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おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
72/136

1

本日2話(0と1)を更新しています。ご注意ください。



 かたん、という音がして咲良は目を開いた。

 が、瞼が重く開きづらい。その上開いた視界は真っ暗だ。

 瞼の上に何かが乗っているらしい、と気づいてノロノロと手を動かせば、濡れたタオルが指先に触れた。


「なに……?」


 湿ったタオルを鷲掴みながら身を起こせば、横たわっていた場所がふかりと沈み、ソファに寝ていた事に気づく。ソファの下には小町がいて、口におもちゃを銜えて良を見上げていた。さっきの音はこのおもちゃだろう。

 なんでこんなところで寝てるんだっけ、と困惑しかけ、居間の端の方に積まれた荷物にはっとする。

 

 父が帰ってきた後、思いもよらない事―父が起き上がる死者たちの元になるウィルスを保菌している事、もし何かあって父が彼らの仲間になってしまったら見捨てる事、を告げられた咲良は、泣いて泣いて、そのまま泣きつかれて眠ってしまったのだろう。

 濡れたタオルは父が目が腫れないようにと、冷やすために乗せてくれたに違いない。 


「お、父さん?」


 ではその父はどこにいるのか?

 無人の居間に咲良の背筋が冷える。

 あんな遺言染みた事を言った父だ。何かあったら咲良に知らせず姿を消す事だってあり得るだろう。

 特に懇意にしている上野家が無事だった事を確認した後だ。もし父が消えても、上野家の両親がちゃんと咲良を保護してくれるだろう、と思っていてもおかしくはない。


「お父さん!」


 ソファから転ぶように飛び降りた咲良に慌てて小町が飛び退り、それから走り出そうとした咲良の前に落ち着けとばかりに立ちはだかった。


「小町、お父さんは?お父さんはどこ?」


 尋ねればくるりと巻いた尻尾を振り、こっちだ、とばかりに居間と玄関の間の扉に走り寄る。


「外なの?」


 もちろん返事は無いが、ドアを開ければ今度は玄関ドアの方へと誘導するように走り寄ったからあっているのだろう。

 小町を追いかける様に玄関のドアを開けると、前庭の車置き場に、父と勇と遼と孝志に、ルイスと桐野の姿もあった。

 途端にほっとして肩の力が抜ける。


「咲良」


 玄関の開く音で振り返った父が、勇たちに何か言ってから小走りに戻ってきた。


「お父さん」

「こら。確かめずに出て来ただろう?ちゃんとインターホンのカメラかドアの覗き穴で確認しなさい。危ないから」

「ごめんなさい。お父さんいなかったから……どうかしたの?」


 男性たちが集まって車を囲んでいる光景に違和感を覚えて尋ねる。


「あぁ。ちょっと移動の話でな」

「荷物の量とか?」


 泣き疲れて寝てしまうまでやっていた梱包作業を思い出し、咲良は眉を寄せた。

 中原家だけでも最低限持って行きたい荷物は多く、車に積めるか不安になるほどだ。五人乗りのステーションワゴンに乗りこむのは咲良と浩史、それに小町だけだが、それでも荷物を積みきれるかどうか。

 それより人数が多い上野家の車は大きめのミニバンだが、そこに孝志が加わった上に荷物があるのだ。ルイスの車に至っては軽自動車だからそもそも積み込めるスペース自体が少ない。

 それで取捨選択の話をしているのか、と咲良は思ったのだが、それだけでは無いらしい。

「それも関係するんだが……どうも避難所行きを希望している人が予想以上に多かったらしくてな。町内会長や役員さんたちの車に乗り切れないんだそうだ。それで免許を持ってる人を探して、槙田くんに辿り着いたらしい」


 遼もだが、槙田も高校卒業してすぐに普通免許をとった、という話は咲良も聞いた事があった。

 だから槙田に運転を、というのは分かるのだが、槙田は咲良たちと一緒に疎開するはずだ。


「槙田さんだけ別行動って事?」

「いや。それは無い。そうじゃなくて俺たちも避難所に顔を出そうと思っていて、それを遼くんが反対してて」

「なんで?」


 咄嗟に聞き返したが、咲良自身も自分がどっちに対して問い返したのか、理解していないままに出た言葉だった。

 なんで遼が反対しているのか、なんで避難所に顔を出すのか。

 訳が分からず聞き返したのだが、浩史は後者だと思ったらしい。


「咲良の高校の避難所には自衛隊がいるんだろ?自衛隊なら政府から直接指示が出てるんじゃないかと思うんだ」

「そうなの?」

「一応、自衛隊のトップは総理大臣だからな。実際に指示を出すのは軍事のプロでは無いから難しいだろうけど。それでもこの異常事態だから、官邸が動いてるはずなんだ」

「でもテレビじゃ何も言ってなかったよ」


 辛うじて流れているニュース番組では、アナウンサーたちが必死になって危険を訴えていたが、政府からの公式な発表は何も無かった。

 

「そこが分からないところなんだが……だが警察も自衛隊も動いてる以上、政府の人間も死に絶えてはいないと思う。正確な情報では無いから流せないのか、もしくは可能性は低いが、マスコミに対して伝達機能を失ったのか。いまいち分からないが、それも含めて確認をしておきたい」


