置したとかかも」

「あー……そっか、銃弾も有限だし」

「まぁ、実際のところは分らんが、こっちは楽で良かった」


 父の言う通り、すいすいと車は進んだ。

 車のフロントガラス越しに、高校の校門あたりに生えている木のてっぺんが見えた。もう先頭の車両は高校に着いている頃だろう。

 咲良がほっと息をつくのと同時に、なぜか車が止まった。何が、と口に出すより早く、また前の車が動き出す。

 何故か反対車線にだ。

 ずいずい進む車に浩史も車を動かせば、二重駐車の様になった。横に並んだ車を見れば、卓己が運転する車だったらしい。窓が開くのを見て咲良も窓を開けた。


「社長、一体何が」

「様子がおかしい。自衛隊の姿が見えない」


 ほら、と顎で指し示され、咲良は社長とその前の車の隙間を探して、身を乗り出す。

 ほんの少しの隙間から見えた校門は通学の時とさほど変わらなく見えた。門は全開で、誰でも入れる状態だ。

 だが、自衛隊が避難所にしているのなら、それはおかしい。彼らはある程度安全性が確保された体育館の中ですら、きちんとドアの開閉を管理していたのだ。

 それが外との接点であるここを、無防備にしているはずがない。避難所にする、と言っていたのだから、咲良たちが出た後に、何かしらの処置はしていたはずだ。

 咲良は慌ててグラウンドへと視線を走らせたが、斜め前の車で見えなかった。

 焦れて窓から顔を出そうとした瞬間、膝の上でスマホが鳴る。


「っはい!」

『咲良ちゃん?今、ルイス先生たちと話したんだけど、どうも様子が変だ。自衛隊の姿が無いし、ルイス先生が言うには急いで撤収したような節があるらしい』

「自衛隊はいないって事ですか?」

『そうじゃないかって話だ。用心のため、うちと一班のトップが先に中に入ってみる。大丈夫だと判断出来るまで、エンジンをかけたまま待機していてくれ』


 勇に言われた言葉を浩史に伝える。横を見れば、卓己もすぐに同じ電話を貰ったのか、スマホを耳に当てて頷いていた。

 卓己への電話が最後だったのか、彼が通話を切るとそれぞれの車列の先頭がゆっくりと校門へ向かって走り出す。流石に二台並ぶのは難しかったのか、縦に並んで正門を通過していった。

 

「……大丈夫かな」

「どっちもそれなりに対応出来る人達が乗ってるからな。きっと大丈夫だ」

「うん」


 父に励まされながら、それでも握ったスマホと手の間にはじっとりが汗が湧く。祈るようにスマホを握りしめて、数分。

 前の車が動き出すのと同時に、スマホが振動して、咲良は飛びあがった。


『ひとまずは大丈夫そうだから、後に続いて』


 勇の言葉が聞こえたのか、浩史が車を動かして前の車に続く。

 正門を抜ければ、右手がグラウンドだ。

 咲良は何気なくそちらに視線をやり、息をのんだ。


 人が倒れている。

 幾人もだ。普段着の女性もいれば、スーツの男性もいる。どこかの学校の制服を着た小さな子供も、自衛隊員らしき服の人も。

 どの人影も、ぴくりとも動かない。

 グラウンドの隅にある見覚えの無いテントや、体育祭の時に設置されているタープやパイプ椅子は半分以上が倒れ、散乱していた。まるで誰かが慌てて逃げようとしてぶつかり、引き倒したかのように。

 

「襲われたな」


 同じものを横目で確認したのか、浩史が苦々しい口調で呟いた。


「ここも安全じゃないって事だ」


 そんな、と咲良は震えだす手を握りしめる。

 ではここにいた人たちは?先輩たちは?

 篠原に片平、白鳥に渡瀬や杉山を思い出し、さっとグラウンドに視線を走らせた。倒れ伏す人たちの中に見知った人達がいないかと探す。

 どうか誰も犠牲になっていませんように、と祈りながら確認していくが、動く車の中からでは確認しきれない。

 目を凝らしながらグラウンドを凝視していたら、不意に車が止まった。

 ちょうど昇降口の前あたりだ。

 前の方からルイスが小走りにやってきて、また二列になるよう誘導される。


「なんだ?」


 浩史が窓を開けて問うより早く、そのまま待てとジェスチャーをし、ルイスは卓己の車へと向かって誘導しはじめた。

 そちらも止め終えると、道の端に落ちていた棒のような物を拾い、グラウンドへと駆けていく。


「先生どうしたんだろう?」

「おい……まさか」

「お父さん?」


 迷いなく進んでいくその背中を浩史越しに咲良は見ていたが、その浩史に急に動かれ、体勢を崩した。

 わ、と父の膝の上に倒れこむ。文句を言おうと上げようとした顔は、浩史に押さえられてしまった。


「お父さんっ」

「見るな」

「お、父さん?」

「見なくて良い。見るな」 

 

 頭を押さえつける浩史の手に僅かな震えを感じたと思ったら、窓の外からかすかな悲鳴が聞こえた。幾人もの短い悲鳴は、咄嗟に口から出たものなのだろう。慌てたような制止の声が聞こえた後、すぐに絶え、代わりに沈黙が満ちた。

