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おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
76/136

5



 結局、五台の車は離れず集団で学校に向かう事になった。

 なるべく人気の無さそうな道を、車間距離を取りながら走る。望月の車は、助けを求めて走ってくる相手にも止まらなくなった。


「人数的に無理なんだろう」


 びくびくと前の車を伺っていた咲良に、浩史が前方を指さす。

 

「俺たちが離れてる間に、前の前の車に乗せるよう言ったって言ってただろ?あの車はもういっぱいいっぱいだから、助けたくても乗せられない」


 だから止まらない、と浩史は断言した。

 それから苦く笑う。


「困った時は助け合いましょう、というあの人の主張は、ある意味正しい。だがこんな状況下だ。油断すればこちらも食われる。……嫌な現実だな」


 自嘲するような笑いに、咲良は何も言えなかった。

 確かに助け合う事は重要だし、正しいのだ、と小学校でも中学校でも教わって生きてきた。でも自分や家族や友人たちの命と同じ秤にかける事は出来ない。下手をすれば和子の二の舞だ。

 和子の真っ赤になった部屋を思い出し、咲良はぎゅっと目を閉じた。


「大丈夫か?」

「うん。ちょっと、色々、思い出しちゃって……」


 あの恐ろしく痛ましい光景を何と言えばいいのか。

 説明できずに濁した咲良に、浩史は学校でこの奇禍に遭遇した時の事を思い出していると考えたのだろう。励ます様に咲良の肩を摩った。


「……ありがと。大丈夫」

「気分が悪くなったら言うんだぞ。止まるのは、無理かもしれないが」


 はぁー、とため息をついた浩史の顔を覗き込めば、前方を指さす。

 前の車がまた何か、と咲良は焦ったが、指をさされた先は車ではなかった。


「お出ましだ」

「うわ……」


 広めの二車線になった道路の先に、衝突している車が二台。そのそばを人影が三つ、ふらふらと歩いていた。どうみても正気の人間ではない。

 今までの様に一人ならともかく、同時に三人だ。避けるだけで通過出来るのか、と咲良は不安になったが、先頭を行くルイスは端から避ける事は考えていなかったらしい。

 いきなり車のスピードをあげたかと思うとハンドルを切って対向車線にはみ出し、三人のうちの一人の横を掠める様に通過させた。

 途端にその一人が転ぶ。

 何が、と見れば、車の助手席の窓からモップの柄が突き出ていた。勇にモップを持たせて、すれ違いざまに当たるようにしたのだろう。

 同じように二人、三人目を転ばせた後、ついてこいとばかりにハザードを点滅させた。

 慌てて二台目以降の車は後を追う。

 咲良たちが横をすり抜ける時には流石に立ち上がりかけていたが、車に取りつかれる事は無かった。

 


 その後も同じような事を数度繰り返し、時に迂回をし、ようやく学校のある丘のそばにたどり着いた。

 いつもなら十数分もあれば着く道だ。だが今回は軽く一時間を超えていた。薄暗かった空も明るい。

 それでもまだ早朝と言って良い時間だったが、いつもなら走っているバスも、通勤通学の人の姿も無かった。

 代わりに道端には人の遺体らしきものが転がり、そのそばを死者がふらふらと歩いている。時には遺体に四つん這いになって何かをしている姿もあり、咲良はぞっとして視線を逸らした。

