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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
67/136

31



 吉田のおばあさんの処遇は、久佳に任された。

 義理とはいえ、もう家族は彼女だけだったからだ。

 久佳は茫然とした後、泣きながら、死なせてやってくれ、と訴えた。義父と夫と同じところに送ってやりたい、と。

 決断してからも、何度も何度も義母に謝る彼女を悦子が慰めている間に、口にタオルを詰められたおばあさんは浩史と勇が裏庭に連れていかれた。

 その場には咲良や典子たちは立ち会わなかった。子供に見せるのは、と浩史と勇が拒否したからだ。

 勇は責任を果たすと浩史と一緒に連れたって行き、真っ青な顔で戻ってきて、吐いた。


 上野家の二階の部屋に重苦しい空気が満ちる。

 十二畳はある広い部屋は、人がいっぱいだった。

 上野家の四人と、孝志、咲良と浩史の中原家。それに桐野とルイスに、新條と田原と久佳と。それから避難してきた町内会長たちだ。

 門を修繕して戻ってきたルイスと桐野が見張りを続ける中、やっと顔色の戻ってきた勇が口を開いた。


「浩史さん、卓己は……」

「今は会社の事務員さんの家に。後ほど合流するそうです」

「合流?」


 町内会長が訝し気に口を開いた。


「町内の出入り口はほとんど封鎖状態だ。どうやって」

「封鎖?」


 答えようとした浩史を遮るように、遼が口を挟む。


「どういう事っすか?封鎖って」

「そのままの意味だ。車と車が接触事故を起こして炎上してる。昨日の佐藤さん家とは違ってえらく盛大に。あそこだと消火も無理だ。ホースが届かない」

「マジか……え、じゃあ炎上とか」

「何件かはやられるだろうな。途中に空き地も公園もあるから、こっちの方までは来ないと思うが……あとは風で火の粉が飛んでこないよう祈ってる状態だ」

「マジかぁ……」

「……合流は、寺横の細道を使うつもりです。もしくは鎮火を待ってから」

「それに我々がついていくのは可能か?」


 我々、と町内会長は連れてきた人達を指し示す。

 家族や夫婦らしき人に縋るように見られ、浩史は戸惑った顔で勇を見た。


「勇さん」

「うちはうちの田舎に逃げるつもりだ。だが、」

「他所の人を連れてくのは難しいよ、父さん。おじさんに怒られちゃう!」

 

 慌てて遼が叫んだ台詞に、咲良は横に座った典子と顔を見合わせた。

 桐野たちに言っていた事と随分違う。あの時は人手があるのを喜んでる風だったのに、と視線を彷徨わせると、典子の横にいた孝志が、しぃ、と言う様に二人を制した。

 遼と孝志は彼らを連れて行くのは、賛成出来ないらしい。

 理由は分からないながらも、咲良と典子は小さく頷いて了承する。


「遼?」

「いや本当、おじさん怒ると怖いしさー。てか、皆さんは?田舎とか無いっすか?」


 妙に明るくアップテンポの遼は、勇に口を開かせないように会話の主導権を奪っていった。


「ほら、親御さんの家とか、親戚の家とか」

「それは、まぁ、ある人はあるだろうが……」

「そこには行かないんすか?」

「行きたいけど……」


 子供を抱いた女性がぽつりと呟くと、他の人達もざわめき始めた。

 車が確保出来たら、家まで戻れたら車で、とそれぞれが言う。彼らの声を聞いて、遼はほっとしたように口を開く。


「じゃあ、それぞれの家まで行ければオッケーな感じ?」

「なら僕らで護衛をしようか?」


 輪の外からかけられた声に、全員の視線が窓際のルイスに向いた。

 彼の手には銃がある。町内会長たちにはエアガンだと言ったらしいが、十分殺傷能力があるのをすでに彼らは知っていた。ルイスが門まで救出の手伝いに行った時に威力を見たらしい。

 少し怯えた顔で、だがどこか安堵を含んだ顔で頷く。


「あ、あぁ。それは助かるが……」

「じゃあ行きますか」

「え?今すぐ?」


 子供を抱えた女性が驚いたように聞き返した。一息付ける、と思っていたのだろう。

 彼女の気持ちは咲良にも分かる。

 あんな悪夢の様な状況を抜けて来たのだ。少し休みたいと思ってもおかしくない。

 だがルイスは笑顔で肯定した。


「早い方が良いでしょう?全員のお家を回るんだから。陽のあるうちに済ませないと」

「待って!」


 何となく納得しかけた面々に向けて、新條が叫んだ。

 身体に巻かれた毛布を握りしめ、涙目になりながら町内会長を見上げる。


「私も連れてってください!」

「連れてってって……新條さんのとこの子だよな?親御さんは………」

「いません。お母さんはどっかに行っちゃって、お父さんは………」

「ゾンビ、でしょ」


 ふん、と久佳が真っ赤な目で、新條を睨む。


「何逃げようとしてんのよ。人殺しの癖に」

「違う!私じゃない!」

「吉田さん?」

「この娘、ゾンビの元よ。知らないで連れてったら大変な事になる」


 憎々し気に睨みつける吉田の形相に、町内会長たちは困惑したりぎょっとした顔をした。端的にそれだけ言われてもわけが分からないだろう。

 あー、と諦めた様に遼がため息を漏らし、説明を始めた。


「仮定っつうか、推測の話なんですけど――」


 起き上がった死者に噛まれると噛まれた相手も死んで起き上がる事、噛まれるとウィルスに感染するんじゃないかという事、だから体液でも感染する可能性がありそうな事。


 遼の話を聞いた人たちの顔が引きつっていく。

 当然だろう。逃げてきた人達の中には、怪我をしている人もいる。すぐ横にいる知り合いが、突然あの死者たちのように自分を襲うかも知れないのだ。

 恐怖に引きつった顔で互いを見、自分を守るように距離をとる。


 今にも誰かが叫び出しそうな空気に、不意に浩史が手を挙げた。


「補足させてくれ」

「浩おじさん?」

「確かにこれは感染するものだ」


 外から帰ってきたばかりの浩史の言葉に、部屋の緊張が一気に高まる。

 それを宥める様に「落ち着いて」と続ける。


「感染するが、発症率はおおよそ七割。これは死んでから起き上がる率だ」

「え?」


 具体的な数字に疑問の声が上がった。なぜ、と呟く声に浩史は答えず、続ける。


「二割は噛まれた後、死亡する。起き上がる事は無い」

「……残りの一割は?」

「発症しない保菌者だ」

「な、んで、そんなん知ってるんすか。浩おじさん」

「聞いたからだよ」


 誰に、とあえぐ様に尋ねた遼に、浩史は答えた。


「国立感染症研究所の所員に、だ」



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