 咲良は父の手を頭に感じながら、ついさっきの光景を思い出す。


 ルイスが向かっていた先には、倒れた人たちがいた。拾い上げていたのは、鈍い銀色をした金属の棒のような物だ。

 あれが何かは分からなかったが、似たような物をつい昨日見た。

 浩史が新條の母親を刺した棒だ。

 思い出した物に咄嗟に確かめようと頭を上げようと力をいれ、また父に押さえつけられる。


「咲良、良い子だから、そのままだ。必要な処置だが、お前は、見なくて良い」


 宥める様に頭を撫でる浩史の手の微かな強張りと言葉で、咲良は自分の想像と車の外で起きている事がそう違わないのだろうと確信した。

 ルイスが倒れている人たちにとどめを刺しているのだ。昨日、吉田のおばあさんに父と勇がしたように。

 吉田のおばあさんは頸が折れても顔だけは動いていた。だが新條の母親は眼球から頭部を貫かれて動かなくなった。

 頭部を壊せば、動かなくなるのだ、きっと。

 だから、倒れている人たちがこの先起き上がらないように、あの棒でとどめを刺している。

 淡々と作業をするルイスの姿が脳裏に浮かび、咲良は自分から父の太ももに顔を押し付けた。


 何分たっただろうか。五分にも満たないような、数十分もたったかのような時間の後、父に肩を叩かれ、咲良は顔をあげた。


「もう、大丈夫だ」


 言った浩史の顔は憔悴の色が濃い。ずっとルイスのやっている事を見ていたのだろう。

 見ていた光景を振り切るように頭を振り、車のエンジンをかけた。前の車が走り出し、後に続く。

 止まった先はグラウンドの中ほど。それぞれの車がすぐに走り出せるようにだろうか、車間距離をおいて止められた。

 エンジンを切ると同時に、運転席の窓が叩かれる。


「ちょっと話し合いをしましょう」


 窓の外にいたのはルイスだった。いつものように柔和な口調で、少し苦笑している。ついさっきまで死者にとどめを刺していた人物とは思えない。

 だが、彼の手には細長い棒が握られていて、ちらっと見えた棒の先には赤とも茶色ともつかない何かが付着していた。

 

「全員だろうか?」

「出来たら全員でお願いします。これからの方針を決めたいので」

「分かった。咲良」


 出るぞ、と言われ、咲良は助手席のドアを開ける。

 途端に外の空気が鼻に押し寄せてきた。グラウンドの砂っぽい匂いと、微かに何かが腐ったような、少し生臭い匂いと。

 混じり合った不快な匂いはほんの少しで、殆どはいつも通りのグラウンドの匂いだ。

 多分、脳が先程の事を強く意識しているせいで嫌な匂いがしていると錯覚しているのだろう。そう思ってはいても、一度感じた匂いは鼻の奥から消えてはくれなかった。

 視線の方は倒れている人に向かいそうになる。見てももうどうしようもないのに、と思いながら自分の足元に視線を落とし、グラウンドの砂の匂いを意識しながら唾を飲み込んだ。


「咲良、小町も連れて行こう」

「……うん。おいで、小町」


 父の言葉に後部座席を開けて小町を抱き上げる。

 少し硬いがふわふわの毛からは犬特有の匂いがした。いつもの、日常の匂いだ。

 ほっとして思わずぎゅっと抱きしめると、何?と言いたげに見上げられ、ちょん、と黒い鼻が咲良の頬に押し当てられた。


「何でもないよ。痛いとこない?」

 

 言いながら下ろせば、小町は洗った後の様にぶるぶるっと身体を振るう。

 急ブレーキや急な方向転換でケージの中で踏ん張って緊張した身体をほぐすためか、ついで前脚後ろ脚、と柔軟体操の様に伸ばし、最後にもう一度身体をぶるぶると振り、咲良を見上げてパカっと口を開いた。

 まるで準備オッケーとでも言いたげな笑っているかのようなその顔に、咲良はこんな状況なのに、思わず小さく吹き出してしまった。


「咲良、行くぞ」

「うん」


 浩史の声に小町のリードを握り直すと、小町もいつもの散歩通りに足元に寄り添う。

 車を回り込んで浩史のそばに行けば、他の車から降りてきた人たちが恐々と向かっている先を指さされた。


「自衛隊の備品だな」


 引き倒されたようなテントやテーブルのそばには、すでに男性が二人いて、二人がかりでテーブルを立て直している。

 一人はルイスで、もう一人は剣道の師範代だという初老のしっかりとした身体つきの男性だ。町内会長はそばで倒れた椅子を置き直している。

 それを見て、何人かが慌てて手伝いに駆け寄った。遼や孝志の姿もあり、怪我の無さそうな姿に咲良はほっと息をつく。

 そういえば桐野は、と見回せば、車から出て来た人の最後尾にいた。周囲を警戒するように見渡している。

 その途中で目が合い、咲良が小さく手を振ると、同じように振り返してくれた。


「咲ちゃぁん!」

「わっ典ちゃん!」


 いきなり後ろから抱きつかれ、慌てて振り向けば典子だった。

 疲れた顔はしているが、怪我は無さそうな様子にホッとする。ぎゅっと抱きしめ返してみれば、典子の後方ではやはり疲れた顔をしてはいるが笑顔の悦子がいて、勇に寄り添って歩いていた。

 

「大丈夫だったぁ?」

「まぁ、うん、色々あったけどね。典ちゃんたちは?」

「うーん……私たちは大丈夫だったんだけどぉ、」

 

 そのまま典子と肩を並べて歩き出そうとし、咲良はたたらを踏んだ。


「小町?」


 なぜか小町がその場に踏ん張り、降りてきた車の方を見ている。

 何かを探るよう分厚い耳が動いて、止まった。そのままそちらを凝視し、不意に鼻先が持ち上がる。


 そして突然遠吠えをした。



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