表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
64/136

28



 

 咲良は銃を撃つのは結構派手な音とアクションがするものなのだと思っていた。

 だがルイスはわずかに肩を跳ねさせるような動きをするだけで、音も酷く小さい。

 本当に撃ったのか、不安になるほどの動作だったが、弾丸は的確に標的へ届いていた。


 今にも門に突撃しそうだった人影が、門にぶつかったわけでも無いのに唐突に後ろへとひっくり返る。

 路上にあおむけに倒れた人影はわずかに痙攣し、動かなくなった。

 じわり、とアスファルトに赤いものが広がる。


「………きっついな」


 ぽつりと呟いたのは遼だ。

 声に横を振り仰ぐと、蒼褪めた顔で咲良と同じように倒れた人影を凝視していた。

 

「ネットで画面越しに死体を見るのと、じかに目で見るのとじゃ、やっぱ違う」

「そのうち見慣れる」


 はぁ、と大きく息を吐き出した遼は、いつのまにか後ろに立っていた桐野の発言にぎょっとした顔をする。

 それから彼が持っているものに気づいて目を剥いた。


「き、桐野くん、それ」

「銃だな」

「え、え、」

「射撃訓練は受けた。ネイトほどうまくはないが」

「マジか……」


 銃を持った人間に背後に立たれる、という普通じゃ無い経験をした遼は顔を引きつらせて横にずれて桐野に前を譲った。

 桐野は遼を見て手を挙げる。


「撃ってみるか?」


 軽く振られたのは手の中に納まった銃。


「え、遠慮しようかな、なんて」


 まるでゲームでも貸すような軽いフリに遼は乾いた笑いを零したが、意外と桐野は真面目に言っていたらしい。


「覚えていて損は無いと思うが。いつ俺やネイトが役に立たなくなるか分からないからな」

「えーと」

「今は――ネイト、交代しろ」

「うわ、ちょっ」


 遼の腕を取り、桐野はルイスの横に立つ。

 

「何?」

「遼に撃たせる」

「はぁっ?!ちょっ、無理無理無理!」


 遼は腕を振って逃げようとする。


「本当無理だって!人なんて撃てねぇよ!」

「大丈夫だ」

「全っ然、大丈夫じゃないし!無理無理!無理だって!」

「落ち着け。撃つのは土嚢だ」

「無理!って、土嚢……?」


 逃げの体制に入った遼だったが、桐野の言葉に恐る恐る窓へと近づく。

 ルイスが避けて見通しが良くなった窓の外、門の前には四つの人影が倒れていた。全員の身体の下に赤い水溜りが広がっている。

 どの人影も動かない。


「………マジか」


 呻く遼の横で、咲良は鳥肌がたって自分の腕を摩った。

 あの赤は否が応でも和子の姿を思い出させる。だが和子と違って彼らは赤の他人で、痛ましさより恐怖感のがひどかった。

 もう動かず、こちらに襲い掛かる心配のない相手に感じる恐怖に、咲良は何でだろうと自問し、ピクリとも動かない彼らをもう一度見返し、気づく。

 これは違和感からくる恐怖だ。

 動かない身体はまるでマネキンのような無機物に見え、だが身体の下には確かに人である証に今なお血が流れ続けている。

 目を離していた間に、人が物に代わったような、だが続く流血は確かに人間のもので。視覚から入ってくる情報と、脳が判断する情報との違和感のせいで吐き気すらこみ上げてくる。


