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おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
74/136

3



 置いてきた家と思い出を惜しんでいられる時間は短かった。


 町内会長たちとの待ち合わせ場所は中央公園横の道路だったが、咲良は車の窓からそこを見て、ぽかんとした。

 車が六台も並んでいたのだ。

 咲良たちの車も四台で列になって走っていたが、この六台を合わせたら十台がずらずらと並んで走る事になる。車列はひどく長くなるだろう。

 

「すっごい、目立ちそう……」

「悪目立ちの方でな」


 浩史もこれだけの数だとは思っていなかったのか、苦虫をかみつぶしたような顔になっていた。

 

「生存者にも目をつけられるぞ」


 父の言葉に夕べ食事をしながら交わした会話が蘇る。

 浩史も遼も、言ったのだ。道中誰かに『助けてくれ』と言われても、絶対に車のドアは開けるな、と。

 なんで、と問いかける前に、遼は苦い顔で理由を話してくれた。

 助けて車に乗せた相手が、感染者とも限らない。密室状態の車の中で感染者に対応するのは危険すぎる。だから冷たいと言われようと、他人には手を差し伸べないでくれ。特に悦子に念入りに訴えていた。

 誰も指摘しなかったが、早朝に出るのは人目につかない時間を、という思いもあったのだろう。

 

「せいぜい二、三台かと思ってたんだがな。咲良、鍵かけて待っててくれ。ちょっと行ってくる」


 浩史はそう言うと、返事をする間も無く車外へと出て行ってしまった。

 同じように他の車からも人が降り、身振り手振りをした後、それぞれ散っていく。ルイスと桐野が車の外側へとモップや箒を持って行き、浩史たちは一台の車へと歩み寄った。

 その車の窓が開く。顔を出したのは町内会長だ。

 しばらく何事か話していると、他の車からも恐る恐る人が出てきて会話の輪に加わる。

 窓を閉めている咲良には会話の内容は聞こえなかったが、若干揉めている様子なのは分かった。

 だが一番抗議している風の人は外に出ている状態が落ちつかないのだろう、渋々だが同意したように頷き、輪から全員が離れた。


「お父さん、どうしたの?」


 足早に戻った父に尋ねると、浩史は「地図を」とため息交じりに返す。


「早速ルート変更だ」

「えっ?」

「二班に分かれる事になった。流石に十台は目立ちすぎる。うちは二班。ルイスさんと勇さんが乗る車を先頭に、避難所組を三台挟んで行く」

「おじさんは遼ちゃんの車じゃないの?」

「ルイスさんだと道があやふやだからな。勇さんが移ってナビをするらしい。遼くんと勇さんは地図の見方が似てるから、最終的に合流するのには二人が別班のが良い」

「じゃあ一班は遼ちゃんが先頭?桐野くんが乗ってる軽じゃ先頭は怖いよね」


 ルイスも言っていたが、軽自動車は意外と脆い。あの死者たちにぶつかられたら大破する恐れもあった。そのため、咲良たちは貰ったという自動車をルイスが運転して先頭に、上野家、孝志の運転するルイスの軽、中原家、の順番で車列を組んでいたのだ。


「いや、あっちの先頭は剣道の段持ちの師範代やってる人が運転する外車だ。当初決めてたルートはあっちが走る。遼くんが予備の地図を渡して説明するそうだ」


 ほら、と示された先を見れば、慌ただしく人々が移動している。


「吉田さんはいないのかな」


 久佳の姿が見えない事に咲良が疑問を覚えると、浩史は吉田が誰だか分からなかったのか思い出そうと首を捻り、ああ、と呟いた。


「あの人はあの子と揉めてるから、別の車に乗ってるはずだ」


 あの子、と指さされたのは新條だった。彼女の横には昨日町内会長と話していた後藤という男性がぴったりくっついている。

 いつもならその位置は田原がいたのに、と周りを見回せば、二人からは少し離れた位置にいた。それでも彼女たちと一緒に町内会長の車に乗るらしく、二人が乗るのをそこでじっと待っている。


「他にも避難所行きを希望してる人はいたが、そっちはそっちで別の学区の学校に行ったから、これでも人数は減ったらしいぞ。他にも昨日のうちに何世帯かはそれぞれの田舎に出発したと聞いた」


 交わしてきた会話を聞きながら出発の順番を待っていると、前の車がエンジンをかけた。出発するらしい。


「遼くんの忠告はそれぞれの車の運転手にも告げたが、どこまで守ってくれるか」


 同じように車を出す準備をする浩史の顔には、不安の色が濃かった。




 ルイスの運転する車に、鳥の雛の様にくっついて町内を抜ける。

 時折外をうろつく人影はあれど、どれもあの足の遅い死者らしく、彼らが車に取りつくよもり早く車は進んだ。走る死者の方はルイスが達が昨日一掃したのか、現れる気配も無い。

