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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
63/136

27



 蒼褪めた顔でがっちりルイスの腕を掴んだ遼が繰り返す。


「実弾入ってますよね、それ」

「遼?え、だって、エアガンだって言ってただろ?なに、言って……」


 友人の言葉を否定しかけて、孝志の顔色も悪くなる。


「まさか……」

「エアガンって金属製は駄目なんだよ。規制があるんだ」

「よく知ってるね」

「……高校生ん時にそういうの好きな友達がいて、話聞いたり持たせて貰った事があるんで。先生のそれ、車ん中で持ったけど、すげぇ重かった。プラ製を改造したってのは無理がある」

「参ったね」


 はは、と全然参っていない様子でルイスは笑った。


「君たちを撃つつもりはないよ。安心して」

「先生」


 明るい口調のルイスに対して、遼の声は硬い。

 手はしっかりとルイスの腕を掴んでいる。


「その銃、どうするんですか」

「撃つんだよ」


 もちろん、とルイスは穏やかな声で答えた。


「聞こえないかな。ほら、彼らが外の門にぶつかる音。金属音だし、結構広範囲に聞こえると思うんだよね。大きな音はやつらをひきつける」


 ルイスの視線の先は窓だ。

 窓の外では桐野が閉めた門扉にぶつかる人たちがいる。彼らのたてる音は、確かに他の起き上がった死者たちをおびき寄せてしまうかもしれない。

 どれほどの数の死者たちがこの近辺にいるか分からないが、学校の時の様に大人数で押し寄せられたらあの門扉では長く持たないだろう。いくら中に土嚢を積んで補強していたとしても、時間の問題だ。

 咲良はぞっとしたが、だからと言って銃で撃つ、という行為も怖かった。

 ルイスは平静と変わらぬ穏やかさだが、彼の手にある武器は引き金一つで人を殺せるものだ。

 咲良はルイスが自分たちを撃つとは思わなかったが、殺傷能力の高い武器がすぐそばにある、というだけで恐怖はある。ルイスとはついさっき顔を合わせたばかりの吉田家の人達は猶更だろう。

 

「大丈夫。もう死んでる人たちだ。殺すわけじゃないよ。あるべき姿に戻すだけ」


 怯えた視線を向けられたルイスは少し困った様に苦笑した。

 だがそれで恐怖が消えるわけじゃない。より一層の恐怖と不安で、吉田家の二人と田原は距離を取ろうと後じさり、小町に威嚇されるからか出入り口付近にいた新條は今にも部屋の外へ逃げだしそうな構えだ。