 正視し続けられず目をそらし、吐き気を逃す様に大きく息を吸った時だった。

 バシン!と何かが叩かれた音に反射的にそちらを振り返れば、新條がよろけてドアにぶつかるところだった。


「瞳!」


 それまで距離を取っていた田原が慌てて新條を支える。

 新條が頬を抑えて見上げる対面には、久佳が振り下ろしたと思しき拳を握りしめて彼女を睨んでいた。


「あんたのせいよ!あんたのせいで皆死んだの!」

「おばさん、それは、」

「窓の外見なさいよ!あんたが殺したのよ!うちの旦那も、お義父さんも!」


 叫んで振り返った久佳の顔は、涙に濡れていた。

 睨む視線の先を追い、咲良は彼女が見ているものが門の外で倒れている人影だと気づいた。

 では、あれは久佳の夫や義父なのだ。

 咲良以外の人も理解したのだろう。久佳に抗議をしようしたのかと口を開きかけていた田原も言葉を失った。

 

「あんたのせいで!このっ疫病神!」

「いやっ」


 腕を振り被った久佳を見て、新條は田原の後ろへと逃げこむ。

 

「そうやって人を盾にして!卑怯者!」

「違う!私じゃない!」

「わっ!ちょっ、瞳?!吉田のおばさん!?待って待って!」


 二人の諍いに巻き込まれる形になった田原が悲鳴をあげてストップを求めるが、久佳は新條を捕まえようとする手を緩めないし、新條も田原の後ろに隠れるのをやめようとしない。

 三人分の怒号と悲鳴に一番最初に動いたのはルイスだった。


「静かにしてください」

「関係無い人間は黙ってなさいよ!」

「ありますよ、関係。大きな声や物音は困るんです」

「先生、助けて!」

「君もね。あまり甲高い声で叫ばないでくれるかな」

 

 言葉だけの仲裁ではどうにもならない、と思ったのか、ルイスはため息をつくといきなり久佳の腕を掴んで拘束した。

 当然暴れる久佳の両腕を後ろ手に掴み上げ、窓へと強制的に連れて行く。


「叫びたいなら他所でやってください。下は締め切っているので、出る時はここからどうぞ」

「!」


 言うなり、開いた窓の外へと久佳の上半身を押し出した。誰かが制止する暇もない。

 今ルイスが手を離せば、久佳の身体は外へと落ちるだろう。

 手を後ろに掴まれたままだから、桟に手をつく事も出来ない。重心も窓の外にあるから、ルイスが掴んでいる手だけが彼女のアンカーだ。

 二階とはいえ、ここから落ちれば怪我は免れない。打ち所が悪ければ、最悪死ぬ可能性だってある。


「静かにしてくれますか?」


 微笑みすら浮かべて良そうな声音で聞くルイスに、久佳はがくがくと頷いた。それを確認してルイスは彼女を引き戻す。

 途端に床に座り込む久佳に吉田のおばあさんが慌てて駆け寄った。

 義母に労わられ、久佳は涙目になってルイスを睨んだが、ルイスは気にした様子も無く勇に「勝手をしました」と謝っている。

 その様子を、放っておかれた田原と新條が茫然と見ていたが、ルイスが振り返ると蒼褪めた顔で首を振った。一言も喋らない事で「静かにする」と言いたいのだろう。


 突然の狂気じみた行動に、部屋の中に怯えたような沈黙が満ちた。

 息すら押し殺された空間にルイスは苦笑したが、弁解をする気は無いらしい。困ったなぁ、と苦笑するばかりだ。

 気まずい沈黙に誰もが声を出しかね、思い切った様に遼が「あの」と言いかけたのと同時に、桐野が口を開いた。


「それでその女はどうするんだ?」


 指さした先は新條だ。

 彼女は両手で口を覆って、泣きそうな顔で首を振っている。喋らないから、と必死で表現するのに桐野は首を振った。


「夕べ、あれと体液を交換したかもしれないんだろ」


 あれ、と顎で指した先は門の前に倒れる人影で、久佳の夫か義父の事だろう。

 久佳はその仕草に夫らが粗雑な扱いをされたと思ったのか桐野を睨みかけたが、だが彼女が新條に食ってかかったのも同じ問題に対してだからか、沈黙を守り、新條を睨んだ。

 