 遺体に張り付いている死者の多くは車の音に気づいて顔を上げて寄ってくるが、大体の場合、彼らが車に到達する前に走り抜けられる。

 厄介なのは相手が走る死者だった時だ。


「バックする!掴まれ!」


 顔中を血で真っ赤に染めて走り寄ってきた死者をかわし、浩史の運転する車は勢いよく後退した。

 タイヤが悲鳴をあげるが、浩史はそのままハンドルを切って無理に方向を変える。途端に重力がかかってシートベルトに締め付けられたが、咲良はそれに黙って耐えた。

 スピードをあげた車のバックミラーに、前にいた車たちが蜘蛛の子を散らす様に逃げるのが見える。

 三台目と四台目がぶつかりそうになり、三台目の方がガードレールに擦りかけた。ガリガリガリ!と激しい音がし、死者の目がそちらを向く。

 飛びつこうと三台目に向かって走り出した死者だったが、方向を変えた途端、パン、と乾いた銃声がして、どっと路面に倒れこんだ。

 痙攣する身体の下に、じわりと血が広がっていく。

 離れた位置に止まっていた車の窓から、ルイスが身を乗り出していた。


「……随分腕が良い」


 他の車に軽く手を振って車内に引っ込んだルイスを見ながら、浩史が呟く。


「なんか民兵?って言ってたよ。アメリカって徴兵制なのかな」

「アメリカは徴兵制じゃないはずだ。民兵、なぁ」

「お父さん知ってる?民兵って」

「いや、正直よく分からん。だが向こうで何をしてたか知らないが、日本に銃を持ち込むのは無理だと思うんだが……」


 唸る浩史の言葉は、咲良も、他の人間も思っている事だろう。

 どうして実弾の使える銃をルイスや桐野が持っているのか。不思議ではある。だが誰もそれを突き詰めようとしないのは、今はその威力が必要だからだ。

 何で銃を持っているのかと糾弾して、ルイスたちの庇護を失いたくない。ルイスや桐野が追及される事を疎んで集団から離脱してしまったら、危険性はぐっと増すだろう。

 そういう思いが根底にあるから、誰もが口を噤んでいる。


「……助かってるのも事実だからな。ん?」


 不意に浩史が運転席と助手席の間に置いていた携帯を手に取った。


「社長からだ。『遼と合流』?」


 メールだったらしく、読み上げたが首を傾げる。

 それと同時に咲良のスマホが震えた。


「おじさんからだ。もしもし?」

『咲良ちゃん、ちょっと状況が変わった』

「?」

『遼たちがこちらに合流するらしい。卓己も一緒だ』

「あ、はい。今、父の電話にも社長さんからメールが来ました」


 父が受け取ったメールを読み上げれば、勇はため息をついた。


『それだけだと意味が分からんだろうに。卓己も言葉が足りない』

「おじさんのところには、電話ですか?」

『ああ。手短に言うと、遼たちの方で異常があったらしい。危険は無かったみたいだが、ルートを変えたから、もうすぐこっちに着くって話だ。その途中で卓己たちと遭遇したんで合流したらしい』


 遼たちは当初の予定だと、咲良たちのいる場所の反対側、丘の向こう側から登ってくるはずだった。卓己たちに関してはルートの知らせはなく、ただ高校で合流、という手筈になっていたのだが。

 浩史に勇の言葉を伝えると苦い顔になった。


「車列が凄い事になってそうだな」

「あー……遼ちゃんたちは五台?社長さんたちは、」

「うちの会社の事務員さん一家と社長の車だから、最低でもそこにプラス二台だな。もしかすると事務員さんの繋がりでもっと台数が多いかもしれないが……」


 そうすると最低でも七台以上が連なって走っている計算になる。

 生存者の目も、死者も集めそうな数だ。

 浩史はため息をつきながら、車をゆっくりとスタートさせた。三台目と四台目が車列に戻ってきたのだ。四台目の後ろにのろのろと車を移動させる。


「三台目の車、大丈夫かな?擦ってたよね」

「あれくらいなら、まぁ塗装が剥がれて凹んだ程度だろう。走らせるのには問題無いと思うが」


 浩史が車をつけたのを見て取ったのか、車列が発車する。

 連なりながら角を曲がれば、随分向こうのカーブから見覚えのある車が顔を出した。


「来たな」


 遼たちのいる班の先頭を走っていた車だ。後ろに遼たちの車を連れて走ってくる。

 遠くてよく見えないが心なし汚れたように見える先頭車両は、こちらに近づく事無く、勇たちの車に先んじて学校のある丘を上がる道へ曲がっていってしまった。

 二番目の車はこちらに道を譲ろうか悩んだようだったが、先頭に続く。三台目は遼の運転する車で、四台目は孝志の運転する車だ。

 二台とも特に傷や凹みが無いのを確認して、咲良はほっと息をついた。中までは見えないが、あれなら乗っている人間も大丈夫だろう。

 良かった、とそのまま残りの車を眺めやり、あれ、と首を捻った。

 全部で六台しかない。


「数が少なくない?」

「少ないな。でもあちらの殿は社長の車だから、あれで終わりのはずだ」


 社長の車、と言われた車に続いて勇たちの車が進み、浩史もアクセルを踏む。その顔は険しかった。


「お父さん、それって」

「数が減ったんだ。こちらのように不満を持った人間が離脱したか、事故か……もしくは車内で変事があったか」


 苦々し気に言われた言葉に、咲良は汚れて見えた先頭車両にもう一度目を凝らす。

 距離があるためよく見えなかったが、相手が坂の上にいるから見えたバックランプは割れているようだった。

 楽にこちらに来られたわけでは無いらしい。あちらでもこちら同様、追いかけられたりしたのだろう。

 典子や悦子を思い、咲良は不安になる気持ちを抑える。遼や桐野から連絡は無かったから、彼らには被害が無かったんだろう。

 それでも湧き上がってくる不安を誤魔化すために、咲良は地図を手に取った。


「これ、あとはほぼ直線、だよね」

「そうだ。こちら側は下はともかく、上は住宅が多いから少し不安だが……何とかなるだろう」

「うん」


 

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