 異常なものを見る顔でルイスを見ていた彼らだったが、突然田原が「あ」と声を上げて窓を見る。

 つられてそちらを見れば、窓の外に桐野がいた。外壁に脚立を立てかけて、のぼってきたらしい。

 開けてくれ、というジェスチャーに悦子が恐る恐る窓を開けた。


「何してるんだ?」


 身軽に窓の桟を乗り越えようとし、靴を履いたままなのに気づいたのだろう。そのまま桟に腰かけて靴を脱ぐ。

 それを見ながら、ルイスは腕に遼をくっつけたまま苦笑した。


「銃がね」


 端的な言葉に桐野は訝し気な顔をして部屋を見渡し、「あぁ」と納得した顔をする。


「銃刀法か。非常事態だ、大丈夫だろう」

「えぇ?いや、法律とかそういう問題じゃないんだけど」


 さらっと言われて遼が顔を引きつらせた。


「じゃあ何が問題なんだ」

「それは……」

「あいつらを黙らせないと、どんどん仲間が来るぞ。ウィルスが走る事を覚えたのか、突然変異体なのか分からないが、格段にスピードが上がってる個体がいるのは確かだ」


 桐野が言った途端、開いた窓からガシャーン、と派手な金属音が飛び込んでくる。

 窓の外を見れば、門扉に激突して転がる人影があった。

 ぶつかって転がっているのが二人、立ち上がろうとしているのが一人、走っているのが一人。


「一人増えてる……?」

「ああ。俺が脚立を持ってきた時には増えてたな」


 桐野は脱いだ靴の底を窓の外ではたきながら、門へと走る人影を睨んだ。


「新しい個体はさらに足が速い。普通の人間に多少劣るくらいだ。速度があがれば破壊力は増すぞ。数が少ないうちに潰すべきだ」

「……でも、撃てば死ぬ。ネット上だとあれは死んだ人間だって散々聞いたし、俺もそう言ってっけど、そもそも………本当に死んでんのか?」


 遼の吐き出すような言葉は、誰もが心の底で「もしかしたら」と思っている事だろう。

 咲良は遠藤や麻井のとてもではないが生きている人間とは思えない姿を見てはいるが、脈が止まった、などの医学的な方法での死を確認していない。

 通常の死亡でも時に蘇生する人間がいる、と咲良は以前ニュースや雑談で聞いた事があった。なぜあんな異常行動をとるのかは分からないが、彼らがそうやって生き返った人間ではない、という証拠はない。

 だが銃で撃って急所にあたれば確実に死ぬのだ。

 殺してしまってから間違いでした、なんて言えない。


「走ってるって事は、もしかしたら回復してる過程っていう可能性だって、」

「あるかもな」

「っだったら!」


 縋るように言う遼に、だが桐野は冷静さを崩さなかった。


「殺すためにやるんだ。俺たちが生き残るために」


 ひゅ、と息をのんだ面々をちらりと眺め、続ける。


「あれに人間らしい理性はあるか?全力でぶつかれば怪我をすると分かるような金属製の門にぶつかるのを繰り返すだけ。理性がない獣と何が違う?あれに比べたら、よっぽど犬のが上等だ。主人の命令を聞いて「待て」が出来る」


 咲良の足元に座る小町に視線が集まるが、小町は動じる様子も無い。

 ただ新たにテリトリーに入ってきた吉田家の二人を警戒しているらしく、今にも唸りそうな顔で二人を見ていた。気づいた久佳が怯えたような顔になったが、咲良の指示が無いから、桐野が言った通り「待て」の姿勢で大人しく座ったままだ。


「人を見れば噛みつき、時に噛み殺す。あれを生かせばその分、人が死ぬぞ。お前も昨日見ただろう?あれは食いついたら中々離さない」

「………」

「やってください」

「父さん!」


 息子とのやりとりを聞いていた勇が静かに言う。

 驚いて振り返った遼に頷く。


「責任は俺がとる。お前は心配するな」

「でも、責任って、そんなん……」

「このままじゃ門は破られて進入される。庭に入り込まれたら探すのは大変だ。うちは車の影やら家の裏やらに隠れる場所は山ほどある。この先、家から脱出する時、庭に出られなくなるぞ」

「…………」


 黙り込んだ遼の、ルイスの腕にしがみつく腕を勇がぽんぽんと軽く叩く。それで遼は手を引いた。

 俯いてしまった息子の肩に手を回し、勇は苦笑する。


「お前が心配するの分かる。が、お前も言っただろう?全滅したら駄目だ」

「……うん」


 飲み込みがたいものを飲み込んだように、それでも返事を返した遼の肩から手を離し、勇はルイスに頭を下げた。


「先生には頼んでばかりで申し訳ないんですが、どうぞよろしくお願いします」

「頭を上げてください。こちらこそこうして腰を据えられる場所があって感謝しています。眞と二人じゃマンションに籠城が精一杯だったでしょうし」


 朗らかに答えるルイスは気負い一つ無い笑顔で窓際へと移動する。窓のそばにいた孝志たちが慌てて身を引いて道を開けた。

 ルイスは開けっ放しだった窓の外へと両手を伸ばす。 

 映画や海外ドラマで警察官がするような、慣れた仕草でゆったりと構え。


 そして引き金を引いた。



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