 また不思議な事に生存者の姿もほぼ無かった。

 これは浩史の予想だが、町内会長がきちんと町内会を通じて各家庭に連絡をしたからではないか、という話だった。逃げる人間はとうに逃げ、避難所を希望する人は連れて行く。それを徹底出来たのだろう、と。

 中には自宅に残っている人間もいたのかもしれないが、彼らが出てくる事は無かった。


 問題は町内を抜けてからだった。

 墓場横の道を十台で連なって抜ける。そこから一班と二班とで左右に分かれた。

 咲良たちの進んだ細い二車線の道路は、両脇に小さな個人の商店や駐車場が連なっている。地元民が使う道路だ。

 普段からそれほど人通りの多くない道は完全に無人で、ゴーストタウンのようだった。あの死者たちもいなければ人もいない。

 不気味な静けさに、咲良は車の中なのに息を潜めて周囲を見渡していた。

 前を行く三台の車の向こうに、ルイスの運転する車の屋根がちょこっとのぞく。勇のナビがうまいのか、迷う事無く車は走っていた。

 咲良は膝の上でスリープモードになっているスマホに目を落とす。

 何か変更や注意があれば勇から電話が来るのだが、何も無いから順調なのだろう。それでも不安感から度々着信が無いか確認したくなるのを、ぐっと堪えていた。電池を無駄に消耗したくない。

 咲良のその緊張感を感じたのか、浩史が口を開く。


「今どこら辺を走ってるか分かるか?」

「えっと、この辺かな」


 地図を自分たちがいるだろう場所を上にして折り畳み、道を指で辿って浩史に見せる。


「もう少し先だな。ほら、コンビニがあるだろ?」


 浩史の指す先には、大きなコンビニの看板があった。咲良は地図上でその名前を探す。

 だが中々見つからない。コンビニなら載ってるはず、ともう一度探せば、違うコンビニの名前を見つけた。どうやら地図に載ってる店が潰れた後、居抜きで違うコンビニが入ったらしい。

 これかな、と地図から顔を上げて名前を確認しようとし、息を呑む。

 コンビニから前の車に向かって人が走り出てきた。


「お父さんっ」

「掴まれ!」


 言われて咄嗟に窓の上にあるグリップを掴んだ。と同時に、急ブレーキがかかってシートベルトがぐっと胸を圧迫する。


「咲良、大丈夫か?」

「大、丈夫。びっくりした。小町、大丈夫?」


 後部座席を振り返れば、小町はびっくりしたような真ん丸の目できょろきょろしていた。キャリーに繋いでいたベルトと周りを囲む荷物のおかげで、落ちる事は無かったらしい。泣き声は無いから怪我も無かっただろう。

 それでも後でちゃんとみてやらないと、と前に向き直れば、浩史がため息をついた。


「咲良、勇さんに電話を。前の車、あの人乗せちゃったぞ」

「ええ?!」


 叫びながら咲良は慌ててスマホを起動させて勇に電話しようとし、逆に着信を伝えてきたスマホに飛びあがった。


「っおじさんだ。出るね」

『咲良ちゃん?聞こえるか?』

「はい。あの、前の車……」

『乗せたみたいだね』


 はぁー、と通話口からため息が漏れる。浩史と同様、顛末を見ていたらしい。


「大丈夫なんでしょうか……?」

『分からん。ただ先生は「どうしようもない」って言ってるんで、このまま行こう。ただ前の車に何があっても近づかないよう、浩史さんにも伝えて』

「はい」


 父に伝言を伝えれば、了解と頷かれた。

 また動き出した車列に従い、エンジンをかける。心なしか険しくなった横顔に、咲良はため息をついた。

 前の車の人の気持ちは分からないでもない。助けて、と言われたら、つい助けたくなってしまう。まして自分たちはこれから避難所に行くのだ。そこまでなら、と思わなくもない。

 でも遼たちはそれは危険だ、という。咲良も説明をされていたから遼の言い分は十分理解していたが、だから断るのが正解なのだと分かってはいても、咄嗟に断るのは難しそうで悩ましかった。


「もつと良いんだが」


 ぽつりと呟いた浩史の言葉に、咲良は顔を上げ、また俯いた。


「中で、ゾンビになっちゃうって事?」

「それもあるが……あんな風に助けを求められるたびに応じてたら、車がパンクするぞ。定員的な意味で」

「あ」


 そもそも人数が多くて車が足りないから、と槙田に車を出してくれと話がきたのだ。前の車も定員はいっぱいのはずだ。

 そこに一人加わったのだから、車の中はかなりキツイ事になっているに違いない。


「車に人を追加するのは彼らの判断だからこちらにはどうしようもないが、いっぱいだから今度はうちの車に乗せろ、とか言われたら厄介だ」


 眉根を寄せる父の言葉に、咲良は有り得そうだと頭を抱えた。


「前の車が自重してくれれば良いんだが………」


 呟いた先で、また人影が駆け寄ってくるのが見える。そして前の車が走り出した車を止めるのも。

 

「……難しそうだな」


 うんざりした顔で浩史は呟いた。



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