 確認、と呟いた咲良に、浩史が頷く。


「もしかしたら国立感染症研究所以外で何らかのワクチンが開発されているかもしれないし、そうでなくても対処法が見つかっている可能性だってある。期待は薄いが……。それに各都道府県からも情報が集まっているはずだ。安全地帯が見つかって、もしかしたら疎開自体、必要なくなるかもしれない」


 だとしたらすごく助かる。

 大量の荷物を思い出し頷きかけた咲良だったが、浩史の後ろから飛んできた声に止まった。


「浩おじさんの言う事は分かるけど、でも俺は不安っすわ」

「遼ちゃん」


 うー、と唸りながら遼が他の男性陣を引き連れて立っていた。


「映画のセオリーだと、避難所って中から壊滅するんすよ。ゾンビに噛まれた人間が怪我なんかしてないって嘘こいてたり、恋人の怪我を隠して引き込んだり。正直あんま安全なイメージねぇっす」


 なぁ、と同意を求められた孝志が曖昧に頷いた。


「映画はフィクションですし、自衛隊だってプロでしょうからそうそう最悪な事態にまではならない、と思うんですけど……それでも不安はあるかなって」

「な。それに孝志の運転で避難所行くって言うけど、その避難所組の中にゾンビ発症五秒前のやつがいたら、孝志ガブリですよ。運転中じゃ逃げようが無ぇ」

「それは俺が同乗すれば何とかなるが」


 桐野がひら、と片手をあげると、ルイスが頷く。


「一気にこなきゃ車内でも眞が対応出来ると思うよ。問題はその後だよねぇ」

「後?」

「そう。もし遼くんたちの言う通り避難所が壊滅してたら、乗せてた避難所行きの人達をどうするのって話。僕の見た所、遼くん嫌がってただろう?近所の人達を疎開先に連れて行くの」

 

 ルイスの指摘に、咲良は遼の慌てようを思い出した。

 確かに勇が田舎の話をした時、遼は本家の人を引き合いにして反対していた。桐野たちは積極的に誘ったのに、と不思議に思ったのを覚えている。

 遼はルイスの言葉に顔を顰めた。


「あー……ちょっと俺人でなしな発言するけど、良い?」


 了解をとるように勇を振り返れば、勇は家の方をちらりと見て頷いた。


「母さんには秘密にしといてやる」

「サンキュ。えーと、正直な気持ち言うと、足手纏いは要らねぇなって。いや、俺も結構使えないのは確かなんだけど!銃とか撃てないし!そうじゃなくて、家族はもちろん浩おじさんとか咲ちゃんとか孝志は、俺の中で身内みたいなもんだし、役に立つ立たない以前の問題で、要る判定なんだよ。先生と桐野くんは、あー……」

「武力だね」

「っす。あ、でも!二人は性格良いって典子とか咲ちゃんからお墨付きあったからっすよ。いくら強くてもクソDV野郎とかだったら要らないし」


 慌てて手を振って弁解する遼に、咲良は嬉しい反面、ちょっと不安になった。

 咲良たちの言葉を信用してくれたのは嬉しいが、咲良もルイスと桐野の事を詳しく知っているわけではない。二人の生まれ育った家庭環境だって知らなかったくらいだ。

 遼は全面的に受け入れてくれているようだったが、本当のところ、二人がどんな人間なのかは今でも分かっていない。それが少し不安だった。

 

「……それは光栄だね」

 

 ルイスはと言えば、性格が良い、と言われた事に虚を突かれたような顔をした後、珍しく躊躇いがちに言葉を選び、苦笑した。桐野の方も曖昧な顔だ。

 ぎこちない空気が流れたからか、遼がコホンとわざとらしい咳払いをして続けた。 


「そんなわけで、俺の中ではこのメンバーは要るんす。でも他の人達は顔とか名前もあやふやだし、性格だってさっぱり分かんねぇ。いきなり、それこそクソDV野郎になる可能性だってある。だから連れてきたく無い」

「気持ちは分らなくも無いが……ただ車が貰えるのは助かる」

「貰えるって?」


 勇の発言に咲良は父を仰いで小声で尋ねたが、他の人間にも聞こえていたらしい。

 遼がひょい、と車の置いてあるあたりを指さした。


「あれ。外国製のめっちゃ頑丈なのをくれるってさ」

「え、持ち主は?」

「お陀仏だって。町内会長が言ってた。あの車をくれる代わり、車に人を乗せて運んで欲しいって話なんだわ」

「なるほど」

「うち荷物多いし、車貰えるのはすっごい助かるんだよね。でもなぁ、避難所だしさぁ」


 うー、とまた遼が唸る。咲良も他の面々もメリットデメリットを想像して黙り込んだ。

 メリットとしては車が貰える事、自衛隊と接触出来て情報が貰えるかも知れない事。

 デメリットは避難所が壊滅してたら危険な事、送り届ける人たちを持て余す事。


「……駄目だ、脳みそ爆発しそう。全員で決取ろう、決」


 頭を抱えた遼が挙手をして提案すれば、全員が頷いた。


「典子と母さんも加えて多数決な。それで恨みっこ無しだ!」



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