「わた、私、」

「そういえば自分のお父さんとも交渉があった、みたいに言ってたね。あれはお父さんが上野さん家に運び込まれる前?後?」


 口籠る新條の声にルイスが飄々と言うと、桐野は眉をしかめた。


「初耳だぞ」

「お前が門を閉鎖しに行ってる間に聞いたんだよ」

「しかし、そうだとするとウィルスを保有している可能性は高いな……」

「っ持ってない!そんなの知らない!」

 

 新條は叫び、慌てて口を閉じてルイスの顔色を伺う。

 

「うーん、でもここでいきなりおかしくなられると困るんだよね。どこかに閉じ込めておく?」


 外から鍵が掛かる部屋ってありますか?と尋ねられた勇は首を振った。


「そういう部屋は無いです」

「なら縛っとくか」


 桐野の言葉に遼が顔を引きつらせる。


「それはまたすごい方法きたな……」

「なら他に方法は?」

「思いつかないけど……」

「じゃあそれで。布かなんかなら身体を痛めることは無いだろう。あんたは嫌だろうが、こっちだっていつ自分たちを襲うかもしれない相手を野放しには出来ないんだ」


 拒否をしそうな新條を制するように桐野が言い、ルイスに向き直る。


「昨日借りたブランケット取ってきてくれ。ここは俺が見てる。……頭冷やしてこい」


 了解、と答えてルイスが出て行くと、桐野は部屋の中にいる人間を見回し、ため息をついた。


「ネイトが怖がらせて申し訳ない。あいつも俺も、生まれ育った環境がまともじゃなくてな」


 突然の謝罪に咲良たちは驚く。まさかルイスの行動を桐野が謝るとは思ってもみなかった。


「まともじゃないって……あー、そういや実家と良い関係じゃないって言ってたな」

「あぁ。正直、この混乱で死亡されたと見なされたいぐらいだ」


 家族に死んだと思われたい、なんて尋常じゃない。そんなに嫌な環境だったのか、と聞くのすら憚られて気まずい空気が流れる。

 それを察したのか桐野はため息の様な笑い声を漏らした。

 

「家、と言って良いのか、あそこは大人はいっぱいいたが、まともなのは小さい頃にいた子守ぐらいだ。長じてからは彼女もいなくなって、俺たちはいいようにされてた。殴られるのもよくある事だった」

「そんなん、虐待じゃんか」


 思わず遼があげた声に、桐野は息を吐く。


「平たく言えばそういう感じだ。普通の感覚が分からない。俺たちが言い過ぎたりやり過ぎたりしたら、指摘してくれると有り難い」

「……まぁ、今んとこ大丈夫の範疇だろ。二人のおかげで助かってんのも事実だし」

「そうか」

「ん。あ、でも銃撃つ練習とか弾勿体ないし、それは無しで良いんじゃねぇかと」

「それは却下だ」


 さり気なく銃の試し撃ちを拒否しようとする遼だったが、桐野もそれに関しては譲れないらしい。

 ばっさりと切り捨てられたが、だが、その軽妙なやり取りに少しだけ部屋の空気が緩んだ。

 ルイスの振る舞いと彼らが虐待を受けていた、という事実は重いものだったが、理由もなく暴力を振るう人間、というよりは納得できたからだろう。

 まだ久佳や吉田のおばあさんは強張った顔を崩さないが、部屋から出て行ったり反駁したりという態度はとらなかった。お互いの手を取り合って、じっとしている。

 

「いやでもマジな話、弾数だって限りがあるしさ」

「俺も無駄弾は撃ちたくないが――今は俺が撃たざるを得ないな」


 必死に逃れようとする遼をいなしていた桐野が、はぁ、とため息をついた。

 桐野の態度の変遷に遼は戸惑った顔をしたが、すぐに桐野の視線の先に気づいて顔をひきつらせた。

 それを見て咲良たちも視線の先を追い、顔を蒼褪めさせる。

 窓の外、門扉の向こうの道路に、新たな人影が走り寄ってきていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